Chapter 1 :柳青

(投稿者:Cet)



 時は世暦1935年、ところはエントリヒ帝国
 そのどこかにある城塞都市に位置する貴族邸宅。
 とてもとても広い廊下、アーチ状に弧を描いた高い天井、赤色のふわふわした絨毯。左右には華京趣味の様々な高級調度品が、大理石でできたディスプレイ用の装飾台に乗せられ等間隔に並んでいる。
 そこを走り抜ける少女が一人いた。
 髪の色は琥珀のように柔らかな褐色。肌は白くその血は華京のものではないことを示している。また黒ずくめのドレスを纏う様はとてもゴシックだ。年のころは十歳位だろうか。
「シャオ! しゃーおー!」
 そして何事かを叫んでいる。
「柳青(ヤンシャオ)ー! 出てきなさーい! この辺りにいるのは分かってるんだからねっ」
 そして片っ端から廊下に並ぶドアを開ける。ドアを開ける際に漏れる空気を巻き込むくぐもった音と、彼女の呼び声とが重なる。それらの音はアーチ状の天井に反射してすぐに絨毯へと吸い込まれていった。
「シャオ……あ、見つけたー! こんなところにいたのねぇ」
 その中の一つの部屋、西洋風の調度品。背の低い横掛けのソファとそれに合わせた高さのテーブル。暖炉。長方形の格子状の窓枠からは白い光が部屋中を包み込む。その中に立ちすくんでいる少年がいた。
 年の頃は彼女と同じくして、黒い髪と白い肌。少年はよくよく見れなければ黄色人種と気付かないであろう程に色白である。
「……」
 窓の光の中に彼は身を投じ、その表情に浮かんだ紛うこと無き憂鬱を見るに、今にもその場から消えてしまいそうだ。
「ねぇ、何で逃げるの? 私が遊びたい、って折角言ってるのに」
「……お嬢さま、今日は一体何をしてお遊びになるのですか?」
 少年はその表情を一切変えずに言った。その仕草には短い歳月ながらも老成され得た何かが覗えた。
「うーん、そうね」
 考える仕草を見せた少女であったが、しかし彼女の瞳の向こうにも何やら怪しげな輝きが灯っており、少女にも少年と変わらぬ何かが備えられているということを示していた。
「おままごと、にしましょうか」
「はい、お嬢さま」
 少年は無表情に肯定する。
 少年は少女の意思を知っている、そのコースは予め決定されているのだ、ということを。
 そして自分がこれからどうなるのかも。

 掻い摘んで言うと、少年はその後合成樹脂でできたおもちゃを食べさせられた。少年は終始無言で、少女の差し出す全てを平らげ、そしてゆっくりと倒れた。白目を剥いて、泡を吐いた。
 少女はその間、絶えず微笑を浮かべていた。彼女はよくできた妻を演じていた。彼女の出す料理は常に絶品で、それに対する夫の反応は常に賞賛であらねばならないのだ。
 そして、少年は全てを知っていた。彼女が全くの正気であり、つまり彼女は理性を以て彼を虐げるのであり、また彼の命に対して最低限の配慮を常に払っている、ということを。
 少女は全てが終わって、冷ややかに少年へと視線を注いでいる。
「柳青……貴方はいつまで、体のいいガラクタでいるつもりなのかしら?」
 そう告げ、部屋から出ていった。
 柳青がっ、柳青が! 彼女の泣き叫ぶ声に、この豪奢な館の中は俄かに騒がしさを帯び始める。
 少年はその間、応接間の絨毯の上に転がっている。

「ホント、柳青って馬鹿なのねぇ。玩具を食べ物と勘違いするなんて」
「ハハハ、違いないよ」
「そうですわねお姉さま、全くこんな騒ぎを起こすなんて」
 バロック様式の広い食卓には五人の人間がいた。赤い絨毯、長い長方形のテーブル。そしてシャンデリアがぶらさがっている。
 一人は先ほどの少女、一人はその父親で、一人はその妹。それから給仕が二人だ。
「所詮下々の民の教養とはそんなものなのだろうよ、おっと失礼」
 父親が佇立する給仕に謝ると、給仕は会釈を返すことで応対する。その顔は無表情だ。
「そんなことないわよ、柳青は、あの時たまたま足りなかったけれど」
「まったく、優しいなあ!」
「そうですわ、お姉さまは優しすぎるのよ」
 そんなことないわ、そう返す少女に、笑い声が返る。
 それは半ば哄笑染みているが、文字通り溢れ出すかのような笑いであるだけだ。
 事件の結末はこうだ。給仕兼絶好の暇潰しの的である少年の名前を連呼しつつ泣きじゃくる少女に、父親はすぐお抱えの常駐医師に命じて少年の治療に当たらせたのだ。
 その時医師は少女の顔を一瞥して、彼女の顔に束の間の笑みが浮かんだのを見たが、医師もまた知っていた。それは過失ではなく、意志であるということを。
 そして今、少女は食卓に就いている。澱みなく食器を操る彼女には品行方正という表現が相応しく、彼女自身が原因となった事件のことなどどこへやら、気にも留めていない様子である。
「それにしても、お姉さんが去って以来、食卓の花だなまるで!」
「お父様お止めになって」
「謙遜なさらないでお姉さま、私たち、本当に楽しいのよ。ねえお父様」
「違いないよ」
 ところで妹は黒檀のように黒い髪を左右で二つに結んでおり、父親の若干禿げ上がった髪の色は金髪であった。つまり二人の髪の色を足して二で割ると、丁度、少女の髪の色に近くなる、といったところだろうか。
 なお既に別の家に貰われた少女の姉は、やはりこれも黒檀のような黒髪であった。その家系の中で、少女の髪の色は大いに立場を支えるものとなっていた。
 そして何より少女は妾腹の子なのだ。その母は既に亡くなっている。
 母親の髪の色は、恐らく自分と一緒だったのだろう。少女は勝手にそう考えていた。
 かちかち、と無言でナイフを肉へと当てる音が響く。無表情のように見えて三人は食事に集中しているだけだ。一際少女の見せる表情というのは、集中しているようで、そうでない。というより執着を感じさせないもので、それに対し父親は並々ならぬ尊貴を感じているようだ。時折自らの手元から少女へと視線を往復させては、満足げに微笑む。
 それに対する少女もまた微笑む。
「私、食事が終わったら柳青の様子を見てきますわ」
「娘よ、なんて優しいのだ!」
「優しいですわ」
 少女はそんなこんなを微笑み返す。


 てくてく、と少女は華京趣味の壺やら絵画やらが左右に並ぶ廊下を歩いていく。
 その顔は無表情だ。悲しみですらない、険しそうな無表情。常人であれば話しかけるのを躊躇うだろう。

 そしてその部屋に辿り着いた。殊更に表すものはないが、少女はそれを医務室であると知っている。
 ぎぃ、少女が扉を開けた。
 木張りの床の上に簡素なパイプベッドがある。小さな窓が一つあって外の夜闇を強調している。その手前には赤い華を一輪挿しにした花瓶が置いてあった。
「柳青、気分はどうかしら」
 ベッドに向かって少女は訊いた。その表情の根底にあるものは全くの虚無か、嗜虐性なのか、どちらか分からない。
 あるいは、そのどちらでもないのかもしれない。
 静かな時間が過ぎていく。医者が居ないのは偶然である以上に、既に適切な処置が済み、医務室で経過を待つ身である少年の事情を物語っている。
 しかしそれ以前の経緯を省みるに、少年が安定剤の類を服用している可能性もある。少女は暫く黙っていて、やがてその傍らへと歩みを進めた。横たわる少年の顔を覗きこむ。
 果たして少年は眠っていた。ごく静かに呼吸をしている。普段少女には見せない、安らかな無表情を覗かせている。
 少女は辺りをキョロキョロと探すと、パイプ造りの丸イスを見つけ、それを少年の傍らへと運んだ。そして座り込む。
 少年の顔をじっと見つめていると、不意に少年が言葉を発する。
「……お母さん」
 その言葉は少女にとって予想外で、少し間を置いてから問うた。
「柳青?」
 少年は薄らと瞼を開けた。暫くの間天井を見つめて、自分が今小さな部屋にいることを確認する。左右を探す。少女を見つける。
「……お嬢さま」
 途端に少年の目の色が深くなる。もともと薄かった色素が、不意にその密度を増したかのようであった。
 少女は笑う。
「柳青、今日は済まなかったわ。私も、おいたが過ぎたわね」
「構いません、お嬢さま」
 少年は無表情のままに応えた。対して少女は俯き加減に微笑む。
「柳青……貴方夢を見ていたんじゃなくて?」
「はい、……どうしてご存知で?」
「貴方が寝言を言っていたの」
 そう言うと、少女は少年の目をじっと見つめた。少女の瞳は昏い光を帯びている。それはある一定の強制力を少年に対してもたらす。
「……母の夢を見ておりました」
「先日亡くなったわね」
「はい」
 少年は短く応えると、眉をしかめ、視線を方々へと遣った。
 先程とは打って違って、迷子のような表情をしている。
「大丈夫よ、貴方は大丈夫」
 少女は少年の頬に手をやった。
 少年は、不安そうにするのを止める替わり、再び瞳に深い色素を落とした。
 それから瞳を閉じる。
「貴方はきっと大丈夫だから、だから心配しないでいいの」
 少女は満足そうに微笑む。
「はい、お嬢さま」
 少年は告げる。閉じた瞳からその心情は察し難い。
 その時の少年と少女は、ひどく仲の良さそうな姉妹のようで。

 そしてその日の夜。少年は養ってもらっている家主……少女の父親から、自国へと帰国されたし、という旨を記した短書を受け取る。少年はそれを少女に告げまいとした。
 それから一ヶ月が経つと、流石に痺れを切らした少女の父親に、勝手に荷物をまとめられた。
 その夜それでも少年は家から出て行こうとしなかった。明け方になってから、少女の部屋を訪れる。

 コンコン、とノックする音が聞こえ、少女は目を覚ます。彼女は医務室にあるものと同じ、質素なパイプベッドに身を横たえていた。
 板張りの広い部屋に入り口以外の扉はなく、素朴な調度品の数々が並んでいる。壁際の机と椅子。化粧台、中でも一番大きいのが衣装棚であった。その中には少女の選び抜いたゴシックな衣装の数々が押し込まれている。
 扉の反対側の壁には窓が一つきりあって、明け方の静謐な光が差し込んでいる。少女の横たわる寝台はその光に干渉しない位置にあった。
 少女は再びノックの音を聞いて淑やかに半身を起こした。ぼんやりと手元に視線をやって、意識の覚醒がある程度に達するのを待ってから声を上げる。
「お父様?」
 しかし少女は察していた。来訪者はきっと少年だろうと。
 その上で彼女はそう訊いたのだ。彼女は少年の纏う徒ならぬ雰囲気を感じている。
「……柳青? 柳青なの」
 ほとんど断言するかのように問うた彼女に、少年は返答しない。暫くの沈黙が降りる。
「柳青なんじゃない、返答がないってことはそうよね」
 それは方便である。彼女は識っている。それを彼に伝える方便なのだ。
「ねぇ柳青、用があるんならお入りなさいな。鍵を開けるから、お待ちなさいよ」
 言いながら、少女はベッドから身体をずらして、足が側面へと向くように回転させる。それから丁度その位置に据えてあるスリッパに足を通して、立ち上がる。彼女は真っ白なフリル付きの一繋がりの寝巻きに身を包んでいた。
「今開けるわよ」
 がちゃ、と音がして扉が開くと、そこにはいつもの通りに色の白い少年が立っていた。その無表情はいつも通り、緊張を湛え、また憂鬱そうであった。
 少女はにこりと笑う。
「お嬢さま、早朝に恐れ入りますが、私は故郷に帰ることとなりました。その間際となってお嬢さまに一言お礼を申し上げようと」
「そう、じゃあお上がりなさいな」
 微笑みを浮かべて少女は言った。予想外だったのか少年の表情に動揺が浮かぶ。
「いえ、すぐに出発しなければなりませんので」
「すぐよ、ねぇ、私の言うことが聞けないの?」
 そう言いつつ少女は少年の瞳を見つめた。
「……分かりました」
 少年がそう言って部屋に一歩足を踏み入れたところで、少女はがちゃりと鍵をかけた。
「ふふ、これで、何があろうと誰も入ってこれないわ」
 少年は彼女の真意を覗うように目を見合わせる。
「……そんなことはありません、お嬢さま冷静になさってください」
「私は冷静よ」
 言いつつ少女は身を翻して窓の方へと小走りに向かった。
「見て、明け方の街が綺麗っ」
 少しだけ興奮した様子で、頬を赤らめる少女は、普段とどことなく違っている。少年もそれを察して、自然と足が少女の佇む窓辺へと向く。
 そこから覗き込んだ世界は、城塞都市。閉鎖と、安定。
 時間が時間だけあって、その動きは一切感じられない。
「綺麗です」
 少年は正直に言った。というより少年はいつも正直だ。ただ口数の少ないだけだ。
「こんなにも綺麗なものを、私は見たことがありません」
「嘘おっしゃい、いつだって見れるわよ、貴方給仕の息子なんだから早起きしてるでしょ?」
「お嬢さま、それとこれとは」
 少し感慨深そうに言い淀む少年。
「柳青、愛しているわ」
 そして少年は固まった。


「聞こえなかったの柳青、そうでなければ、態度なり言葉なりで示しなさいよ」
 さあ、と少女は柳青からその言葉を引き出すべく、煽り立てた。
「お嬢さま、それは、できません」
 ほら来た、彼女は内心ほくそ笑む。しかしとりあえずもう一言くらい聞いておこう。それが彼女が彼に許した一欠片の自由なのだ。
「どうして?」
「私は、貴女のことを」
 貴女と少年がそう呼んだのは、初めてのことで、少女の目尻には涙が浮かぶ。
「愛することが、叶いませんから」
 とん
 少女は少年を軽く押した。ただそれだけで、少年の身体は大きく窓の外へと傾いだ。
 少年はその瞬間、少女に対して微笑んでいた。悲鳴もなく、彼は十メートル以上の高さを転落していった。彼女の部屋は体裁をして、屋根に程近い位置にある。
 彼女は妾の子であって、そもそも虐げられる運命が定まっていたにも関わらず、例外にも父からの寵愛を受けるに至っていた。しかし彼女は頑としてこの質素な屋根裏部屋に執着したのだ。さてそれは何故なのか、少女自身にも分からなかったが、ただ分かるのは、こうでもしないと少年は死に至らず。また彼女の告白も少年の想いも全て、報われなかったということだ。
 ただ単に、窓の外を見たかっただけかもしれなかった。
 少女は叫んだ。心の底からの、悲鳴を上げた。


 少年は果たして死ぬことはなかった。植木の中に落ちたため、落下時のショックが極限まで抑えられたのに加え、運が強かった、というのは後の医者の談である。そして少女はそれから暫くの間部屋にこもって出てくることはなかった。ただ鍵を閉めていなかったので、時折食事を出す為に給仕やらが部屋を出入りすることがあった。
 父と妹は少女を気遣って、強いて彼女に会おうとはしなかったものの、給仕から言づてに彼女の様子を聞くところ、窓の外を眺めてました。の一点張りであった。
 果たして父親はことの真相に気付いておらず、妹はといえば、余りに幼すぎて分からなかった。歳不相応の賢さはあったものの、姉の心情を読み取るまでの経験や知識や直感というものも、まだ養えていない年頃なのだ。当然と言えよう。
「また柳青はばかねっ、お姉さまもちょっとばかかもだけど」
「ああ、全くだ。でも彼の悪口を言ってはあの子が傷つく」
「そうよね、お父様」
 そんな具合である。しかし彼らが知っていたのは柳青は少女に溺愛されていたという一点であった。やがて怪我の癒えた少年は、故郷へと帰らされた。少女は少年が療養する間、彼に一切会うことはなく、自室で時を過ごしていた。
 そしてそれから十年余りが経つことになり、少女はまだ窓を見ていた。正確に言えば、窓の外を、である。そして自らの部屋を出ることも余りなく、ただ白かったその肌をますます白く白くしていった。白磁のように、真っ白な彼女の肌は。暗い窓際の部屋では輝いていた。
 彼女はその経過の中で、柳青が自殺したことを聞いていた。彼は彼の故郷に帰ってからも、給仕としての生活を送っていたが、ある日突然首を吊ったのだという。少女はその報せを夕食の場で聞かされた。あの告白の日から数ヶ月としないある日のことである。しかし心配そうな表情を浮かべる父と妹の二人に反し、彼女はいつも通り執着のない沈黙を保つばかりであった。それもそのはず、彼女の中で少年は一度死んでいるのだから。その時に慟哭は全て吐き出していた。
 彼女の涙は本物であった。叫びも、全て。
 少女は、その日から徐々に美しさを増していった。そしてある日、彼女の前に一人の男が現れる。名を柳留(ヤンル)といった。なんでも、柳青の弟だそうだ。経緯としては娘の醸しだす未亡人のような哀しさと儚さに、父があてがった、というところだろう。彼は容姿端麗で、人に好かれる術の何たるかを、恐らくは彼女以上に知っていた。しかし彼女は一切彼の相手をしようとしなかった。それもそのはずだ、少女の中で柳青は死んでいる。それを既に認識している上に、兄弟であることは彼女の心の琴線をことごとく掠めなかった。柳留はその代わりのように、彼女の妹との仲を深めていった。
「あの人格好いい、ねえそうは思わないかしらお姉さま」
 食卓の席で、父に気取られないようにそっと囁く妹に、彼女は微笑み返した。とはいえ少女の反応は妹に一切干渉しないだろう。恋は盲目なのだから。
 そして少女は十八歳になっていた。そしてその日も一日のほとんどを窓の外を眺めることで過ごし、食事の時だけ食卓へと出向き、夜になると床に就いた。その夜中、屋敷の中からも、周囲からも音が消失した時刻、彼女は自分の部屋のドアを何者かがノックする音を聞いた。

「○○○○様、お起きでいらっしゃいますでしょうか」
 そんな訳はないだろうに、と彼女はしっかり目を覚ましていながらに思う。
「柳留でございます、お嬢様、どうかドアを開けて下さい」
 少女はその声を一切無視する。何故起こしたのか、それだけに怒りが沸いた。
「私は、貴女のことを」
 その先は、お前ではない他の者の口から聞いた、だから皆まで言うな。
 彼女は少しだけそう念じたが、叶わず。
「愛しております」
 既に青年となっていた柳留は、そう言うと、部屋の前から立ち去って行った。
 少女は目を瞑っていた。眠っていたのだ。

 その翌日、彼女は自殺する。柳留に身を穢されたとだけ、短い遺書にしたためてあった。
 柳留は糾弾されることとなった。
 少女の父親の命で、様々な方法で拷問を受けた後に殺された。それは地下室の中で行われたことだった。
 青年は最後にこう言ったという。女ってのは分からねぇな。首を切断された。
 屋敷にある少女の血縁者は死ぬほど泣いた。
 こうして彼女の家は没落した。

 物語はこれで終わりではない。
 没落までの閑話が存在している。

「本当ですか!?」
 すっかり禿上がり、残りも僅かな白髪となった少女の父親は飛び上がるほどに驚き、また喜んだ。
 上品そうな灰色のスーツに、ダークレッドの渋み掛かった色を基調にしたシャツ、同じ色に黄色いチェック模様と点の降られたネクタイを締めた男が応える。
「はい、お嬢さんの体は冷凍保存のお陰でほとんど痛んでいません、メードとしての蘇生が可能です」
「なんてこった……神はいらっしゃられたのか! ……それで、必要なものは、えぇと」
「はい、メードを一人仕上げるのには莫大な資金が必要となります。それをかのご高名な貴方様の御家系からご出資を願いたいのです」
「もちろんだ! 協力するよ」
 禿男は諸手を突き出して、男の手を握り締めた。
 男はそれに応えて、力強く言う。
「素晴らしい、貴方は本当に、本当の名士だ。真の名士と言えるでしょう」
「よしてくれ、俺はただ娘の生きた姿を留めておきたいだけなんだから」
 禿男は笑って言った。対する男も笑う。
 彼は告げない、もう二度と貴方はあのお嬢さんには逢えません。死体を蘇らせたところで、寿命が本来のあるべきもの以上に延びることもありません。
 ただ、笑みを浮かべて、禿男の手を強く握り締めた。


最終更新:2009年01月20日 19:01
ツールボックス

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