(投稿者:エルス)
司令所といっても、鉄筋コンクリートで作られた長方形の建物だが、その中に居るジョン・スミス大尉はまるでミイラのようにガリガリに痩せた人物だった。
肌の色は異様なまでに白く(白人以上に白い。まるで白骨のような色)、目はギョロギョロと神経質に動いていて、机の上の本はミリ単位で揃えられている。
しかも、その司令室の清潔さと来たら、頭が痛くなるほどだ。
壁は全て白く、埃等は微塵も無く、そしてその部屋に入るにしても服装を正さなければ長々と説教を聞かされる。
照明が反射して目がチカチカする、あの目を直視できるわけが無い、誰だミイラを掘り起こしたのは、など等。
私が聞くのは、そんな悪口ばかりであり、そんな噂に限って的中しているのだ。
右手の人差し指を意味も無く、机をトントントンと一定の周期で叩いているスミス大尉が不機嫌を露骨に表した口調で言う。
「アルフレッド・アークライト技術少尉、あの野蛮人は黙れんのかね?」
野蛮人、恐らく少尉たちの事を言っているのだろう。
私は大尉から、机で死角になっているところで拳を握り締めた。
「はぁ、私にはどうにも・・・」
「出来る限り黙らせてくれ、私はニガーとペッカーウッドが嫌いなんだ」
散々な言われ方である。だが、私に出来る事は無い。
上官に反発するなど、私にとってはバンジージャンプをするくらい嫌な事だ。(高所恐怖症の私にとってバンジージャンプは死ぬ事と同じ意味を持つ)
大尉がさらに言う。
「そして、あのメードと言うのも嫌いだ。女は体を売って、男の性欲処理でもしていればいいのだ」
それは言い過ぎでしょうと、喉まで出かかった言葉を飲み込んで、私は聞き続ける。
「大体、何故私が野蛮人と
フランケンの化け物を基地に入れねばならんのかね?これは私に対する侮辱だろう?」
「えぇ、仰るとおりだと思います」
それからどうでも良い話を延々と1時間聞かされた私は、話が終るとキチンとした敬礼をして、ドアの外に出た。
そして足早に廊下を渡って、生暖かい風が吹く外に出た。
私はそこで噎せた。あの大尉、部屋中にオーデコロンをばら撒くのは止めて欲しい。
万能香水でも、部屋中に臭いが蔓延すれば頭が痛くなったり、気持ち悪くなったりする。
「おええぇぇぇぇ・・・・・・」
案の定、私は気持ち悪くなって胃の中身を全て吐いた。
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「おにいしゃん・・・だいじょうぶ?」
舌足らずな口調で、幼い声音のエイミーが鼻を摘みながら私を心配そうに見ていた。
私はグッタリとして、肩膝をついて、少し咳き込みながら
「まぁ、一応ね・・・」
と弱々しく答えると、次に少尉が来た。少尉も鼻を摘んで、露骨に顔をしかめながら私に言った。
「おいおい、確かに骨骨大尉のオーデコロンはキツイかも知れねぇが・・・・・・吐くほどじゃねぇと思うんだが」
「私は元々、香水だとか、そういうのは苦手なんです・・・」
私が申し訳ない気持ちを出して言うと、エイミーと少尉がほぼ同時に私の肩に手を置いて、これもまたほぼ同時に言った。
「慣れろ」「なれです」
二人は、少尉はエイミーをやや見下ろして、エイミーは少尉を見上げて、少し見詰め合った後、二人同時にニコリと笑った。
私がそれを見ていると、やはり仲の良い父親と娘にしか見えない。
無論、兵器であるメードであるエイミーがただそう見せているだけなのかもしれないが、少尉にとって、このエイミーと笑い合っている時間が至福のときなのだろう。
私にも、そんな時間が持てる日が来れば、と心からそう思う。
もっとも、その前に殉職する可能性の方が遥かに高いのだが、私はネガティブに考えたら全て上手く行かないと思っているので、ここは前向きに考えてみた。
少尉がエイミーの腰に両手を当て、その体を持ち上げて肩車すると、エイミーは感嘆の声を上げた。
少尉の長身から見る景色は、普段のそれと違って、大きく、そして広く見えたのだろう。
「ふわぁ・・・」
「どうだエイミー、遠くまで見えるだろう?」
「うん!」
首を大きく振って、ややバランスを崩したエイミーを庇いつつ、少尉は満足そうに笑った。
獰猛な、それでいていかにも悪者っぽい笑い声だった。それでも、エイミーは楽しそうに笑い声を重ねるのだった。
そして気付かないうちに私も、少し控えめに笑っていた。
「ところで冷たいビールはどうだった?」
「あ・・・・・・」
一番大事なことを、私は忘れていた。
最終更新:2009年01月21日 00:25