(投稿者:店長)
-
──最初にやってきたのは小さく、そのすぐ後に猛烈な衝撃だった。
あとからグラッセが聞いたところによると撃ちもらしたフライ級が走っている汽車に向かって衝突してきた為、脱線事故を引き起こしたのだという。おそらくはその衝撃が最初のものであったのだろう。
次の瞬間には客車は横倒しになる。とっさにグラッセは目の前にいたブリーゼを抱きかかえて衝撃に備えてた。だが、列車の走行してた場所が問題であった。
その箇所は落石の危険性がある場所であった。無論鉄道を走らせるにあたって周囲を補強することはしてあった。だが脱線した車両の一部がその補強を破壊してしまったのだ。
その衝撃によって今まで支えられていた落ちかけの岩石が落下運動を開始し、それらが客車目掛けて落ちて来たのであった。
さらに不運だったのは最初の脱線時の横転した車両が前の客車にぶつかって止まった際に起こった衝撃でグラッセとブリーゼが一瞬だけ離れてしまった。そのタイミングをまるで待ってかのように落下してくる岩石は……。
客車を無慈悲に押しつぶした。
──気が付いたとき、横たわってた自分の顔に滑りを覚える。それが妙に錆くさくてねっとりとしていた。今でもグラッセは其のときをありありと思い出せた。──絶望という言葉と共に。
その滑りの正体は血液だった。視界が次第に通常に戻っていく時、最初に目に飛び込んだのは黒い帽子だったのだ。──先ほどまで、ブリーゼの持ち物であったはずの、帽子が。
其の先はひしゃげた客車の壁によってふさがれており、その僅かな隙間から赤い液体が流れていた。
「ブリー…ゼ?」
息苦しさに咳き込みながら、漸く弱弱しい声ながらも言葉を発したグラッセ。胸部の激痛から、おそらく肋骨が折れているのだろう。だが、それでも彼は動こうとする。
だが、体が動いてくれない。手足も骨折かそれに近い大怪我を負っているのか?
目線を自分の体にむけると。動けない理由が分かった──壊れた座席が、上に覆いかぶさっていたのだ。
おそらく肋骨の骨折もこの座席によるものなのだろう。だがこの座席の上にさらに拉げた客車の外壁が落ちてきているところを見れば、無かったら場合のことを考えて背筋が凍る。
「誰か……ブリーゼを……」
胸部に響く激痛に、再び意識が遠のいていく。
おそらく、ブリーゼがいるはずの方を向きながら……グラッセは意識を断絶させた。
グラッセが意識を失ってから数十分後、奇跡的にもその近くを移動中であった部隊があった。
医療用メードを含むクロッセル連合国の後方部隊であり、現在は任務を終えて後方へ下がる予定であったのだ。黒煙を上げる謎の存在を察知した随行の兵により、列車の脱線事故の報を受けた後方部隊は救助活動を開始した。
「生存者は?」
「──1名……いえ、2名です!」
こういう災害時においても、MAIDはその腕力を初めとするさまざまな能力は重宝する。
本来なら重機を持ってこなければならない様な撤去社業も数人のMAIDがいるだけですぐさま完了できるのだ。
瓦礫と化した鉄の山から掘り出されたのは二名……其のうち一人はグラッセである。もう一人は……ブリーゼであった。グラッセの倒れた場所から崩れた瓦礫の向こう側に倒れていたのだ。ただし無傷とは程遠く、むしろ死亡寸前である。腹部に大きな鉄骨が刺さっているだけでなく、頭部からも血が流れていたのだ。奇跡的にも呼吸は弱弱しくもだが継続していたので、まだ生きていることだけは分かった。
事故発生からどの程度の時間が経過しているか分からないが、危険であるのには違いなかった。医療用メードが応急処置を行い、これ以上の悪化を阻んでいく。
「死にかけだが、いけるか?」
「大丈夫です。私が……」
隊長各の男性隊員の問いに医療用メードが返事を返しながらさっそく治療を開始する。仕事の邪魔をしないようにと距離を離したその男はすぐさま他の隊員に撤去の命令を下す。
命令を下してから一分も立たない間に銃声が複数木霊した。いきなりの発砲音に驚きながらも隊長である男性は急いで現場に駆け寄る。
「どうした!?」
「はっ!フライ級が一匹いたので排除しました!」
「──本当に一匹だけか?」
「現在捜索させていますが……」
丁度自分らがやってきた側と横転した客車だったものを隔てた反対側に、異形が転がっていた。
巨大な蝿の様なその異形をすぐさまフライ級であると分かった隊長はすぐさま周囲を警戒させる。
本来
フライが単体で現れることはないのだ。
「──報告! 周辺に飛行種どころかGもいません!」
「……どう思う?」
「大方、戦線から飛んできたはぐれかと思われますが……」
すぐ隣にいた相方──正式な副官ではないが、経験豊富な軍曹──に意見を求めた隊長はとりあえずフライに関しては考えないことにした。
今自分たちにできることは救助をすることであり、怪我人を治療可能な場所までつれていくことだ。
特に女性──ブリーゼである──の傷が頭部にあったこともある。
損傷そのものは治せるが、脳機能の破損は治せるかどうか……そればかりは未だに試されたことはない。
いずれにせよ、検査の必要性からしっかりとした設備のある病院へ搬送する必要があった。
こうして二人は病院に運ばれていくことになる。
ただし、お互いは出会うことはなかった。
最終更新:2008年12月25日 17:00