楼蘭皇国も六月中旬に差し掛かり
じっとりとした湿度と上がり始めた気温の影響を受ければ大体の人間は短気になるだろう
宮原姫子もその短気に拍車をかけられたうちの一人、元々の短気にこの環境は最悪だった
この楼蘭に生まれて十四年、梅雨時期だけはどうも好きになれない
苛々しながら境内を掃いているが、何処かに苛々をぶつけたくて堪らなかった
「ひーめちゃん」
無駄に明るい声がしたかと思ったら、次の瞬間自分の体が傾いでいた
「姉様!ただでさえ暑いんですから少しは自重してください!」
自分の脚だけでは支えきれず
箒に頼らなければならないのは、この腹立たしいまでの身長差が原因になる
後ろからの奇襲者は密着していた体を離すと、前屈みになり視線を合わせた
「ちょっと休憩しようと思うんだけど、ね?」
結論としては境内の掃除を中断して正解になった
朝から曇っていた空がとうとう雨を降らし始め
姫子は完全に滅入ってしまったからだった
「降って来ちゃったわねー」
激しく降る雨を目の前にしても笑顔を崩さない自分の姉を前に少し血縁を疑いたくなった
「…これで三日続けて降ってますけど…」
今日の空にも負けないジトッとした目で天を見つめたが、馬鹿にするかのように雨は強さを増した
「あちらは四週連続ね」
首の向きを姉に戻すと視線の先にいい加減見飽きた軍用車が乗り込み始めていた
詳しい事は教えて貰えなかったが『この神社の祭具殿に用があるらしい』ぐらいしか解らなかった
「今日は今までより多いわねぇ」
姉はいつの間にか笑顔が消え、眉間にしわを寄せていた
「姫ちゃんはここで待っててね」
そうとだけ言うと姉は傘を片手に軍用車へと歩いて行った
真面目な事に、軍用車は毎週土曜日に必ず来て姉に追い返されている
今回も大丈夫だろう、となんとなく高をくくっていたが、すぐにその楽観視は終了する羽目になった
最後に入ってきた車から降りた人物が指揮官なのか、他の者に指示を出し祭具殿へと向かわせたのを見て
流石に我慢が出来なくなり、走り出した姉を追った
「これはどういうことですか!? 私たちは再三断ったはずです!」
声を荒げる姉に対して、その男は至って冷静なのが腹に立った
「こちらも再三警告したはずだ、今は国家の、いや世界の存亡が掛かっているのに無駄足を踏ませないで戴きたい」
どこか苛々とした様子の男に対し、自分の中で何かが切れたのを感じた
「国家がどうだとか、世界がどうだとか、そんなのをどうにか出来る物がここにあるわけ無いでしょ、早く帰って!」
その男がため息を吐いたのまでははっきりと見えたが、次の時に見えたのは地面だった
腹部に鈍痛を感じて、自分が何をされたかを理解した
「姫子!大丈夫!? 何も殴る必要があったんですか!?」
姉の悲痛な声に混じって聞こえたのは祭具殿に向かった軍人の一人だと思われる男の声
「中尉、コアを確保しました」
「そうか、他に使える物を確保してくれ」
痛む腹を押さえつつ、なんとか顔を上げると
こちらには銃口が向いていた
「素直に従って貰えば、こうはならなかったがね、この二人も連れて行け」
脚がまだ言うことを聞かず、引きずられるように歩く自分とは違い、姉はしっかりと歩いている
姉妹なのにここまで違うのかと落胆しながらも
車両に詰め込まれる前に見えた雨の空に呪詛の言葉を呟く事には成功した
最終更新:2008年10月27日 07:58