(投稿者:店長)
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謁見の間では、
ジークフリートと
ブリュンヒルデの私闘のことが伝わっていた。
止めるべきだという周囲の意見を一喝して黙らせた皇帝マクシムムは、玉座の肘掛の先端を握りつぶしかねないほどの力を込めていた。
「陛下、ブリュンヒルデとジークフリートが決闘を……お止めしませんと」
「黙ぁれ。見たき者は静かに見守るがいい……今宵帝国最強の侍女が変わる。それを見届けるのだぁ」
──今日という日が、来たか。
こうなる日がやってくることは予測済み。
そして同時に、ブリュンヒルデの寿命が尽きるであろうことも。
皇帝が黙っている状況に、部屋にいた全員が同じく沈黙する。
暫くすると、足音が近づいてきた。──ブリュンヒルデである。
皇帝以外の全員がブリュンヒルデの異様な様子に
──特に、手に持っている槍の穂先がないことに対して──驚きながらも、何故私闘をしたのかと問い詰める。
ブリュンヒルデの周囲を人が囲う。彼女の前進が、阻まれる。
「──黙らんかぁぁぁい!!」
その様子に今まで沈黙し目を瞑っていたマクシムムは、目を見開いたのと同時に怒声をあげた。
ただ一人を除いて動揺する一同。そのただ一人であるブリュンヒルデは、立ったまま。
「ブリュンヒルデ以外はぁ、全ぅ員下ぁがれ……命令であぁる」
皇帝の命令には従わざるを得ない。下がるように言われた皆は互いに顔を見合わせながらも命令どおり謁見の間を後にする。
是非も言わせずに全員をたたき出した皇帝と、入ってきたままのブリュンヒルデは顔をあわせる。
ブリュンヒルデの表情は、いつもどおりだった。
だがその体は限界を迎えている。皇帝以外がこの場にいないからか、一歩一歩があまりにも重い。
それでもブリュンヒルデは漸く、マクシムムの眼前までやってきて跪く。
「ブリュンヒルデ」
「……マイン・カイザー。ジークは……」
ぐらり、と体が崩れる。思わず皇帝は玉座から身を乗り出し、倒れたブリュンヒルデを抱える。
マクシムムはその体を妙に軽く感じた。まるで、燃え尽きた灰のようではないか……。
──これほど小さな体で、よくぞ今日まで帝国を守ってくれたな。
「申し訳、ありません」
「構うでなぁい。 続きを言うがよい」
心地よい夢を見ているかのような、安らかな笑みを浮かべるブリュンヒルデ。
「ジークは、見事……私を、打ち倒しました……彼女、こそ……帝国最強の、剣」
「……そうか」
「マイン・カイザー……」
より一層の敬愛を込めた、その呼び名。
「先に、逝く……無礼を……お許し、下さい」
「無礼などぉ…あるかぁ……馬鹿者ぉ」
ポツリ、とブリュンヒルデの頬に雫が落ちる。
マクシムムの瞳からは、一対の涙がこぼれていた。
「いけません、マイン・カイザー……」
「煩い。お主がいけないのだ……こぉの馬鹿者めがぁ」
「……はい」
ブリュンヒルデの目が、次第に焦点が合わなくなってきている。
皇帝を、その先を見ている彼女は、言葉を紡ぐ。
「マイン・カイザー……私は、この国に、貢献できた……でしょうか……?」
「是非もなぁい……良くぞ今までぇ尽くしてくれたぁ」
涙を零しながらも、嗚咽を漏らさず。
皇帝は堂々とした口調で労う。
これが彼女に対する誠意であると考えた故に。
「……最後に、お願いがあります」
「……申ぉしてみよ」
「ジークを、私の娘を……」
お願いします。そう告げることもなく。彼女は動かなくなった。
目を開けたままの彼女の瞼を、マクシムムはその大きな手で閉ざす。
「……任ぁせるがぁいい」
彼女だったものを抱き上げ。無事に彼女が天上に昇れるように願いながら。
☆
今まで帝国を支え続けてきたブリュンヒルデが没したことは衝撃を与えたものの、
すぐさま新たなる英雄ジークフリートの登場によって世間では混乱は見受けれなかった。
ブリュンヒルデを超え、彼女は名実共に帝国最強となったのである。
「それでは行って参ります。陛下」
「待ぁてジークよ」
「はっ……」
「ワシを陛ぃ下と呼ぶでない……」
──見ているか?ブリュンヒルデ。
「はっ…それではなんとお呼びすれば…?」
「パぁパぁと、呼ヴぇ」
──我らが娘の、成長を。
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最終更新:2008年11月24日 23:19