(投稿者:レナス)
逢魔が時。黄昏色の空が闇に飲み込まれる中で、人々の悲鳴も薄れていく。
刻々と失われていく命は少なくなり、手当が行き届かない早急な負傷者も皆無となった。
だがそれは既に事切れた命の灯火があってこその今。
複数の焚き火の傍に布が被せられて転がる数多の遺体。生きている人が嘗ての戦友の傍らで涙している。
夕闇の空へと立ち昇る炎の光が彼らの頬を優しく撫でて慰める。
されどそれが慟哭に走る者、崩れ落ちる者、敬礼をする者たちに届くはずもない。
今日も戦場で生き延びた者たちは、変わらぬこの日常の光景を胸に明日への生きる糧として立ち上がる。
そうした思いを抱く者がこの中に一体どれだけ居るだろうか。背負い切れずに嘆きに暮れる者が視界の中に幾人居るだろうか。
戦争が人を変える。それは人の本質に触れるからこそ、新たなる見解を見出したからこそ、人の在り様は様々なのである。
「ふにぃ~・・・。ちかれたよー」
「――何時もの事ながら、かなりの重労働でありました・・・」
「・・・ご飯を食べ損ねたよー」
互いに互いの背を預け合い、三人の少女がぐったりの座り込んでいた。
ナイチンゲール三姉妹と言われている少女達は今の今まで応急手当てで、てんてこ舞に見舞われていたのだ。
彼女達が一人一人命を救ったのは数知れず、そして三人が力を合わせて消え行く灯火に活を入れた者達も多い。
巫山戯た言動が目立っていたが、それが余りある程の成果を残していた。流石はメード、と言える。
「・・・ねぇ、ファニー」
長女のツインテールなメードが三姉妹の末っ子に声を掛ける。
「何です、お姉?」
素っ気なく返す声には普段以上に抑制が無い。
物理的な治療からメードとしての力を用いた魔法染みた治癒まで何でもやって手当てをした。
文字通り心身ともに力を使い果たして尚、元気でいられるのは一人しか彼女達は知らない。
「・・・お腹空いたよねー」
「―――言うなであります、お姉」
沈黙。普段から必要以上にお喋りな長女フランシスも流石に疲弊しては言葉もない。
「「はぁ~~~・・・」」
飯はあるには在るだろう。だがそれはそこらで配られている粥飯だ。水気たっぷりに飯を炊いた食べ易い飯だ。
そんな物がこのあまーいお菓子や旗の付いたお子様ランチで喜ぶ少女達が望む物では決してない。
ぐぎゅるるるるるる~~~~っ。
酷く間抜けな音が二人の背中から聞こえて来る。
見ればお腹を抱えて目を回している次女のパシノープが居る。
「今日は、パイの焼き菓子があったのにー・・・」
楽しみにしていながらも食い損ねたデザートに思いを馳せていた。
「パシー、それを言わないでよー・・・。あたしだって楽しみにしてたんだからさー」
「暗黙の了解を破らないで欲しいのです。自分も楽しみだったのですから」
「だってだってー・・・・ぅー、ジィのバカやろーっ」
っぐぐー・・・。
小気味良い音と軽快な音が二人のお腹からも発せられ、三人仲良く崩れ落ちる。
「「「――お腹空いたよー」」」
最早飢えて天寿を全うするのかと三人が悟り掛けた時、仏の手が差し伸べられた。
「アンタ達、今日も御苦労だったわねっ!!」
ずしんっ、と大地が揺れた。飛んでいた意識がそちらへと向かい、それを認めた。
「ぁー、ゴリラが居るー。ねぇねぇファニー、パシー。あたし達って今、動物園に居るんだねー」
「相変わらずフランシスは失礼な事を言うね。まぁ、今回も頑張っていたみたいだし、見逃しといてあげるよっ」
長女の失礼ない物言いをニタリと溌剌な笑みで受け流し、丸太の様な太い腕にちょこんと乗せられている物を彼女達の目の前に差し出した。
すると香る"それ"の匂いをくんくんと鼻を鳴らして嗅いだ三人は、見る見る内に生気を取り戻して眩い笑みを浮かべて振り返る。
その様子に"それ"を持ってきた女性?は深い笑みを浮かべた。
「アンタ達が楽しみにしていたアップルパイだよ。今日はこんなだからね、特別に頼んで一枚丸々焼いて貰ったよ」
其処にあるのは見事な円形をパイのお菓子。衣の焼きたての香りと果実の果実の香りが。
切り分けの溝は掘ってあるが、それが一斤も欠ける事なくもなく完全無欠に其処にあるっ。
三姉妹が楽しみで楽しいで仕方が無かったデザートのアップルパイが今、目の前で神々しい湯気を立てている!
「御苦労だったね。たんとお食べなっ!!!」
「「「わーい! ありがとう、婦長!!!」」」
「ほれっ、ちゃんとイタダキマスをしなっ!!」
「「「いっただっきまーす!!!」」」
アップルパイに元気になって被り付く三人姉妹にパイを持ってきた婦長と呼ばれる人は大笑い。
だがその笑いがどう聞いても「ウホウホッ」とし聞こえないのは錯覚ではない。
何故ならば彼女の先祖がゴリラだからか、むしろアンタがゴリラだろと突っ込みたくなる程にゴリラな人なのだ。
彼女の名は
フランケン。今美味しそうにパイを頬張っている三姉妹と同じく医療専門のメードである。
そのゴリラが無理やり三姉妹と同じ愛らしいナース服をぴちぴちに着込んでいる姿に信憑性の有無や是非を問うのは憚られる。むしろ直視にするに耐え難い。
だが彼女達が『婦長』という様に、フランケンの治療の知識・技術・経験は超一流。先輩のメードなのだ。
「ほれっ。そんなに慌てなくてもちゃんと人数分きっちりに切り分けてあるよ」
喉を詰まらせ掛けたパシノープに水を差し出し、完全に詰まらせたフランシスの背中を豪快にぶっ叩いて助ける。
ファニーの無心になって頬張る姿に、普段から無関心の気が強い娘の可愛らしい一面が見られて微笑む。
「さてっ、アタシはまだまだ仕事あるからねっ。
アンタ達は今日はもう上がってちゃんと寝な! 明日も朝から忙しくなるよ!!」
「「「ふぁーい!」」」
上げていない手にパイを持ち、口一杯に頬張ったままの返事にフランケンは豪快に笑いながらのっしのっしと離れていく。
直ぐに死体の目の前で落ち込んでいる兵士達に活を入れる怒鳴り声が聞こえて来るが、これも何時もの事である。
「美味しい~~! 婦長様様だねー♪」
「全くであります。感謝してもし切れないであります」
お腹を満たすに比例して、会話する余裕を取り戻しつつあった。
「でもあの人ってどう見てもゴリラだよね」
「お姉、恩を仇で返すには早過ぎるであります。きっと直ぐに罰が当たるであります。
そう、例えばお姉の最後のパイ一斤が無くなってしまうとか―――」
「って、ぁああー?!! ホントに無いぃいいい!!? 謀ったな、ファニー!?」
「自分ではないでありますよ。パシ姉がやったであります」
「だってー、ファニーが私のパイを盗ったんだもん。
ファニーは自分の分をしっかりガードしてるもんだから仕方なくお姉ちゃんの分を頂いただけだもん♪」
「ファ~ニ~~~~っ!!」
「落ち着くであります、お姉。お姉の分を食べたのはパシ姉なのです。対象が違うであります」
「問答無用っ! ファニーの最後の一枚を寄越せーーー!!」
「絶対阻止! 譲れないのであります!!」
「こなくそー!」
「甘いであります、お姉!」
「だったら―――こちょこちょこちょこちょ~♪」
「・・・ぁ、ぅん・・・・ぉ姉、それは・・ぁっ! 卑怯・・んっ、であります・・・・はぅんっ!」
「だったら大人しく寄越しなさい~~!!」
「駄目、なのであります~~~!!」
「お姉ー、ファニー、どっちも頑張れ~♪
――――――もぐもぐっ♪」( ←ファニーの分 )
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最終更新:2008年09月22日 09:42