「我々はMAIDを保有し過ぎた。それが結局のところ全ての原因だろう」
暗い部屋の中で放たれた声に、鶯妃は目元を軽く上げた。
「……緩やかなMAID不拡散条約の締結、それは確かに世論の流れではある。対G戦争の終結と共に、大規模な破壊を実行する兵器の早期廃棄が求められてきたのは事実だ。
――しかし、それだけがエントリヒの行動原理なのか?」
「永核兵器については研究が急速に進んでいる。そのテクノロジーは十年前とは比べ物にならない水準に達しているよ」
エントリヒの危惧はそこさ、と少女は続ける。
長い黒髪の少女は、そう言いつつグラスを手に取って、軽く口を付けた。
鶯妃は黙りこくったまま、その空間で円卓に座している人々にゆっくりと目を通していく。異形の人々はそれぞれに顔を歪め、そして彼女と同じくして黙りこくっていた。鶯妃は一つ溜息を吐く。
黒髪の少女がグラスを机に置いた。そして彼女は周囲に視線を走らせる。
「必要なのは対立軸だ」
そう彼女は言う。
「――大国と小国。MAIDを保有するべき国とそうでない国、……MAIDと非MAID。誰にとっても分かりやすい二項対立を示すことが肝要だ。
連中がやろうとしてるのはそれだ。我々はそれを利用しなくてはならない」
そう言って、黒髪のメードはくつくつと肩を揺らした。「MAIDが生き残るには、MAIDが滅ぼされようとしていること自体を訴えなければならない。そうだろう? 我々が生き残るには、相応の大義が必要になる」
「……MAID削減を条件として受け入れ、外交によって解決を計ることはできないのか」
ふと、暗がりの中に響き渡った言葉に、少女が顔を上げた。
先程から黙りこくっていた連中の内の一人だった。人間とはかけ離れた容貌をしている。その男に対して、少女は冷淡とも言える視線を向けた。
「駄目だね、残念ながら」
「何故だ、つまり、君は戦争がしたいというのか? ええ? 君はもう散々戦ってきたじゃないか、なのに――」
男が言い募ろうとして、口を噤んだ。
少女の目の中に、赤い光がちりちりと舞っていたのだ。
「
シーア」と鶯妃が咎めるように呟いた。
そこで、暗闇の中で揺れていた光は、ゆっくりと消えていくことになる。直後に、その暗くなった一角から、笑い声が漏れ始めた。喉を鳴らすような断続的な笑い声が響く中で、居心地悪そうに人々は身じろぎしていた。その中でただ一人鶯妃だけが、少女の方へとただ黙って視線を向けていた。
少女の笑い声が止む。
「MAIDの削減を条件として飲むことはできない。
彼らは人的資源だ。理由はそれだけさ」
そう彼女が述べると共に、再び微かな赤い光が暗闇に舞った。
最終更新:2013年12月03日 00:30