軍神の跡、守護女神の先4話

(投稿者:店長)


いよいよ、前兆が見え始めた。己の死……機能停止の、である。
周囲には気丈に振舞っていたが、そろそろ命の蝋燭の炎が尽きようとしている。
体を激痛と脱力感とが襲う。呼吸することが最早苦痛を伴うようになってくる。
それでも、今日は倒れるわけにはいかなくなった。

廊下を歩いてくると、ジークフリートが真正面から歩み寄ってくる。
その歩みにはどこか勇ましく。堂々としたものだった。
ジークフリートはブリュンヒルデの進行方向を塞ぐように立つ。自然とブリュンヒルデは立ち止まらざるを得なかった。

「何か用ですか?」
「──貴女に再戦を申し出ます」

バルムンクをへし折ってから、ジークフリートとしゃべることが無かったブリュンヒルデは咄嗟に言葉が出なかった。
漸く復帰して言葉を投げかけるまでの間、ジークフリートはまっすぐブリュンヒルデを見ていた。
その瞳に、以前のような弱さは伺えない。戦う者が持ちえる、強い意志を伴ったものだ。

「……大層な自信ですね」

口と思考とが、真逆する。
口ではジークフリートの意志を損なわないように、闘志を煽るように罵る。
思考は、ここまで成長したジークフリートに期待を膨らませていく。

「いいでしょう。──薔薇園まで来なさい」

──貴女の成長、見せてもらいますよ。


薔薇園。ここはブリュンヒルデが暇を見つけては育てていた薔薇を、多くの文官や召使らの協力を得て育ててた場所である。
その甲斐あってか、一面に広がる赤い花弁は絨毯のように広がっている。
薔薇の絨毯を歩み、対峙するはジークフリートとブリュンヒルデ。

互いの得物を構える。両者共に殺意を出す。……ジークフリートはこの時、今まで感じていた違和感を漸く理解できた。

──敵意が、ない。

バルムンクをへし折った時、ブリュンヒルデは殺意を持って挑んできた。
それは武を持つものが相手と対峙するときに自然と湧き出てくるもの。
一方の敵意は相手を相容れない存在と認識したときに吹き出てくるのだ。
しかし、ブリュンヒルデは殺意こそみせるものの、そこに敵意はない。
ジークフリートに対して、あの仕打ちは害意あってのものでは……なかったということになる。

──ああ、やはり貴女は優しい。

ジークフリートも、尊敬するべき相手に対して敵意を捨て去る。纏うのは殺気のみ。
ピリピリと、互いの殺気が心地よいと感じていた。
今にして思えば、彼女が求めたのは意識だったのかもしれない。そうジークフリートは考える。
心が折れれば、強さなど発揮できないのだから。

殺気が互いの間で溜まる。互いに得物を繰り出せる直前で静止させる。
それがいよいよ臨界点を超えようとしている……それが弾けた時、両者の最後の激突が始まった。

「──帝国最強。その称号には帝国の威信と臣民全ての信頼の重みがあります……
さあ、貴女はそれを背負う覚悟はあるか!!」

彼女はその巨大な黒槍を振るう。
突き、薙ぎ、払い、斬る。変幻自在な太刀筋の軌跡は最早黒い雨と風であった。 
その一撃一撃にこもる威力は、されどジークフリートの構えるバルムンクの迎撃によって遮られる。

「──その覚悟は、ある!!」
「──よくいったぁぁぁぁ!!」

互いの間に広がる火花に、黒と白銀の軌道が折り重なる。
金属の削られる音とぶつかり合う音とが、ほぼ連なった和音として木霊する。
互いに一歩も譲らず、前進や後退すらない。
黒い暴風と白銀の閃光との苛烈なる応酬の光景は、騒ぎを聞きつけてやってきた周囲にいる者らの言葉を封じた。
巻き上がる風と両者の動作によって、踏みしめている花園の花弁が舞う。
火と生の花とが二人の演舞じみた剣劇を彩っていく。

そう、これは神聖不可侵の儀式。
真に英雄か英雄を認めるが為の通過儀礼。

目まぐるしく飛び交う刃の応酬。
一合から十合、百合と瞬く間に増える軌跡の応酬の最中、互いに討つべき敵を見据える。
先に動いたのはブリュンヒルデ。その黒と金色の槍による素早い突きを繰り出す。
その鋼の筋道に対して、バルムンクによって真正面から逸らすためにそれ目掛けて振り下ろす。
突きを逸らされるのは織り込み済みか、すぐに手を支点とした円の運動で石頭による打撃をジークフリートの後頭部目掛けて繰り出す。
自身に飛び掛る危機に対してジークフリートはしゃがむことでその一撃をやり過ごし、
がら空きになったブリュンヒルデの横腹に一撃を打とうと振るう。
その一撃もまた踏み込み、立ち位置を変えることで衣服に掠らせることに成功したブリュンヒルデ。
回避と同時に動かしたその足は攻撃のための予備動作。
ジークの右肩から左脇の袈裟を引き裂かんと速度と威力に秀でた叩き切りに、
迎撃をせずに振り下ろされる直前に死角──ブリュンヒルデの左側面へと滑り込むことでかわす。

「──ああ!!」

気合の声と共に槍の強引な軌道変更を行うブリュンヒルデ。
一度は地面にめり込みそうなほどに加速していたソレを、軋ませながら掬い、巻き上げる。
だが、無理やり行った動きは正確さに劣っていた。その上体勢も崩れている。
伸びきったところを、狙い済ましたかのようにジークフリートの巨剣の横一線が飛ぶ。まさにこのままいけば胴切りが決まる…!

その一撃はしかし、ブリュンヒルデに命中することは無かった。
咄嗟に上空へと飛び、ジークフリートに装甲を纏った脚による蹴りを繰り出す。
バルムンクの腹をつかって受け止めるのを見たブリュンヒルデは、そのまま踏み台にして距離をとる。

そして互いの距離が、距離にして3m。

「──次で決めます。ブリュンヒルデ」
「──笑止」

両者は構える。次の一合で決着をつける為に、これ以上ないものを繰り出すために。
表情はそのままに、しかしブリュンヒルデの心のうちは晴れやかであった。

──よくぞ、ここまで。

この日をどれだけ待ち望んだであろうか。
己を超えるほどの力を身に付け、そして皆が見ているこの場で決着がつくこの日を。
己の寿命の最期の戦いを。残された最後の力を燃やしつくし、貴女との戦いに捧げれるこの瞬間を。
そして貴女という武と、なにも柵も無く競うこの時を。
ブリュンヒルデは、愛しい子をみる母親とはこのような感情を抱くのではないだろうかと考えてしまう。

──それにしては、母親失格でしょうけども。

無言でにらみ合う二人の間に、薔薇の散った花弁が舞い降りる。
それら地面に落ちたと同時に。

その一瞬、世界は無音。
ジークフリートとブリュンヒルデの得物同士が接触する火花が一際大きく咲き、、一際甲高い音が木霊した。

ドス、と何かが花園に突き刺さる。 それは黒い……儀礼重槍ヴォータンの穂先と柄の一部であった。
両者共に本来いた位置から入れ替わっている。
二人の顔はそれぞれ……ブリュンヒルデの顔は安堵に、ジークフリートは茫然とを浮かべて。

「──見事です。ジーク」
「…、………はい」

ジークフリートは今まで見せていた態度とは違う様子に不意を打たれる。
それでも、すぐさまに返事を言えた。
目覚めて間もない頃の、優しいブリュンヒルデを思い出したから。

「胸を張りなさい。……今このときから、貴女が帝国の最強を名乗るのですから」
「……」

次にジークフリートに込みあがってきたのはうれしさ。
あのブリュンヒルデに認めてもらったという感激と、ここまで這い上がってこれた自身に対する感動とが彼女を感涙させている。
僅かに零れる嗚咽の声に、ブリュンヒルデは苦笑する。

「老兵は去るのみです。ジーク──帝国を頼みます」

折れた槍の先をそのままに、彼女は一度も振り返らずに歩み去っていく。
潤んだ視界で見送るジークフリートには、その光景を忘れることはできなかった。

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最終更新:2008年11月24日 23:18
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