(投稿者:ニーベル)
ドアが開けられると、マークスは憮然とした様子で入ってきて、口を開いた。
「あら、どうもこうもそのままの意味よ?」
「とぼけないでいただきたい」
「……何、子ども達のお守りよ」
マークスが、微かに怒っているのは分かった。
彼は生粋の軍人。そのような仕事は他の者に任すべきだろうと思っているに違いない。
なによりも彼は戦場でここまで成り上がった男。自分に与えられた仕事はするべきと思えども、軍人として生きてきた誇りがそれを許さないのだろう。
「……そのようなことではなく、何故貴方は私を推したのですか?」
「仮にもこれから来る娘さん達の一人は、あの安佐那財閥の娘さんよ?何かあったらどうするの。護衛として適任なのは貴方ぐらいしかいないわ」
「護衛ならばまだいい。しかしお守りなど。残念ですが、私には若い娘を扱うような器用さも、喋りも出来ません」
「だからこそ、貴方なの。貴方は生粋の軍人上がり。貴方と似たような叩き上げの軍人は貴方に心酔しきっているし
信頼してるけど。ここには軍というものをしっかりと経験していない人も多いのよ」
「その者達からは理解されない。だから今回のことで身に付けろと。ですが、そちらはあの若造がいるでしょう。むしろ今回の護衛とて、あの若造のアガトに」
決定事項なのだと、マークスに対して、はっきりと突きつける。
マークスは、さらに言い募ろうとしたが、結局は口を閉じた。そのまま後ろへ振り返り、出て行く。
「……彼も強情なのね」
軽く溜息を吐く。
確かに、素人の自分から見ても、彼は軍人として傑出しているように見える。指揮官としての力量もあるのだろう。
しかし、どうしても彼は軍人以外の人間には、欠点の部分しか見えないのだ。
冷酷に命令を下し、兵士を死なせ、自分は確実に生き残りながら勝つ。そんなことをしてまで、戦に勝ち、生き残って名誉だけを奪う卑怯者。
戦場に参加しない、役人のような者達。軍から導入された兵士達ではない者達はこのように評する。
軍人達の意見は、これとはまったくと言って良いほど正反対であり、誇り高い軍人であり、この者の為なら死ぬことも躊躇わずに出来る。
そのように言うものが圧倒的な数なのだ。
ここまで評価が別れる人間は、真に優秀な人材か、優秀にしろ、危険を孕んでいる人物かのどちらか。
「まぁ、彼がどのような人にしろ……」
これでもう少し、ゆとりをもてたらねぇと呟く。
ふと窓に目を向け、空を眺めれば、気持ちの良いぐらいの青空が広がっていた。
「私が案内を務めるマークスだ」
「ああ~…すいません。安佐那氷凪と申します。よろしくお願いします~」
「この人が今回案内してくれるんですッスね!自分は柊華って言いますッス!よろしくっス!」
「アタシはエイフィル。よろしくな、おっさん」
安佐那財閥の次女と聞き、どれほどの娘かと、考えていたが、それはマークスの想像の斜め上だった。
あの安佐那財閥の次女なのだ。さぞかし、頭も切れ、目つきの鋭い才女なのだろうと勝手に考えていた。
ところが、実態はどうだ。
のほほんとし、どこかとろそう――否、まちがいなくとろい――であり、少なくともマークスの抱いた才女、というイメージから程遠いものだった。
そして周りも、見事に若い娘とメードときたものだ。
このような者達の相手など、自分には出来そうにもなかった。やはり適任はあのアガトだったのだとか思えない。
「……ああ、ではついて来てもらおう」
「はい。あ、でも~ちょっと良いですか~」
「どうした」
「後ろにいる方のお名前を知りたいです~よろしければ……教えていただけませんか~」
「童元と申します。今後ともよしなに」
「はい~よろしくお願いします~」
おや、と思った。
童元が、一般市民にその存在を確認されることは殆どなかった。軍人やメードならば分かる程度に、気のようなものを発していたぐらいだ。
それをこの娘は、掴んだ。そのことがマークスをいくらか驚かせた。
「……ヒナ。いつから気付いたんだ?」
「え~、ずっと前からさりげなく、いてくださいましたよ」
確かに、童元は飛行機を降り立ち、ここまで来るまでを、ずっと護衛していた。気付かれないように気配を消してだ。
「……安佐那殿は見た目と違って、鋭いのだな」
「何がですか~?」
「……何でもない」
やはりさっきの鋭さはたまたまだったのか。それとも狸なのか。
今の様子を見ていると、少なくともあの鋭さを想像させるようなものは何もなかった。
「私の家に来てもらおう。その途中で色々な物を見ておけばよい」
いすれにしろ、自分が受けた任務は護衛であり、一週間の世話をする事。
それを思い出すように呟き、先導していった。
「……どうでしたか?」
「散々な物だった。私にとってはな」
不機嫌な様子でマークスが呟く。
童元から見れば微笑ましい状況だったが、マークスはそういうのには無縁な男だったのだ。
散々というよりかは、どうすればいいか分からなかった、というのが事実だろう。
「確かに、我が主には似合わぬ雰囲気でしたな」
「そうだ。あんな状況を三姉妹に見られた挙げ句、アガトに。あの若造にも見られたのだぞ」
童元もその場に居合わせていたのだからそれは分かる。
家へと連れ行く前に、様々な物を見たいといったのはあの安佐那財閥の次女だった。
確かに、それは当然の要求だろう。マークス自体もそれを拒むつもりはなかった。
それまではまだ良かった。ただ場所が問題だったのだ。
マークスはこればかりは絶対に避けたいと思っていた場所を言われた。
すぐに首を縦に振るはずもなく、あそこは見るものがないだの、辛気くさいだのと理由をつけて行こうとはしなかった。
それでなんとかなるだろうと思っていたのがマークスの甘い部分だろう。その時だけ、三人娘の息があったように、明らかな意志を見せられた。
なぜ行ってはいけないのか。どうしてか。その理由を答えて。
延々と言わ続けて、挙げ句の果てには次女が連れてきていたメードが涙ぐむ始末になった。
そこまでいってようやく自分の主、マークスは首を縦に振った。結局は、泣く子に負けたと言うところなのだ。
冷酷な、機械のような指揮官と言われた自分の主が、泣く子――メードだが――には勝てないと言うことを知れたということは、童元に不思議と安堵感を与えた。
マークスにとっては予想通りの最悪の展開になったが。
セントレア教会につくなり、三姉妹とアガトにばったり会う。
ヘレナが驚き、唖然とする。テレサがニヤニヤと笑っていた。
アリッサと言えば何が起きているのかすら分からない。というような表情だった。
それまではまだいい。問題はアガトだった。最初は驚いた様子だったが、しばらくじっと眺めた後。
「なんだ、マークス。お前はそういう趣味だったのか」
ここから先は自分が語るべき事ではない。ただあまりにも酷い状況だったということだけだ。
もう、あの時ほど、自分の主が怒りを見せることはないだろう。
思い出すと、自然と頬が緩んでしまう。
「何を笑っている。童元」
「我が主にも、英雄たる部分ではなく、弱い人間たる部分が見られたことを喜んでいるのですよ」
「私はいつでも弱い人間だ」
「主がそうお考えになられているだけでございます」
自分の中では、マークスは覇者たる輝きがあるとすら思っている。
他にも人をあげるとするならば、信濃、アガト。
エントリヒ皇帝も間違いなくあるのだろう。
輝き方は違えど、どれもその輝きによって人を惹きつけるのは変わりがない。
「私がどれほど弱い人間か。一晩、酒に付き合ってみるか?」
「聞かせて欲しいものです。それより、我が主」
「どうした」
「あのエイフィルという娘に、少々稽古をつけてもよろしいでしょうか」
その言葉を聞いて、マークスがこちらに振り向く。表情は明らかに怪訝な様子だった。
無理もない。自分がこのようなことを言うのも、初めてな気がする。
「あの娘が、やりたがるなら良いが」
「やりたがるでしょう」
「……なら、深くは訊かん」
「ありかどうございます」
「……さて、では、お前には一晩私の酒に付き合って貰おう」
「お付き合いいたします」
あの娘には、天賦の才がある。恐らく、鍛えれば鍛えるほど華が開く。
そんなことを考えながら、今晩は、マークスと共に過ごそうと思った。
最終更新:2008年12月13日 23:31