Chapter 5 : 決意は炎となりて

(投稿者:怨是)


 アルコールが全身に回り、脳が膨張するような錯覚に見舞われる。
 それでも、重く下がりつつある瞼を必死に上げ、ヴォルケン中将を睨みつけた。

「酒の席でお話しする内容でない事は、重々承知です」

「有色人種に比べ、我々エントリヒの民族はアルコールの分解効率に優れているらしいぞ。
 ちなみに私は差別的観点から述べているわけではなくて……まぁいい、話したまえ」

 長めの冗談を唱えて集中力を削ぐのは、ヴォルケンの悪癖でもあった。
 ガッシリした長身を椅子に預けて余裕を見せる上官を、再び睨みつける。
 そのあたりでやっと、視界の揺れが、天井の電球のせいではない事を悟った。
 早く訊かねば。


「簡潔にお聞きします。シュヴェルテは、今どのような状況にあるのですか?」

 これだった。腑に落ちない点は。
 普通は良からぬ動きがあれば担当官であるゼクスフォルトの耳に届く。
 それが何故か、全容が掴めないまま、何かが一人歩きしているような違和感があるのだ。
 それを確かめねばならない。

「私はいかなる脅威からも、彼女を守りたい。それが信念であり、私が彼女の担当官を続ける理由です」


 両者の双眸が、カチリと音を立てて合わさった。
 0時のベルが心臓を響かせ、視線はそのまま。
 暫し語らず。

 どう出るか。どう出るのか。
 正直な話、ゼクスフォルトは感情的に過ぎる部分があり、理論よりも感情論を優先するきらいがあるのだ。
 おだやかでない眼差しが、焦りと苛立ちを如実に表現している。
 それをヴォルケンが察せないはずがない。




「その心意気に揺らぎは無いようだな。まぁ仕方あるまい、よく解るよ、その気持ちは……」

 静寂は諦観の声で破られた。



「“戦果並列化”の提案は知っているかね?」

「仕官向けに配布されたものなら存じ上げておりますが」

 戦果並列化とは、一定量以上の戦果を挙げた特定のMAIDの所属する部隊のスコアを、ある程度均等に分配するというものである。
 これにより、いわゆる“落ちこぼれ”に分類される兵士の自信を回復させると同時に、高スコアのMAIDの増長を防ぐという目的があった。
 ゼクスフォルトの知る範囲ではここまでであるが、実際、周囲に伝達する情報はこれくらいで充分であるとヴォルケンは主張している。

「そうだな。それで充分な情報量だ。少なくとも普通に語る範囲ではな」

「私には、あれが有意義なものとはとても思えませんが」

 ゼクスフォルトは断じた。
 馬鹿馬鹿しい話である。競争によって生み出される進化を否定しうるものではないか。
 そんな話がまかり通れば、一部のエースは緩慢に壊死して行くのを強要されるようなものだ。
 ビールのおかわり――既に5杯目か――がヴォルケンの手によって注がれる。
 ジョッキが行き渡り、二人はほぼ同時にそれを喉に掻き込んだ。


「ン。否定するにはまだ早計だろう。お偉方は“良かれ悪かれ出る杭は打たれるもの”と考えてる連中が多い。
 それなら、ある程度平等に“出る杭”を生み出せばどうかな?」

 もはや喉も麻痺して炭酸の心地も感じられない。
 が、睡眠を促すというアルコールの効用がひとたび切れれば、覚醒が舌を刺激していた。


「全員が全員、増長するだけではありませんか。それに構成員は実際に戦闘に参加している。
 いくらあの案を一般兵に浸透させたとて、実際にMAIDがGを駆逐している様子は見ているでしょう」


 それであの提案を呑めというのだからおかしな話だろう。
 全くもって非生産的である。
 概念上、書類上――つまり“記録”上のスコアなど、実際に眼に留まる“記憶”に勝ることなどないのではないか。
 ゼクスフォルトは更に続ける。

「それに、あの提案とシュヴェルテに何の関係が――まさかッ……!」

 気づいてしまったか。
 ヴォルケンの声がワントーン下がる。

「不本意な事に、あの提案が一部の連中に悪用されている。
 聡明な貴様なら気づいているだろうが、出る杭を打たせないためのあの提案を、逆に出る杭を打つために使っている奴らがいる」


 例えば、とある部隊にMAID-Aがいたとする。
 恣意的に解釈された戦果並列化に則れば、MAID-Aは他のMAIDらで平均したスコアを超えてはなならず、その原則を破った者にはネガティヴキャンペーンが行われるのだ。
 超過量がわずかならまだ見逃してもらえるが、およそ20匹以上の超過はアウトとなる。
 その上、上空からの撮影などによる記録が手がかりとなるため、実際のスコア計算も極めて曖昧と来た。

 これだけの問題点を抱えながら通すとは、どういう了見か。
 シュヴェルテはスコアを伸ばせないばかりか、いじめに遭わねばならないのか。
 怒りがアルコールに引火する。


303作戦から何を学んだのですか! これじゃあ過敏になるあまり、別の失敗を生み出すだけでしょう!
 過信ゆえの悲劇から出てきたのが、勝者を生み出さない提案などと……!」

 時計をチラリと覗いたヴォルケンが両手で制する。
 ゼクスフォルトは、それを見てすごすごと座った。

「そう荒れるな。私もこれは予想だにしなかった事態だ。
 勝者を生み出したくなかったのではなく、むしろその逆で、あれは全員を勝者にするための提案だ」




「しかし、何を間違ったか、ジークフリートが持て囃される為に利用されたのは、私としても心外だな。
 確かに過信の対象をジークに絞り込む事で、様々なリスクは軽減されるかもしれないが」

「皆、揃いも揃って、ジークフリートと……確かにあの流れに何らかの不透明なものを感じておりました」


「アシュレイ君もそう思うか。ここだけの話だが、我等が皇室親衛隊の長官も、その流れをよくお思いでないとのことだ」

「ベルクマン長官が、ですか?」


「そうだ。MALEのディートリヒと、その担当官のダリウス・ヴァン・ベルンは知っているか?」

「あの巨大な剣を振り回す、巨漢のMALEですよね? ベルクマン長官は彼らについて何と?」

 巨大な剣『エッケザックス』を振り回すMALE、ディートリヒ。
 陸軍第7機甲大隊に所属する、巨漢である。
 素体が男性であるためにMALEとカテゴライズされるが、MAIDと基本は同質とされている。
 最近、その彼が上層部と衝突しているという噂が実しやかに流れているのだ。
 一体何があったというのか。


「戦果並列を悪用して、他の部隊がディートリヒを貶めようとしていると、長官から聞かされてね。
 そのやり方では共産主義と変わらないと云うに。私も最初、長官に疑われたよ」

 もっとも、ヴォルケン中将はこの案を提出し、可決するや他の将校に配布用のものをコピーさせただけであり、実行犯ではない。

「ディートリヒを貶めようとした事について、ですか?」

「そうとも。しかもヴォ連との関与まで疑われた。
 だが私は、あの薄汚い共産主義の連中のひり出したクソから一粒のコーンを取り出してやったに過ぎん。
 何かある度にハラショーなどと抜かしおって、思い出すだけで便意を催す」

 口に含んだチーズが突然、糞便の味に変わったような気分になり、ゼクスフォルトは慌てて飲み込む。
 実際に喰ったことはないが、何となく想像してしまったのだ。
 こめかみの血管から小さな破裂音が響く。

「……喩えが下品ですよ」

「すまん!」

 またしても、ヴォルケンのバツの悪い笑み。
 酔うと軽口が増えるのも彼の悪癖であった。


「まぁつまるところ、軍部の腐敗は極めて深刻である事は間違いない。貴様の担当する恋人も例に漏れず、かなり危ういだろうな」

「ええ。敵が後ろにもいるのなら、私はそいつらからアイツを守らねばなりません」

 複雑な表情。
 ヴォルケンは本当に、表情豊かな上司だ。
 その上司が、本音の感情を述べる。

「守らねばならない、か。女性、特にMAIDは“守られる”ほどか弱い生き物かな?」


 か弱いから守るのではないが、騎士道精神を鑑みれば、女性の盾となるのは男だ。
 少なくともゼクスフォルトはそれを信じる。
 時計が2時頃を伝えた。
 良い子、もとい、良い兵士は寝る時間だ……
 ヴォルケンがまとめるべく、からになったサーバーをハンカチで拭き、こちらに向き直った。
 眠気のあまり、口を開くのを忘れていた事に気づかされる。


「――とはいえ、どんなに屈強な兵士でも、通常ならば味方に殺されるとは思うまい。貴様一人では心許無いな。手を貸そう」

「ありがとうございます。お願いします」





 ――シュヴェルテ……いや、エミア・クラネルト!

 俺が、ただ一人愛せた女……
 今度こそ守ってみせる。
 もう二度と、凶弾で死なせはしない。
 死なせるものか……!

 決して、死なせるものか。




 アシュレイ・ゼクスフォルトの双眸に、決意の炎がともった。



最終更新:2008年11月08日 11:29
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