海の果てより海の底 三浬

(投稿者:レナス)



残存イソポッド数三体。駆逐艦一隻が轟沈。数体がそれに群がって戦域より離脱。
巡洋艦一隻が中破。周囲の駆逐艦が浸水の為に減速し始めた巡洋艦を援護。機雷缶の投下を止め、ソナーが敵の位置を捉えて弾幕を展開。
二方向に向けて艦隊の連携による一斉掃射。洩光弾の射撃線が海水面に着弾。水柱を盛大に立ち上らせて虹を描く。

一隻の駆逐艦にイソポッドが一体取り付いている。運悪く艦橋側面。全長は20m弱。戦艦はその重量によって傾いている。
巨大な分だけ外装も厚く、内側も人間の携帯火器では体を抉るだけの弾速は見込めない。イソポッドは悠然と船の装甲を貪る。
餌の周囲に集る蝿を眼中に入れず、ありついた御飯を食していく。艦橋の外壁に狙いを定め、一口。それだけで艦橋の壁は無くなり、船を操る海兵の怯えた顔が露となった。

踏み締める足場は大きな津波。蹴り上げる飛沫は潮の衝突。踏み込める力は波紋の色。
海を蹴り、船の外装を跳ね、宿敵の肩を滑って艦橋の床に降り立つ一人の女性は伊嵯那美
走破の余力で滑る間に腰を溜め、上半身を捻って一本の槍を構える。突然の乱入に兵士達は唖然、敵は無頓着。

そして砲撃にも近い投擲がイソポッドの喉元を貫き、貫通する事なく串刺しとした。
この程度では致死と成り得ない。仰け反る敵に裾より取り出す苦無を放つ。肢体の根源たる関節を射止め、腹の柔軟な箇所に突き刺す。
敵は強烈な痛覚に悶える。体を丸めて防御態勢を取ろうにも、突き刺さる刃物の数々がそれを阻害する。伊嵯那美は初めからそれを狙っていた。

「まずは一体目。貴様に構っては居られないのでな、終わらせる」

槍を抜き取る。甲羅側へと着地した伊嵯那美は結果的に槍が貫通する様に抜き取る。イソポッドの血糊を払うかの如く振るい、触覚の根元より切断。
海中生物にとって触覚は生存における絶対的な器官。それも然る事ながらも人間の手足の神経群に等しい多感な神経を断ち切られたイソポッドは大きく痙攣。
生きている肢体をびくつかせ、全身の動きが停止する。細かに四肢と顎が蠢くが大きな動きをしない。兵士達がその様子に疑問符を浮かべ、再び艦橋に降り立った伊嵯那美がそれに答えた。

身体を捻り、一回転。常人には決して捉え切れない速度の乗った回し蹴りがイソポッドの身体へと吸い込まれ、軸足を艦橋の床を潰させて仰向けに動かす。
巨体がその一撃で後ろへの動き、戦艦に食い込んでいた四肢が自重で剥がれる。既に事切れている虫が仰向けに海へと落下。大きな水飛沫と傾斜の反動が駆逐艦を大きく揺らす。

「――他のイソポッドの現状を教えてくれ。それから済まないが今ので落ちた兵士のピックアップは其方で対応しておいてくれ」

転覆もかくやの大揺れによって甲板より身を投げ出された船員が多数。海に落ちた程度で海の男達は死にはしないが、未だに戦闘を継続している他の艦隊は違う。
伊嵯那美は通信士からの矢継ぎ早に伝えられる現状を一通り聞いて頷く。アルトメリア式の敬礼を軽く行い、返礼を待たずに跳躍。
黒髪と裾を大きく靡かせて海へと着地。小さな波紋を描きながら新たな戦場へと駆け抜けていく。

「・・・・あれがNADESHIKO NINJAか」

その去り行く姿を目にした兵士達が感嘆の念を抱いて呟いた。



伊嵯那美と名付けられたメードに秘められた力。それは水面上に着地出来る神秘である。
科学的には伊嵯那美は放出系のエターナルコアの力を秘め、足場に力を展開して没する事を防いでいる。
この応用として投擲する苦無と槍に身体的な力以上の威力と速度を発揮させている。

海のうねりは脈動する大地であり、波飛沫は大地の息吹。海は伊嵯那美の遊戯の場である。

艦隊により一体は撃退された。最後に残されたイソポッドは餌の抵抗に戸惑ってか艦隊からつかず離れず。
伊嵯那美は最も敵に近い船舶である巡洋艦の艦橋まで駆け上り、ソナー探索による各艦の探知結果を耳にする。
敵の大凡の位置は七時。船尾へと移動し、腰を溜めて槍を放つ姿勢を取る。全ての艦隊が射撃を止め、再び静かな世界を取り戻す。

船が海を割って進む飛沫の音色が辺りに木霊し、大きく雄大な揺れが大きな世界の小さいな存在を自己主張。
何一つ変わり映えのしない碧い海には未だ一つの脅威が息を潜めているとは誰もが疑いたくなる程に静かである。
しかし確かに其処に居る。人には見えずとも、人が編み出した海の耳は確と捉えている。そして船の静は敵の動を誘き寄せた。

「其処ッ!!!」

放つ槍の一撃は海面に映る一点の違和感へと突き進む。海面の上下による光の屈折を視野に入れた投擲は真っ直ぐに海へと突き刺さる。
エネルギーを纏わせた影響で着水時に盛大な水飛沫を盛り上げたがそれによる結果以外に意味は無い。再び痛い程の静寂が訪れる。
命中したのかは伊嵯那美には判らない。槍投げの名手でも鷹の瞳の所有者でも無い。ただ静かに環境からの報告を待つ。

『―――戦闘態勢を解除。敵勢力は探知領域内より完全に消滅。各員は持ち場へと戻れ。
負傷者は甲板へと搬送。各部署毎に被害状況を報告せよ。点呼の確認の後、味方の救援に向かう。繰り返す。戦闘態勢は解除。敵勢力は―――』

歓声が沸き起こる。兵士達は戦いの勝利に歓喜し、互いに無事を称え合う。伊嵯那美は艦内放送と周囲の歓声を耳に安堵して肩の力を抜く。
直撃による撃破か着水時に起きた衝撃波に驚いて逃げたかは不明だがイソポッドによる今回の襲撃を凌いだ事実には違い無かった。
彼女に向かって声援が送られて来たのに答えて笑顔と手を軽く振り、この船より降り立った。彼女の仕事は未だに終えていない。

海へと落下し、置き去りにされた兵士達の救援。伊嵯那美の海を走り小回りの利く存在は便利である。
救命道具を手に海に浮かぶ兵士達の元へと急行。自動で展開する救命ゴムボートを複数展開して連結し、数名の兵士達をそれに乗せて発煙筒の束を渡す。
彼女とて全ての兵士達を救う手立ては無く、そして義務も無い。発煙筒を絶え間なく焚かせて救援艦と漂流する兵士達の目印として機能を他者に任せ、伊嵯那美は来た道を戻る。

今回の戦闘による損害は艦隊十二隻中の駆逐艦三隻が轟沈、駆逐艦一隻及び巡洋艦二隻が中破。そして護衛対象である輸送艦一隻を損失。
イソポッド五十体以上の襲撃にしては十二分に奮闘したと言える戦果ではあるが、護衛対象に損害が出た事実は変わらない。これ以上の損害は最早海軍の誇りに掛けて阻止するモノである。
彼女の本来の任務である輸送船の護衛には無事な戦艦が護衛に回っているが油断は出来ない。持てる力を全開にし、伊嵯那美は海を駆け抜けて行く。




関連項目

最終更新:2008年11月29日 10:39
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。