一人で

(投稿者:エルス)




貴官らの部隊が壊滅した場合、我が空軍はこれを認めない。
また、ツィツェーリアなるメードの存在を認めない。
以上の隠蔽行為が不服ならば、必ず帰還せよ。
方法は問わない。合言葉は自由、以上。
―――ベルナー・フォン・バルシュミーデ大佐



三発目の銃声と曹長の舌打ちを聞いたツィツェーリアは、75パーセントに上がるはずだった命中率が25パーセントまで下がったのを瞬時に理解した。
すいませんと言いかけた曹長を手で制し、中腰になりながらツィツェーリアはFG42自動小銃の機関部に泥や草が付着していないかを見た。
僅かな汚れでも給弾不良などが起きてしまう可能性が高まる銃を扱う上で必要な動作は一瞬で行われた。

「曹長、私があれを叩く。部隊はこのまま森を移動し、予定通り破壊行動に移れ」
「―――諒解」

そう言いながらも三秒ほどスコープから目を離さなかった曹長は、最後に軽く頭を下げてから森の奥へと消えていった。
命中率25パーセント。命中したのは通信機のみ。
狙撃とは文字通り遠距離から狙い撃つ事で、人間が狙撃されそうになっていると認識できるのは狙撃手を発見した時と、
最初の犠牲者が出た時の二つ。虫の知らせという第六感で狙撃されそうになっていると思うことは出来るが、認識まではできない。
必然的に狙撃は射手がミスを犯さないかぎり避けられない、一撃必殺の専門技術となる。
曹長の経歴をツィツェーリアは知っていた。元の部隊では射撃に関して他の追随を許さないほどの腕前であり、その狙撃技術はそれ相応のものだともあった。

「―――私がリズムを狂わせていたのかもな……」

メードの隊長。
訳の分からない危険任務。
他にも重責は幾らでもあっただろう。
それらが曹長の計算を狂わせ、初弾を外させたのだ。
少しの申し訳なさを感じつつ、折り畳み式ナイフ―――通称グラビティーナイフを左手に握る。
本来ならば落下傘降下時、絡まったパラシュートコード等を切断する際に使うナイフであるが、念には念を入れて持っておく。同時にホルスターのバハウザーM712もチェック。
長く実戦から離れていたとはいえ、訓練は怠っていないことを体現する連続した動作の流れ。
 精錬された兵士に劣らぬその動きに比例するのか、駆け出したツィツェーリアは、その装備の重さを感じさせない軽やかさで草原を走り抜け、二階建ての建物の陰に入った。
ツタが覆う壁に背中をぴたりと付け、ちらりと建物の陰から様子を窺う。
刹那。
上空から音もなく着地した人影がツィツェーリアの額に銃口を向けた。
頭頂部から踵まで悪寒が神速で駆け抜け、運動で微かに温まった体温が一気に冷え切る。
してやられたと思う傍ら、身体は既に反応している。足首で地面を蹴り、腰の曲げ具合で照準(ポイント)された空間から離脱。
無理矢理且つ我武者羅な回避行動。

「チッ」

微かに耳をうつ舌打ちの後、人影の持つ銃が火を噴き、大気を引き裂く唸りと共にプラチナブロンドの髪が数本宙を舞う。
二発目を撃たれる前に素早く後退。追撃を受けることなく、別の建物の陰へと潜り込む。
側頭部がちりちりと痛むのを自覚すると、彼女は自分の愚かさに唇を噛んだ。
軍事正常化委員会をただのクーデター軍として認識する傍ら、正規軍よりも錬度の低い雑魚として見下していた。
その油断が招いた失敗。反応が少しでだけ遅れていたら、弾丸は自分の頭をスイカか何かのように吹き飛ばしていたという現実。
それらが彼女の戦闘意識を高め、高鳴る鼓動を静めてくれる。

「―――九ミリパラベラム、+P弾か……」

瞬きする時間よりも短い中、視覚が捉えた人影の持つ得物のシルエット。
恐らくは自動拳銃の中でも傑作として名高いブローニグ・ハイパワー。
通常より大きな発射音と銃口炎(マズルフラッシュ)は、火薬を増量した強装弾―――+P弾と呼ばれるタイプだろう。
銃の耐久性を考慮し、通常型の弾よりもある程度威力を高めているものだが、銃への負担が通常の弾より増大しているのは確か。

―――しかし、それは使い手が通常であればの話。

メードであれば一発で銃が破損するかもしれない強装弾のホットロードを使ったとしても、無意識の内に銃本体を強化してしまうため弾丸の威力が上がるだけで問題は無し。

ノーリスク・ハイリターン。

人間ではないメードだから可能な荒業。
反則と言われても文句は言えない。
メードという存在自体、人間と争うべきではないのだから。

「平和を望むなら戦いに備えよ……」

ラテン語の諺『Si Vis Pacem, Para Bellum』に由来する、パラベラムとは、そういう意味だったと、ツィツェーリアは意味無く呟く。
緊張で渇き始めた口中が粘つき始めたが、一瞬で冷めた体温は徐々に戻りつつあった。

―――いける。

口中に含んだその言葉を吐き出す前に全力で疾走。
視界の端に移った黒い影に銃口を向け、引金を絞る。
途切れることの無い銃声と銃床(ストック)から伝わる強烈な反動。フルオート射撃。
メードの持つ腕力でそれを捻じ伏せ、銃身が跳ね上がるのを阻止する。

「一撃で決められると思ったんだがなあ!! やるじゃねえか、帝国の犬っころ!!」

まるで銃弾が見えているかのように回避する男―――セレスタンは、その整った顔のバランスが崩壊するほどの笑みを浮かべながら、ハイパワーを応射。
続いて左手首のスナップだけで放たれた投げナイフがツィツェーリアに向けて飛来する。
FG42が二度吠えた。微かな金属音を残し、二本の投げナイフは殺傷力を奪われる。

「シッ!」

瞬きする間も与えずセレスタンはもう一度投げナイフを投擲。
鞭のようにしなった腕と強烈な手首のスナップがコンクリートすら突き通すほどの威力を実現し、白銀の刃が敵の皮膚を引き裂かんと疾駆する。

「っ!!」

舌打ちに似た声がツィツェーリアの喉を震わせる。精度を重視したセミオート射撃を実行するために足を止めたのが迂闊だった。
弾の切れたFG42を盾にナイフを受け止め、ホルスターからM712を抜き取る傍ら、セレクターをフルオートに移行。
右腕の力を抜き、横向きに構えて撃つ。反動で銃身が持ち上がり、扇状に弾をばら撒く。

「そんな小細工で―――」
「くっ……」

横薙ぎの銃弾を態勢を低くすることによって回避したセレスタンは、折り畳んだ足を一気に伸ばし、ツィツェーリアに突貫する。
右足に少しだけ強く力をいれたため、空中で一回転。頭部目掛けて回し蹴りが打ち込まれる。

「抑えられるとでもっ!?」
「っ、ぁ!」

反射的に左腕で頭部を庇う。しかし乗用車すら簡単に横転させられるエネルギーを一点に集中した蹴りを受けて、防具もなにもない左腕一本では防ぎきれるものではない。
鈍い音が体中に響き、骨が砕けたということをツィツェーリアは認識した。続いて二本目の骨も折れ、周りの血管や筋肉はズタズタに壊し尽くされる。
そこでツィツェーリアの身体は宙を舞った。セレスタンの蹴りが振り抜かれたのだと、地面に叩きつけられてから知った。
吹っ飛ばされた勢いそのままに草原を転がり、漸く終わったと思えば現実とは思えないような痛みがツィツェーリアの細い肢体を容赦なく襲った。
ただ左手を折られただけだというのに痛みが思考を乱し、正常な判断が出来ない。
 立ちあがりたくても立ち上がれば銃で撃たれるのでは? と考え一度却下。
しかしもう一度考えてもみれば寝転がったまま何かが出来るというのだろうか? 
そんな馬鹿みたいな考えを繰り返すことでしか、判断が出来ないようになっていた。

 一瞬、私は死ぬかもしれないとツィツェーリアは思った。
 同じように、もう二度と大佐に会えないかもしれないと考えた。
 させるものか、と彼女の口が動く。





関連項目

  • セレスタン
  • ツィツェーリア
最終更新:2010年07月22日 01:01
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。