Fate > stay night アンビリーバブル・ウォーズ

「で、あんたが私のサーヴァントでいいのかしら?」
遠坂凛は瓦礫の中であぐらをかいて座っている人物を見やった。
美男子と言うよりは愛嬌のある顔をした中年の武将は、うむ。と頷く。
アーチャーのサーヴァント徳川家康じゃ」
徳川家康。
江戸幕府開闢の祖にして、天下統一を成し遂げた戦国武将の中でも最も有名な人物。
凛は拳でガッツポーズを決め、小さく呟いた。

―――この戦い私の勝「まあ、お互い死なんようにボチボチ頑張ろうな」

思いっきり気の抜けた台詞に、凛は思わずズッコケかけた。
「あんたねえ……、サーヴァントとして勝利をもたらすぐらい言えないの?」
「わしゃあ、勝つのは得意だよ」
しかし、とアーチャーは言葉を句切った。
「負けるのはもっと得意だからのー」
「何言って……そうか。あんたの生涯って、平坦じゃなかったもんね」
歴史によれば、元々の家は弱小豪族であり、祖父は暗殺され、衰退。
幼い頃は今川やら織田やらで人質生活。
武田信玄と戦っては負け、有名なしかみ像と呼ばれる肖像画を残し、信長の死後は秀吉の台頭で住み慣れた領地を追われてまで秀吉に臣従する事になった。
関ヶ原では勝ったものの、圧倒的に兵力に劣る相手に対しギリギリの勝利だった。
大坂の陣では自決すら覚悟した。
常に上り坂の人生であり、忍従の人生であり、戦い続けた生涯を持つ英雄。
それが凛の召喚した徳川家康だった。
「だが安心せい。負け方を知っておる分、勝ち方も知っとるからな」
そして最後の最後で勝利した英雄。
凛は確信した。転んでもただでは起き上がらず、栄光を諦めないこの姿こそ彼が天下人にまでなった理由なのだと。
そして、自分もまた勝利に向かって突き進むべしと心に決めた。


「結界宝具に大砲の宝具持ちで接近戦もこなすか、籠城戦になりそうね」
「おう。物資は用意しておるか?」
作戦会議をしている中で、凛はふと疑問に思った事を尋ねた。
「ねえ、アーチャー。貴男はなんで私の召喚に応えたの?」
「そりゃあ、触媒があったからだよ」
アーチャーのその言葉に、凛は怪訝な表情をした。
「……徳川家康の触媒なんて用意していないけど」
凛のその言葉に、アーチャーは瓦礫まみれになった部屋の隅を指差した。
「ほれ、あれが触媒だ」
その言葉に凛が部屋の隅にまで歩き、アーチャーが指差した物を手に取った。
「これって、小学校の修学旅行で行った日光東照宮で買ったお守りじゃない」
「ああ。わしが神として祀られているところで買った守札なら、触媒として十分だ」
何せ、有る意味ではわし自身だからのう。と解説するアーチャーの眼前で凛はプルプルと震えだした。
「一千とんで六十五万四千三百九十円」
「ん?」
「この日に備えて最強の英霊を召喚するための触媒を手にいれる為に方々を探し回った調査費と購入費よ」
それでも結局偽物だったり、神秘が少なかったりで使えなかったけどね。
冷静に事実を述べる凛のこめかみはピクピクと痙攣している。耐えきれずウガーッと絶叫した。
「それが、存在すら忘れていたお守りで召喚されたですってー!?私の青春の時間と費用を返せー!!」
「お、落ち着かんかい!」
あかいあくまに喚ばれた狸親父は、これからの戦に一抹の不安を覚えながら必死に凛を宥め続けた。



「シンジ、酒だ」
「あ、ああ」
慎二が洋酒をつぐグラスは一つだけではなく、二十の数がある。
そしてそれを持っているのは此度の聖杯戦争でライダーとして召喚されたサーヴァントだった。
赤銅色の眼でつがれた酒の色を楽しみ、乱杭歯が生え揃った口で一気に酒精をあおった。くはっ、と息を吐く。
二十の腕を持つその男は人間では無い。
自らの首を切り落として火にくべる苦行の末、神々、ガルーダ、ナーガ、ヤクシャには決して殺されない身体を手に入れたラクシャーサ。
羅刹王ラーヴァナが彼の名前だった。

ラーマーヤナに関係あると言われていた。とある寺院に安置されていた宝石はマキリの手に渡り、彼は間桐桜の手で召喚されることになった。
当初はその威容に恐れを隠せなかった慎二も、伝説通りの彼の宝具を詳しく聞き出すと、進んでラーヴァナと共にいるようになった。半分は戸惑いもあるが。
慎二はニヤニヤと笑いながらライダーにつまみのチーズを渡す。高級な部類に入るそれは一瞬でライダーの口に消えた。慎二は咀嚼するライダーにもう一度尋ねた。
「お前の宝具、普通の人間からかけ離れた奴。つまりは神性を持っているサーヴァントには特に効果があるんだよな?」
「うむ。苦労して手に入れたとは言え、以外と退屈になったがな」
「凄いじゃないか!ギルガメッシュ、ヘラクレス、クーフーリン、カルナ、イスカンダル。大抵の強力な英霊は神の血を引いているかそれ並みの信仰を集めている連中ばかりだ!他の参加者が強力な英霊を喚び出せば喚び出す程お前の独壇場だぞ!!」
興奮する慎二に、ライダーはつまらなそうに答えた。
「そうなったらつまらなすぎていっそ死にたくなるがな……ダメか。吾輩も人間じゃ無いから首を切り落としても再生しちまう」
「……もう一度聞くけど、お前は殺し殺される『人間』との戦いを存分に味わうことが願いで、聖杯自体には特に興味が無いんだよな?」
「いや。今思いついたが受肉して人間相手にもう一度ラーマーヤナを始めるというのはどうだ?」
人間の軍隊と総当たりしてみるのも面白いかもしれぬ。と獰猛に笑う羅刹王に、慎二は思わず身震いした。
「お、落ち着けよ。お前の願いは多分、と言うか確実に叶う。お前のマスターが今のところこの本だって事は知ってるだろ?」
慎二は偽臣の書を掲げて見せた。
「ああ、知っとる。それで後の一席をどこぞの魔術師から令呪を奪い取った蟲の小僧が埋めるということもな」
マキリの怪物を小僧扱いするライダーに表情を引きつらせながらも、慎二は話を続けた。
「その一席はアサシンだ。そしてその英霊は……」
瞬間、ライダーが表情を喜びに輝かせ、問うた。
「もしや、モンスタースレイヤーか?」
怪物殺し。ヒトでありながらヒトの捕食種たる怪魔を滅ぼす力を身につけた者達。
ライダーが不死身の肉体を得て以来、感じ続けている『飢え』を満足させるかも知れぬ『人間』。
期待に胸を躍らせるライダーに、慎二は不敵な笑みを浮かべた。
「首尾良く行けばの話だけどな。そいつは純粋の人間で、日本で最も有名な侍だ。残りの五騎を叩き潰した後で、ゆっくり殺し合いなよ」



「せやから言うとるやろ。楽々に勝つにはマスターに令呪で自決させた方が効率的じゃい。サーヴァントの情報は分からんにしても、マスターの情報まで分からんてどういうことやねん」
関西弁で喋る鎧姿の男は間桐臓硯に文句をつけた。臓硯は何も言わない。
文字通り虫の息なのだから返事など出来る筈もないが。
召喚されたサーヴァント、アサシンは基本的に機能も性能も申し分ない英霊だった。
そして、ある程度の情報交換を行った後で、アサシンは知覚が不可能な程の速度で抜刀し、間桐臓硯を切り刻んだ。
そして臓硯は、無数の蟲はただ蠢くしかできないでいる。
数百年を生きた怪物は、蟲の一部に突き立てられた日本刀を見やった。
(ほ、宝具か!おそらくは―――!!)
不覚をとった。令呪さえあれば、或いは桜の命を人質にすれば何も出来ぬであろうと慢心した結果がこれか!!
やがて蟲の一部から必死に声が絞り出された。
「よ、よいのかアサシン。儂を殺せば桜が……」
「ん?三虫の一種やろ。要するに。その口ぶりからするとあの嬢ちゃんの中か」
アサシンは鎖に縛り付けられ全裸でただ黙っている少女を見ると、もう一振りの刀を抜いた。
アサシンがやろうとしていることを臓硯は察し、必死に縋るが如く止める。
「ま、待て。その娘は誰1人殺しておらぬ、弱民ぞ。それを殺すなど」
「それが?糞虫千匹殺すのに人一人の犠牲で済むなら安い買い物じゃ」
そう言うとアサシンは、身じろぎ一つしない桜の前で刀を振りかぶった。

桜は迫り来る死に何も思わなかった。
いずれ来る死であり、どうせ避けられない死であるのなら、せめて綺麗に終わらせたかった。
だから目の前にいるアサシンは自分にとっての救いであり、何も怖くは無い。
「あー、残念やー。こんな風に聖杯戦争が終わるなんて、むっちゃショックやー」
そう言って刀を振り下ろそうとする侍を前に、桜の口から一言言葉が漏れた。

「せんぱい」

瞬間、腹の底から何かがこみ上げるように、桜は口から全てを吐瀉した。
吐瀉物まみれで逃走する蟲は、逃げるよりも速く侍の刀で刺し貫かれた。
「やーっと出てきたかい。しっかしわしも相変わらず役者やの~」
「ア……ァァ……」
ボロボロと壊死していく本体の蟲から、臓硯の声が聞こえる。
「……騙していたのか。すべて、芝居だったのか」
「お前かて人を食ってたんやろが。わしには分かるわい。まあ、運が悪かった思うて諦めい」
「た……すけて、死にたく、ない」
「あーそうかい。死にたくないのね。うん。せやけど―――」

お前はどれだけそう言う人間を喰い殺したんじゃ?

アサシンが慈悲の欠片も無く言い放った言葉を最後に、マキリの怪老は完全に滅び去った。

アサシンは呆然としている桜の前に立ち、今度こそ刀を振り下ろす。
ジャラジャラと鎖が地面に落ちる。断面はバターのように綺麗に切れていた。
「悪い悪い。怖かったなあ嬢ちゃん。でもあんなんきっしょい虫けらにいじめられても負けへんで強かったなあ、偉いなあ。嬢ちゃんは。立派やで」
侍は、にかっと笑った。悪戯が成功した子供のように。

「……つまり嬢ちゃんは闘いは嫌ちゅうことね」
そういうアサシンの手にはお銚子に入った日本酒がある。
それを受け取った桜は、身体の隅々まで洗われるような芳香を放つ酒を飲み干した。
もう大丈夫だとは思うが、念のためにこの神造の酒で消毒しとき、とはアサシンの弁だ。
その話す効果に嘘は無く、桜は体内の蟲が一匹残らず死滅していることに気がついた。
ほろ酔い加減で幸せな気分に浸りながらも、桜はアサシンの言葉にはっきりと返した。
「うん。殺されたくないし、人を殺すのはもっと嫌」
「まいったなー。わしも別段聖杯が欲しい訳やないしー」
頭をボリボリとかくアサシンに、今度は桜が驚く番だった。
「えっ、アサシンは聖杯が欲しくないの?だって願いがあるから戦争に参加したんじゃ」
「わしの願いはこの戦争で死んだり怪我したり泣いたりする連中が出んようにすること」
ほら、わしってこの国のサムライやし?他の連中が手段選ばない真似しくさるようやったらさっさと切り捨てる義務がありありな訳で。
などと言いながら蟲倉に散らばっている桜の服を拾うアサシンは、床に突き刺さっていた自分の愛刀を引き抜いた。
「まあ、とりあえず現世での人助け第一号は嬢ちゃんな」
そう言うとアサシンは抜刀と同じく目にもとまらない速度で納刀し、桜に服を渡した。
死にそうな人に手を差し伸べて、逆に手を噛まれても後悔だけはしない人。
桜はアサシンのその姿に、無意識で想い人の姿を重ねていた。自然と声が出た。
「アサシン、私―――「さ~て、敵が出たらどういう方法でぶっちめたろうかね~」へ?」
ケケケと笑うアサシンの表情は先程までの自分を安心させる笑顔とはうって変わって、テレビに出てくる悪代官のものに似ていた。あっけにとられる桜に構わずアサシンは喋る。
「まー、出ないなら出ないでこしたことないけどな、この時代の魔術師はさっきの蟲みたいな性根しくさった連中が多いらしいし、それこそ外道は掃いて捨てる程出るやろ。
今までさんざん人を踏みにじっていた連中が逆に踏みにじられることになったら、それこそ大爆笑もんやで。
おまけに卑怯くさい手でどん底に突き落とされたら、もうそいつらそれだけで血管ブ千切れてお陀仏じゃ。
あー、英雄ってたのしー」
さて、戦の前に作戦会議じゃ。こと戦は始まる前に戦って、終わる前に終わるもんやから。
そのままアサシンは蟲倉の階段を昇り始めた。桜は服を着ながら混乱していた。
(……ど、どうしよう。いい人らしいし、実際にいい人だと思うけど、私ひょっとしてそれ以上にとんでもない人喚んだんじゃあ……SOSせんぱい~!!)
「じょーちゃーん」
混乱の中から自分を呼ぶ声に、はっとして意識を元に戻すと、こちらを向いたアサシンは言葉を発した。
「わし、源頼光。化け物退治の英雄やで。よろしゅう頼んます」
「え?」
「あら、ひょっとして今の時代じゃわしマイナー?あ~、むっちゃショックやわー」
「あっ、そんなんじゃ無いの。ただ驚いて、私こんなに簡単に解放されると思ってなかったし、だから」
「ケケケ、騙されたな。嬢ちゃん!わしは人も化け物も騙すの大得意じゃ!!」
「あっ……もうっ」
頬を膨らませる桜に、笑っておちょくるアサシンは蟲倉の外へ、ねじ曲がった闇の外へと出て行った。
その後上階に上がったアサシンが、既に召喚されていたライダーと一悶着あったのは、また別の話。



あらゆる英霊にはえてして悲劇的な最期がつきものである。
クー・フー・リンにしても、ディルムッド・オディナにしても、ヴラド3世にしてもいずれも悲惨きわまる最期で有名だ。
そしてこの事実は聖杯戦争では現実的に深刻な問題となってマスターを悩ませる。真名が分かれば、同じような最期を『演出』されてしまう可能性もあるのだ。
「遠坂邸の結界は強化されていました。既にサーヴァントらしい気配もあります」
眼前には日本的な黒髪を持つ女性がいた。
甲冑に身を包みながらもその姿は美しい。持っている薙刀が導き出すクラスは一つだった。
ランサーのサーヴァント。木曾義仲が愛妾、巴御前
宝具もスキルもステータスもよくまとまっていて、申し分ない。
バゼットはおおむね満足しながらもランサーとの会話に意識を戻した。
「なる程。その結界は現代の神秘によるものではなさそうですね。サーヴァントの一兵、キャスターならあり得るかもしれません」
「今夜から偵察をかけてみましょう。ところでマスター。例のあれは仕上がっております」
「貴女の宝具、マスター専用の宝具とも言える『縁紡ぎし忠義の印』ですか」
予想外どころかそれ以上にこのサーヴァントは有用だった。
本来三画しか配布されない令呪を作り出す能力は、用途が非常に限定されているとは言え、他の陣営には無いアドバンテージとして存在している。
そしてそれ以上にランサーにはある長所がある。
敗死した逸話が無いのだ。
木曾義仲と別れてからの記録が無い。尼になったとも言われているが、敗死の記録が無い以上、彼女の真名が知れたとしても滅ぼすのは至難の業だろう。どのような方法や道具を用いて殺せばいいのか分からないのだから。

「それからもう一つ聞きますが、貴女の願いは義仲軍の武将として最強を証明する為に参加することでしたね」
「はい。もはやこの世界に義仲様と仲間達の痕跡はありませんし、家系すら途絶えています」
だからこそ、とランサーは答えた。
「せめて過去には我等がいたのだと。将軍様と同じ夢を抱いた武者は確かに強かったのだと、証明したいのです」
「それならば、聖杯にかける願いは無い、と。それはそれでいい」
欲望は力になるが、強すぎる欲望は身を滅ぼす。少なくとも聖杯ほしさに血迷った真似をすることは無さそうだ。
「とは言っても、負けるつもりはありません。必ずや勝利を掴んで見せます」
自らに勝利を誓うランサーの姿は、確かに美しかった。



征服王イスカンダル。革命王ナポレオン。蹂躙王チンギス・ハン。魔王ヒトラー。
彼等は世界の領土を多く征服し、世界の王と崇められているが、それでも自分の敵では無いと彼女はせせら笑った。
少女は―――背格好がそう見えるだけであって、その実全てを包み込む母性と全ての息の根を止めることも出来る魔性は、まさに彼女が此度の聖杯戦争で召喚されたキャスターであることを証明している。
片眼に眼帯をはめ、手の指全てに包帯を巻いたその姿は見るだけで痛々しいが、彼女はかつて父親に潰されたその指を、愛おしそうに撫でた。
彼女がいる場所もまた、尋常では無い。
濃霧が立ちこめる海上。そこには港湾部に似つかわしくない“島”が存在していた。

『遊泳孤島(イマップ・ウマッソウルサ)』

彼女の子供であり城であり魔術師としての工房でもあるそれは、主の存在以外を認めない。主以外の人間を背に乗せればそのまま海に引きずり込み魚の餌にしてしまうだろう。
この大海こそ彼女の最大の武器だった。どんな英雄でもこの海を根城にする彼女には敵わない。
人間達は大海を制したなどとほざいているが、それは海面を浮遊物に乗って浮くアリが大言を叩いているのと同じだ。深海は未だ人間にとって未知の空間であり、完全に到達した人間はこれまでの歴史ではまずいない。
現在の人間達がそうである以上、過去に生きる英雄達も同様だ。彼女に言わせれば王達の覇道など、子供が砂場で遊んでいることと大して違わない。
今の時代には深海まで潜れる原子力潜水艦とかいう軍船があることは知っているが、彼女にとっては正しく玩具に過ぎない。少々水流を起こすだけで真っ二つにへし折れる小枝のようなものだ。
王と呼ばれる者達の中でも海を完全に征服したものはまずいない。
この星の多くを占める海はそれだけ懐が深く、そして無慈悲だ。

深海に潜った彼女は、自分の子供達である海獣達の頭をよしよしと撫でた。
フユキという土地の海中は既に彼女の世界だ。
討ち取るには海に潜って首を取るしか無いが、最優のセイバーであろうとも水中という彼女のフィールドで本来の力を発揮することは出来ない。動きは鈍くなり、そこを彼女の子供達の食事になるのが関の山だ。
「これで防御の態勢は整えたわね。あとは……」
そこに彼女の子供である魚が寄りそう。彼女は魚の姿を見るだけで、言わんとすることを理解した。
「そう。マスターの手足を完全に食いちぎったのね。美味しかった?みんないい子よ。マスターは戦いを怖がっていたんだから、私が守ってあげないと、そのためにも何処にも出しちゃ駄目。
ずっとこの深海で何処にも出さずに守ってあげる……始めましょう私達の聖杯戦争を。世界を私の憎悪(アイ)で満たすために」
寄り添う魚たちに話しかけるその姿は愛らしく見えるが、話の内容は残酷極まりない。
それはそうだ。彼女は海そのものであり、豊かな恵みを与え、時に荒れ狂い命を奪うそこにある存在なのだから。



サーヴァント七クラス中、三騎士クラスとしてセイバー、ランサー、アーチャーが定められている。
言うまでも無く、せいばーは刀剣を、ランサーは長柄武器を、アーチャーは長射程の飛び道具を扱う。
大事な点は三騎士全てが“武器”を扱う点である。人間の強さは乱暴に言えば扱う道具に左右される。

「……つまり、『武器』が一切効かない英霊をバーサーカーとして使役すればいいのです」
「だから、カフカスの半神?」
聞き返すリズに、セラは眼前でうずくまる8メートル以上の巨体を見た。
身体は金属のような光沢に輝き、時折熱風が吹きすさぶ。
その威圧感は、超人と言うより怪獣じみたものだった。
「Aランク以下の武器による攻撃は全てキャンセル。殺しきれるのはかの騎士王の聖剣程度でしょう」
「鍛冶の神に鍛え上げられた鋼鉄の身体だもの。アインツベルンに順当に勝つには、マスターである私を殺すぐらいしか無いわ」
得意気にイリヤも会話に加わる。

最強の防御力に加え、自力で真名解放ができないものの強力な攻撃手段をも持っている。アインツベルンが喚んだ英雄は、文字通り破格の存在だった。

ただ一つ、問題があるとすれば。

鍛冶の神に鍛え上げられた鋼鉄の肉体を持つ英霊―――バトラズは、時折唸り声を上げながらも動こうとしない。
その理由は、バーサーカーが僅かに身じろぎしたことで分かった。

ずぶずぶずぶずぶずぶ。

「あーっ!バーサーカーのおばかー!気をつけて歩かないと駄目って言ったでしょー!」
バーサーカーは体長8メートル以上、そして体重は100トンである。
狂化していても二足歩行することは変わらないので、身体の部位で接地面は足の裏だけになる。
100トンの自重が圧力となって、足の裏に集中するため……。

「おばか~。こんなんじゃどうやって戦うのよ」
呆れるイリヤの眼前には、股下まで地面に埋まったバーサーカーがいた。
「もう、霊体化しなさい!」
かき消えるバーサーカーを見ながら、アインツベルンのホムンクルス達はため息をついた。
そう、このバーサーカーは重すぎるのだ。
屋内での戦いや足場の悪い場所での戦いは全く動けなくなる可能性がある。
霊体化している間は流石に平気だが、実体化して闘える場所は限られている。
強いが使いにくい駒。
それがアインツベルンのバーサーカーだった。
だが、このバーサーカーの問題はアインツベルン陣営にある変化をもたらした。

「それじゃあ、今日はバーサーカーが闘えそうな場所を偵察してくるわよ。いい場所を見つけたら念のため地面一帯に強化の魔術をかけておいてね」
イリヤは冬木市の地図を広げ、リズとセラに指示を出した。
「その場所で闘えない場合は、お嬢様を襲ってくる敵への対策が必要になりますね。マスター殺しを行うアサシン対策が必要です」
「そうね。今日は霊体化から実体化へのタイムラグを短縮させる訓練を行うわ」
「イリヤ。マキリとトオサカに使い魔飛ばした」

使いづらいバーサーカーを何とか使えるようにする対策、アインツベルンが作戦を立て始めたのだ。
強い武器、強い兵士、強いマスターを揃えるのは、正攻法を大黒柱としている戦争においては正道だが、それらを上手く使えなければ単なる宝の持ち腐れに終わる。
皮肉にも理性無きバーサーカーの存在が、イリヤ達に作戦と戦術の大事を痛感させ、僅かながらもバーサーカーは戦略的に、効率的な武器として使われることになった。

強い武器、強い兵士、強いマスター+事前の情報、適切な運用、的確な作戦。

それらがイコールで結ばれれば、出る答えは『無敵』である。



巨人。
巨大な人という意味以外にも、強力な国家などを指す場合がある。
そして巨人国家に怯まず戦い、ついには独立を認めさせた英雄。
人はそれをジャイアントキリングと呼ぶ。


英霊は成長しない不変の存在として世界に登録された者達だ。
これは聖杯戦争では重大な問題として立ち塞がる。例えばAという英霊がBという英霊と戦った場合、BがAより圧倒するステータスを持っていたら、Aは手も足も出ないという事になる。
勿論戦闘がステータスの比べ合いだけで終わることなどありえず、作戦次第で勝つことはあるが、それでも不利になることは変わりが無い。正攻法に勝る作戦は無いのだから。
聖杯戦争に参加するマスター達はこぞって強力な英雄を喚ぼうとするだろう。
強力な宝具を、強力なスキルを、強力な魔力を、強力な伝説を持つ英霊を。
おりしも冷戦中の兵器開発競争に似た思考の渦の中で、魔術師殺しと蔑まれた男は逆に考えた。
自分の他の六人六騎がいずれも強力であっても、勝ちに繋げることが出来る英雄。
例え本人が弱くても、強い英雄を倒すことが出来る英雄。
つまりは、とどのつまりは圧倒的に強い敵を退け、目標である民族の独立を成し遂げた反骨の英雄ならば、例え相手方のステータスが圧倒的でも、負けないための戦い方が出来る……と考えた。
隣国である軍事大国に対し卓越したゲリラ戦の技術を持ち、時局を見誤らない眼力を持って祖国を独立させ、王朝を開闢した平定王の聖遺物を、魔術師殺しは手に入れた。
結局喚び出す英霊は他の人物に決まったが、聖遺物だけはセーフハウスの一つである武家屋敷の土蔵に保管されていた。十年後に一人の正義の味方を目指す少年が偶然から件の英霊を喚び出す事は誰も予想できなかったが。


「セイバー、メシができたぞ」
「おう。坊やか。今日は何だ?」
異国の服装を着込み、背に大剣を背負った男に、未熟な魔術使いの少年、衛宮士郎はお盆の上に乗った料理を並べていく。
「ベトナムの麺料理、フォーだ。中華は苦手だけど、ベトナムと中国は違う国だから、うん。大丈夫だ」
「俺の国の食い物か……おお!いけるぞ!」
ずぞーずぞーと美味そうに麺を啜る男―――サーヴァント、セイバーは空になった丼を突き出して一言。
「おかわり!」
「はいはい」
新しくフォーを注ぎながら、士郎は偶然に召喚したセイバーを見やる。
普段は気のいい兄ちゃんと言った様子で、大凡英雄に見えない。だが、ここ数日の同居で外見だけが全てではない事を士郎は思い知っていた。

聖杯戦争の事をセイバーから聞いたとき、衛宮士郎は居ても立っても居られずにその被害を食い止めるために戦うことを決めた。その為なら命ですら投げ出しそうな勢いの士郎を、セイバーは冷静に落ち着かせると、自分の宝具やスキル、真名、そして基本的な戦闘スタイルなどを話し合った。

「なあ、セイバーは真っ向から勝負するのは苦手なんだよな?」
「苦手じゃ無いぞ。趣味じゃねーだけで。まあ、得意なのは戦略的撤退と奇襲だけどな」
セイバーは冬木市の地図にペンで注釈を記しながら、話を続けた。
「この戦争考えた奴はよっぽどのアホかよっぽどの外道だ。強力な宝具を使う英霊なら、勝つ可能性は高くなるが、そいつらを喚び出した連中はそれを『いつ』、『どこで』使うのか失念してる。宝具やスキルがショボイ連中の方がよっぽど扱いやすいだろうに」
宝具の中には対軍宝具や対城宝具、はたまた対国宝具や対界宝具なんてものもあると士郎はセイバーから聞いている。住宅密集地域が多い場所でそんなもの使えば、大惨事どころの話では無い。
「下手に使えばドカンと花火大会だ。その点俺の宝具は退却が成功しやすくなるだけだから、周囲に与える影響は大して無い。使用に対して魔力の消費以外に懸念は無い。だから俺達の戦略としては序盤でできるだけ情報を集めて、危険な宝具を持っている奴には張り付いてぶっ放そうとした時にはバッサリ切り捨てる」
勿論、後ろから攻撃する。隙を見せたところを狙い撃ちにしてな。そこまで言うとセイバーは士郎の手に視線を移した。
「士郎、令呪は隠しているよな?」
「ああ。怪我をしたってことにして包帯巻いている」
令呪のある片手に巻かれた包帯を見て、セイバーは頷いた。
「それでいい。お前の今の力じゃ逃げ隠れしかできねえ。聖杯戦争終盤、あるいは終わるまでは力を蓄えておくんだ」
幸いなことに、士郎自身の魔力は微々たるもので、住居にも殆ど魔術の痕跡が無いに等しい。
聖杯から情報として与えられた『魔術師らしい』からかけ離れているのだ。
これは魔術師に気づかれにくいという強力な利点であり、攪乱と逃げ隠れをそのまま攻撃に繋げるセイバーの戦術にも寄与するところは大きい。
工房を城とすれば、守りを固めるのが普通だが、戦争全体に目を見回せば時には城を捨てることが正解である場合もあるのだ。尋常な魔術師では有り得ない『本拠地を捨てる』という行為ができることは美点の一つだ。
「……それしかできないのか?」
「正義の味方志望としては、納得いかねえか?」
そこでセイバーは不満げな表情をしている士郎に対し、真剣な表情になった。
「意気込みだけじゃどうにもならない現実もある。お前の命を消費しても変わらないものもある」
いつもは気のいいセイバーの冷厳とも言える事実を告げる言葉に、士郎も黙り込んだ。
「―――それでも、お前はこの街守りてえか?」
「……」
「死ぬ確立がデカイことは勿論、誰にも褒められるわけじゃねえ。報酬だって出ねえ。嫌な思いだってするだろう……逃げたって誰も責めはしない。それでもお前は他人の為に貧乏クジ引く度胸はあるのかよ?」
「セイバー」
セイバーの真剣な問いかけに、士郎はやっと声を絞り出した。
「俺は大火災の孤児だ。本当の両親の記憶なんて無いし、そんな俺がこの街を尊く思うのはおかしいかもしれない。それでもだ……爺さんに会えて、藤ねえや桜に会えたこの街が俺は好きなんだよ。この街に住む人達が泣きたくても泣けないような酷い目に遭うかもしれないのに、黙ってなんかいられない……俺のふるさとなんだ。守りたい」
衛宮士郎は空っぽな人間で、だからこそ、この街と住んでいる人達の価値も分かっていると思いたい。
士郎の無言の思いを瞳の中に見たセイバーはこくりと頷いた。

「人が戦う理由はそれぞれだ。利益のために戦う人間がいれば、誰かのために剣を取る奴だっている。自分の故郷を守るために戦うなんて理由なら、まあ上等な方だろ」
そこでセイバーは自身の剣を鞘から引き抜いて掲げた。
黄金色の輝きは、湖水に朝日が煌めいている様に似ていた。
「それじゃあ、開始しようや。俺達の戦争を。レ・ロイと衛宮士郎の戦争を」


―――今此処に、世界最小最大の戦争が開かれる。

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最終更新:2014年12月13日 16:04