鳥の夢

(投稿者:Cet)



 鳥の夢が終わる




 青年は死に
 少女は目覚める








 少女が目覚めた時、まだ辺りは暗かった。
 とっさに時計を探し、盤面を見ると、そこに刻まれていた時刻はまだ四時を回っておらず、皆が起き出してきて、それから訓練が始まるまでには、まだ幾らかの猶予があった。
 そこで、少女は早めに床から出ることにする。
 寝巻から着替え、いつもの給仕服に袖を通した。
 そして、寝室から廊下へと出て、その兵舎を後にする。
 高台の上に建つ兵舎からは、暗い空を見ることができた。とはいえ、数多くの星が瞬いている分には、完全に真っ暗であるといったような印象を抱くことはない。
 少女は思う、今なら翼がなくても飛べるのではないかと。
 実際に空に向かって翼を差し向けることなく、空の中を意志を持って進むことができるのではないかと、少女には思われた。
 少女は丘の上を走る、朝露を帯びた草を踏み締め、しんとした冷たい空気を自らの吐息で濡らし、頬を上気させて走った。
 やがて、彼女は足を停める。
 そこには一人の少女の姿があった。
 オリジナルの軍服を着込んだ赤い少女が、そこには立っていた。
 赤い少女は、気配を察して振り向き、笑みを浮かべた。
トリア
シーアさん、お早いですね」
「今日は、この時刻に起きていなければならないと思ったんだ」
 少女ははっきりとした理由を言わなかった。
「トリア」
 赤い少女は、まるで歌の一節を紡ぐかのように、少女の名前を呼んだ。
「私には欠けているものがある。
 私はその欠けたるものを求めずにはいられない。それ故に私は壊れている。
 だが、誰しもがそうなんだ」
 少女はそこまで言って、一度息を継いだ。

「 トリア、全てはメタファーだ」

 赤い少女は言った。
 トリアには、その言葉の意味が、今なら分かるように思われた。
「今の君になら、あの空の向こうに何があるのか、分かるんじゃないだろうか」
「……」
「いや、実際のところ、それを理解することはできないかもしれない。
 それでも、あの空の向こうにあるもののお陰で、君が自由でいられるということだけは、きっと今の君にも理解できると思う」
「はい」
「人は欠けたものを求める、君だってそうだ」
 そう言って、赤い少女は歩みを開始する。
 トリアの隣を擦れ違うようにして歩く。
「人は誰でも己の半身を求めて、彷徨い歩くんだ」
 そして、赤い少女はそこから去っていった。
 少女は一人取り残され、そして空を見上げた。
 少女は思う。その彷徨に思いを馳せる。
 それはきっと苦しいものだ、けれど、人はそれをせずにしてはいられないのだ、と。
 少女は暗い空を見上げている。
 星が墜ちる。








「俺はちゃんとした盾になれただろうか」
「……誰が見ても立派だったさ」
「ああ、もう寒くない、俺は空に吸い込まれていく。
 俺に欠けていたものは、もうそこにある」














 朝焼けの塹壕で、一人の青年が死んだ。




 そして後日、その遺骸は故郷の地に埋葬された。


最終更新:2010年11月13日 13:46
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