男はただ咆えていた。
かつて男の仲間だったモノの首を掴んで。
男は咆える。
何かに咆えかけるかのように。
ひとしきり咆えた後、轟音と共に男の腹に銃弾が突き刺さる。
飛び散る血飛沫、倒れそうになる男。
それでも軍服を着た少女はライフルを撃ち続ける。
この時代には珍しくはない、恐らくはメードと呼ばれる兵器だろう。
しかし、男は踏みとどまり立ち続けた。
次弾、被弾、被弾、被弾。
しかし男は立ち続ける。
顔には笑みを浮かべ、斧を掲げながら。
ひとしきり銃声が響き、変わりに銃弾を装填する音が響いた時、男には異変が生じていた。
常人であれば、既に死するほどの傷を受けていた筈が、その肌は既に癒えていた。
メードであれど、一瞬で治癒する能力は持ち合わせては居ないし、
銃弾を摘出して治癒する程肉を盛り上がらせる事は不可能だとされている。
しかし、少女の目の前の男はそれをやってのけた。
メードでも不可能な行動を起こすこの男は何者だろうか。
少女がそう思ったが、男の唸りや目などを見れば回答は明白だった。
―
コア喰い。
それは発症した個体の自我を破壊して純粋な混沌を体現するような狂気を発症させる代わりに、
常軌を逸した能力を発現させる事が可能だと言う。
それを発症したメードやメールは即刻処分が原則では有るが、
処分できない個体も多数存在しており、それらは専らGと同列の扱いをされている。
それもこの男のように、制御できないが故に人間側まで攻撃してしまうからだ。
”制御できない力を持った化け物”は処分するに限る。
そう考える者はそう少なくは無い。
むしろ大多数を占めるだろう。
「Ahhhhhhhhhhhh!」
男は唸りながら女と思われる人間の生首を少女に投げつけた。
男の目は既に光は失われているにも関わらず、その狙いは正確だった。
狙うは少女の銃。
奇特な行動に少女は驚き、身をこわばらせているしかできなかった。
それが命取りだったと少女は思うだろう。
何故なら、その生首は放物線を描き、髪を振り乱しながら少女の銃の中心に直撃したのだから。
「ちょ…、うそでしょ?」
少女の銃は音を立てて二つに折れ、銃としての機能を果たさなくなった。
男は腰からもう一本の斧を抜き、肉薄せんとして、駆け始めていた。
距離は数メートル。少女が銃剣を鞘から抜き、拳銃をホルスターから抜いた時には、男は少女に向けて斧を振り上げていた。
「More Vengeance!」
もっと報復を。
そう言いながら男は斧を振り下ろした。
少女はそれを咄嗟にかわそうと後ろに下がりつつ、銃剣を構える。
しかし少女の読みは浅く、軍服に斧が食い込み、軍服の上から分かるほどに赤に染まっていく。
少女はそれでも戦闘を続行した。
銃剣をフェンシングのような動きで突き出す。
大の大人がかかったとしても迎撃できない一撃。
数多のGを葬ったであろう一撃を、男は何事も無かったかのように斧で払った。
弾け飛ぶ金属片と少女の戦意。
エターナルコアによる強大な力を受けていた銃剣は粉々に砕け散り、少女の顔には怖れと絶望だけが現れていた。
「ひっ…!」
逃げ出そうとする少女。
コアによる俊足や、Gの一撃すら止める障壁によって逃げ切れるはずだった。
されどそれを捕まえんと男はそれ以上の力を駆使して斧を投げた。
如何にコアによる加護や俊足にする能力が有ろうと、それ以上の力による破壊と速度にはどうしようもなく、
容赦の無い速度で放たれた斧は少女の腕を切り落とした。
声にならない叫びを上げる少女。その後ろには屈んだ男が。
男は片手で少女の足を掴み、その常識外の力を生かして少女を壁に叩きつけた。
苦痛に顔をゆがませる少女。しかし男は撃たれた時と同じように、笑ったままだ。
次は床に叩きつける。
骨が軋む音。上がる悲鳴。笑ったままの男。
その一撃で少女は我を失い、卒倒した。
それは痛みによるものか絶望によるものかは本人にも分からないが、少女の命運は決していた。
男が斧を上げ、容赦なく振り下ろした。
男は少女だったものの前でまた叫んでいた。
もっと報復を。もっと血を。もっと殺せ。
彼に残された数少ない言葉である。
この後、彼は様々な戦場に出没したと言う記録が残っており、
兵士達からは「憤怒の斧」と呼ばれるようになる。
彼の本名は既に無い。
類似する記録は複数有れど、その殆どが何らかの形で抹消されていた。
故に彼の名は「The Axe of Fury」となっている。
通説によると、実験場で”喰われて”周囲を破壊しながら脱走したのではないかとされている。
しかし、今となっては真相は闇の中である。
最終更新:2008年10月04日 20:37