ギロコルテが乗っていた飛空挺の中、ハニャンを発ち数時間がたった。 ギィやタカラード以外は用意された部屋で睡眠を取っている。
そんな3人を置いておいて、ギィとタカラードは船長室にて会話をしている
「お頭、はい頼まれたお茶だよ!」
そういうと有無言わず、椅子に腰掛けているタカラードの頭に熱湯の入った湯飲みをひっくり返す。 ※良い子はまねしないように
「あちゃちゃちゃちゃ!! 何しやがんだボケヘチマ!」
「ヘチマはお頭の方だろが! あん時に行けって言ったからハニャンに行ったのになんで、あたいが独断で勝手に行った事になってんだい!?」
「普通考えたら鎮圧何ざ、4人で何とかできるレベルじゃねぇだろ!俺は、これを口実に肩身が狭くなったであろうお前を、行動しやすくしてやろうとしたんだ!」
冷水を頭から被ると、指を差して憤慨するタカラードだが、ギィをまだ痛む頭を押さえて指差すタカラードを怒鳴りつける
「余計なお世話だっての! それならまだ、「暇を与える」って行ってくれたほうが嬉しいよ。 皆が陰口叩いてあたいの事悪く言ってるなんて嘘… 信じられないねまったく!」
「ハニャンに向かわず、ギーコードを奪い返しに行くもよし。
ヴァイラ教を探りに行くもよし。 お前のためを思ってのこの作戦を… 空気嫁!」
「おかしらにだけには言われたくないわ! 」
そうすると熱湯の入ったやかんを握り締めて、ギィは威嚇するとタカラードは思わずそれを見てたじろぐ
「ゴホン… まあ、俺の命令を忠実にこなしてくれようとした心意気は嬉しい。 何だかんだで反乱軍のリーダーを討ち取る事が出来たし、頭なくした今の反乱軍なら、ギロコルテ達で何とかなんだろうよ」
あわてて後ずさりしながら、ギィにやっとねぎらいの言葉を投げかける。
「あ~! これで何十回目の借りを作ってるんだいあたい… ギロコルテさんに申し訳ないよ…」
所変わってシレモンですが
「なんというか、本当に依頼を済ませたらあっという間に去っていってしまわれた… 風のような人たちですね。」
「お前は、あのギャシャール=エイフと言う娘を気に入っていたみたいだが… いいのか?」
「ええ、確かにおっしゃるとおり… しかし、あの方達にも用事がありますので。 いまや、船旅を満喫されているでしょう。」
「船旅… タカラード様と船旅が出来て私は嬉しい…! この機会を作ってくれたギィーラに今回は感謝をしなくては! ああ~タカラード様~/////」
「まともな人だと思って、淡い期待を持ったのですが。」
「くっ! 私は人を見る目がない愚か者だ…!」
「兄さん泣かないで… 仕事は出来る人なんです。」
「そういえば、レナド大将軍はあの後から妙に機嫌が良かったな…」
「私が説得する前に、すでに話は反乱軍を鎮圧する方向になっていました。 本当にタカラード殿には感謝をしています。」
「レフティス大臣。 もうそろそろ会議の時間です。 会議室に向かいましょう。」
(四六時中、この状態だと非常に嬉しいんですが…)
やかんを置いてギィはギロコルテに迷惑をかけたことに深く反省をする。 昔から自分達姉弟に対して世話を焼いてくれたのが彼女だ。 母親代わりといっても良い。
その分、自立してからは迷惑を掛ける事を無くそうとしたのに結局は彼女にこの仕事の尻拭いをさせてしまった。
「まあ、シレモンに発つ前にギロコルテも言ってただろ? 悪いと思ってりゃあもうあいつは気にしちゃあいねぇ。 そう、うな垂れんな」
「おかしらも… その… すまなかった。 もうちょっと考えて動きゃよかったよ。」
たしかにタカラードの言葉の意味を考えずに行動したのは不味かったと自分でも反省をする。 最悪の場合、ハニャンと戦争をしているかもしれない。
「こっちもぶん殴っちまって悪かったな。 終わりよければ全てよしだ。 もう、このことに関しては俺は文句は言わねェ。」
「ごめん。」
「へっ! 久々に聞いたぜ。 思えば、お前にその言葉を言わせるのにすんげぇ苦労したな~。 たしか…」
「おかしら、いきなり何昔話始めてんだい、老け込むにゃあまだ早いだろ?」
「そりゃそうだな。 よし!飯でも喰うか! ハニャンライス食うぞ!
ララモ党の話はその後だ」
「分かった! ニーダの奴に作らせるよ。 」
「…いきなり寝てるのに叩き起こされた挙句、飯を作らされましたニダ。 ウリには人権はないニカ?」
「それじゃ、イタダキマース!」
「「「いただきまーす」」」
そんなニーダのセイフを華麗にスルーし、手を合わせる。
「…いただきますニダ。」
だるそうにするニーダの傍らでタカラードは元気よく作られた料理を食べる
「やべえな。 ホルホール! おめえ、マジで料理が得意なんだな、頼りになるぜ!!」
「ウリの数ある特技の一つニダ! 一番は…」
「うめぇww うめぇww」
「聞けニダ!」
ニーダはせっかくの自慢を料理に夢中で聞こうとしないタカラードに、いつもの如く憤慨する。
「ガツガツ!」
取り皿があるにもかかわらず、大皿に盛られた料理を皿ごと持ち上げて、口の中にかっ込むギィ。
「ボケ! おめえ、テーブルマナー位いい加減覚えろ! 取り皿あるんだからそこから取れ、スプーン・フォークで食う物を箸で食うな」
口をへの字に曲げて、下品な食べ方をするギィに注意するが、彼女は皿をゴトンとテーブルにおろして盛大なゲップを吐く。
「腹に入れば皆同じだよ。 それにあたいは飯に対しては平等に箸を使うんだよ。」
「面倒臭えだけだろ… まったく。」
「あんまりわがまま言ってると、ルアルネ丼食わされるよ?」
冷たい視線を送っているギャシャールの言葉を聞いて、ギィは体を凍りつかせ手に持っていた箸を カランと落とす。
「? 何で固まりやがるんだ… うめぇじゃんルアルネ丼。 なぁ!?」
「そ、そうだね。 凄くおいしかったよ…」(ギャシャール! いつかお前にも食らわせてやるからな…)
おそらく心の中で笑っているだろうギャシャールに対して、ギィは報復を誓う
「ふう、とりあえず腹減りはなくなったな。 これからについての詳しい話をしねぇといけねぇな。 俺達はララモ党のララモールって奴に会わなきゃならねェ… これは分かってるな?」
「はい。」
上品に口を拭きながらタカラードが説明を始めると、
ヒッキーはタカラードの顔を見て返事をする
「いま、そいつはカスムっていう男に軟禁されてる。会うにはまず、そいつの屋敷に潜入してつれださねぇといけねぇ。要するに救出する事からはじめねぇとな!」
「カスム… クソ、めんどくさい事になったな?」
カスムという名を聞いて頭を押さえて、不味そうにそういうギャシャール。
「ギャシャール、そいつを知ってるのかい?」
「カスム=ムストフェンデ。本当に一度だけ会った事があるけど、そいつは… 党率議員の一人だよ… 数ある党員を律する上位議員のこと…」
「党率…? ララモ党での階級制度みたいないもんなのかい?」
「会社とかの階級とはまた形式が少し違うんだけど、そんな風に思ってもらうのが一番分かりやすい。 階別に分ければ、下から戦絶議員、祝和議員、最議員、党率議員、総党首まである」
何処からともなく、ギャシャールは表を取り出しテーブルに置くと、表にはピラミッドのようなものが書かれている。そして、下から順々に書かれた議員の名称を朗読する。
「戦絶議員はララモ党でいう、下位議員…ようするに下っ端みたい物で仕事は主に諍いの仲裁を担当してる。 それによりある程度の評価を得る事が出来ると祝和議員になれ、戦争などの争いをどのようにすれば少なく出来るかを話し合う祝和会議に参加する事が出来るようになる」
「んで、カスムって奴がどんなのか聞いてみたいぜ。」
「
せっかち。 カスムは紳士ぶってるけどなんか、腹黒い事考えていそうな男。党率議員は名も亡き者を動かす権限を持ってるからおそらく護衛に沢山の隊員が居るはず、気をつけて」
「…それだけニダ? もっと、そいつ自身の情報が欲しいニダ。」
分かっている事は外見とその地位のみで、それ以外の情報を欲しがるニーダにギャシャールは小さなため息をつく
「仕方がないじゃん。ララモ党は自分の素性を隠そうとするから党率議員であるカスムの名前をを知ってる事、それ自体が凄い事なんだよ?僕が知ってるララモ党の議員は下位議員で数人程度、最議員に至ってはララモールの事しか知らない」
「コノ調子じゃあ、名も亡き者について聞けなさそうだな…」
「うん。 それだったら、期待しないで正解だよ。 まったくと言って良いほど役に立つ情報がない」
(胸張って言うセイフじゃない様ような…)
誇らしげにそういうギャシャールにヒッキーは心の中で突っ込みを入れておく。
「唯一の持ってる情報… 名も亡き者で、名前を知ってるのもあの女、ヴェサリスだけ。」
「なんで名前を知ってるニダか?」
「ふざけてるよ? 名も亡き者に入隊したときに「私があなたの隊長です。」って家に直々に訪問に来た。 何か特別な事をさせるのかと思ったら、自分の自慢話を小一時間してさっさとかえっていっちゃった」
「自慢話?」
「若さの秘訣だとか、タンスの角に小指をぶつけない様にする100のまじないとか…」
「なんだいそりゃ…」
「他の隊員は名前はおろか、顔すら見せることを禁止してるって言うのに自分から名を名乗ってくるなんて、それだけで唖然なのにね…」
「つかみ所がなさそうな人だったけど、やっぱり何考えてるんだかわかんない。」
ヒッキーは浮遊島の橋であった彼女のことを思い出した。 子供の様にはしゃいだり、相手を茶化したり… でも、戦いになると無表情となる。 どちらが本当の顔なのか分からない。
「しかも、あの女。ヴァイラ教となんか関係があるみたいだし…」
「へっ! 見つけたらあたしが首根っこ、ひっ捕まえて洗いざらい吐かしてやるよ。」
「…そんな事せずにすぐに逃げて。 あの人には絶対に勝てないから。」
目線を下に落としてまるで宣言するかのように話すギャシャールに皆が驚く。
「こいつは驚いた。 あんたの口からそんな弱気が出るとはね。」
いつも何を考えてるか分からない無表情。 喜怒哀楽を掴ませないあのギャシャールが、他者の前で弱音を吐いた。 ギィはテーブルに肘を突いて気に入らない顔をしてそう答えた
「一度殺されかけたし。こういっちゃあ何だけど、強さの次元が違うんだ…。 きっとヴァイラ教で何らか強化がなされたんじゃないかな?」
(あの時の事だ…)
再びあのときを思い出すヒッキーは、その記憶の中でヴェサリスが去る様子を思い出す。 彼女には傷どころか息を切らした様子も無かった。 ギャシャールは彼女にとって何の障害でもない、その口から発した「遊んであげる」の言葉の通り、全く眼中に無かったのだろう。
それでいて、彼女は背中を斬られて瀕死の重傷を負った… 一体どれ程の強さなのか自分には想像も出来ない
「ヴァイラ教での強化… 興味深いニダ! イテッ!」
自分の聞きなれない言葉に興味がわき喜ぶニーダを、ギィは軽く頭をはたく
「ギャシャールの顔よくみろバカ! まあ、あのあんたがそこまで言うとはね… その女、マジでやばいね。」
自分の感情をあらわにしてまで警告を発するギャシャールに失礼だと感じたギィは、追加でニーダの脛(すね)にキックを入れる。
椅子から落ちて痛そうに脛を抱えて転げまわるニーダを無視して、ギィは彼女の言うヴェサリスのその強さに只ならぬものを感じる。
「とにかく絶対に戦わないで、命が惜しければ。」
「…」
タカラードはそう話す彼女を腕を組みながら黙ってみている。
沈黙が訪れるとその雰囲気に耐えかねたヒッキーはギャシャールに質問をする
「…ギャシャール。ララモールってどんな人なの?」
「ララモ党の人物にしては他党員から高い信頼を寄せられて、そのせいで上の連中が煙たがってる。仕事に問題が起きるたびにあの人が自分の時間を削ってでも解決してるから色々と感謝されてるみたい、
面倒見が良くて、人の微細な感情の変化を感じ取る事が出来るから、交渉能力が高い。 そして… いや、なんでもないよ。」
(面倒見がいいって、初めて会った時にはそんな人には到底見えなかったな…)
ヒッキーは初めてあったララモールを思い出したが、任務失敗を犯したギャシャールを冷徹に切り離す姿を今でも鮮明に覚えている。
「ララモールは今のララモ党を変えたいって言ってた…。 いまじゃあ、カスムに抱き込まれてるっぽいから何としてでも助け出さないと…」
「ずいぶん詳しいね… もしかして、あんたの「これ」かい?」
ギィがにやけながら小指を立てる。 つまり… 恋人!?
「そ、そんな…!」
動揺するヒッキーにギャシャールは少し驚いた顔をする。
「…チガウカラ。優秀な上司と使えない部下っていう業務的なつながりしかない…」
ギィではなく彼にそう話すと、ヒッキーはハッっと表情になると顔を赤らめる。
「なんだい、ただの上司かい?」
期待はずれなように話すギィ。
「いまでは任務の失敗で見切りをつけられてクビにされた挙句、
コンヴァニア財団にヒッキーと送られて殺されそうになったから… 部下じゃないかな…」
「ううう… ごめんなさいニダ…」
いつの間にか椅子に座りなおしていたニーダが突然、頭を押さえて縮こまる。自分の研究が悪用されて、あの命を奪う忌まわしい装置にヒッキーとギャシャールはかけられそうになった。 その事で申し訳なく感じて居た堪れなくなったのだろう
「ニーダ。 謝らなくて良いよ、もう終わったことだから。」
「そうですよ! ニーダさんのせいじゃないです。だから、元気を出して。」
「…本当にごめんなさい。」
二人が慰めるとようやく頭を上げ、その顔にいつもの活気が蘇る。
「ところで任務って何やらされたんだい? 失敗したら殺されるなんて、そうとう重要な任務じゃないのかい?」
「任務はターゲットの粛清をだったんだけど… そのターゲットはまだ赤ん坊だったんだ。 何でも、将来的に戦争を起こす首謀者になるかもしれないからって…」
「むごいニダ… おそらくは、ギャシャールの忠誠心を試すための任務だったみたいニダね。でたらめもいい所ニダ」
「意味がわかんないね… どういうことだい?」
「どれだけ私情を挟まず、与えられた任務を遂行できるかきっと試してたニダ。赤ん坊に手をかけるなんて常人の思考なら良心の呵責に耐えられないニダから、どれだけ盲目的に従えるかを見定めるつもりだったニダね…」
「で、でも暗殺は失敗したんでしょ?」
「いくらなんでも、納得できなかったから… 目の前まで行ったけど何もせずに。」
下をうつむきながら、尋問にでも答えるかのように重々し話すギャシャール。
「任務失敗もそうだけど、一番は仲間をぼこぼこにしたからかな? 僕だけじゃあ信用できなかったから、もう一人のメンバーが付き添いで来てたけどその場で「命令違反」って言われてそいつと戦いになった。」
「知り合いかい?」
「知り合いじゃない… かな? 僕にだって分からない。 「名も亡き者」同士お互いの素性は隠してるから… 救いは相手のことも自分のことが分からない事かな?」
「それでそれで?」
「そいつを倒して、家に帰った。 その後、ヒッキーに始めてあってララモールに言われて一緒にコンヴァニア財団に…」
話を終えるとまた、先ほど以上に重い沈黙が訪れる。
「偽善組織からクソ外道な悪の組織に格上げだよ… 胸糞が悪い」
舌打ちをしながら答えるギィは、拳を作るとドンとテーブルを軽く叩く。
「中には… ララモ党は平和をもたらす為には必要不可欠だって考えてる連中がいる… 僕もその中の一人だった… 僕の居場所はあの場所しかなかったから、無理矢理そう考えようとしてたのかも… 」
「ギャシャール…」
「ただ疑問無く従って、現状に満足して僕は本当のことを知ろうとはしなかった。 考える事を放棄して、前に進むことを止めたんだ。 外の嫌な事を知るより、中で与えられた物に感謝して一日を終わらせてた。これじゃあ引き篭もりとなんら変わりないよね。」
「でも、僕が始めてあの町を訪れたときは穏やかでとても住みやすかった。この僕がヴァイラ教をすてたくらいなんだもの…」
ヒッキーはギャシャールに居心地の良かったあの町のことを話す。
「確かにララモ党は公(おおやけ)にできない事を沢山してきた。 けど、自身の保身を無視してまでも本当に平和を愛する人は確かに党内には存在するから…」
「その一人があのララモールとか言う上司の事かい?」
「もう上司じゃないよ。 使えない部下の僕なんてララモールにとって迷惑なだけだし。 もしかしたら、クビにされて丁度良かったかもね。」
「そんな事ない… ギャシャールは凄い強いし、頼りになるよ?」
「ありがとうヒッキー。 でも、あのララモールが軟禁されてる原因を作ったのはおそらく僕なんだ… どの組織でも、部下の失態は上司にも影響されるし、ララモールがこうなったのは任務失敗を犯した僕のせいなんだきっと。」
顔を背ける彼女はヒッキーにお礼を言うと、悲しそうでたまらなそうな顔をする。 …彼女にとってララモールと言う人はとても大切な人物なんだ。
「じゃあ、責任持って助けなきゃね。」
パンっと手を合わせるギィは、思い切りよくそう言うと椅子から立ち上がり、ガッツポーズをとる
「ウリも尽力するニダ! …運動以外で」
「必ず助け出そうねギャシャール。」
つられて、ニーダとヒッキーも椅子から立ち上がりガッツポーズをとる。
「君たち…」
ギャシャールは彼らを見てたまらなくなり彼女は背中を向ける。
ギィはそれを見て苦笑すると、わざと彼女を茶化すように話しかける。
「それにしても、えらく饒舌だったね。 どういう心境の変化だい?」
「こう見えても、お金をもらうわけだから、クビにされないようによく働いとかないと。」
背中を向けたままギャシャールは、ぶっきらぼうにそう答える。
「あれれ、ところでお頭さんはどこに行っちゃったの?」
「ああ、お頭ならヴェサリスの話してる時に出てったよ。 あの人、あたい以上に長い話が嫌いだからね…」
「自分で話せって言ってたくせに… 失礼ニダ!」
急にいなくなる身勝手なタカラードにギィも含めて皆、文句を言い出す。
「…」
しかし、背を向けたギャシャールはしまった…と言う顔をして、おそらくあの男が出て行ったと思われるドアを見て静かに親指を噛む。
ララモ党での航海は例の如く順調。 気流に乗った今、ただ浮かんでいるだけでクライムまで運ばれるそうだ。
「ぜぇ… はぁはぁ…」
風吹く船の甲板でうつ伏せになりながら息を荒げるヒッキーがそこには居た
「もう止めるニダ! ヒッキーが死んじゃうニダよ!」
「ニーダ、とめちゃ駄目…」
悲鳴の様にギィに懇願するニーダは涙を流しながら「それ」を止めようとしていた。しかし、ギャシャールが静かにヒッキーを見守るように諭すと
何か不安げな外野2人を睨むギィは、口を出そうとするニーダに強く苛立ちを覚えていた。
「コノ程度で死ぬわけないだろ? おら ヒッキー、いつまで休んでるつもりだ?」
彼女はへたり込むヒッキーの目の前に行き、自分に呆れ果てたようにギィは、そう吐き捨てる。
「くそ… この位!! 」
彼女の態度に闘争心に火がついたヒッキーは、動かない体を渾身の力をこめて立ち上がろうとする。
しかし、体はとうに限界を迎えているのか言う事を聞かない… それでも、ヒッキーは精神を奮い立たせ体に言う事を聞かせる
「もう見てられないニダ!」
ヒッキーのその懸命な様に、ニーダは生まれたての小鹿が立ち上がろうとするように見えた
自分では最初から無理だと、取り組もうともしない訓練に同じ体力が無い者であるにも関わらず、「強さ」を求めて訓練を申し出たヒッキー。
こんなことになるのは目に見えていた… 相当な勇気が必要だったであろう。 しかしそれは勇敢ではない無謀だった。
か弱いヒッキーには所詮、無理な話なのだ。
「うるさいニーダ! 耐えられないなら向こうに行ってるんだね… さっさとしろ、ヒッキー! あんた強くなりたいんだろ? だったらそこから起き上がるんだ! ほら!」
「うおおおおお!」
泣き声になるニーダを黙らせ、ヒッキーに言葉を浴びせかけると彼は自身でも生まれて初めて出したような大声で、腕を使って自身の体を起き上げる。
「はい! 腕立て10回完了。」
「や… やった。 僕はやったんだ…」
パン! っと手を叩くギィに大業をなしえたヒッキーは脱力して最初のときの様に地面にうつぶせになる。
そして達成感に打ちふるえたヒッキーは心も体をいっぱいいっぱいになる
「よくやったニダ! 凄いニダ、ヒッキー」
「…」
感涙するニーダとは裏腹に、ギャシャールは腕立て如きで数十分も時間をかけている彼に思わず生暖かい視線を送る。
「ギィさん… 僕は…」
駄目な自分を激励し続けてくれたギィーラに対して、彼は心の底から感謝する。 そんな彼女は先ほど見ていた時計から目を離すと突然顔を上げる。
「ハイ、よく休んだろ。 もう一セット行こうか?」
「えー!?」
感心のなさそうに呟くギィの言葉に驚嘆するヒッキー。 彼にとってはご飯も喉を通らないような運動をしたつもりなのに、ギィはまだ続けるというのだ。
「もしかしてもう限界? まさかそんな事は無いよね…」
「ギ、ギブアップ…」
ヒッキーは2人の痛い視線から顔をそらしてボソボソと小声でそう呟くと、彼女たちはため息をつく。
ギャシャールやギィにとっては準備運動にもならないこんな他愛も無い行為にヒッキーは限界を迎えたらしい。
「「…この根性なし。」」
綺麗にハモりヒッキーを罵る。 体力が無いというがこれは異常だ… 少しでも期待をした自分をバカらしく思うギャシャールと、あまりの貧弱さに顔を引きつらせたギィは辛辣な言葉を投げかける
「勘弁してくれヒッキー! そんなもんじゃ武器振るうのに、数年はかかるよ… 強くなりたいって言ったんなら、少しは根性見せなってんだ!!」
へたり込むヒッキーに頭から怒鳴るも、体力の限界を迎えたヒッキーは疲れのためか耳には届いてないようだ。
「おうおう、どうした少年少女達? さっき、ホルホールが泣きながら「ウリにはもう、どうする事も出来ない!」って通路を走って行ったぞ、何か遭ったのか?」
「気にしないで、気にしたら負けだから…」
「「足でまといだから少しでも強くなりたい」って言ってたから筋力トレーニングを施してたんだけど、この有様さ。」
「強くはなりたいけど… 腕立てはもう無理です。」
軽く痙攣を起こす自分の両腕に、自身の体であるにもかかわらず苛立ちを覚えたヒッキーは腕立ては無理だという。
「おめえ、見た目もモヤシなら中身もモヤシなんだな… しっかし、若いんだ、ある程度の無茶が利く。 しっかり、しごいて貰え」
人の気も知らないで… っと無神経にそういうタカラードに気を悪くするヒッキーだが、ギィはヒッキーを起き上がらせるとトレーニング表と書かれた紙をヒッキーに
押し付けて、びっしりと書かれたその内容を突きつける。
「ほら! 腕立て無理なら腹筋背筋ランニング! 何でもござれだよ!!」
(あんな事言わなけりゃ良かった…)
心の底から後悔しているヒッキーを尻目に、傭兵団の隊長としてしごきを始めようとするギィ。
「まあ、もうすぐクライムに着く。筋トレはそれまでのいい退屈しのぎにでもなるぜ。」
突如として舞い降りた一筋の光に、ヒッキーは歓喜した様子でタカラードに質問する。
「え! それって後どれ位ですか?」
「2週間だ」
天国から地獄とはまさにこのことだ… 2週間って、ぜんぜん「すぐ」じゃないよ。
「ヒッキーがんばれ。 僕も影ながら応援するから。」
「ガサール。 おめえは人の心配より自分の心配してろよ、根性据えてな。」
「…」
少し低い声でギャシャールに警告するように言うと、そのままドカドカと船長室へ歩いていく
「じゃあ、若者! 船がつく頃にはムキムキになる位にがんばれ!」
後姿をみせてそういうと、扉の中へ消えていった
「オラオラ! 50mランニングスタートだ! 20秒切ったら腕立てをもうワンセット追加だよ!」
「うわーん!」
「この程度で泣くな! 腕動かなきゃ、足動かせ! 気合を入れろ! 玉落としたか!! オラァ!」
しごきに耐えかねたヒッキーは涙を流すが、その尻に蹴りを加えて無理矢理走らせるギィ。
そんな二人を置いておいて、ギャシャールは気に入らないセイフを残したタカラードを睨みつけ気を悪くする。
最終更新:2009年05月03日 10:43