(投稿者:ニーベル)




もう、深夜になるだろうか。
人通りがほとんど無い寂れた通り。そこにあるホテル――実際は娼館だろうが、そこから男が一人出てきた。
そのまま、男は、ゆっくりと歩き始めていく。
よく見ると、男の後ろには、もう一人男がいた。男の影のようであり、側から離れない。

「童元、女を抱くときぐらいは離れてくれてもよいのではないか」

「お戯れを。我が主を守護することが我が使命が故」

軽く笑みを浮かべ、男が影に言う。影は表情も変えずに答える。
暗い夜道の中、男が二人、歩いていく。この奥には、彼らの行きつけのバーがある。
人通りの少ない場所にある、そのバーは、どこか妖しい雰囲気であり、寄る人がいるのかすら怪しい。
それでもここ十年潰れてないと店主が言うに、それなりに常連がいるのだろう。


「相変わらず、寂れているなここは。陰気くさくてたまらん」

「余計なお世話だ。好色神父。神様に恥ずかしくねぇのかい。女囲いやがってよ」

ドアを開け、入るなり、暴言の応酬が始まる。しかし、彼らにとってはこれが挨拶らしい。
それを証明するかのように、笑顔で店主が酒を一杯、グラスへ溢れんばかりに注いでいく。
男がそれを口につけ、一口で飲み干す。さらに店主が酒を注ぐ。影にも酒は出されているが、一口飲んだだけで、止めている。
失礼にも当たるような行為に見えるが、店主はいつものことなのか、そのことに関しては何も言わなかった。

「で、こんな湿気た店に来るときは何かしら思い出に浸る為に来るんだろう。爺臭いな」

おちゃらけた風に店主は言う。その通りだ。と、言い返し男は酒を飲む。
後は下らない雑談ばかりだ。どうでもいいよな、馬鹿げた話。それでも、男と店主にとっては楽しい話のようだった。

「ちょっと、邪魔するぜ」

チリン、という綺麗な音が響く。
店主が、席は空いてるぜ、と言う。入ってきた男は、盲しいているのか、目に包帯を巻き付けていた。
それにしては、足取りはしっかりとしており、迷わず男の隣へと座る。

「悪いな」

「気にすることはない」

軽く挨拶を交わし、酒を飲み始める。
盲目の男が、いつものをと言う。店主が、おう、と軽く返事をし、手慣れた様子で酒を出す。
どうやら、この盲目の男も常連らしい。男が興味を持ったのか、それについて聞き始めた。

「こんな店に、良く来ているのか?」

「こんな店とはおっさんに失礼じゃねぇか。俺はこの寂れた雰囲気が好きでね。時々来たくなるのさ。ついでに潰れてねぇか確認しにもな」

店主が、最後は余計だ馬鹿野郎と呟く。悪い悪い、そう言いながら盲目の男は酒を一口飲む。
男はそれが面白く、笑い始める。盲目の男もそれにつられて、笑う。

「面白い男だ。なかなか見ないな」

「そりゃあ俺の台詞だよ」

ひとしきり笑い続ける。ふと気付いたように、男がグラスを持った。
盲目の男もグラスを持ち、ふっと笑みを見せる。


「今夜出会った仲にでも、乾杯するべきだろう」

「同感だ」


乾杯。その言葉のあとに硝子がぶつかる、涼やかな音が響く。
お互いがその言葉を区切りに、まるで、古くからの友人のように話を始める。
最近の情勢、好みの女、下らない下話。そのどれでも、男たちは楽しそうに話している。


「ところでよ、このしがないおっさんの話でも聞いてくれねぇかな」


ある程度話が弾み、酒も良い具合に身体に入ってきた頃、盲目の男がいきなり話を切り出す。
男は、それを断る理由がないと言って、顔を近づけ、先を聞こうという体勢になった。

「おう、聞いてくれるかい。なぁに、つまらねぇ話さ」

盲目の男が話し始める。確かに戦場では、良くある話だ。
上官の命令に従ったは良いが、実際伝えられていた事とは大違いな戦力差な上、支援も撤退命令も出ずに、捨て石とされる。
盲目の男は、たまたま逃げ切れて、九死に一生を得たらしい。軍人である男には、嫌になるほどよくある話だった。

「そんな、下らない話だ」

「成程、確かに下らないな」

「アンタはなんかないのかい」

「話そうか」

盲目の男に、促され男が口を開いた。
妖精に恋をした人間の話。妖精と結ばれ、喜んでいたが、妖精の本当の姿が化物であることを知ると、最初は祝福していた村人がその妖精をどこかへ連れて行ってしまうお話。
どこかの童話にでもありそうなお話だった。いい歳をした男がそんな話をするのか。盲目の男がそう言葉に出す。
男は、笑みを浮かべて何も言わない。店主が、続きはと問うが、無いといわれる。

「変な話だな。まだ終わってないみたいじゃねぇか」

店主が呟く。いちいち呟くのがこの店主の癖らしい。
男が、そろそろ立ち去ると言った。なら俺もと、盲目の男が腰を上げる。
店主の相変わらずやる気のない声を背にしながら、外へと出る。

「寒いな」

「ああ、寒い」

そう言いながら、男が二人歩いていく。それは何故か酷く、寂しい後ろ姿に見えた。
そのまま歩いていくと、分かれ道になる。どうやら盲目の男は、男と別な方向に行くようだった。

「お別れか」

「そう、みたいだな」

お互いに微笑む。

「なぁ、一つ聞きたい」

「なんだ」

「我々の大義というものは、結局は私怨の集まりではないか」

「ああ」

あっさりと盲目の男が答えた。男は相変わらず微笑む。

「それではな」

「あーよ、元気でな」

男たちはそこで別れた。
やっぱり、男たちの背中は、酷く寂しげだった。




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最終更新:2008年12月08日 20:06
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