(投稿者:Cet)
鳥の夢が終わる
青年は死に
少女は目覚める
◇
少女が目覚めた時、まだ辺りは暗かった。
とっさに時計を探し、盤面を見ると、そこに刻まれていた時刻はまだ四時を回っておらず、皆が起き出してきて、それから訓練が始まるまでには、まだ幾らかの猶予があった。
そこで、少女は早めに床から出ることにする。
寝巻から着替え、いつもの給仕服に袖を通した。
そして、寝室から廊下へと出て、その兵舎を後にする。
高台の上に建つ兵舎からは、暗い空を見ることができた。とはいえ、数多くの星が瞬いている分には、完全に真っ暗であるといったような印象を抱くことはない。
少女は思う、今なら翼がなくても飛べるのではないかと。
実際に空に向かって翼を差し向けることなく、空の中を意志を持って進むことができるのではないかと、少女には思われた。
少女は丘の上を走る、朝露を帯びた草を踏み締め、しんとした冷たい空気を自らの吐息で濡らし、頬を上気させて走った。
やがて、彼女は足を停める。
そこには一人の少女の姿があった。
オリジナルの軍服を着込んだ赤い少女が、そこには立っていた。
赤い少女は、気配を察して振り向き、笑みを浮かべた。
「
トリア」
「
シーアさん、お早いですね」
「今日は、この時刻に起きていなければならないと思ったんだ」
少女ははっきりとした理由を言わなかった。
「トリア」
赤い少女は、まるで歌の一節を紡ぐかのように、少女の名前を呼んだ。
「私には欠けているものがある。
私はその欠けたるものを求めずにはいられない。それ故に私は壊れている。
だが、誰しもがそうなんだ」
少女はそこまで言って、一度息を継いだ。
「 トリア、全てはメタファーだ」
赤い少女は言った。
トリアには、その言葉の意味が、今なら分かるように思われた。
「今の君になら、あの空の向こうに何があるのか、分かるんじゃないだろうか」
「……」
「いや、実際のところ、それを理解することはできないかもしれない。
それでも、あの空の向こうにあるもののお陰で、君が自由でいられるということだけは、きっと今の君にも理解できると思う」
「はい」
「人は欠けたものを求める、君だってそうだ」
そう言って、赤い少女は歩みを開始する。
トリアの隣を擦れ違うようにして歩く。
「人は誰でも己の半身を求めて、彷徨い歩くんだ」
そして、赤い少女はそこから去っていった。
少女は一人取り残され、そして空を見上げた。
少女は思う。その彷徨に思いを馳せる。
それはきっと苦しいものだ、けれど、人はそれをせずにしてはいられないのだ、と。
少女は暗い空を見上げている。
星が墜ちる。
◇
「俺はちゃんとした盾になれただろうか」
「……誰が見ても立派だったさ」
「ああ、もう寒くない、俺は空に吸い込まれていく。
俺に欠けていたものは、もうそこにある」
朝焼けの塹壕で、一人の青年が死んだ。
そして後日、その遺骸は故郷の地に埋葬された。
最終更新:2010年11月13日 13:46