捨犬いれば

(投稿者:ニーベル)



カ・ガノ・ヴィヂ。悪鬼羅刹が如き男――実際に人類側からみればまさにその通りなのだが――は、追い詰められた表情をしていた。
それこそ、苦虫を潰したような顔である。それも特大の苦虫を口に入れられ、強引に噛まされたというようなものであると言ったほうがいいだろう。
 自分は、とことん運がないらしい。誰もいなかったはずの部屋には爛々と明かりが見えていた。全員がきっちりと仕事を終えて戻ってきている、ということだ。
普段は、仕事はバラバラに終えてくる癖に、どうして自分がバラバラに終わってて欲しいという時には全員が全員完璧に仕事を終えて戻って来ているのか。

 「クソッ」

 一人で悪態をついたところで、どうにもならない事は分かっている。恐らくあの時の二の舞になることは分かっている。
全員からまた茶化されるたりするのだろう。言い訳も出来ないし、どうしようもなかった。結局拾ってきてしまったのは、自分なのだ。
 自身の感情からすれば拾わざるを得なかった、という方が正しいのだが、それを認めたくないという気持ちもある。複雑な心境とはこういう事を言うのだろう。
あんな目で見られたら、拾うしか無かったのだ。まだまだ自分も甘ちゃんだと思わされた。情が抜けきっていない。
 そんなことを考えていてもどうしようもないのだ。全員が来ていることには変わりがなく、いつまでも躊躇っているわけにはいかない。自分が躊躇っていては、始まらない。

――そうやって覚悟を決めて、自分はドアを開けた。どうせ反応は分かりきっているのだからと。








 「やだ、この子凄く可愛いー!ね、名前は?名前はなんていうの?」

 「二度目か……金持ちだな」

 「あらあら、随分と怯えていらっしゃいますね……大丈夫ですよ、怖くないですわ」

 「カ・ガノは実は女にモテるのか?いやはや熱いねぇ!」

 「まぁ、こうなりますよね。事前に考えてたとおりですけど」 

 「ひひひ、ヒヒヒ、カ・ガノ、ヤリまくりじゃねーか。まじヤリまくりだな!」

 「まさかの二人目たぁ……恐ろしいぜ、カ・ガノ。俺より……どれだけ……速いんだ」

 「ワシよりも子育ての才能はありそうだのぉ、カ・ガノ」

 「Hey!Hey!カ・ガノも遣手だねぇ!」

 「……おっぱい」

 「あたらしいお姉ちゃん?あたらしいお姉ちゃんだよね!」

 予想していた通りの全員の反応を確認して、溜息をつく。もはや突っ込む気力すら湧かない。いつぞやの時の再現である。
違うのは、家族が一人増えていることと、連れてきたのが本来こちら側ではないということか。連れてきた少女は、怯えたように自分にひっついたままだ。
 さっきのよりも遥かに大きい溜息をついて、全員を座らせる。さすがに二度目だから、もう全員にツッコミを入れるような事はしなかった。分かりきっていた事だからだ。

 「あーなんだ。とりあえず全員の反応が想像してた通りで助かったぜ。だがヘーコック。テメエはちょっと黙れ」

 明らかに自分だけが名指しで呼ばれたことに不満があったのかは知らないが、また隅っこで一人でぼーっとし始めたヘーコックから視線を外し、自分の後ろに隠れている娘に視線を移する

 「ほら、頑張って前に出ろ。じゃないと誰にも分からねぇぞ」

 その言葉にやっと納得したのか、相変わらず、ぎゅっと自分にひっついたままではあるが、ようやく自己紹介を始めた。

 「ト、トラヴィアだよ……よろ、しく」

 それだけいうとすぐに自分の方へと隠れてしまう。耳をパタパタとさせながらだ。困った娘だとは思うが、見捨てる気にはなれなかったのだ。
ウォーマがぴょんぴょんと跳ねながらトラヴィアの方へと抱きついていく。顔を真赤にさせながらトラヴィアが暴れようとしていたが、ウォーマの力もそれを許さない。
 ウォーマがほっぺをすりすりしながら、隣の部屋に連れ込んでいる間に、細かい話は済ませてしまったほうがいいだろう。というより、こういう話は出来るだけ分かる奴だけにしておいた方がいい。
そこまで考えると、ウォーマの存在はかえって好都合だろう。ウォーマにリザ、そしてヴァカヂにイトネが絡みにいっている。その間に話すべき事は話すべきだ。

 「さて、ワシらだけになったが、何か話があるのだろうカ・ガノよ」

 ドンが、真っ先に口を開いた。ヘーコックは、相変わらず無反応であり、ウィルロックが興味深げにこちらを向く。

 「アイツを拾ってきたことに関して何か言われるんじゃないかと思ったが」

 「あの子は無垢な子だ。あんたが思わず連れてきてしまったと言っても疑わないぐらい無垢な子だが」

 ドンの目が細くなる。答えるように、自分は口を開いた。

 「ああ、察しのとおりだ。訳ありだ。……教育担当官が死んだのさ、父親代わりだったらしいな」

 「だが、それだけならば仲間が癒すはずじゃろ。あの子が付いてきたということは、仲間すら頼れないことだったはずじゃ。仲間を疑わざるを得ないような状況であった、と言ってもいいな」

 予想以上に察しの良いドンに、思わず苦笑する。その通りだったのだから、こちらしてはありがたい事なのだが。
燃え尽きた煙草を灰皿に押し付けて、火を消す。そのまま手を伸ばして、グラスに注いであった酒を飲み干した。

 「どうも、死因はメードによる暗殺としか思えなかったらしい」

 「HA! 内輪揉めってやつか。とことん、そういうのが好きだからなアイツらは。これだから――」

 「――それだけならいいんですが」

 普段、口を挟まないはずのトリーノが、ウィルロックの言葉を遮った。意外そうにウィルロックがトリーノを見る。

 「肝心な事は、殺された原因が我々にあるかもしれない。ということです」

 「What? どういうことだ、トリーノ?」

 「あの子、トラヴィアから話を聞いて夢でも描いたのでしょう……例えば、我々と和解とか」

 「それが上に知られて、か」

 「それだけで殺す事になるかのう?メードをも使用して」

 ドンが、トリーノの方を向いて口を開く。カ・ガノもそう思っていた。自分たちが人間達と和解する可能性など無いし、父親とてそれは分かっていたはずだ。
リーダーであるカ・ガノ自身が人間の事を皆殺しにしてやりたいほどの憎悪を抱いており、事も起こしていた。人類と和解など、夢のまた夢。
 自分程の憎悪が全員にあるとまでは思わないが、近いものは持っているはずだ。それでも、自分達と和解が出来ると信じていたのだろうか。

 「俺としちゃあよく分からんが、何かしらあったんだろう。ある程度階級のある男をメードを使ってまで始末する。これだけで色々と匂い過ぎてるぐらいだ」

 相も変わらず、馬鹿ばかりだ。どこでもいつでも、どんな時代でもそうなのだ。
ちょっと自分達の陣営のほうが有利になれば、今までの結束を少しづつ乱していき、互いに互いを牽制するようになっていく。
 どうしようもない馬鹿共ばかりである。救いようがない。救いようがないのだから、殺すしかない。仲間達を捨て駒のようにした者達のと同類が多すぎる。
それらが纏めて、どうしようもない腐臭を放ち始めている。木々の葉が腐るのではない。根っこの方から腐っているのだ。
 取り替えている暇などない。早急に腐った木は燃やして、新しい木を植えてやらねばならないのだ。
この大地を、完全に腐りきる前に人間から取り戻す。後は、新たに出来るであろう自分達の仲間に後を託していけばいい。それが出来るだけの準備は、自分達がしてやればいい。
難しい事を考えるのは、余り好きではないし、自分は知識が有る方ではない。悪知恵や、その場の機転ならば利く方だとは思うが、まともに物事を考えるには、足りない気がした。
 とは言っても、何もかもをトリーノに任せるというわけにはいかないし、自分が纏め役としてやらねばならない事もある。
 仲間が、いくらかは担当してくれるようになってからは楽になったとはいえ、まだまだ自分がやることは多いのだ。
こういうきな臭い話についても、本来なら自分一人で考えるべきだったのだ。そして、悩んだ結果、こうやって結局、仲間へと話している。

 「今、全て分かるというわけにはどうしてもいかないでしょうしね。一人で考えてもどうしようもないことでしょう」

 トリーノが何かを察したように、発言する。余計な事をと思う反面、ありがたくもあった。
昔に比べて、面倒なことが増えている。バストンや新たなメード達、未確認のG。
 人間が楽に勝てないというのは良い事だが、こちらにも面倒なことは増え続けているのだ。考えるだけでも頭痛がしてくるが、考えなければ打開策は見えてこない。
ベーエルデーや、エントリヒ側に現れた大空を悠々と舞うドラゴンフライだの、砂漠に出た小隊ごと呑み込むGだの、興味深い話は絶えないが、有益になるかといえばどれも無し、と言わざるをえないようなものばかりだ。
もうちょっとぐらい、朗報が欲しいものだと思う。クソッタレな神様に祈るつもりはないが、いくらか不公平な気すらしてくる。

 「まぁな。こればっかりは、じっくり調べるしかねぇ。上手くいけば利用できそうだからな」

 事実である。こちらからすれば、そういう争いが有ることは実に喜ばしい事である。
阿呆が勝手に殺し合って、疲弊しあってくれれば万々歳だ。こちらが血を流すこともなく、相手が勝手に弱ってくれるのは望み叶ったりなのだから。
 この件については、また後でゆっくりとトリーノ辺りと詰めれば良さそうだと思えた。というよりは、トリーノと二人だけで詰めるべきだ。
こういうのを扱うのは、少ない方がいい。全ての仲間が知っていいものなど、少ないものだ。

 「分かりました。僕の方でも考えておきます」

 「おい、トリーノ。どこへ行くんだ」

 「隣の部屋に。貴方はまだやることがあるでしょう」

 くすりと笑って、トリーノが部屋から出て行った。残るは、ドンとウィルロックの二人。
二人とも、何かを考え込んでいるようだった。自分には、何を考え込んでいるのかは分からないが訊こうとも思わなかった。
 真面目に何かを考えているからではない。何か、くだらないことについて考えているように見えたからだ。
うっかり聞いてやると、大抵どうでもいい事なのだ。余計な口は開かない。

 「Hey、カ・ガノ。後は何か言うべきことがあるんじゃないのか」

 「ねぇな」

 酒を注ぎ、二杯目を飲み干す。相変わらず、美味い酒ではある。
何が言いたいのかは、うすうすと感づいていたが、自分から言うのは嫌だった。下らないプライドかもしれないが、そこを取ってしまったら、なんとなく情けないような気がしたのだ。
 ドンが、笑いをこらえきれずに漏らしていた。ウィルロックもにやにやとこちらを見ている。

――絶対に言ってやらねぇ。

 決意を新たにして、黙ったまま、酒をまた注ぐ。二人とも、何も言わないのが余計に苛立たせるが、ここで言葉を出したら負けなのだと思い直す。
時間だけが経っていくが、誰も喋らなかった。無言のまま貫くのも、厳しいものがある。
 その時だった。ドアが開く音。そちらの方へと向く。

 「あー…え、えっと」

 「さて、ワシらはこれで失礼するかのう。のう?」

 「Ha!そうだなぁ。それじゃあ、そういう事で」

 「おい、待てお前ら――」

 「――待たんよ。二人でゆっくり話すんじゃのう」

 言葉を残して、ウィルロックとドンが立ち上がり、隣の部屋へと移動した。
残ったのは、誰だか言われなくとも分かっていた。心細そうに震えている。結局、こうなるのかと思った。

 「あ、あの、その」

 「メンドくせぇから、一回しか聞かねぇぞ」

 「う、うん」

 分かりきっている事だったのだ。答えも、知っている。

 「お前は、どうするんだ」

 「どうするって」

 「今からなら、まだ戻してやれる。皆とも会えるぞ」 

 らしくないことを、口に出している。その自覚はあった。この役目を押し付けた仲間が腹立たしいが、分かっててやられたような気もする。
ただ、言うべきなのはやはり自分だろう。拾ったのも自分なのだから、当たり前とも言うべきだろうか。
 トラヴィアの目は、まっすぐこちらへと向いている。何かを恐れているようなものもない。

 「俺達の仲間になるなら、それは受け入れてやる。ただ、下手すりゃお前は俺らと同じ。人類様の天敵になっちまう。仲間の元にも戻れなくなる」

 だから。

 「どうするかは、お前の自由だ」

 「僕は、ここに残る」

 即答だった。いくらか面食らったような気分になる。

 「お父さんをころした奴らは、絶対に許せない。そして、今、戻る気にはなれない」 

 声が、震えている。意志は、揺れていない。宿っているのは、憎悪か。

 「……オーケーだ。トラヴィア、歓迎するぜ」

 笑顔が、見えたような気がした。だが、その笑顔の下には、何か冷たいものが入り交じっているのは、気のせいではない。 


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最終更新:2011年03月19日 00:04
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