7.JUGGLER

(投稿者:めぎつね)

 悪い夢は、それなりに見慣れているつもりだったが。
 この現状をどう表現すればいいものか。いい言葉が思いつかず、アルハはとりあえず頭を抱えた。少し前までは確かにグレートウォールの辺地、主戦場からは遠く離れた一角に居た筈だった。最近確認された遺跡の探索及び永核の回収任務だ。先日の派手な失敗を踏まえ、今回の探索は少数――ほぼ単独と表現しても差し支えないが――での状況確認が主だ。
 それがどうやら、現実から足を踏み外して虚構に迷い込んだらしい。見慣れた荒涼は奇麗に消え失せ、見知らぬ深緑が視界を覆い尽くしている。ここ暫く、或いは一度として目にする機会などなかった景色が、だ。
 不意に服の裾を引っ張られ、アルハは肩越しにそちらを向いた。サーシェだった。つい先程までは完全に呆気に取られたという様子で大口を開いてぽかんとしていたが、漸く自意識を取り戻したらしい。聞いてくる。

「ここ、何処なの?」
「さて、ね」

 サーシェの問いに、アルハは言葉を濁した。何処だと聞かれれば疑いようはない。実際に見たものではないが、ほぼ話に聞いたそのままの風景が眼前にある。
 庭園、なのだろう。石組の柵で土と砂利、内と外が明確に分けられている。外側に広がる階段状の地形は意図的に削られたものか。一段ごとに別種の草木が配され、鮮やかな色彩を形作っている。逆に内側には池と岩の塊が幾つかあるのみだが、順路を示す石畳が規則的に並んでいるのもあってか、こちらはこちらで整然とした印象を受ける。池に泳いでいるのは鯉のようだが、赤と白の斑点模様のそれはアルハの知るものとは大分違った。近くにはカゼボも建っている。
 一通り見回して、アルハは納得できないものを吐き捨てるように嘆息した。その光景はどう考えても、

「楼蘭、でしょうね……多分」
「あたし達、今さっきまでグレートウォールにいたんだよ?」
「ええ、知ってるわよ」

 多分に不安の混じったサーシェの声に投げやりに返し、アルハはとりあえず剣の柄を握った。状況が飲み込めないのは、それだけで十分警戒に値する。敵の来襲を予測する上でのあらゆる情報が不足しているのだ。せめて武器に触れていなければ落ち着かない。

(飛ばされた? それとも幻覚か?)

 一定距離の空間跳躍であれば、アルハの旧友にもそういった能力を持ったメードがいた。だが距離が段違いであるし、その旧友も失われて久しい。この件とは関係ないだろう。
 しかし遺跡の探索任務に関しても、何度か受けはしたがこういった現象には憶えがない。聞いた記憶もなかった。隣ではサーシェが辞書のように分厚い通信機と格闘しているが、返って来るのがノイズばかりなのはこちらの耳にも届いていた。自分らが『本当に』楼蘭に来ているのであれば、繋がらないのも当然だが。
 そんな筈はあるまい。その可能性だけは完全に切り捨て、アルハはかぶりを振った。永核に絡む以上はあらゆる理不尽を考慮に入れねばならない。が、万一本当に楼蘭に連れて来られたのであれば完全に手詰まりだ。考えるだけ馬鹿馬鹿しい。一応理由は他にもあるが、ここは幻覚として判断を下すべきだろう。
 或いは、今回自分らが充てられた遺跡が手付かずのものだというところに理由がある可能性もある。そもそも、腰の重い上役連中は何事に対しても渋り、後手後手で対処を遅らせる。結果として単独であれ共同であれ、手を出す遺跡は常に先客がめぼしい物を拝借した後だ。時には前回のように、既にGの巣窟になっている場合もある。いや、そのほうが多い。これは公国軍の指揮系統の問題でもある。彼らのプライドが守られているのはひとえに、一部の戦力が極端なまでに高性能であるからに過ぎない。
 今回の遺跡に関して、発見から探索班の編成が極端に早かったのは、いい加減それではいけないと気付いたからか。それとも余りにメード戦力を消耗し過ぎて未使用の永核の在庫が乏しくなってきたか。前者であって欲しいが、アルハには後者に思えて仕方がない。役人は等しく屑だ。

「アルハぁ……これ、どうやっても繋がんないよ?」

 物思いは横槍で途切れ、アルハは瞳だけそちらに動かした。サーシェは目尻の辺りに涙を浮かべ今にも泣きそうな顔をしているが、そういえば彼女はこういった仕事を与えられるのは初めてだったか。最初がこれでは、ご愁傷様と言ってやりたくもなるが。
 アルハが口にしたのは別の話だった。

「遺跡と呼ばれるものが何か。分かる?」
「え? えー……ええぇ?」

 質問を受けたこと自体が全くの予想外だったとでもいうように――いや、実際そうなのだろうが――サーシェは目をぱちくりとさせて大仰に身を引いた。暫く虚空に視線を泳がせて、眉根に皺を寄せて唸ってから、正答を得たとでもいうように顔を明るくし、

「ほら、アレでしょ。昔の人の住んでいた跡っていうか、街とか城とかが朽ち果てたものとか、そういう」
「それは広義における遺跡ね」
「……違うの?」
「私達が居る場所とはね」

 告げて、アルハは軽く歩を進めた。ここが本当の楼蘭ではないと判断した理由が、すぐそこに落ちている。
 砂利の中に紛れ込むようにひっそりと転がっていた永核の一つを拾い上げ、アルハはそれを見せながらサーシェに尋ねた。

「永核というものの出所について、考えたことはある?」
「……ううん」
「でしょうね。永核そのものはGの発生時期、一応は33年ということになるのかしら。その頃にGの出現と同期して各所から出土したという話だ。地図に無かった場所から」
「それ、どういう意味?」
「地形が変わった、ということよ。33年を境に、世界中で地図との差異が顕著な部分が散見されるようになった。Gの出没が確認される地域は特に多い。これは未だ続いている現象で、軍がGの密集地域に手を出し辛い理由にもなっている。戦術の見直しは利いても、戦略の見直しは難しいから。そして永核は、そういう地図を嘲笑った場所からしか発掘されない」

 サーシェに背を向け、更に先へ進む。彼女が小走りについて来るのを足音で確認し、アルハは次の永核に手を伸ばした。二個三個と摘み上げ、片手では収まらなくなったところで一つをサーシェに向けて放り投げる。
 通信機は未だ手にしたまま、左手には自分の得物を携えていた為に、サーシェはそれを受け取れなかったようだった。掴もうとして通信機の角に当たり弾かれた永核を、彼女は通信機を肩に提げた鞄に仕舞ってから拾い直した。それを見届けてから、アルハは別の一個を投げて渡した。繰り返しながら、言葉も続ける。

「地図に生まれた空白。それが今現在、私達が遺跡と呼んでいるものね。国土内に生まれたものは盗掘を気にするだけでいいけど、Gの侵略において無国籍状態となった場所の遺跡はに関しては早い者勝ちだ。GHQもこれに関しては放任。国同士での利害が絡む以上は当然ね。だからこうやって、発見され次第私らのような新鋭でも主戦力でもない、自由の利く連中が借り出されるわけだけど」
「そ、それは解ったけど」

 少しばかり泡を食ったような相手の調子に、アルハは永核を拾う手を止めた。振り向くと、サーシェは片腕では抱えきれなくなった永核の山に悪戦苦闘していた。腕に抱えすぎて鞄に入れようがない、といった様子だ。それ以前にもう片方の手にも永核を二つ握っているので、鞄の蓋を開ける術すらないが。バランスも悪く、腕の上に作った山が崩れるのを体勢を変えながらどうにか抑えている。永核を乗せている側には鉾槍も持っている所為で、相当にバランスは悪そうだ。

「永核、多すぎない? ホイホイ投げてくるけど、もう十個以上あるよ」
「妨害さえ無ければ、一回の探索で得られる永核はおよそ二、三十個。盗掘済みでそれだから、未開拓の場所ならこれぐらいはあって当然じゃないかしら」

 実際、永核そのものは発掘環境さえ手に入れば、そこまで希少というものでもない。例え弱小国であろうと百は手元にあると見るべきだ。メードの絶対数が少数であるからといって、国が保有する永核も同様に少ないという話にはならない。
 では何故未だメードの数を揃えられないかといえば、損耗率の高さがまず第一に挙がるが、次点として生産効率が致命的に悪いという部分がある。素体の選別に始まり、技師の調達。永核の精製は効果が不透明な部分も多いが大抵行われる。永核を埋め込む部位が能力を左右するという話は技術的な信憑性は皆無だと聞くが、それでも皆一様に外科手術としては難易度の高い部位を好むのだという。そういった過程を経て、作られたものがメードとして覚醒するかも曖昧だ。単純な技術水準の低さがメード導入の足を引っ張っている国も少なくない。
 結果として、永核は『余る』。それでも他国のメードの死体から永核を剥ぎ取るのが当然とされるのは、『一度メードとして覚醒した実績』による部分が大きい。メードの身体を離れた永核は数年で再活性するとの研究報告は近年になってよく耳にするようになったが、死体からの永核の乱獲が目立ち始めたのもその頃からだ。事実かどうかは知らない。興味もない。
 だが、それらはただの胸糞悪い話でしかない。口にするのは止め、アルハは他の話で適当に辻褄を合わせるほうを選んだ。

「ついでに、永核は『埋まっている』ということはないの。こうやって、必ず地表に露出している。だから見つけるのも割と容易なわけね。とまぁそんな話も、この状況の説明にはならないけど」

 それ以上思いつく言葉が見当たらなかったので、アルハは強引に話を切り上げた。大分進んでいたのか、気がつけば眼前には建築物が一つ、大口を開けて異邦人を招いている。
 一見しただけで立派なものと知れる、そんな建物だ。こんな場所にあるなら当然だろうが。豪奢というほど派手ではないが、庭の景観を損なわずその存在感を示している以上はそれなりの貫禄もある。威厳というべきか。
 後ろでサーシェがとうとう転んで永核をぶちまけたのは音で判別がついた。彼女が冷静になって鞄に永核を詰めるのには手を貸さず、剣の柄を握る手に力を込める。横開きの扉の奥に人影はない。人気もないが、ならば安心だという話にはならない。気配というものは、それを感じた場合のみ信じるべきものだ。
 油断なく構えている内に、サーシェが片付けを終えて隣まで寄ってくる。正面の建物を一見して、その豪奢さに僅かに気圧されたのか、一歩下がってから聞いてくる。

「……どう、しよっか」
「屋内というのは、一番不意を突かれ易い場所なの」
「う、うん」

 少し構えた調子で首肯し、永核を詰め込んだ鞄を肩から降ろして槍を両手に構える。横目でそれを観察しながら、アルハは続けた。

「自分の戦う地形を把握しているか否か。これは個人の能力差を容易に覆せる程度には重要な事柄ね。私達は今もって、自分の置かれた現状すら把握できていない。敵が存在すると仮定して、ここで相手のフィールドに進み入るのは自殺行為もいいところだ」
「じゃあ、どうするの?」
「そうね」

 言葉を濁し、アルハは漸く剣の柄から手を離した。正面の建物に改めて目をやる。瓦屋根の木造建築。扉に張られているのも薄い紙だ。床は何やら薄緑色の異質な敷物をしてあるようだが、黴ではないらしい。竹、だろうか。
 そうなれば、取る手段は一つに限られる。

「あんた、火種とかある?」
「いや、無いよ!」

 一度肩をコケさせてから、サーシェは気持ちいいぐらいに高い声を荒らげた。

「どうしていきなり、そんな物騒過ぎる話にシフトするのさ!」
「焼き討ちは常套手段でしょうに」
「いや、そうじゃなくってね!?」

 何がそこまで彼女を刺激したのかは解らなかったが、火種が無い以上はこの提案は却下されたようなものだ。手持ちの手榴弾も多くない。あえて踏み込むのは上策とは言えないか。

「なら、建物は後回しね。とりあえず急ぐ必要はないのだし、余所を当たりましょ」

 サーシェの台詞を遮るように手振りを交え、アルハは早々に歩みを再開した。サーシェも一応は納得したのか、それともこれ以上は無意味と悟ったのか、渋面を作ったまま後についてくる。
 そしてまた少し歩いた頃に、徐に口を開いてきた。

「どうして、そんなに冷静なのさ?」
「パニックが一番身を危うくする、って知っているから、かしらね」
「いや、でもこの状況、やっぱりおかしいよ……?」
「得体の知れない現場に出くわしたからといって、それを理解しなきゃいけないなんて決まりはないのよ」

 そもそも、私達の存在自体が得体の知れない理不尽なものだからね、とは声には出さなかったが。
 それを知っているか否かで、メードの気の持ちようは大分変わるだろう。事実を知らされて正気を保っていられたならば、という前提が必要だが。

「大切なのは、それが危険かどうか。見極めようとするなら、冷静でいないとね」

 それを語った頃には、サーシェの意識が鋭く尖ったものに変わっているのにも気付いていた。何か自分の感覚に引っ掛かるものを見つけたらしい。勘の鋭さは流石と言える。

「……アルハ、何かいる」

 サーシェの囁きを受け、アルハは素直に剣の柄を握った。こちらはまだ何の異変も感じていない。だがサーシェの直感は自分などより遥かに優れている。警戒する材料としては十分だ。数センチほど剣を引き抜いて構え、暫く。
 反転と同時に抜剣し、それに刃を叩きつけたのはサーシェとほぼ同時。鉄を打ち据えたような感触と反動に逆らわず、アルハはそのまま飛び退いた。

「コイツ、いきなり出てきた!」

 悲鳴ともつかぬサーシェの声を余所に、アルハは現れたそれを注視していた。一見して化物だと知れる、そんな物体だ。
 霧の塊、とでも表現すればいいか。薄い靄のようなものが、人によく似たものを形作っている。見辛いが、薄い紫色をしている御蔭でどうにか形も判別できる。当然ながら純粋な人型ではない。左腕は倍ほどに長く右腕は二本ある。足もない。胴がそのまま床まで続いている。それがアルハとサーシェの間に、突如として現れていた。
 それが、ある筈の無い口を開く。多重に反響したその声は、男女の判別すらつかない。

「人間か」
「残念、人間もどきよ」

 返して、アルハは剣を左手に持ち替えた。すぐさま右手で拳銃を抜き、六発全て撃ち尽くす。化物は避けようともしない。頭、右肩、右腕の一つ、左胸、腰、足と順に照準を下げ、有効打は一発もない。銃弾は各部位にめり込み、一発だけ弾かれた。敵の足回り。

「無粋なものを使うな。その手にある刃は飾りか?」
「生憎、手段は選ばないよう心がけているわ」

 ノイズじみた声は聞き取り辛いが、その調子から相手が余裕を見せているのは判別できる。こういった手合いはその間に、実力の片鱗すら見せる前に仕留めてしまいたい。
 弾倉の空になった拳銃はホルスターに押し込め、指先でその裏側に仕込んだ短刀を掴む。手首のスナップだけでそれを投じ、アルハは駆け出した。叫ぶ。

「サーシェ、そいつの足元!」

 唯一銃弾を弾いた一角。そこに目を付ける。サーシェがこちらの声に反応するまで一拍以上の間を要し、理解するまでには更に時間がかかるのは明白だ。逆にこちらの目測が正しいなら、敵は即座にこちらの意図を見抜く。

「ほぅ、あれだけで気付くか。大したものだ!」

 短刀が根元まで刺さった靄の塊の頭部。その口元が不定形に歪む。その台詞が真実か挑発かは見当がつかない。だが他に狙うべき場所も思いつかない。と。
 霧の人型が僅かに膨らんだ。ように見えた。境界の曖昧な姿からくる目の錯覚と頭は判断したが、それでも躊躇無くアルハは後ろへ跳んだ。一瞬前まで踏み出そうとしていた位置に、何か小さいものが穿たれて土を弾く。
 それが弾丸だと気付いたのは、別の一発が髪の先を吹き飛ばしてからだった。踏み止まるのは危険と判断し身体を捻ると、更に数発が左右を掠めていく。ほぼ間違いなく、先程奴の体に埋まったものだ。

(体内の弾を射出した。いや、時間差の反射か?)

 弾丸は避けようと動いてはいるが、実際には狙いが曖昧で勝手に外れているだけだ。大きく動くのは逆に危険かもしれない。サーシェのほうも漸くこちらの指示を理解したか攻め始めているが、相手の二本の右腕に阻まれて踏み込めないでいる。

(せめてこの能力の詳細でも判れば、別の手段も)

 左肩に衝撃を受けて、思索は途切れた。目をやると、そこに見覚えのある短刀が根元まで刺さっている。気がつけば正体不明の顔面に突き刺さっていた短刀が無い。傷一つ残っていない不定形な顔面が、嘲笑うように歪んでいた。

(――この!)

 憤怒とも焦燥ともつかぬ感情の沸き立つままに、剣を逆手に持ち替えて振り上げる。痛みが意識に追いつくよりも先に、アルハは全力で長剣を投じた。的を外しているという感覚はあったが、掠める程度には当たるだろうとも感じていた、
 実際には、長剣は相手の腹を直撃して上体を地面に縫い付けた。相手が避けようとして道を誤ったか、サーシェに押し込まれたか。理由は解らないし、何であっても構わない。
 避け切れなかった銃弾が左腕を貫通していたのには、そこまで経ってから気付いた。

「アルハ!?」
「仕留めろ! 早く!」

 サーシェの焦りを交えた声に、それだけ搾り出すのが精一杯だった。激痛に思考を焼かれ、平衡も失い膝をつく。触れた左肩と二の腕からは既に大量の血液が吐き出されており、その自覚が即座に意識を毟り取りにくる。
 このままではこれ以上は戦えまい。更に消耗すればコアが危険を認識して感覚を切るだろうが、状況からしてその前に殺されるのが判り切っている。ここでサーシェに奴を片付けて貰わねば立ち行かない。
 彼女がこちらの言葉を飲み込むまでにはやはり若干の空白があったが、それでも先程よりは迅速だった。既に敵は上半身を半分以上霧散させて、剣の拘束からすり抜けだしている。

(間に合うか?)

 それ以前に効くのかどうか。懸念はそちらのほうが大きかった。未だ敵の正体は不明のままだ。最初の銃撃で足回りだけが銃弾を弾いたというだけで、そこが本当に弱点かも怪しい。彼女の一撃がその防御を打ち破れるかの確証もない。コアエネルギーを帯びているとはいえ、銃弾が弾かれた部分に鉄の塊を叩きつけて通じる筈もないのだ。
 ただの鉄の塊なら。サーシェの鉾槍は敵の足を打ったが、相手を僅かに後退させただけで効果は薄い。逆に反動でサーシェのほうが大きく弾き飛ばされている。
 それでも喰らいつけるだけの意気と能力が彼女の長所か。体勢を立て直し再度突貫するのに一呼吸とない。弾かれて投げ出された位置、角度、体勢、相手の状況まで全て計算されたような動きで再び敵に向かっていく。
 その頃には正体不明も長剣の拘束からは抜け出していた。だが対応するには至らない。反撃を試みてか左腕を振り上げたがそこまでで、サーシェに肩から胴体まで袈裟切りにされて上半身が砕け散った。その場所で身体を回し、鉾槍の勢いを加速させた上で再び相手の足を一撃する。
 自分の攻撃の結果を最後まで確認しないのはサーシェの癖だ。彼女からしてみれば、速度を乗せた鉾槍の威力が相手の防御を上回る確信があったのだろう。事実、刃は防御を貫通し、鉾槍が土を抉る。そこでサーシェの動きも止まり、

「うわ!?」

 短い悲鳴が危険に晒されてのものではないということは、その調子から判断できた。気にはなったが、その前にアルハは肩の短剣に手をかけた。意気を込め、一気に引き抜く。ポーチから引っ張り出した包帯で傷口を押さえつけようとするが、噴き出す体液に阻まれて上手く縛り付けられない。位置も悪く、失血で指先の感覚も怪しくなり、最終的には気付いて慌てて駆け寄ってきたサーシェに結んで貰った。二の腕には自分で結んだ。

「……大丈夫?」
「頭がくらくらするわ」

 サーシェの憂慮に呻いて、アルハは無事な右腕で頭を抱えた。血が足りないのだろう。感覚として一番怪しいのは足元だが、歩く程度は問題なさそうだ。出血はまだ止まっていないが、それでも暫く経てばもう少しましになるかもしれない。思いたい、か。
 それよりも、今は別の件がアルハの興味を引いた。殆ど問い詰めるような口調で、サーシェに尋ねる。

「それで、何が出てきた?」
「う、うん。あれなんだけど」

 サーシェの指差した場所は、アルハが思っていた以上に近い位置だった。そして転がっているものも実に小さい。鼠だった。首を刎ねられた鼠の死体が一つと、その傍らに永核が一つ。側にはアルハが投じた長剣も突き刺さっている。

「……どういうことだと思う?」
「この鼠が犯人、って意味じゃないかしらね」

 それ以外に思いつくものもなく、即答する。この鼠が永核の能力を借りて現出させたのがあの霞がかった人型だというなら、それはそれで十分に納得のできる話だ。
 あくまでも『自分には』という話になるが。事実、サーシェは腑に落ちないといった様子で厳しい表情を作っている。

「やっぱり、そうなの? でも、本当にそんな突拍子のない話を信じられる?」
「なんだって起こるわ。こんな世の中だもの」

 肩を竦める代わりに小さく鼻を慣らし、アルハはそこに転がる永核を拾い上げた。血の一滴も付いていない。この鼠は永核を腹に仕込まれたのではなく、ただ抱えていただけと見るべきか。そもそもこの塊が鼠の小さな体に入るかどうかがまず怪しい。見比べてみても、鼠の胴体と同程度の幅がある。
 だが永核を抱えただけでメードと同等の能力を駆使できるというのもまた、俄には信じ難い。それ以前に、サーシェの思うように鼠が永核に適合するのかどうか。動物実験の成功例は人間を使ったそれよりも遥かに低確率だと聞く。
 だが一番気にかかるのは、あれが人語を口にしたという部分だ。確かにあれは人の言葉で喋ったのだ。

(これが喋らせたのか?)

 手にした永核をまじまじと見やる。くすんだ紫色をしたそれははアメシストの原石辺りに見えなくもない。これに限らず、永核は概ね宝石の見目形をしている。その種類とメードとしての能力に関連性があるかは知らないが。

(……考えるだけ無駄ね)

 空想は際限がない。制約もないのだから尚更だ。適確な答えを得るには知識も足りない。疑問への解を放棄して、アルハは永核を肩越しにサーシェへと放り投げた。そのまま手の届く位置に刺さっていた、自分の長剣に手を伸ばす。肩に走る痛みに顔を顰めながら引き抜いて、アルハは周囲を仰ぎ見た。化物は倒したが、未だ何も解決していいない。

「周りの景色も変化なし。さて、どうしたものかしら」
「ああ、それならすぐに消える」

 耳にした声は馴染みのあるもの。だが口調に違和感を、そして危機感を同時に感じ、アルハは振り向きざまに一閃を放った。その攻撃はいとも容易く弾かれて、長剣が宙に飛ぶ。見慣れた鉾槍を喉下に突きつけられ、アルハは肩を押さえた状態で動きを止めた。

「儂の制御を離れれば、結界が解けるまで数分とかからん。すぐにお主らの世界が見えてくるさ」
「あんた……!」
「ああ、別に説明せんでも判るだろう? やはり、流石に鼠はいかんな」

 容姿も声も、何一つサーシェから変じてはいない。但し口調だけは、先程の正体不明のものに変じていた。何が起きているかは、想像に難くない。信じ難くはあるが。
 それは一度からからと大きく笑ってから、左手で自分の胸に触れてみせた。先程アルハが投げ渡した永核を握ったままで。

「しかし、最近の人形は防壁も張らんのか。そんなことでは簡単に釜を抜かれるぞ? このようにな」
「そいつに何をした」
「見ての通り、身体を借りておる。驚くことではあるまい? 主は肉体など入物に過ぎないというのを理解していたようだが」
「永核を手にしただけで乗っ取った、か? 巫山戯るな。そんな狂ったコアの話など聞いた試しがない」
「雑魚ではそうだろうよ。ふむ、では儂のクラスは未発掘か? それとも主が知らんだけか? 儂の本体を叩き潰した者がいた筈だが」
「何の話か全く解らないわ」
「そうか……まぁ安心せい。儂も人様の身体を長く借り受けられるほど余力はなくての。少し主と話がしたかっただけだ」

 と、相手が槍を引っ込めるのを見て、アルハは自然と強張っていた身体から力を抜いた。それでも警戒は解けず、無意識に傷ついた半身を下がらせる。その一歩だけで崩れ落ちそうになった膝を叱咤して、アルハは視線だけで周囲を探った。剣は見当たらない。後方に飛んだようだ。見つけたからといって、戦えるような状態でもないが。
 迂闊に喧嘩を吹っ掛けても墓穴を掘るだけだ。話がしたいというなら合わせてやるのが一番賢いか。慎重に言葉を選び、アルハは口を開いた。

「私もこの通り余力がないの。手短にね」
「安心せい、手間は取らせん。では必要なことだけを話そう。結界が外れたらば、即刻ここを離れよ。あの害虫共は、それを手薬煉引いて待っているからの」

 害虫。その言葉に脳裏を掠めたものは一つしかなかったが、相手と同じ見解かという部分に自身が持てず、アルハは問い質した。

「害虫。Gのこと?」
「ああ、主らはそう呼ぶらしいな。いや、儂もあれらに関しては初見でな。他の呼称なぞ知らんし、この辺鄙な場所に押し寄せる理由も分からんが」
「目的は永核か……?」

 曖昧な考察が自然と口をつく。永核のエネルギーはGの瘴気を相殺できる現状で唯一の力だ。故に永核とGは相反するもの、水と油のようなものだと思っていたが。
 だがここ暫く、遺跡とされていた場所がGの棲家になっているという事例は多い。事実、前回訪れた場所も害虫で溢れていた。
 だが奴らが永核を得たとしてどういった使い道があるのか。口元を手で隠し黙想に耽るが、邪魔が入るのに十秒となかった。

「考察は後にするのだな。儂も身の無い様で奴らに囲まれるのは勘弁願いたいものでね。主らに連れ出して貰わんと困るのよ」
「……それなら、黙って私らに拾われていればよかったでしょう?」
「素性が分からんのは主らも害虫も変わらんかったからの。今は凡そ理解した故、主らについて行くほうが楽しそうでな」
「それはどうも」
「しかし主もそうだが、昨今の人形師共は中々にいい趣味をしている。生娘の体とは……いや。ほぅ。これは非処女か」

 奴がその台詞と一緒にサーシェの身体を抱いた瞬間、自然と飛び出していた。
 片脚で地を蹴り、右肩から相手に突っ込む。不意に懐まで入られては、矛槍では対処の手段がない。もつれて転がった最中で派手に打ち付けた左半身は、数瞬ほど激痛を訴えた後にぴたりと口を噤んだ。一線を越えたらしい。そこまでは問題ない。寧ろ願ったりだ。だが視覚と聴覚以外を失って正しく加減が出来るものかどうか。下手をすればサーシェを殺しかねない。
 それでも、放置という選択は有り得ない。どの道最終手段として閃光を使えば、確実に殺してしまうのだ。確率の低い手段から取っていくしかない。
 起き上がると同時、腰のホルスターの裏から短剣を抜き、相手の喉下に突きつける。一寸先を制したつもりだったが、突き出した右手には短剣が握られていなかった。転がった際にホルスターの位置がずれたのかもしれない。感覚がない為に気づかなかった。
 こちらの失態を失態と理解していなかったのか、相手はアルハの眼前で呆気に取られた顔を見せていた。機を逃がせばこちらが死ぬ。躊躇せず、アルハは相手の首を鷲掴みにした。勘と予測で力を制御し、首を折らぬよう締め上げる。

「今すぐだ。そいつから出て行け」
「おや。主はこやつのことを嫌っているのではなかったか?」
「自分より強い奴を警戒するのは当然。敵でも味方でもね。それと、人の頭を漁るのも感心しないわ」
「ふむ」

 相応の握力で首を締め上げている筈だが、相手には全く苦しむ様子もなく顔色すら変化しない。手にした永核を指の上で器用に回転させながら、こちらの態度を値踏みでもするように視線を滑らせている。
 やがて、より強力に締め上げるべきかをこちらが悩んでいる間に。

「ならば仕方ないな。ここらでお暇しよう。では、また何れな」

 あっさりとこちらの拘束から抜け出して、それは指の上の永核を真上に弾きながらそう言った。落ちてきた永核が彼女の手に収まった直後。

「わわ!?」

 聞き慣れた戸惑い声が聞こえてきた頃には、既にアルハは相手の顔も見ていなかった。完全に力尽きて地べたに突っ伏していると、ぱたぱたと軽い足音が近づいて来る。

「え、何? アルハ、どうしてそんなことになってるの!?」
「私も説明できる自信がないの」

 自分の状況であれば幾らでも説明してやれるが、とは口にしなかったが。危機一応は脱したと頭が理解したことで、永核の機能も元に戻っている。つまり、左腕周りの悪夢の如き激痛も帰ってきているわけだ。動きたくない。いや、動けない。

「だ……大丈夫? 動ける?」
「指一本動かせそうにないわね」

 そうは言ったが、どうにか身体を起こそうとアルハは右腕に残った力を注ぎ込んだ。それで何が出来たかは語るまでもない。這い蹲ったまま指先が僅かに痙攣しただけで、身体を起こすことなど全く叶わなかった。左腕の痛みがどうであれ、これだけ消耗していればどの道立ち上がれなどしなかったろう。最早どうしようもない。サーシェに仰向けに転がされるのも為すがままだった。

「えっ、と。そうだ、手当てしないと」
「素人的な応急処置なら、さっきやったでしょう」
「でも傷開いてるよ、それ。もう一回やらないと」
「そうね。だからまずは教官殿に連絡入れて。迎えに来て貰って。それが一番いい」
「けど、通信機はさっきから全然」
「周り。元に戻ってるわよ」

 こちらの指摘で、漸くそれに気付いたとでもいうように。いや実際そうなのだろう、サーシェが驚嘆の声を漏らした。既に周囲からは先程までの楼蘭然とした風景は消え失せて、見慣れた荒涼の大地と幾多の岸壁、砂交じりの枯れた風が乾いた音を響かせている。

「なんで……」
「さぁ、ね」

 どうやらサーシェには、本当に先程までの記憶はないらしい。彼女の言動から、それは確信できた。
 そしてあの正体不明の言葉が本当であれば、もう間もなくこの一帯にGの一群が押し寄せてくる筈だ。それを信用するに足る情報は何一つ無いが、こちらには万一に対して抵抗する余力も残っていない。癪ではあるが、素直にここを離れるのが上策だ。

(奴の永核は、弾いておくべきだったわね)

 今更ながらに後悔するが、既にサーシェの左手にあの永核は無かった。鞄の中に放り込んでしまったようだ。永核なぞどれも似たようなものだ。多数の中に混ざってしまえば探し出すのは難しい。
 と、別の事柄に気付いてアルハは視線を上下させた。サーシェは暫し通信機に視線を落として何か考え事をしているようだった。暫し迷うように手元の箱と睨めっこしてから、不意に聞いてくる。

「……どうやって説明しよう」

 言葉の意味を理解するには数秒ほど要した。ここでの一連の出来事の話だろう。だが別段、構えるほどの問題でもない筈だ。説明できない事象に対して取れる方法など二つしかない。ありのままを話すか口を噤むかだ。
 アルハは主に後者を選ぶ。

「戦果は上々、但し未確認のGに遭遇、戦闘。行動不能により救援請う。そんな所でしょう。まぁ、相手は教官殿だ。そう畏まる必要はないかしらね」
「……いいの? それって大事なとこ殆ど省いてるじゃん」
「説明ができない、原因も分からない、どんな厄介事に絡んでいるかも読み取れない。そんなものを報告してどうするというの。証人がいるというなら兎も角、こういうカードは隠せるものなら隠してしまいたいわね、私は」
「カードって……」
「所詮は仕事よ、こんなものは。拘るところが無いのなら、上手に手を抜かないとね」
「でも、あたし達は世界のために戦って――」
「その『世界』というのは何?」

 反射的に伸ばした腕が、サーシェの肩を掴む。彼女は驚いて身体を戦慄かせたが、目を疑ったのはこちらも同じだった。つい数分前まで指一本動かなかった身体だ。流石に慣れてはきたが、この『永核の気分次第』といった身体の変調は何年経っても具合が悪い。
 動く間に上体も起こし、アルハは問いを続けた。

「あんたが守りたい世界というのは何? 今ここで答えられる?」
「それは……その」
「ただ求められるままに戦い、自分の意思も判然としないまま他人の曖昧な理想に殉じた所で、何も残らないわよ。今では誰も憶えてすらいない、私の同輩みたいにね。あんたも、同じ道を辿りたいの?」

 気がつけば詰問になっている。気付いて、アルハはかぶりを振った。説教がしたいのではない。
 だが伝えておくべき話でもあった。これはメードの素体に女子供が多く使われる理由の一つだ。精神的に未熟であるが故に物事を深く考えられない。根幹的な疑問に蓋をされて、押し付けられた眼前の問題を捌くので手一杯になっている内に疑問すら忘れてしまう。
 そしてメードの損耗率の高さは、その弊害だ。押し付けられる問題とはつまりGとの戦闘であり、捌き切れなければ死に直結する。
 改めてサーシェに目をやる。彼女は疑いなく天才だ。ウルザが他二人と違い、すぐに手放したのもよく解る。教官すら付けずただ一人、天賦の才のみでここまで生き残ってきたのだ。
 だがその為に、心構えの面で圧倒的に不足している。精神的に脆弱なのだ。知ってはいたが、あえて無視してきた。理由は考えるまでもない。これは嫉妬だ。
 もう一度かぶりを振り、アルハは雑念を払った。サーシェの不安げな顔に笑いかけるつもりで――それがただの自嘲にしかならないのは分かっていたが――続ける。必要と思える言葉を伝える。それだけでいい。いや、その程度しかできない。

「それが嫌なら、筋の通った意思ぐらいは持っておくことね。私達はこうやって生まれた以上、戦う以外の道が無い。この世の全てがそれを求めるのだから。だから連中の願望の傀儡にならない為に、自分だけの戦う目的を持たないと。一つでも、幾つでも。断言できるだけのものをね」
「アルハには、それがあるの?」
「私は、それ以外には何も頭に無いわよ」

 手段も選んでないけど、と胸中で付け足して。アルハはまだ動く右手で自分の額に触れた。らしくないことをしている。そう自覚したのは、頭に浮かんだものは全て話し終えた後だった。傷の所為か。血を失いすぎた影響で大分頭が回らなくなっているのかもしれない。自然と、身体は休息を欲して地面に倒れた。水気を失い罅割れも散見される大地に転がり、錯覚ではあったが先程までの草と軟土の感触が如何に偉大だったのかを思い知る。岸壁の隙間から覗く傾いた太陽の光に顔を顰め、右腕で視界を覆った。

「兎に角、私は詳細報告なんてしない。どうしても気になるというなら、あんたがやりなさい。口裏ぐらいは合わせてやるわよ」

 恐らく、そんなようなことを言った。サーシェが何か答えたような気もしたが内容は憶えておらず、気付いた時には軍用車両の後部スペースに転がされていた。気を失っていたらしい。どうにか身体を起こすと、運転席の教官殿に腹の底から呆れたというような髭面を見せられた。間を置いて、サーシェも助手席から顔を出す。

「偶には、無事に帰って来られないのか?」
「先日にやってしまいましたからねぇ」
「お前が無事に帰ってくる時は、他の連中の被害が甚大だな。いつかは両方無事に帰して貰いたいものだ」
「教官殿の努力に期待しますよ」
「はっ」

 彼が鼻を鳴らしたのと。
 車の振動にバランスを崩し頭を打ったのは恐らく何の関係もない。再び起き上がる気力も持てず、アルハはそのままの姿勢で打った部分に右手を当てた。左腕はまだ動かない。包帯は替えられていたが、未だに血が僅かずつ滲んでいる。痛みも変わらなかった。眠れそうにはない。

「大丈夫?」
「ええ。ただ、まだ余り動けない。暫く寝てるわ」

 こちらを覗き込んできたサーシェには、そう答えたが。
 瞼を閉じると、腕の痛みは尚更に強く感じられた。額に触れれば熱もある。ふと頭に浮かんだのは、メードも病に陥るのかという疑問だった。メードの新陳代謝は永核が擬似的に生前のそれを再現しているだけで、機能としては不要のものだ。事実、それを廃しても動くメードはいるし、重傷に対し感覚の切断も行う。あくまでも擬似的に人間を演じる為の要素に過ぎない、と聞いている。

(……疲れてるわね)

 普段考えもしないようなことばかりが頭に浮かぶ。黙想に逃げればそれ以外を忘れていられるとでもいうようにだ。己の中にそんな大事な存在がある筈も無く、アルハはその発想を一笑に付した。戦う為に作られた人形が壊れるまでその役割に殉じるだけだ。自分はその範疇の中で、彼女の頼みに応えてやれればいい。

「さて、俺はまだ事の子細まで聞いていないんだが。教えてくれないか、サーシェ。お前らは何と戦った?」
「え? あ、え、えっとですね? あーホラ……さっき話したじゃないですか。新手のGがどうしたこうしたって」
「新手だというなら、尚更に詳細が必要だろうに。多少大袈裟ではあるが、その情報一つで戦況を左右しかねんのだぞ?」
「う、うー……あー……そうですね。そうでしたよね。どうしよ」
「何か言ったか?」
「い、いや? 何もありません何も」
「声が上擦っているぞ」
「そそそんなこと無いですよ? ないですって」

 その様子を見ていれば――実際には聞いているというほうが正しいが――誰にでも得心のいくことだったろう。彼女に嘘はつけない。新手という表現は不味ったか。
 ならば黙るのが賢い。この世の中、正直者が馬鹿を見るぐらいは流石に彼女でも解っている。それが出切るかどうかは彼女次第だ。無理か。
 助けを求めてかサーシェが一度こちらを覗き込んだのは気配で知れたが、眠っていると見たかすぐに引っ込んだようだった。それ以降も暫くは問答が続いたようだが、何処かで意識が途切れたのだろう。殆ど憶えていなかった。


 遺跡には後日、改めて調査隊が派遣されたらしい。
 だがその一帯はGの一群に占拠されており、発掘は断念されたそうだ。
最終更新:2013年02月06日 23:58
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