システムについて

(投稿者:Cet)



「で、我々は何の話をしていたんだっけ」
「我々? よしてくれ」
 男は青年に目を合わせない。
 卓を挟んで、青年と男は椅子に座している。
 男は手を組んで、両肘をそれぞれ膝の上に載せている。組んだ手は口元にあった。
 青年は足を組んで、ひじ掛けに両腕を掛けていた。
「言うなよ」
「いずれにせよどうでもいい」
「そうかい」
 青年は口元だけを歪ませて笑う。
 男は先程の姿勢のままでいる。
「それで」
 何かの皮切りであるかのように、青年が言った。
 少しだけ男から視線を外す、それと入れ替わりに、男が青年を一瞥する。
「アンタが何故ここにいるのか、知りたくないか?」
「……」
 男は青年を凝視している。
 その顔は、凝縮された精神性に満ち溢れていた。
 往々にしてそのような精神性は、周囲の人間を極度に緊張させる。
「君は……いや、ちょっとは自分で考えてみな」
 青年は、そうして、肩を竦め、手を横に広げてみせた。
 男は、なお精神性を持続させている。その顔を少しだけ俯けた。
「君は神に奉じるものだ」
 男から視線を下に外して、青年は語る。
 今は、お互いに視線を外している。
 男は過去について考えている。 過去。 過去?
「だからこそ俺は君を必要とした、そのノウハウ、あるいは能力自身が、俺には必要だった」
「過去?」
 男は独白する。
 顔を上げて、青年を見つめた。
 青年は笑っている。しかし、歪んでいるのは口元だけで、目はそうではない。いつのまにか二人は視線を交わしている。
「なあ、人は何かを信じなくちゃ生きていけないんだ、あるいは、ニヒリズムを信じている人間ですら、その逆のものを思い浮かべることができる、少なくとも感覚的には」
 青年は再び視線を外した。
「どういうことだ」
「お前の記憶は、さしづめ1946年の五月五日に止まっているんだろう、そうだろう、君はあの日に一度死んだ」
 男は立ちあがって、卓を蹴り飛ばした。
 椅子を巻き込んで、卓が前方へと転がっていく。
 男は肩で息をする、思い出してはいけないものを思い出そうとしている、それを思い出してはいけない、でなければ、個体化の原則が打ち破られてしまう――。
「しかし、エターナル・コア……我々を動かすその源の重要な部分とは、使い回しが利くということなんだ、いや、この言い方は正確じゃない。
 正確に言えば、我々の方が使い回しの効く存在なんだ、死体として、エターナル・コアに従属するものとして」
 肩で息をする男の背中から、青年は言った。
 いつか殺された女性の再現をするかのように、男は腕を振るう。しかし、中途半端に徹底された再現において、彼の腕は空を切る。
 青年は、男を中心に円を描くように歩いている。
 論理的な連続性に縛られることもなく、男の背後をてくてくと歩く。
「君自身はきっと死んだのだろう、あの時に、君は支配され、吸われたんだ。
 エターナル・コアというものは、ある場合にはとても羊に似ている。
 イナゴに喩えようには、寛容らし過ぎるという点で……ねえ君」
 もはや、男は青年を捉えようとすることすら辞めていた。
「ほとんどの人が信仰するものが何なのか知っているかな」
 そして、青年も、もはや男に向けて語りかけているのではなかった。
 青年は立ち止まった。首を上へと傾げている。世界の構築者として語っているに過ぎなかった。
「それは死と発狂……破滅だ。
 ほとんどの場合、人間はそのことを基準として実存を得るんだ」
 青年は目を細める。
 男は反対に目を見開いていて、荒々しく息をしていた。
「そして君もそうだ。神に仕えていながら、君は結局暴力的なはたらきに振り回されていただけだった。
 エターナル・コアとは、結局のところ破滅の象徴にしか過ぎないんだ。そしてすべからく、神意とはそれだ」
 しかし、青年は喋り続けていた。
「勿論、他にも道はあるのかもしれない。だからこそ俺は君を『利用した』」
 青年は視線を下ろす、もはや誰かを認識することを辞めている。自分の爪先の、三メートルほど前方を見ている。
「俺は世界を変えれるのかもしれない、少なくとも、その為に何かをするべきなんだと思う。
 だからこそ俺は君を利用する。そして、その為にやれることをやるんだ。結論から言えば」
 青年は、男の背中を見た。
 爪先の向きを変えてしっかりと正面から、男の背中を見据えたのだ。
「夏を持つものは、必然的に故郷を持たないんだ。
 歩き続けるしかないんだよ。
 もう何も見えないだろう、呟けば分かる、君にはもう何も見えない。
 そして俺は君の背中を押す」








 そこは、昼でも夜でもない場所だった。
 仄かな光が見える。そしてそこは荒野だった。
 そこに男が立っていた。
 少年はその男を見つめる、男は茫然と立っている。もはや彼の足は一歩も進まないし、それどころか心の中ですら、微かな風もまた止んでいた。男の中ではもうこれ以上何も変わらないのだ。少年にはしっかりとそれが分かった。
 ここはどこだろう、と、少年は考える、しかし、考えても無駄だとすぐに悟ったので、考えるのを辞めた。
 その代わりに彼は訊いた。
 きみのなまえは?
 そう訊いた途端、少年の視界には男が映らなくなった。
 少年は暫し戸惑っていたが、しかしこれから自分が歩き続けなければならないことだけがそれとなく理解された。
 そうだ、歩かなければならないのだ。
 だから歩こう。
 少年は一歩を踏み出した。








 暗闇に青年は一人で立っていた。
 もう男はそこにいなかった。
 椅子は一つきりだし、机も元から一つきりだった。
 青年はこちらを見ている。
 そう、『こちらを見ている』。
「物語は一度終わる」
 青年は物語を始める。
 金髪の青年、背は179センチ、端正な顔立ちをしている。目は青く、ベーエルデー系。
「そしてそれはもう一度始まる……時は世暦1963年。
 俺はさよならを言わなきゃならない、少なくとも、そうすることでしかもう一度会う事はできないんだ」
 暗闇に風が吹きつける。
 彼の前髪が舞う。
 光が降り注ぐ。
 草原が薫る。
 一本の木。

 そして誰もいなくなった。


最終更新:2011年06月14日 16:40
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。