(投稿者:Cet)
文芸部の部室は、図書室の隅を間借りしたものである。
そのスペースはお世辞にも広いとは言えず、文芸部という存在の発言力の低さを象徴していた。
そして現在、放課後のその狭いスペースに据えられた机に、二人の男子が座っている。
片やお茶を御供に本を読んでおり、片や何を手にすることもなく椅子にもたれ、のけぞるように大きく背中を反らせていた。
ところで、本を読んでいる方の男子が何やら苛々とした様子で眼鏡をいじっているのに対し、もう一方の男子はそれを全く意に介している様子がない。
と、いきなり男子が湯呑を叩きつけるかのように机に置いた。
続けざまに本を机の上に投げ出す。
「っつーかマジでお前なんなの」
その問いに対し、ぎし、と椅子を軋ませ、うろんげな顔をしたもう一方の男子が視線を返した。
「……文芸部員ですけど」
「いやそれは分かってる、だけど何で俺の読書を邪魔するかのように対面して何をするでもなく座り続けているのかと聞いてるんだ」
「じゃあ横を向いてますよ」
男子はそう応えると、身体の向きを変えて、真横にある窓の外を眺め始める。
その様子を一方の男子は怪訝そうに眺めていたが、やがて一つ溜息を吐くと、そのまま読書を再開した。
「……先輩」
そして出し抜けに飛んできた呼びかけに、再び本を投げ出す。
「なんだ」
「彼女とかいますか」
「いきなり何聞きやがる」
「いないんですか?」
「いるよ」
問答はすぐに止んだ。
そして長い沈黙が訪れて、先輩と呼ばれた男子は読書を再開するような気概をざっくりと削がれてしまっていた。
「俺振られたんですよ、多分」
沈黙が断ち切られる。
「知ってんだよ、屋上でフられて腹いせに叫びまわってたの、お前だろ」
「知ってんすか」
先程からずっと窓の外を眺めていた男子が、ようやく一瞥を寄越した。
「……もう校内じゃ噂の的だよ、渦中の人物だよ、そしてそれなのに何でもう突然文芸部とか来ちゃうワケ? 今まで俺ともう一人女史の静かな時間を味わえてたのに」
「いやもう自分でも何がなんだか」
要領を得ない話を続ける男子に対して、でっかい溜息を眼鏡の男子は一つ吐いた、長々と時間をかけて。
「傷心の状態にあるのは分かる、でもだからって何で俺の静かな読書時間を邪魔するんだっつーの」
「別に座ってるだけでしょ」
依然目線だけを寄越しながらに男子は答えた。
「それがダメなんだよ、集中力途切れまくりなんだよぁあもう」
癇癪を起こしたかのような言葉を最後に、再びの沈黙が訪れる。
「とりあえずお前は本を読め本を」
沈黙はすぐに破られた。
「……面倒くさいんで」
「もうお前の傷心を慰めるのは本しかねーんだよ、何かお前友達いなさそうだし」
「いや、同じクラスの軍人の息子が良くしてくれますよ」
「多分それ気を遣われてるだけだからな」
その言葉に、目線だけで応じていた男子が突然ぐるりと頭を巡らせる。
「なんだ突然」
「……別に」
そして再び目線を窓の外へと戻した。
「なんていうかお前残念なやつだな」
「ほっといて下さい」
「愛という漢字には悲しいという意味もあるんだぞ」
「先輩もちょっと残念な臭いがするんですけど」
「うるせえよ」
言いながらに眼鏡の男子は立ち上がる。
「どこにいくんですか?」
「本取ってくる」
「読みませんって」
「読め」
まるで乱雑な手つきで本棚から大量の本を取り出していく。
ところで、気が付けばあまりの鬱陶しさ故か、二人以外の生徒が軒並み図書室から姿を消していた。
図書館は飲食禁止、私語厳禁、と書かれた注意書きが壁から二人の姿を見つめていた。
登場人物
最終更新:2010年09月05日 02:01