キシリ、キシリ。
義足が軋む。
キシリ、キシリ。
足を軋ませて男は車椅子を押す。
車椅子の上には目に光が無く、赤い目と青い目をした少女が一人。
正確には、肉の色が見える硝子玉を嵌めた少女。
少女の腕は二の腕から先が鋼鉄で出来ていて、
少女の足は太ももから先がまた鋼鉄で出来ている。
無骨な手足を持たされたその少女を見る者は殆どが目を逸らす。
しかし、少女はそんな周りの目に対しても、虚ろな笑いを見せていた。
―9月12日、アルトメリア軍が所有するとある基地
「クソッ、いつ見てもクソッタレなクソガキどもだ。訳の分からん力を持ってるだけでいばりちらすんじゃねえ。」
まるで装甲車を連想させる身体を持った中年の男は、
眼前で鼻歌を歌い基地を散歩する少女や少年達を見ながら不快感を持っていた。
不快感を持たれている少年少女は男の方をまったくも見向きもしない。
いや、意図的に避けられている。
原因は、男や男が装着している義足が醸し出す雰囲気もそうだが、彼が押している車椅子の主が主だった。
車椅子の主の名は
マリア。避けられている少年少女と同じメードである。
四肢を義肢にされ、更に右目さえも義眼と称した透明の硝子球を嵌められたその少女は、蔑まれている存在であるメードたちでさえも避けるほど異様な姿をしている。
しかも、その表情は虚ろで変化が薄い。
まるで傍から見れば
壊れた人形。
「あ 危な い 」
その壊れた人形に石つぶてが飛ぶ。
壊れた人形はそれを難なくかわし、後ろに居た男も難なくかわす。
どうやら少年少女はその壊れた人形を標的にして、射的を楽しもうとしていた。
無論、これは許されない行為ではあるが、男は冷めていた。
これは他の教育官や彼らの上官の管轄だ。
それ以外のものが言っても彼らには無駄だろう。
彼らは子供なのだ。
どうせ何を言っても無駄だろうと確信している男は、マリアを連れて基地内へと向かった。
「久しぶりでさぁな、トニーの旦那。今日は嬢ちゃんも連れてなんです?」
ある兵舎に入った男を出迎えたのは、男のかつての部下だった。
トニーとは、この男の名前である。
トニーは軽快に、あるジョークを吐きつつ答えた。
「ああそうだとも。基地の構内を歩いてたらクソガキどもがこいつに石を投げやがるんだよ。
石を投げつけられるべきは奴らで、投げるべきは俺らなのにな。」
トニーの部下だったは笑いながら、それに同意した。
メードという存在は謎であるがゆえに、異常な外見であるがゆえに殆どがよく思われていない。
それに例外は無く、皆誰からか必ず一握りで済まされないほどにはよく思わない人間が存在する。
特にこの基地に居る兵士は、殆どが本来蔑まれているべき存在であるマリアに同情し、
逆にそれを蔑んでいるメードたちを憎んでいた。
「違いないですね。あのクソガキどもは調子に乗ってやがる、何が人間の為だ。全部てめえの為じゃねえか。」
「クソ相手に熱くなりすぎですよバーンズ隊長。どうせ奴らは直ぐに死ぬんですから、それでも楽しみにしましょうや。」
今は隊長となっているトニーの部下だった部下の色男はそう口を挟んだ。
しかし、彼もメードを憎んでいる事には変わりないようだった。
「あのクソ上官様もクソガキどもをマトモに使う気が無いみたいだしな。ファック、あのロリコンも一緒に死ねばいいのにな。」
そう、彼らの目の前でメード達の訓練が行われた事もなし、彼らのような重砲撃部隊を利用する訓練も為されていないのだ。
Gに対する重砲撃の有用性は立証されたはずであったが、それがまだ現場にも浸透していない証拠とも言えるだろう。
「ちげえねえ。おっと、こんな言葉をお嬢の前で使うべきじゃねえな」
この部隊ではなじみがあるせいか、マリアの事をお嬢と言っている。
彼らに言わせれば、マリアこそが世界一まともなメードらしい。
他はお高くとまりすぎて胸糞悪いと言う事だ。
それのことだけにはトニーは同意した。
そうしている間に、備え付けてあるスピーカーから、マリアとトニーを召集する旨の通信が流れた。
早急に行かなければ上官からの大目玉は確定だろう。
「こりゃ旦那、何かしたんかい?」
「してねえよ。まあ、いつもの蟲退治だろ。」
トニーはそう返すと、無言だったマリアが乗った車椅子を押し、この基地で一番ストレスの溜まるであろう場所へと向かった。
最終更新:2008年09月10日 01:41