(投稿者:店長)
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「やはり……植物人間状態のままか」
「はい……」
ブリーゼが運ばれた軍病院。
多くの負傷兵らが前線より運ばれては処置をされ、あるものは再び前線へ赴き、宗でないものは緩やかな死か歪な生を全うする運命をあやかる場所。
結局、彼女は治療の甲斐なくその瞳を開けることは無かった。
身元を示すであろう所持品は、ずっと手放さなかった鈴のみ。
その鈴は術の間だけは眼前の彼が預かっていたが、術が終わるとそっと手で握らせた。彼女にとって、それは掛替えの無い大切なものに違いないとらしくない想像の翼を羽ばたかせることで思ったからだ。
「──なるほど。植物人間か」
どこから話を伺ったのだろうか、目の前の眠れる美女を話題にしてた医者らの下に軍服の上から白衣を纏った人物がやってくる。
彼らのような真っ当な医者らに言わせれば彼は旧世代に存在した奴隷商人なヤツというのが共通認識だ。違うといえばその対象が死んで間もない新鮮な死体か、はまたま将来が絶望的で社会的に死んでたりする哀れな患者であることぐらいだ。
そんな彼にしてみれば、眼前の植物人間は格好の対象なのだろう。
「この患者は我々軍部が実験の為に徴収する」
同じような雰囲気をもった、そして同じような格好をした人物らが彼女を担架で運んでいく。それでも彼女は鈴を手放さなかった。
──……
─……
グラッセはあれから、人が変わったみたいに戦の勉学に励むようになった。
十二分に学力と教養を積んだ彼は、王である父に頼んでクロッセル連合軍の将校として入隊した。
彼は人より才能がない事は十二分に承知していた。それ故に人以上に努力を積み重ねることで対抗するのである。
文字通り寝食すら惜しんで古今東西の戦史を読みふけり、前線に赴いては兵卒と同じ保存食を食し、過酷な前線の実情を知る。
最初はクロッセルの将校の間では田舎者というレッテルを貼られていた彼であったが、その印象はその努力によって培われた才能によって見返され、次第に一目置かれる存在となった。
そんな彼に、軍からメードの教育官になるように要請が下る。
彼はすっかり着慣れてしまった軍服に身を包んで、出頭する。その場にいるのはメード技師とその助手などの技術屋と軍人とが半分ずつ占めていた。
「グラッセ=エルフィン中佐、ただ今出頭しました」
「よろしい……貴官の担当となるブリザリアを紹介しよう」
凛、と鈴の音が聞こえた。
その音は彼は聞き覚えがあった。忘れぬはずは無いあの音を。
そしてあの時失われた大切な人物との思い出が脳裏に過ぎり……その幻は眼前のメードと融合した。
ブリザイア、この言葉はザーフレムの言葉で
吹き抜ける雪……つまりは吹雪という意味を持つ。
語源はザーフレムの地に伝わる精霊の
一人であり、精霊の王たる氷精ブリズ=ラーヤから着ているといわれている。
そして……ブリーゼというのはその氷精の愛称なのだ。
黒いコートに身を包んだ──メードは通常女給、または特異な衣装を纏うことが義務化されている。それは外見では区別ができないまでに人間とそっくりである故──女性だ。その光景に、眼前の彼は……心の中で動揺を隠していた。
彼女の首に掛かっている鈴は、間違いなく彼が彼女に送ったものであったから。
もしこの場に誰もいなければ、彼の涙腺の堰が切れて涙を浮かべてしまうだろう。
──ブリーゼ。お前なのか?
「クロッセル連合軍工廠にて生産されましたブリザリアと申します」
「──私は本日付で貴様の教育担当官となったグラッセ=エルフィン中佐だ。よろしく頼む」
互いに敬礼をもって挨拶する。
その後どのような行動をしたのか、彼は覚えてない。
ただ、隣にいる彼女によく似たメードのことで頭がいっぱいだったからだ。
──二人は一度別れ、そして再び一つとなった。
文字通り、片方は氷の精霊となって。
最終更新:2008年12月25日 17:02