軍神の跡、守護女神の先3話

(投稿者:店長)


皇帝に事務的な報告を終えた後に、皇帝とメードは共に移動していく。
メードの調整施設の最深部。現状持ちえる最も高度な技術を結集されて、今まさに帝国の次を担う最強が生み出されようとしていた。
その場に居合わせているのはマクシムム、ブリュンヒルデ。そして多くの軍人と技師達である。
そして、眼前から今まさに……メードが一人生まれようとしている。
質素なワンピースを着ているだけの、銀の髪を持った乙女がそこにいる。

「名前はお決めになりましたか?マイン・カイザー」
「うむ!……だがお前が、一番決めたいのではないのか?」
「真に恐縮ながら……ジーク、と」
「……ジークフリートか」

皇帝マクシムムはその意図を察した。

──自分(ブリュンヒルデ)の子孫(ジークフリート)か。

古くに伝わる歌劇に、神の娘たるブリュンヒルデはある英雄と結ばれる事になる。
その相手こそがジークフリートである。
自身の名前と、何かしらの関連性を付けたかったのかもしれない。それにしてもまるで男性的な名前ではないか。
やはり彼女は女性である前に将なのだろうと、皇帝は苦笑するばかり。
そして眠っていた乙女の双眸がゆっくりと開かれる様子に、一同は静かに見つめていた。
ブリュンヒルデの瞳は、愛しい我が子を見る母親のそれであった。

「あとはあの子が……」

そっと呟くブリュンヒルデの、あとに続くであろう言葉をマクシムムは脳裏で呟く。
彼女のことは便宜上教育官ということになっているマクシムムがよく知っていた。


──そしてあの子が私を超えてくれれば、そう思っているのだろう。
そこにあるのはどのような感情だろうか?
純粋に自分の子の未来を案じる母親のそれか、芸術家が作品に注ぐであろう情熱か。
それとも……その両方だろうか。

最早ブリュンヒルデに先が無い。
元々帝国における最初期生産型であり、今までの戦闘で幾度も無茶をしすぎたことがその原因だ。
専門家に聞けば、あと1年持てば御の字だという。
限りある命をすべてジークフリートに注ぐ。その決意と意志が暴走しないといいのだが。
皇帝はただ、眼前の二体に対して……見守ることしかできない。


ジークフリートに対し、ブリュンヒルデの期待は強かった。
戦闘訓練に関しては、時間があれば彼女が直々に相手をすることが多い。
しかし、次第にブリュンヒルデは焦りを覚えはじめた。
このままではジークフリートを満足するまで高める前に、自身が消えていくのではないだろうか。
ジークフリートは素直な子だ。こちらの指導をしっかりと受け止め、すぐさま己の血肉にしていく。
そのことは訓練とはいえ刃を交し合うブリュンヒルデは理解している。
それでも、彼女の寿命のほうが早く来るだろう……ブリュンヒルデには耐えれないことだ。
死にいくことではなく、未練を残して去っていくことに対する恐怖。
ジークフリートを、己と同等かそれ以上にまで高まるのを見届けたいという執念。
それらが、ブリュンヒルデに決意を促した。

「ジーク」

その日の剣呑とした雰囲気に、ジークフリートはただならぬことを感じた。
ヴォータンを構えるその様子に、いつもの穏やかさが一切感じない。
その目線は、明らかな殺意を孕んでいる。
初めて受ける戦場を経験した殺す気迫に、ジークは動揺を隠せてない。

「本気で来なさい。私を殺すつもりで」

黒と金色の儀礼槍が、閃光となって飛び込んでいく。
咄嗟にジークフリートはバルムンクを前面に構え、槍の刃を防ぐ。

──!

最初の突きを防がれたことを意に返さず、槍を持ち手を軸とした縦回転を行うことで回す。
バルムンクの下を潜り抜けるように、石突がジークフリートの腹部にめり込む。

「かはっ!」

苦悶の声を上げながらも崩れずに前を向く。しかしそれはブリュンヒルデには緩慢過ぎた。
ヴォータンを短くもって、ジークフリートの脚を刈り取るように振るわれる。
ジークフリートの脚の装甲と、槍の柄とがぶつかり合う。しかし後者の圧倒的な暴力に堪えきれず、ジークは脚を払われる。
横に転倒した彼女に、容赦をかけないブリュンヒルデは蹴りによる追い討ちをかける。
再びあがるジークフリートの苦悶の表情に、ブリュンヒルデは心を痛める。

「──立ちなさい。休んでいる暇などありません」

そうして、ブリュンヒルデはジークフリートに稽古と称した”酷い仕打ち”を行ったのであった。
稽古で終始、ジークフリートを容赦なく儀礼重槍ヴォータンの石頭や柄で打ち据える。
如何に潜在能力が高くても、それ以上に経験というものはアドバンテージを稼ぐ。
長年帝国において最強を自負してきたブリュンヒルデの一打の重みは、ジークフリートの心と体を苛む。
彼女の能力があれば、旧式であるブリュンヒルデの攻撃など容易に捌けるはずなのに。
それができないのであれば……。

ヴォータンの槍を叩きつけるように打ち下ろす。
殺意を十二分に含んだその太刀筋がジークフリートの前面で金属音を伴って防がれる。
その時バルムンクを盾にしたジークフリートは唖然とした。
宙に舞う己の分身であり、皇帝より承ったバルムンクの刃に。

彼女の教育担当官の目の前で……彼女の心ごとバルムンクを叩き折ったのだ。
彼女にこれ以上ない、敗北と挫折とを刻んだ。

「話になりませんね」

侮蔑の表情を露にしながら、項垂れるジークフリートを見下ろす。
落下したバルムンクの刃を見つめながら、自失しているジークフリートに辛らつな言葉をぶつける。

「こんなものでは前線で死ぬのがオチです……そのまま後方で輜重の警護でもしてなさい」

最期まで振り返らず、ブリュンヒルデはジークフリートの前から去る。
顔こそそのままであったが、その心は言葉とは裏腹に──ジークフリートに謝っていた。

──ごめんなさい。ジーク。

だが、これは彼女に早く強くなってもらいが為に打った芝居。
己の寿命が刻一刻と急速に消えていくのを体感しているが故に、焦っている。
彼女なら……愛しいジークなら乗り越えてくれるはずと信じて、ブリュンヒルデは敢えて壁となろう。

──ブリュンヒルデは、貴女に対して悪鬼になります。もう、貴女に許してとは言いません……。

心の中で、泣いた。



ブリュンヒルデが去った後、ジークフリートは宛がわれた自室で折れたバルムンクを抱えながら蹲っていた。
その様子を横で見ていたのは隻腕の男、ヴォルフ・フォン・シュナイダー大佐。
彼は彼女にどう声をかけたものか悩んでいた。……彼は生真面目であり、それに加えて不器用すぎたが故に。そして、

──ブリュンヒルデの限界が、近い……。

彼女が何故ああまで辛くジークフリートにあたるのか。その理由を知っているが故に。
彼女の意思を尊重しつつ、自分の教育担当のメードを奮起させないといけない。
不器用すぎる彼はそのために思い悩む。
暫く葛藤が続くが、どうも同僚や上司達のような饒舌さを発揮できないことは自身がよく知っている彼である。
しかし、何もしゃべらないわけにいかない。彼は唯でさえ少ない脳内の言葉集から、できる限り言葉を選んだ。

「──立て、ジークフリート。いつまで蹲っている?」
「大佐……私は」
「御託を言うな。私は立てといった。……立ってくれ。ジークフリート」

はっとすぐさま見上げるジークフリートであったが、そっぽを向いている彼の表情を伺うことはできなかった。
出会ってこの方、冷たい印象しか感じなかった。
ジークフリート自身、できれば今以上に彼と……他のメードと教育官みたいな関係でいたいと願っている。
しかし、今日の失態は……彼に完全に見放されると思っていた。それなのに……。
少しだけ、希望が持てたジークフリートは立ち上がる。

「バルムンクの修理はこっちで申請しておく……今日の訓練はここまでだ。しっかり養生しろ」
「は、はい……」

ヴォルフは他者から聞けば思いやりの無い言葉を紡ぎながらも、
今のままでは互いに知ることが出来ないのは拙いのかもしれないと考える。
そのとき目に留まったのは、以前同僚から面白半分で手渡された……鍵付きの日記帳であった。
コレならば、口では言いづらいこともなんとか伝えることができるのかもしれない。

「あ、あの……大佐。今日は…」
「不要な会話は慎め。私もお前も無駄にできる時間はない……」

さらさらと、手短にあった紙に短い内容のメモを記す。
こっそりといたずらを残す少年のように、その日記帳と付属の鍵を、メモの上に置く。

──我ながら、何やっているんだろうな。

気恥ずかしさからか、ヴォルフはやや足早に部屋を去る。
ジークフリートがあのメモに気づいてくれることを祈りながら。

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最終更新:2008年11月24日 23:11
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