海の果てより海の底 三浬半

(投稿者:レナス)



グリーデル王国グリーデル島北東部軍港。クロッセル連合王国の中核であり、アルトメリア連邦と貿易を行う主要国家。
二国間が最も短い渡航な上にグリーデル王国は連合屈指の海軍戦力を保有している。貿易警備には代表する立場にある。
アルトメリアから輸入した物資をグリーデルを中継して各国へと陸海空路全てを通じてルージア大陸西部全体へと供給される。

グリーデル王国が連合の中枢せしめる理由に地理的に有利な貿易拠点である事が今も尚高い発言力を保有する。
小国の集まりである連合においてアルトメリアからの豊富な物資は捨てる事の出来ない大事な取引相手なのだ。
「G」という海の脅威が無ければ他国の湾岸施設にはアルトメリアとの貿易の為の港が多く見られていた事だろう。

だが現実としてグリーデル王国の軍港施設に帰港した艦隊が物語る。
側壁が消滅している艦。正面に接岸出来ない艦。甲板を大きく損傷し、弾痕の爪痕が酷い艦。
全十二隻中三隻の喪失。四分の一の艦が、兵士達が海へと消えて行った。

接岸した艦より搬送される負傷兵の数々。慌ただしく動く兵士達の脇で帰らぬ艦の友を嘆く者達が居る。
それは戦友か、恋人か、家族か。それぞれの思いが交錯し、世界が悲劇の色に染まって行く。

そして被害の結果、一隻を喪失したのみに留まった輸送船団四隻は艦隊から少し離れた港に寄港している。
巨大な貨物物資を陸へと下ろす専用の施設が設けられている施設へと横付けし、此方は向こうとは異なる意味で慌ただしい。
貨物船に満載された鉱石や穀物が十数万トンにも及ぶ量を下ろさなければならず、全てが完了するまでに多大な時間を要するのだ。



護衛任務を終えた伊嵯那美は軍港基地の一室で静かに茶を飲んでいる。
日の当たる窓辺の椅子に腰を掛け、潮風に当たらずして入り込む暖かな陽光に微かな眠気の気だるさに身を委ねる。

船上ではタオルで体を拭き洗い、髪の毛の手入れは論外であった。だが陸に上がれば豊富なお湯を用いて身体を濯ぎ、こびりついた塩を落とす。
半月ぶりに汚れを全て洗い流し、身体より香る石鹸の独特な薫りが心地良さを更に引き立てる。

「揺れる船の上での日向ぼっこも良いが、こうして陸の上での日向ぼっこも悪くない」

視線を部屋の扉へと注ぐ。数秒後にはその扉が勝手に開かれ、中へと入るのは将校。
此処の海兵隊員にしては身形が良く、高官にしては海の男特有の荒れた肌を持たない。
伊嵯那美を一瞥しただけで部屋の中の扉の脇へと移動する数人の将校たち。彼らは全員小脇に小銃を携え、指が引き金に掛かっている。

「お止めなさい。私はこの様な面会は望んではいません」

「申し訳御座いません。最低限に留めたに過ぎませんが、本来でしたらばこうした事態は避けるべき事態に御座います」

「理解しています。その上で申しているのです。彼の者は信における。心配は無用です、彼等を下げなさい」

「――御意に」

凛とした声が、通路から届く。若く、あどけない声色は重みを有している。
通路に居る上官であろう者の一声で将校らは部屋を後にし、入れ替わる形で一人の人物が入室した。

「―――これは殿下。この様な場所でお目に掛かれるとは光栄の極みに御座います」

「頭を上げなさい。今回は基地の視察を兼ねた私用ですので必要以上に畏まる必要はありません」

席を立ち、片膝をついて首を垂れる伊嵯那美。そんな仰々しい彼女に対し、その人物は微笑みで答えた。

「お言葉のままに」

「それが必要以上だと言うのです。貴女は何時も通りの姿を私に見せてくれるだけ十分なのですから」

顔を上げた先に居る人物は若い女性。少女と言っても過言では無く、カジュアルな服装が愛らしく、可憐である。
だが彼女の凛とした瞳。そして姿勢や雰囲気から醸し出される高潔な存在感が単なる一人の少女と断ずるには語弊が生じる。
彼女を取り巻く将校や伊嵯那美の態度からも容易に想像が付き、一目でも垣間見れば彼女の高貴さが理解出来る。

「それは怖れ多くも異国の地より参りし我が身。国々を束ねし王たる者に御無礼は許されませぬ。そのお言葉だけ十分に御座います」

「先程よりも仰々しいにも程があります。御自愛なさい」

「はっ、御心のままに」

口元の添えられた小さな笑いを堪えるその姿からは上品な香りが漂う。伊嵯那美も膝をついたまま小さな笑みを浮かべて彼女を見上げていた。
女性が入口に立つ将校へと目配せをし、その合図に小さく苦い顔をして退席する。完全に扉は閉じられるも、扉の先の通路に待機しているのは容易に想像が付く。

「御持て成しをするには質素な部屋ですが、どうぞ腰をお掛けになって下さいませ」

「有難う。確かに人を御持て成しするには適してはいませんね」

「急な来訪でしたので、お出し出来る物といえば市販品の紅茶程度ですが。お飲みになりますか、御口に合うとは思えませんが?」

「構いません。私は常々思うのです。視察ならばその土地その場所特有の御持て成しが一番であると。
此度の訪問においても視察の情報が先に漏れたが為に、出されるお茶菓子は最高級品ばかり。恐らく護衛の者達が事前に通達していたのでしょう。
私は今此処にある在りのままの食事を頂きたかったのですから、残念で致し方ありません」

「それはそれで怖れ多い事です。殿下は一国を統べるだけでなく、ルージア大陸の北東諸国を統べる大事なお方。気を使うのも当然と言えます」

椅子に来訪者を座らせ、備え付けのポッドを温め直しながら伊嵯那美は答える。互いの言葉に苦笑を浮かべ、静かな応酬の中で沸騰する水の音が良く映える。

「この様なお茶目な統治者を御身を守る者達の気苦労が知れます。余りご無理をさせるのは貴女御自身の危険にも関わる事が故。
御自愛と理解の程を私の方からもお願い申し上げます、ユピテリーゼ殿」

伊嵯那美は温めはポッドを携えて戻りつつも、微笑みを乗せてそう話した。



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最終更新:2008年12月05日 11:36
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