唸るように響いてくる地鳴りと共に押し寄せてくるGの群勢。
立ち塞がる全てを噛み砕き、飲み下し、踏み潰さんとする異形種達の濁流。
破滅と絶望を孕んだ黒い津波が押し寄せてくる。
地平の彼方から迫り来るGを目にして、これを迎え撃つべく対峙していた兵士達は息を呑んだ。
神ならぬ人の身である彼らからすれば、まさに地獄が顕現したかのような光景だろう。
だが、しかし。
もしも押し寄せるこの悪夢を、たった二本の槍が押し止められるのだとしたら、それは神の御業と同義に映るのではないか。
なぜなら彼らは、神ならぬ人の身であるのだから。
「シェアリング・コードβ、リンクレベル1」
Gの群勢の中央を一条の閃光が突き抜けた。
轟音と、それに遅れてやってきた衝撃波によって、重厚な甲殻を持つGの体躯が幾つも宙に捲き上げられてく。
次々とその衝撃の渦に飲み込まれていったGは、甲殻が押し潰されて弾け飛び、四肢は寸断されて力無く宙を舞い、やがてボトボトと音を立てて地面に落ちていく。
Gの群勢という黒い津波。恐怖と絶望の大海。
それを引き裂いたのは、神ヤハウェより十戒を賜わった聖人が起こした信仰の奇跡ではない。
Gの大海を引き裂いたのは、ただ、ただ、単純に強大な砲撃とその衝撃波。
プラチナブロンドの戦乙女が携えた、巨大な騎兵槍から放たれた一撃だ。
「シェアリング・コードα、リンクレベル3」
「おっけぃ。 ゲート、オープン!」
レーゼが機械的な文言を口にすると、ローゼが軽く頷いて了承の意を示した。
二人の間を循環し続けている、目に見えないコア・エネルギーの流れが、熱量を伴って加速していく。
シェアリング・コード。
リンクレベル。
ゲート・オープン。
それらの文言はローゼとレーゼの間で取り決められた、特殊能力“シェアリング”の発動を示す符号だった。
―――正確には宮廷付きのMAID技師こと、ドクによる助言を受けて決められたものではあったが。
双子のMAID、ローゼとレーゼが持つ唯一にして最大の特殊能力“シェアリング”は、二人の中にあるエターナル・コア《戦乙女の涙》の間を循環するコア・エネルギーを媒介にして、ありとあらゆる感覚や力を共有させるものだ。
全てのMAIDが大なり小なり有している身体強化作用と同じように、ローゼとレーゼのシェアリングもまた、本来であれば常に発動しているパッシヴスキルである。
しかし、ある理由から彼女たちはシェアリングを常に発動させてはいない。
つい忘れがちになるが、ローゼとレーゼはそれぞれ独立した人格を持つ個人なのである。
それ故に、いくら生物学的に極めて近似値を示す双子といえども、四六時中精神を繋ぎ合わせておくことには限界があるのだ。
ほんの僅かな意識の齟齬からでも、ストレスが精神と身体に、澱のように蓄積していくのである。
よって普段シェアリングによる繋がりは意図的に制限されており、両者が揃って解除に切り替えない限り、感覚などの共有が発動することはない。
そしてこの共有に幾つかの分類と段階を設けることで、ローゼとレーゼは相互の繋がりの度合いを調整していた。
シェアリング・コードα、リンクレベル1とは、視覚や聴覚といった外的な知覚情報を共有することを意味する。
つまり、お互いが見聞きした情報を共有できる状態だ。
アルベルトの私室でトランプを行った際に使用したことで、シェアリングが露見する切っ掛けとなった。
シェアリング・コードβ、リンクレベル1は、双子のエターナル・コア《戦乙女の涙》の間を循環しているコア・エネルギーを乗算加速させることを意味しており、これによってMAIDが元来持っている基礎能力を爆発的に上昇させることができる。
そしてシェアリングコードα、リンクレベル3では思考をはじめとする全ての感覚、リンクレベル1~2の領域も含めて、いわゆる精神と呼ばれるものを完全に共有する。
エターナル・コア《戦乙女の涙》の特性を最大限に発揮した状態だ。
このリンクレベル3の発動をもって、ローゼとレーゼは“二つの体を持った一つの個体”として機能することが可能になる。
「吹っ飛べえぇぇぇッ!!」
斉射の位置、タイミングについては、繋がった精神を通じて既に二人の間で意志疎通が終わっているが、それでも口に出して叫んだのは、気合いを込めるという意味合いが大きかった。
水平に構えられた二振りのグングニルの先端が、向かってくるGの群れに向けられる。
強烈な爆発音が鼓膜を嬲り、空気が震える。
二股に開いたグングニルの先端から飛び出した衝撃波が、陽炎のように揺れる空気を引き裂き、Gの群勢の中央を再び貫通して大穴を穿った。
二人が使用しているのは、グングニルに備えられた砲撃機能である。
内部シリンダーの弁を解放することで、射突機構を動作させるために回転式弾倉に籠められている弾薬の爆発力を、外に向かって放出する機能。
これは予備排莢システムの副産物として付与された機能であるため、本来であれば至近距離に爆風を撒き散らす程度の威力しかないのだが……
「もう一丁!!」
「いっけぇぇぇー!!」
三度、暴風がGの先頭集団に食らい付いた。
シェアリング・コードβ、リンクレベル1によって乗算加速された二人のコア・エネルギーは、MAIDが持つ強化作用を爆発的に押し上げている。
おまけ程度の砲撃機能でGの群れを吹き飛ばせるのは、それだけグングニルに反映されたコア・エネルギーによる威力強化の度合いが凄まじいということなのだ。
矢継ぎ早に繰り出された砲撃によって、接敵前から多数のGを屠ることに二人は成功していたが、未だ戦況の趨勢を覆すには至っていない。
天上に向けて垂直に立てたグングニルの石突きでとんと地面を突き、槍底から今しがた撃ち終えた空薬莢を全て排出して、新たな弾薬を内部の回転式弾倉に籠める。
残りの弾薬も数が限られてくるなか、駆け出したローゼとレーゼの姿は、既にGの群勢の真っ只中にあった。
全方位からワモンタイプと呼ばれるGが、生え揃った牙を、鋭い棘を、伸びた爪先を、蟲動する触角を、少女たちの白い柔肌へと伸ばす。
「…… ……」
既にローゼとレーゼの間に言葉はない。要らない。
時間がゆっくりと廻る。
第三者から見れば二人の命を刈り取るべく、Gが猛然と襲いかかっているおぞましい光景。
しかし当のローゼとレーゼにしてみれば、その光景はとてもゆっくりと流れているように見えていた。
シェアリング・コードα、リンクレベル3。
循環するコア・エネルギーを通じて全ての感覚・精神を共有させた二人の中では、全ての情報が超高速で処理されているため、Gの動きはスローモーションのように感じられていた。
シェアリングによって拡大された知覚は、周囲の情景を360度余すことなく二人にもたらしてくる。
背後、完全な死角から迫ったワモンの爪を、ローゼは身を屈めて躱した。
標的を見失ってたたらを踏んで躍り出てきたワモンを、レーゼのグングニルが刺し貫く。
ガラ空きになったレーゼの背中に、数匹の
ワモンが飛び掛かったが、屈んだ姿勢から一息に跳躍したローゼが、グングニルを振りかぶって纏めて蹴散らした。
全ては予定調和の内にある。はじめから背後を心配していなかったレーゼは、流れるような動作で軽機関銃を取り出した。
独特の太いバレルジャケット。そしてフラットパンと呼ばれる円盤型弾倉が特徴的なその銃は、かつてローゼとレーゼがオカマなイケメンの
MALEと遭遇した、アルトメリア義勇軍の倉庫から持ち出されたものだった。
後日オカマが言ったとおりに、アルトメリア義勇軍が撤退した後に訪れた倉庫の片隅で、ローゼとレーゼはこの軽機関銃を発見したのだ。しかもご丁寧に2丁も。
倉庫に置き去りにされていた銃は、そのどれもが使い古された旧式ばかりだったのだが、二人はそんなことまったく気にしなかった。
むしろ倉庫で埃をかぶっていたこの銃の、独特な形状と骨董品めいた美しさを大層気に入っていた。
よりによってなぜそんなもの拾ってきたと頭を抱えたシーマに、二人はこう言ったという。
「だってザ○マシンガンみたいな形だし」
「ねー」
ルイス軽機関銃が連続して火を噴いた。
旧式にも関わらず重厚な火薬の破裂音を響かせたそれは、Gの体躯に次々と穴を穿っていく。
続いてローゼもルイス軽機関銃を取り出すと、二人はステップを踏むように、Gの群の真ん中で次々と立ち位置を変えながら、互いの隙を補いながら弾丸を散蒔いていく。
優美さすら感じさせる一連の動きは、まるで踊っているかのようだった。
弾倉内の弾丸を撃ち尽くすのとほぼ同時に、ローゼとレーゼはぴったりと背中を合わせる形になった。
その体勢から二人は同時にグングニルを水平に構えてトリガーを引き絞る。
空気を震わせる爆発音。
続いて先端から爆風の放射が始まると、そのまま二人は脚を交差させてグングニルを振り回した。
回転することで全方位に向けて放たれた衝撃波が、Gの巨大な体躯を捲き上げて空気の渦の中でバラバラに解体していく。
疾風怒濤の勢いで屠られていくGの群勢。
ローゼとレーゼは双子特有のシンパシーの力を、シェアリングで身体に同調させている。
完全に同調したMAID二人の力は単なる足し算で終わらない。
ローゼとレーゼを造り出した男は、かつて円卓会議の場に居並ぶ議員達を前にしてこう言い放った。
“このように思考と視野。 この二つが共有されるだけでも、実戦時における戦闘効率の向上は、目覚ましいものがあるでしょう。 ―――私が試算するに、その戦力は2倍ではなく2乗に相当するかと”
あれは誇張表現でも何でもなかったのだ。
“感応し、共有する能力……シェアリングがある限り、あの双子は無敵です”
累々たる死屍を荒野にさらすGがそれを証明していた。
戦端が開かれてから短時間のうちに数百体にも上るGを葬り去ることができた二人。
討ち漏らしたGも僅かにはいるが、そちらについては後方に築かれた防衛線に任かせておく他はない。
ひととおり先行していたGの一群を掃討し終えたローゼとレーゼは、さらに後方の群れへと突っこんでいく。
対してどれだけ同族を打ち倒されようとも、恐怖という感情を持たないGが猛然と二人に群がってくる。
「―――すっぱりさっぱり死んでくれや! 阿婆擦れ共が!」
その時、蟲の嘶きとは異なる、明確な敵意を込めたコトバが、突如として少女たちの背に浴びせられた。
次々と襲い掛かってくるGに紛れて、黒い影が急迫する。
関連項目
最終更新:2011年08月25日 23:11