緑の兎と兎好きと

(投稿者:店長)


 エントリヒ帝国のある地方都市。
本来であればこの地特有の自然豊かな風景と清らかな清水によって慎ましく栄える程度の、
よく言って長閑な観光地であるこの地は外国からの客を招き入れていた。
そのため一番豪華な宿泊施設を丸ごと軍が貸切りとなっており、ホテルには軍人関係者ぐらいしか立ち入る者はいない。

 その大多数が男性の軍人であるが、極少数だけ女性の姿が見える。
それも、軍服ではなく俗に言う侍女の衣服に近いかそれそのものの格好をしている。年齢もまた若々しい。

 今回執り行われているのはエントリヒ帝国内における遺跡の発掘調査を行った──殆ど調査というよりはトレジャーハ
ンターのそれであったが──ことに対する感謝の意を込めてのことであったが……。

「アタイはかたっくるしいのはキライなんだがねぇ……」

 比較的楽な衣装──といっても普段着ている緑と白の侍女服そのものなのだが──を来た、ふくよかな女性……ノーラ
は隣にいた同じ色の衣服を纏った女性に言葉を投げかける。
ノーラより遥にスリムで小柄なその女性……エレアは苦笑しながらも、

「まあまあ、マスターの慰労会よ?……けどやっぱり肩が凝るわ」

 手に持ったシャンパンの入ったグラスを仰ぎながら、エレアは遠くに軍人に囲まれているマスター……つまりは教育担
当官であるアーサー・ゲイツの姿を眺めている。
彼もまた表情こそ愛想笑いでごまかしてはいるが、きっとその薄皮一枚下の顔は辟易のそれを浮かべているに違いない。
というのが二人の暗黙の推測であった。

と、そこにノーラのスカートをきゅっと掴まれて引っ張ってくる存在がいた。
ノーラがその相手をみようと目線を下に向けると、
小さな女の子がノーラの顔を見上下手いるのが見えた。
長い赤毛に可愛くヘッドドレスで彩られた、侍女服で身を包んだ少女は手に兎の人形を抱えている。

「おや、アンタは誰だい?」
「んー……ベルゼリア」
「へぇ……ベルちゃんかい。アタイはノーラっていうんだよ」
「私はエレア。よろしくねベルちゃん」
「んっ」

 子供特有の純朴な笑みを浮かべてベルゼリアは答える。
ノーラとエレアは互いに顔を見合わせて、目の前の少女に聞こえないように囁き合う。

「どこの子かしら?」
「エントリヒ…じゃないのかい?」
「そうよね……」

 目の前の少女に対して互いの憶測を囁き声で呟きあっている二人を他所に、
ベルゼリアはくんくんと鼻を鳴らしながらノーラの服……特に腰のポケットあたりに顔を近づけていた。

「ん……ノーラからお菓子の匂いがするー」
「お菓子?…ああ、パンケーキのことかい?」

 普段から持ち歩いているノーラのお手製のパンケーキの元が入っている瓶。そこから僅かに漏れ出てくる甘い匂いをベルゼリアは嗅ぎ取ったのだろう。
そこでエレアはまるで小さな悪巧みを思いついた少年のような笑みを浮かべながら、ノーラにそっと耳打ちした。

「口実、思いついたわ」



 あの後理由をつけて屋外へとやってきた三人。表向きは周辺警備だが、簡単に言えば早々に式から抜けただけだった。
一応彼女ことベルゼリアの教育担当官である中将さん──最初聞いたときはグリーンラビッツの二人は僅かに冷や汗が流れたのは秘密である──
に申し出た所、中将は温和な笑みを浮かべながら構わないと告げた。
そのときのアーサーの目は裏切り者!と訴えているようではあったが、中将の許可が出た以上アーサーは強くはいえなかった。
ベルゼリアと一緒に会場を後にする前に中将さんから”ベルゼリアによろしく”とありがたい言葉を告げられる。
別の意味で気を引き締めることになってしまったものである。

 草原にちょっとだけ草の生えてない地面とがあり、火を起こしても大丈夫そうな場所を見つけた。
なんてことはない。ただここでパンケーキをノーラに焼いてもらうだけだ。


「じゃあ、まずはベルちゃんには枝や薪を集めてきてもらおうかね」
「んー?…わかったー」

 トコトコとベルゼリアが元気よく近くの雑木林へと走っていく間に、ノーラは外に出る際に持ち出してきた、背中に背負っている巨大なフライパンを取り出す。
普段は武器として扱われ、そして本来の目的である調理も可能なビック・オブ・フライパンだ。
そして先ほどベルゼリアが嗅いでいた甘い匂いの正体であるパンケーキの元の入った瓶も取り出す。
その間エレアは座るためのシートや今から焼くパンケーキを乗せる皿や食器などを用意していく。
この辺りは長年行動を共にしている二人である。
丁度二人の準備が終えた辺りで、腕に抱えるほど枝や薪を集めたベルゼリアが戻ってくる。

 ノーラの指示を受けながら、火の起こしやすい組み方で枝や薪を組んでいくベルゼリアと、
彼女をそっと手助けしていくエレア。
真ん中辺りに枯れ気味の葉を投じておき、その周辺に次第に太くなるようにしておくことでよく燃えるようにしておくのであった。
ノーラが別に所持していたマッチで火種を用意すると、それを組みあがったばかりのそれに投じる。
火は次第に薪を食して炎へと成長していく。十二分に調理が出来るぐらいに火力が上がったところに、巨大なフライパンを構えるノーラ。

 表面にバターを溶かしていく、特有の香ばしい匂いにベルゼリアは早くも期待の眼差しをノーラに見せている。目がきらきらと輝かせながらフライパンを凝視している様子は子供そのものだ。

「もー少し待っておくれよ?」

 その純粋で素直な微笑に気を良くしたノーラは人一倍気合を入れて、おいしいパンケーキを作ろうと万を期して準備していたパンケーキの元をフライパンの上に投じる。
甘い匂いが忽ち漂い始めて、赤毛の少女のおなかがくぅっと可愛らしくなり始める。

「んー…♪」

 そわそわと出来上がりつつあるパンケーキをつぶさに観察していくベルゼリアにエレアは可愛らしいノーラの”お客”の仕草を眺めていた。そしていよいよ、彼女の前に一枚目が出来上がって白磁の皿の上に乗せられていくのである。
いい感じに湯気が上がり、バターと生地との香ばしくも甘い香りはベルゼリアの食欲を促していく。
エレアに手渡されたナイフとフォークとを手に持ち、

「さあ、召し上がれ。お代わりは自由だよ?」
「ん! いただきまーす♪」

口いっぱいに入るぐらいの大きさに切り取って、パンケーキを頬張った。


「しっかし驚いたよ。パンケーキの元が全部無くなるなんてねぇ」
「……十枚分が、あっさり」
「んー♪ ごちそうさまー」

 もっきゅもっきゅと作った側から見ても気持がいいぐらいに食べていくベルゼリアは、結局ノーラの持っているパンケーキの元をすべて使い切らせるほど食べたのであった。
完成品のパンケーキの総数にして1十枚分もの量があの小さな体の中に納まってしまっている計算だ。

「まあ、作った側にしたら……あれだけおいしそうに食べてくれるだけで満足だよ」

ノーラはその赤毛の少女の笑みを見ながら、自分もまた満足げな笑みを浮かべるのであった。

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最終更新:2008年11月12日 19:26
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