Behind 7-4 : Eternal Bore

(投稿者:怨是)


 元より、私は閉じ込められていたのだ。
 世界という名の巨大な牢獄に。生命活動という労働に従事させられて。
 とうとう私はこの場所に戻ってきてしまった。
 ただ回り回って此処に居る。せめてそれまでの道程で、何かを掴んで居たならどんなに良かったか。
 私は最初と同じく手ぶらのままで此処に居る。
 そうして明日からまた、何も変わらない毎日を過ごすに違いない。
 ……退屈とは、致死性の毒だ。

(獄中日記と思われる記述。筆者不明)



『……恐らくはそうなのでしょう。プロミナは?』

 あの時受けた視線をプロミナは思い返し、身悶えする程の憤怒に駆られた。アースラウグに向けた温和な微笑の合間に見せた、あの凍り付いた侮蔑の眼差しは、忘れるものか。まるで捨てられた食べ残しに群がる鼠を見る様な、冷え切った双眸を!

「私は何もしていないのにね」

 ――1945年、9月7日。
 自室のデスクから箱を持ち出し、地下牢へと向かう。いつもの仕事だ。日付の感覚が戻ってこないのは、昼夜構わずこの仕事をさせられるせいだ。担当官のアシュレイは使い物にならない。こんな境遇の自分を助ける素振りを少しでも見せてくれたらという希望は呆気なく打ち砕かれた。現場には絶対に現れないのだ、彼は。だから今まで弁護らしい弁護もしてくれなかったし、作戦内容を誰にも明かさないせいであらゆる火事がプロミナの仕業だと周囲に断定された。
 こんな筈では無かった。と現状を嘆くのは、寧ろ必然ではないか。Gを一瞬で焼き切る程の火力を精一杯に使い、接近戦での絶大な威力を以てして、付近のGを殲滅する。何事にも全力を尽くすこの戦いぶりは誰にも評価されなくなって久しい。今から8ヶ月前はプロミナの能力で発生した熱で暖を取りたいと集まっていた仲間達も、今ではすっかり疎遠になった。戦場では、誰も近付かない。皆、遠巻きから疎ましげに眺めてくるだけだ。冗談交じりに「冬はあんなに私を必要としてくれたのに」と茶化しても、皆、黙って何処かへ去って行く。一言も発しないまま。
 ラクスウェルの件についても、償い方すら解らずに、記憶から少しずつ消えようとしていた。あの未亡人は今も尚、誰とも解らぬ犯人を怨み続けているのだろうか。
 クード・ラ・クーと名乗ったプロトファスマの一件以来、全てが狂ってしまった。予定も、周りの世界も、そして自分自身も。

「ふ、ふふ、うふふふ……っくくく。誰かに汚され、壊されるくらいなら……燃やしてしまおう。消し炭は踏まれても粉になるばかりだもの」

 情操教育の一環として描かされた絵も、破かれ、火で炙られた。その残骸を見たのはアースラウグと出かけた日の朝だった。すぐに焼き尽くして、窓の外へと投げ捨てた。

「私の絵を破いた人、どなたかまでは知らないけど、お生憎様だったね。こうして玩具は減るばかり。ねぇ? 次はどうやって虐めるの?」

 ラウンジに面した廊下を通り、プロミナはふと、聞き耳を立てたい衝動に駆られた。数多の女性が如何にして暇を潰すのかをよく知っているだけに、十中八九、ろくな内容でない事は理解している。が、心の均衡を失った今、逆に今日はどのような事を彼女らが口走っているのか、興味が湧いてしまったのだ。

「――でさ、ちょっとワケわからないよね。さんざっぱら悪いことしてきたプロミナを、ああも簡単に許しちゃう? 普通さ」

 MAIDは皆、地獄耳の持ち主だ。壁越しでもこの程度、難なく聞き取れる。

「お偉い身分のお考えになる事は、私達の様な下っ端の理解には及ばないんだろ。うん」

「もうちょっと抑留しとけよって思わない? だってさ、あのテオドリクスさんを攻撃した理由とかってまだ明らかになってないワケでしょ」

 なるほど、いつもの流れだ。テオドリクスを焼いた、先日以前と何ら変わらない。プロミナそのものだけではなく、その周囲にまで口が及んでいるのは、こんな無鉄砲なMAIDに対し決定的な処分を下していないからに他ならない。声の中にはかつて暖を取っていた、当時の戦友も居た。絆など、そういうものだ。以前、彼女らが陰口を叩いている現場に飛び込んだ事もあった。そんな時、決まって彼女らは一瞬、ばつの悪そうな顔をして、それからすぐに別の話題に切り替えるのだ。それを責め立てたりはしない。自分はただ、黙々と皆の役に立つことだけを考えていれば、軋轢は決して起こらないのだ。

「アースラウグが“許す”って云っちゃったからじゃない?」

「正直やめて欲しいよね。ここ最近なんかずっとアースラウグ様万歳って流れで、いい加減嫌になるっていうか」

「しかもジークと違って本人、まんざらでもないって顔してるしねぇ」

「ジークが公園であんな事云ってたから、もう万歳しないでいいって思った矢先にこれだもん」

「束の間の平穏って奴?」

「短い二ヶ月だったね、実際」

 ほう。これはこれは。プロミナは思わずにやけた。彼女らはプロミナに対してのみならず、アースラウグの愚痴まで零している。何とも面白い流れになってきた。あれに対する周囲からの寵愛を面白く思っていないのは、プロミナだけではなかったのだ。

「あいつらみんな黒旗に移っちゃえばいいのに。知ってる? 最初期の黒旗って親衛隊とか国防軍出身の人ばっかりだったんだって。パパが云ってた」

「ホントに? 恐い」

「MAIDも何人か離反して、まだ黒旗に残ってるらしいよ」

「そうなんだ。じゃあグレートウォールで戦ってる黒旗MAIDの中に居るのかな。そのMAID達」

「居るんじゃない? 会話もした事ないけど。だってあいつら、能力持ち以外には興味ないっぽいし」

「良かった、通常型で。“削除”されたらどうしようってずっと思ってたんだよね」

「馬鹿だねぇ。お前ってホント馬鹿。通信で偽装報告してサボってるような不真面目ちゃんなんて目立つわけが無いじゃない。ワケが解らないよ」

「うわ、ひどい。そういう事云っちゃう? 私これでも真面目にやってんだよ」

「どこがよ、こんの穀潰し!」

「プロミナほどじゃないって!」

「間違いない。あっはははは!」

 全力で仕事をしている身から云わせて貰うが、彼女らの言葉はちっとも心に刺さらない。何故かは判らないが、言葉が遠くへ飛んでいって、頭に入らないのだ。そのせいだろうか。憎しみという感情は、拡散した不特定多数へと向けられた。誰を怨めば心が救われるのか、それを見失って久しい。故に、自分の事を云われているにもかかわらず、もっと聞かせて欲しいと願った。彼女らが罵詈雑言を口にする度、同席する仲間達に笑顔が訪れる。自分という存在はその為の生け贄として存在できている。それは、密かな名誉ではないだろうか。
 ――歪んでいてもいい。無理にでも前向きに考えねば、負の感情に押し潰されてしまう。切り替えろ、負を正に変える方法を自分は知っている筈だ、プロミナ。
 自然と耳は、壁と密着していた。

「もうあいつ、自分の炎で自滅すればいいのに。前科持ちの隣でヒヤヒヤしながら戦うのは恐いっての」

「温室育ち共を黙認しているからこうなってるんだよ、現状ね。私が人事部だったら即、殺処分するわ。使う気しないもん。殲滅力も中途半端だしさ。しかも装備もやたら金掛けてるんでしょ? ヴォルフェルトとかカッツェルトとかもさ、担当官が貴族の末裔だか何だかで、我が侭が通ってるワケで。私の担当官なんかド貧乏な田舎生まれだから何云っても見向きもされないもん。大佐なのに」

「発言力で少佐に負ける大佐って……」

「まぁ、しがない平MAID共たる私達は、目立たず暴れずのびやかに、ってのがモットーだからね。余計な事はしないのが一番だよ」

「身の丈に合わない勇者気取りなんてプロミナだけで充分だ」

「違いない」

 ラウンジはたちまち、甲高い笑い声に包まれた。楽しそうで何よりだ。

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 ……さて、そろそろ存在しない真実をテオドリクスの口から“自白”させねば。屈強な彼は決して泣き出さない。だからこうして、両手で抱えるほどの大きな箱に仕事道具を沢山仕舞い込まねばならないのだ。せめて軟弱者であったなら、一本だけで済ませられるというのに。

「こんばんは」

 テオドリクスは地下牢の最深部の独房に繋がれている。看守はいつもの様に通してくれた。鉄の扉をノックするも、彼は応じない。当然と云えば当然だ。彼は動けないのだ。四肢を鎖に拘束され、かつてプロミナが付けられた物と同じ、コアエネルギー抑制装置が彼の首には嵌められている。何度来ても慣れ親しんだ空気だ。ついこの前まで、この場所に居たのは他でも無い、プロミナ自身だった。

「こんばんは」

 鍵を使い、独房の扉を開けた。

「こんばんは」

 後ろ手に扉を閉じ、施錠する。鍵は首からぶら下げた。

「こんばんは。聞こえてないの?」

「何も聞こえん」

「強情っ張りなんだ」

 プロミナは箱から仕事道具――蝋燭を取り出し、人差し指から火を点した。これを、彼の背中に垂らし続ける。真実を吐き出すまで、何滴も垂らし続けるのだ。これが、仕事だ。執拗に相手を責め立て、自分の望む答えを何としてでも手に入れる。こんな非建設的な事をして、何を生み出すというのだろう。何を救い出せるというのだろう。だが、上から命じられたからには、淡々とこなす他に道は無いのだ。せめて彼が軟弱者であったなら、無益な拷問から脱するのは容易いというのに。
 だからプロミナはテオドリクスの寝そべっている粗末な鉄製のベッドの下に薪をくべ、燃やし始めた。

「テオドリクスさんが私を売ったんだとは、心の底では信じてないよ。でも、それでも、例えそれが嘘や偽りであっても、私はやめられない。身近で、解り易い誰かが、どんな形であっても喜んでくれるのなら、私はこの炎を消さない。だって、そうでしょ? 私が今こうして火を灯けないと鉄板は熱くならないし、テオドリクスさんは苦しまない。そしたら周りの人は喜んでくれない。私はついこの前まで苦しんできた。だから、次はテオドリクスさんの番。一度“そうだ”と烙印が押されたら、拭っても拭っても消えたりはしない。だから私は償うんだ。こうでもしないと、みんなが笑顔になれないから」

 それにしても、熱い。真っ赤なドレスでは熱を吸収しすぎる。汗でドレスが肌に張り付いて、至極気分が悪かった。プロミナは蝋燭をテオドリクスに叩き付けると、ドレスを脱ぎ捨てた。

「ねぇ、テオドリクスさん? 笑顔や信頼を手に入れる為には、すごく、犠牲を支払わなきゃいけないんだよね? この論理は間違ってないよね? じゃなきゃ、私は命を削る意味も、今まで費やしてきた努力も、流した涙も、何もかもが……“実はそんなものは回り道だった”という事になる。だから私はこうして働くしかないんだ。一緒に苦しみましょう。私達の苦労の結果、身近な誰かが笑顔になるんですから」

 酸素が削れる感覚が、喉の痛みと共に訪れる。緩やかに歩み寄る死の気配は、まさしく己の人生を象徴しており、それが却って心地良い。自分は今、確実に戦っているのだ。それを、頭脳が教えてくれる。身近な誰かの笑顔の為に戦っている。

「そして一緒に確認しましょうよ。やっぱり私達は必要な犠牲を払ったんだって。私達は他者の為に自らを犠牲に出来るんだって」

 テオドリクスは頷かない。プロミナは尚も続けた。

「だから、嘘でもいい。首を縦に振って。一言、“やった”と云うだけでいい。そうするだけで、みんな(・・・)が喜ぶ。ねぇ、もういいでしょ? 何が真実なのかは、この際、誰も求めてなんかいないんです。問題は、この壮大な物語に黒幕が不在であってはならない。そういう事。全ての元凶という看板を貴方が背負えば、万事が丸く収まるというのに。それでも、まだ粘るの?」

「お前は、騙されている」

「知ってるよ、解ってるよ、でも、嘘を嘘だと見抜いたからって、たった一人がそれを見抜いたからって何が変わるというの? 真実を知る事は大切だよ。でもね、自分で自分を誤魔化す事は、生きる上で必要な事だと私は思うな」

「アースラウグが、こんな事で、喜ぶとでも……!」

「喜ぶよ。信用してくれて、尚且つ私をもう一度、友達として認めてくれるかどうかはわからないけど。でも、いいんだ、もう。私が何もかもを使い果たして消えて、その後に道が少しでも切り開けたら、私の役目はそれで終わり」

 ラウンジで口々に嘲笑していた彼女らも、いつかはプロミナの事を忘れるだろう。その頃には新たな標的が生まれているだろうか。しかし、それでも、時々で良いのだ。能天気で、無鉄砲で、ただ、ただ、前に進む事しか考えていない様に見えた、酷く騒がしかったMAIDを、誰かが永遠に後ろ指を指してくれれば、“的”となるであろう後のMAIDの精神的負担は少しでも軽減される。まずはその為に、アースラウグとテオドリクスを道連れにする必要がある。

「ねぇ? テオドリクスさん。その前に、少しでも証が欲しい。あなたを焼くだけなら簡単だけど、その前に、“やった”と自首してくれないと、今までの私の苦労が報われない」

「俺は、断じて語らぬ」

 どこまでも強情な奴だった。

「お願い。これが無駄な事だとは思いたくないから」

「この問答こそ、無駄よ」

「……そう、ですか」

 天井を眺める。頭の奥底で、幾つもの留め具が外れる音がした。
 何かが加速する。得体の知れない獣の心が目を覚ます。初めに訪れたのは強い目眩で、その次は胸の高鳴りだった。訳も解らず嬉しくて、笑いが止まらない。こんな簡単な摂理にも気付かなかったのか、プロミナという自分は。

「ああっ、疲れた……! 前向きなテメェを演じるのは肩が凝って大変だよォ、ねぇ、テオドリクス、私はね、私はね、私はね? 聞けよ! プロミナはね……?」

 投げ出してしまえば良いのだ。こんな責務を背負う必要が何処にある。どうせ掴めもしない真実ならば、そんなものは最初から存在しないと声を大にして叫び続ければ良い。守護女神は死んだと語ったジークフリートに同じく。
 尤も、守護女神というもの自体がそもそも居なかったと云いたかったに違いない。ジークフリートは生まれてから現在に至るまで、MAIDジークフリートであって、皇室親衛隊に所属するというだけの事だ。それと同じだ。真実というものを、テオドリクスに期待しすぎた。全ては幻想なのだ。連続放火事件などは誰かがでっち上げた事であるのは間違いない話であるし、その真犯人とやらは依然として誰も知らない。個別に起きた事件を誰かが連続性のあるものと喧伝しているに過ぎない。私はその様に断定してやるぞ! 普遍的な事実とは個々の認識を集めその平均点を算出する事で導き出されたいわば目安であって万人がそれを絶対のものとして従わねばならないという道理は何処にも無く、即ち、それを経典が如く崇め奉り、挙げ句こんな場所で延々と答えの出ない問答を続けさせられる事こそ屈辱以外の何であろうか? 自分が正しいと思ったなら、それが自分の人生の主役たる自分自身にとって正義なのだ。誰かにそれを強要される筋合いは全くもって皆無ではないか。故に断定する! 鎖は、ここに潰えるのだ! 扉よ開け!

「プロミナはね? 本当は寂しがり屋で、誰かに構って欲しいだけなの。だから、お願い、プロミナをね、もっと満足させて? いじわるしたのは構って欲しいから。炎で派手なパフォーマンスをするのは、人気者になりたいから。プロミナはね? お話しするのが大好きなんだ?」

 テオドリクスを拘束していた鎖を、高出力の炎で融解させる。周囲に鼻の曲がる様な臭気が漂ったが、知った事か。この臭いもまた、神経の生み出した幻想に過ぎぬ。これより訪れる輝かしき未来の前に、この程度の障害が何の意味を為すと云うのか。私は炎の解放者。憂慮と悲嘆の樹海を焼き払い、歓喜の荒れ地を生み出す者なり。斯くしてテオドリクスの四肢は自由を得た。報酬を求めよう。彼を此処に縛り付けたのは私ではない。

「おいしいごはんをたべたいのに、パパはどこにもつれてってくれない! かわいそうなプロミナ! ねぇ、お願い。哀れんで? 頭をなでなでして? “よしよし、辛かったね”って。泣きたいのに涙も出ないの! ねぇ、可愛いお馬さん……」

 聴衆の諸君! 私は苦悩している! 聴衆の諸君! 流れぬ涙を見て欲しい! 聴衆の諸君! この魂の叫びは届いているか! 聴衆の諸君! 聴衆の諸君! これより私は……私は……! それよりも見たまえ! 雨は降り注ぎ、秘められし火山は溶岩を湛え、大地は揺れ動いている! 律動は理性を破砕し、奇怪な獣達が口々に肉を求めて咆哮する! これらを戒める手段を、諸君らは知っているか! 生け贄は何処にある? 雲が堕ちる前に、早く差し出さねば! それこそが、鎮魂歌! 死者は語った! “さぁ、差し出せ”と!

「……私を、満たして?」

 斯くして獣に生け贄は差し出された! 馬に跨がり、生け贄は地獄の門へと向かったのだ! 死神達が下腹部を槍で何度も貫き、そこから流れ出す色の無い血液は、生け贄の涙の代わりとなって大地を濡らした! 平穏よ、さぁ早く! 聴衆が求めたのは何であったか! それは、目を覆いたくなる地底の踊り! 差し出せ! 平穏の為に! 私は炎の解放者! 馬の耳を囓り、嘶く声からコーラスを見出せ! 音色は解放を加速する為に!
 止め処なく流れる汗が逆に心地良い! 生け贄は馬との接吻を済ませ、鼻歌で快楽を表現する。

「焼け焦げる? ねぇ、火傷、いい! もっと!」

 狂気とは何であるか! それは鍵! 煮えたぎって軟化した背中の脂肪分を力一杯に引き千切り、これを真理への供物として捧げるのだ! 諸君らよ立ち上がれ! 雷雲に空いた穴に合わせて塔を建てろ! 天へと昇り、神の不在を証明せねばならない! 今こそ!

「おい! 何をしている!」

 合い鍵で扉を開ける看守。振り向くものか。テオドリクスはプロミナの物だ。

「もう、誰にも私の物は壊させない」

 部屋から気温が逃げる事で徐々に平常心を取り戻す思考に、プロミナは舌打ちした。もっとだ。もっと熱く。魂を溶かす程の灼熱を!

「たまげた……そんなに楽しんでたいなら、鍵を寄越せ。仲良くそこに閉じ籠もってろ」

 痴態を見せられた看守はきっと冷静では無いのだろう。幾ら抑制装置が付いているとはいえ、テオドリクスの両手、両足は鎖から解き放たれているのだ。鍵を口に咥え、プロミナは看守に渡して見せた。テオドリクスは相変わらず、熱に魘されて動かない。

「気が狂ったのか」

「気付いてしまった、と云う方が正しいかな。私は出撃していると、周りに伝えて欲しい」

「お前の同僚にはそう伝えておくよ。ただ、担当官とか、周りの人間にはなぁ……――」

 ――何か云ったか。まぁいい。最早、私には関係の無い話だ。幕は開けたばかりだ。鉄の扉は閉められた。上演中は静かに見ていろ。それが作法というものだ。
 プロミナは、新たに見付けた宝物を大事そうに撫でた。暗く淀んだ瞳には何が映っているのか、知る由も無い。此処には鏡が無いのだ。


最終更新:2011年06月09日 12:47
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