熱砂の地獄

『あれは悪夢だった。何故私がこうして生きているかもわからないぐらいだ。
あんな場所でまともな戦闘行動を実行出来る者が居るとしたら、それは悪魔か化け物だろう。
そうでなければおかしいのだ。』

―アブドゥル元軍曹へのインタビューより抜粋

其の進軍は奇怪なものだった。
それが移動する度に地震が起きる。
そして空に舞う何かが観測できるのだ。
それらは全て人類の敵と言っても過言ではなく、今も栄養を求めて進軍する。
それらの渇きが無くなる事も無く、またそれを癒す存在などもありはしないのだ。

太陽が激しく照り付ける灼熱の砂漠に、俺達は陣を構えていた。
数百の銃身が男達の前から来る蟲の群れに向けられる。
背後にはオアシス。こいつが失えばここら一帯の交通に不備が出てしまうだろう。
いや、正確には不備が出るのは軍人だけだ。
もうここら一帯に一般人など居るはずも無い。
居たとしても自殺志願者と言った所だろう。

「さぁて、今回も生き残れりゃあいいもんだが…な。」

奴らとの距離はどんどん縮まっていく。
そんな状態で独り言を言ってどうする。
今は奴らに向かって重機関銃の照準を定める。
いつ発砲許可が来ても良いように…だ。

「おい、今なんて言った?」

チョコバーを齧っていた装填手が独り言に反応してきた。
が、今はそれに気にしている暇は無い。

「何にもねえよ相棒。ほら、準備しな。チョコバーなんてかじってんじゃねえ。」

こうしてる間にも、奴らは迫ってくる。
まだか。まだか。
この50口径のブツなら有る程度はやれるだろうに。
クソッタレのクソ指揮官め。また士官学校出たばかりのおぼっちゃまか?

『よ、よし、発砲しろ!Gを一匹でも逃すな!』

無線から聞こえた声は俺らみたいなゴロツキとは違い、若々しい癇癪が溜まるガキの声だった。
どうやら、予感は的中したらしい。こりゃ死ぬな。
何もともあれ、重機関銃を発砲し続ける。
そして周りから砲声が響き、周りの音が聞こえなくなる。
目の前は爆発音や光ばかり。
まったく、うるさいたらありゃしねえぜ。

「いつ聞いてもうるせえぜ。ドラムにもならにゃしねえ。」

独り言を呟きながら、目の前のノミのような奴を穴だらけにする。
これで何匹かは忘れちまった。だが、撃っても撃ってもまた出てくる。
そうして、その後何十発か撃ったところで銃身が焼け付いた。
不良品をつかまされていたらしい。

「畜生、銃身焼け付くの早いんだよ畜生!オラ、早く変えろ!」

焼け付いた銃身を無理矢理引き剥がし、新しい銃身を捻じ込む。
早くしろ。早くしろ。早くしないと今日の蟲のメシになっちまう。
工程の途中で目の前に居たワモンの影からノミのような奴が跳んで来た。

「畜生!散々だぜ!」

そいつが装填手の身体に張り付くのを横目で見ながら脇に置いてあったサブマシンガンを手に取る。
しかし、そいつは動かなかった。ボルトを開放するのを忘れていたのだ。
そんな初歩的なミスをしている間に、張り付かれた装填手は脳天を杭のようなもので貫かれ、中身をランチとして食われていた所だった。

「あばよ、あっちで会おうぜ!」

相棒ごとサブマシンガンでノミのようなGを薙ぎ払った。
白目を剥いた相棒の身体も穴だらけになり、Gもひとしきり痙攣したところで動かなくなった。
どうやらここらが潮時らしい。粗製な作りであるサブマシンガンを抱え、俺は退避し始めた。
残マガジン数はドラムマガジンが2。
正直心もとなかった。

「は、はなせったら!」

横を見てみると、10mほど向こうでデカいノミが見えた。
俺は銃を構える。悲しいかな、この銃はあまり正確に作られていない。
よって、この距離で撃ってもあたらないかもしれない。
だから俺は撃たずに居た。

だがよく見てみると、砲陣地に突っ込んできたGを倒す予定だったメードがそのG相手に苦戦していた。
色白のポニーテールが特徴的だった奴だ。
相手はデカいノミが9。
普通なら苦戦しないはずだろうが、完全に不意を突かれたのか群がられていた。
周りには沢山のノミやワモンの死体が散らばっていた。
腕で一匹は地面に叩きつけられただろうが、そこで終わりだ。
姿だけは少女だった化け物が、Gというグロテスクな化け物に胸の硬いもの以外を吸われて、絶命する様がよく見えた。

しかし、そんなものをずっと見ている訳にも行かず、仲間が殺され、食われていく様を見ながらも一歩でもここを逃げようと動いていた。
ただ、さっきの少女への手向けとして手榴弾を一つだけピンを抜いて投げた。
走り去る背後で爆発音。これで楽に死ねたら良いのだが。
脇を見ると、仲間が邪魔で得物を触れずに取り付かれた少女。
口の中にも蟲が入り込んでもがき苦しむ将校。
よく噛んで殺された少年。
腹から下が無い男。
脳を吸われて、白目を剥いた少女。
堅牢な守りが破られた後は、ひたすら奪われるだけ。
それは、人と蟲との戦いでも同じだった。
そこは本当に地獄だった。
そんな俺にもそろそろ迎えが来たようだ。
後ろを振り返ると、こちらに迫るワモンが1匹。

「来るな!来るな!」

死に物狂いで銃を乱射する。
無論、銃弾などはじかれてしまう。
手榴弾も使ってしまった為にもう無い。
だが、諦めずに銃を乱射していた。
蟲が俺に迫ろうとしたその時、後ろから誰のかも判別しにくい細い手が伸び、短機関銃のグリップを掴んだ。
すると、蟲は突然大穴を開け、俺の目の前に崩れた。

「な、なんだってんだ!?」

訳も分からず後ろを振り向こうとしたが、銃を掴んでいた手を引っ張られ、何者かに担ぎ上げられた。
身体を通じて感じる感触は少女のモノ。メードだ。
礼を言う暇も無く、メードは俺にあることを注意した。
その声色は、今にも泣きそうな、悲しみを感じるものだった。

「今は…しゃべらないでください。舌をかみます。」

そういうと、少女は常人では考えられないスピードで、戦場から退避し始めた。
幸いにも少女の足は速く、どのGも追っては来なかった。
どうやら、俺は生き残ったらしい。
緊張の糸が解れたのか、目を開いていられなくなってき…た。
まあいい。今は目を閉じても良いだろう。


数日後。司令部に呼び出された俺は、信じられない命令を受理せざるを得なくなった。
俺を救ったあの少女の補佐に付けという命令だ。
俺は戦場から身を引こうかと考えていたが、そうもいかなくなった。
あんな少女を任せられているのに、ほっぽりだして死ぬのを待つだけの生活は全くごめんだ。
さて、少女を迎えに行かなくてはならない。車の操作など2週間ぶりだ。
うまく事故せずに行ければ良いのだが。


―この戦闘によって、ザハーラ方面に派遣されていたメード数人及び兵士983人が死亡。
数少ない生存者の中でも、負傷者は12人。
ほぼ一個大隊規模の兵士が消滅した計算になると言う。
ザハーラ領アムリア大陸戦線は一進一退ではあるが、人類側に夥しい損害が出つつある。
最終更新:2008年09月13日 00:54
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