(投稿者:店長)
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『今日からいよいよ教育担当官であるカイル君との訓練が始まりました。
同期の
シュヴェルテとドロテーアとの三人でどういったようにすればいいだろうかと姦しく──といっても私はしゃべってはないのだけど──騒ぎあってたらあっという間に時間が過ぎ去り、
開始の時間だと気づいて大慌てで待ち合わせ場所である射撃場に向かいました。
なんとか間に合ったからよかったものの……この時ばかりは自分の迂闊さを呪ったのでした』
──ああ、遅れるっ!
慌てて待ち合わせをしていた射撃場へ駆け足どころか全力疾走で駆けるヒルデガルド。
すっかり会話(?)が長引いてしまって、時計をみたら既に待ち合わせ時刻までの時間の猶予が余り無い状況だった。
待ち合わせ場所にはもう既にカイルが待っていた。
──教育官を待たせるメードって……。
心の中で四つんばいになって反省する。流石にここでやるわけにはいかない。
それでも暗い気持を抑えながら、教官の下まで改めて歩いて寄る。
呼吸の乱れが、まだ収まってなかった。
「ギリギリだな。ヒルダ」
──あうぅ。遅れてしまったよ……。
あくまで予定してた五分前行動基準でいえば、ジャスト到着は大幅な遅刻であった。
その時本人は気づいてなかったのだが、ヒルダの眉が綺麗な八の字をしていて内心済まなそうにしている事が丸分かり。口から言葉が出る代わりに表情に出やすいのが彼女だった。
何度も何度も頭を下げて謝罪の意を示す様子に微笑ましいものだとばかりにカイルは笑いながら頭を撫でて。
「まあ、誰だって失敗はあるさ。じゃ、いってみようか」
彼の言葉にこくり、と頷いて答えた。
次こそはいいところを見せなければ、と沽券に関わると妙な気負いをしながら。
☆
射撃場といっても、ただ大きな草原の向こうに人型をした木の的が設置されているというシンプルなものだ。
的の中央あたりには丸い円盤がついており、真ん中から同心円がいくつも描かれている。
やることは単純に、遠くの的に対してボルトアクション型の狙撃用ライフル銃──大量生産された中で特に精度の良いものを探し出し、スコープをつけるのが主流だ──で撃つということだ。
実戦では対戦車ライフルも扱う場合もあるが、基本的にメードが強化した弾丸は小銃のライフル弾であれば
ワモンは軽く貫くことができる。
ただGは生命力が強いので、小銃のライフル弾一発で致命傷を与えるには急所を狙い撃ちにする必要がある。
目標との距離は──おおよそ二百メートルのものと五百メートル、そして七百メートルのものがある。
射程などを考えればまだいけるのだが、実際Gの機動力を考えるなら大体はこの距離で集約される。
──よし、いくよっ!
ヒルダはライフル銃を構えると、表情を引き締める。
第一挙動で左足を半歩前に踏み出し、右足を左後ろに引く。
そのまま上体を下げて右ひざを地面に着け、尻を右かかとの上に載せる。
右足は照準線にほぼ垂直に開きてつま先は立て、左足は地面に平らに置き前方から見て垂直になる様に。
足先は目標を向け、体重は左足に多く掛ける。
正しく滑らかな膝撃姿勢に、カイルはほぅ、とため息を吐く。
──風向きと強さ、そして気温……と。
肌から受ける風の勢いと気温による密度の変化、その他の要素を全て脳内で処理する。
記憶には無くとも、体に染み付いた滑らかな動き──この辺りは基本訓練時に学んだことだ──は最後の工程へと歩ませる。
かすかに、ヒルダからゆっくりと息を吸う音が聞こえた。
射撃する最後の段階で、銃の先端が揺れるのを防ぐために呼吸を止めるための動作だ。
ぶれることの無くなった照準の先に的を見据える。
精神をおちつかせ、引き金を引く。
正しく狙った目標は、正しく目標の持つ円盤の中心を貫いた。
カコンとボルトを操作して空薬莢を排出し、ここで漸く溜めていた息を吐き出す。
「おー……」
──よし!
関心した様子のカイルの様子に思わずガッツポーズを決めてしまうヒルダ。
気づいたときにはカイルの目線はヒルデガルドに注がれていた。
その目線が凄く、ヒルダには痛かった。
──あー……。
凄く恥ずかしいところを見られて、縮こまるヒルダ。
せっかくクールなところを見てもらおうとがんばってただけに最後の最後でやってしまった、と彼女は痛感した。
──この沈黙が痛いよぅ……。
数十秒ほど、互いに無言かつ無動作で眺めていた二人だが、
「ああ、うんと……続けようか」
先にカイルは苦笑しながら告げた。
余計に痛まれない気持になったヒルダは逆に訓練に集中することで紛らわそうとしたのであった。
☆
『初日が終わって、多分いい結果が残せたと思います。
けど……感情が表情や動作に出やすいというのはどうでしょうか。
カイル君に落ち着きの無い子と思われてはいないだろうかと内心ドキドキしています。
ああ、明日からちゃんとしないと……益々変な子と思われてしまいそうです』
深いため息を吐きながら、今日の手記の記入を終えるヒルデガルドであった。
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最終更新:2009年01月12日 22:33