F分遣隊

(投稿者:エルス)





A.D.1944年 6月12日 アルトメリア連邦第1機甲第5旅団特別大隊 F分遣隊野営地

 特徴的なフォルムの馬鹿でかい戦車がテント横に停車していた。
 全長約11m弱、全高2.845mの巨体のど真ん中に主砲の65口径105mm戦車砲を取り付けた重戦車。
 正式名称はまだ決まっていないが、私を含む技術者は『E-トランク』と呼んでいる。
 E-トランク――象の大鞄の異名通り、その歩みは遅い。エンジンは決して非力ではないが、85tを越える重量を動かすには些かキツイものがあったのだ。
 だが、その牙は鋭く、そして強大な物だ。
 限定旋回式とはいえ、カタログスペックでは一撃でタンカーの甲殻に罅を入れる程の威力があるとされている。
 やや生暖かい風が、私の金髪を揺らし、通り過ぎてゆく。
 月光とランプだけが物の輪郭を映し出してくれている。時刻は深夜の1時26分、装填手のジェイムズ上等兵と操縦手のアレックス一等兵が寝静まってから10分と経っていない。
 つまりは私が頭を冷やそうとテントの外に出てからまだ3分も経っていない事になる。
 私が適当にしていては時間が流れるのが遅いという教訓を学んでいると、肩を二度バンバンと叩かれた。
 振り返れば車長のブルーノー少尉が頬の古傷を掻きながら私にホットココアを差し出していた。
 ありがたく受け取る。私は猫舌なのでココアに息を吹き掛けて冷ましていると、少尉が口を開いた。

「すまねぇな、こんなはみ出しモンのオヤジ共が、新型の試験パイロットなんてよぉ」

 申し訳無さそうに、それでいて何処か楽しそうに少尉が言った。
 この少尉は、身長6フィート(約182.88cm)の長身で体つきもガッチリとした、屈強なアルトメリア人だ。
 色褪せ、後退し始めた短い赤毛に無精髭が目立ち、頬の斜めに走る5インチ(約12.7cm)の古傷がこの少尉の特徴だ。
 妻と娘を暴漢に殺され、軍隊に志願したと言うが、私には少尉にそんな暗い過去があるとは信じられなかった。
 時に優しく、時に厳しくある少尉は失礼な言い方をしてしまえば『面倒見の良いオッサン』である。
 ジェイムズ、アレックス、デイモンの三人も、既にオッサンと呼ばれる年齢だが、まだ若々しさが残る歳である。
 私は息をココアに吹き掛けて、まだ熱かったココアを口に入れ、舌を軽く火傷した後、少尉に言った。

「いえ、我々技術者は経験の浅いヒヨッコよりも熟練した技術と勘を持っている人達の方が安心できます」

 少尉は意外だというような顔をして、古傷を掻きながら(これは彼の癖らしい)持っていたココアをグイと飲んだ。
 私が舌を(軽くではあるが)火傷するのに対して、豪い違いだと思う。
 フゥ、と少尉は息をつくと沈み調子で言う。

「Gなんかにゃ、勘なんぞ働かねぇ・・・気付いた頃にゃ厚い装甲を食い破って、化けモンの顔を拝まされんだ」
「・・・・・・そう、ですか」

 私は階級(技術少尉)からも分かるように、兵器開発の一環を担う技術者である。
 と言っても、落ち零れで評価に回った出来の悪い技術者だ。
 新型兵器開発計画など、現物が出るまで知らされないというレベルの低さは特筆する点である。
 そんな私は2年間軍に務めているものの、未だ実戦というものを知らないでいる。
 こんな不用意な発言も、これから次々と吐いてしまうのだろうと、申し訳なさで頭が上がらない。
 ズルズルとココアを順調に啜る少尉の右横に小さな人影があった。
 少尉の身長から1.5程割ると(約121.92cm)ピッタリと言うような小さな影である。
 私はその影が誰なのか、嫌でも分る。対G用生体兵器――MAID。
 人間の形をしていながら、人間の身体能力を軽々と越え、エターナル・コアの恩恵で所持する武器は拳銃と言えども戦車の装甲を貫通する。
 ・・・・・・正直に言ってしまえば、私はこのMAID(読みやすいようにメードとしよう)が嫌いだ。
 この少尉に隠れるようにしているエイミーも、例外ではない。
 化け物め、と内心思う。
 私は丁度良く冷めたココアを啜った。幼い頃に母が作ったココアよりも美味い事に私は目を丸くして驚いた。
 その表情を見ていた少尉が、笑いながら言う。

「娘がココア大好きだったんでな、好かれたくて必死でどうすれば美味くなるかって考えてよ、気付いたら結構な味になってたのさ」

 あぁ、と私は頷き、もう一度ココアを啜った。舌が火傷していなければ、もっと美味く味わえただろうと思う。
 横目でエイミーを見ると、少尉がココアを飲むのを羨ましそうに見ている。
 少尉が、それに気付き、微笑んでカップを差し出した。
 エイミーは見なくても分かる。天使のような笑顔で笑って、両手でカップを持ちながら残りのココアを飲んでいるのだろう。
 一方の少尉は、微笑んでいたが、それが何処か懐かしそうに、それでいて悲しそうにしていたのが気になった。

「さぁて、そろそろ寝るか技術屋よぉ」
「ぎ、技術屋?」
「技術少尉だから、技術屋だ。良いだろぉ?俺は良いと思うぞ」
「は、はぁ・・・良いと、思います」
「うん、決まりだな、よし寝るぞ。エイミー、おいちゃんと寝ようなぁ」

 少尉が微笑みながら、エイミーと視線を合わせて言った。
 あまりにも少尉が悪人面なので泣き出すんじゃないかと思ったが、そうはならなかった。
 エイミーは小さく頷いて、

「んぅん、良ぃよ」

 と静かに言った。
 少尉が今度は声を出して笑った。
 夜にも関わらず、少尉の笑顔は輝いていた。
最終更新:2009年01月12日 22:00
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