パァン… 静かな部屋に反響して幾多もの銃声が鳴り響いたようだった。無情にも銃口から音速を超えて打ち出されたその銃弾はヒャクハチの額を貫通する。
頭の内容物は四散し、崩れるようにドサリと地面に仰向けに倒れこむ。 即死は明らかだ…
「…!」
先ほどまでウザイかった男が今では、頭から多量の血を流し地面に血溜りをつくって横たわっている。
何が起きたか最初はギャシャールでも理解できなかった。 しかし、その死体となった彼を見てすぐに状況を理解すると大切?な仲間?の命を奪った冷血なこの男に怒りを覚える。
「警告を無視したからだ。 そこのもう一人の男もこうなりたくなければ、ここで何をしていたか話せ。」
命だけは助けてやらん事も無い。 男は人の命を奪っておきながら、このことを小作業でも終わらしたかのように気にも留めていない。 コイツは間違いなく極悪人で決定だ!
地味に自分を男と
勘違いしていることもあわさり、カスムへの沸き立つような怒りが彼女の中から吹き出てくる。
「おそらくはそちらの資料を見ていたのだろう。 だがそれ以外にも何かをしていたはずだ。 それに個人でここに乗り込むはずも無い… 誰に依頼された? 何が目的だ?」
冷徹な男は今にも引き金を引いてしまいそうだ。 挙句、あっちは自分達が誰かに依頼されたと思っている。 依頼人を特定するまで痛めつけられそうである… ホントの事を言っても嘘だといわれそう。 どっちにしても楽には死ねない…
「さあ、5秒時間をやろう。 それまでに…」
絶対的な優位に立っているカスムは余裕の笑みを見せている。 余裕を見せるが隙を見せるわけでもないこの男をどうしたものか。こっちは隠し武器の投げナイフ数本しかない… 奇襲をしようにも隙を見せないこの男に確実に反撃をされる。
油断を誘わない限りは正面からの打ち合いでは、あの文明の利器には敵いもしないこの現実。
このままでは不味い。 男は悠然とカウントダウンを始める。 時間も無い…
絶体絶命のこの時にヒーローでも現れてくれれば… そうだ 主人公の
ヒッキーが居るじゃないか! 我らが主人公、地上最強の引き篭もりの
ヒッキー=ラクトロンが! いじけの申し子! 脆弱の徒! ネガティブのしもべ! 今ここで活躍しなければ誰が活躍してくれる!?
「お留守番… 出番が無い… ボクだって主人公なんだ。 大体、作者さんは何を考えてるんだ… 僕が様々な世界を見るってお話じゃないのか? ホントに何を考えてるんだ?」
ナタリアの家で絶好調お留守番中の彼。 まあ、現実はこんなもん。 おまけにいじけモード全快である。 作者のせいにするな。
「まあまあ、ヒッキー。 一緒にしりとりでもして待ってるニダよ。レモティニア=エーレ=アニス=フォーウィ=ストナージ=ミルエル=アジルシース=ウォトン=セラヴァレーテ=アミュラース=コンヴァティー「ル」。 はいヒッキー。「ル」ニダだよ」
「そのネタはもうギャシャールがしました… はぁ、ニーダさんの前向きさが欲しい…」
作者としては何の期待もしていないニーダは、しりとりみたいなミニゲームでヒッキーの気を紛らわそうとしている。 ヒッキーとしては気持ちはありがたいのだが、今はそんな気分ではない。 引き篭もり気持ちでいっぱいだ。
ニーダの打たれてもへこたれない強さを少しでも分けてくれればもっと人生を謳歌できるのに… 心の中で呟きながらしりとり如きで眼をキラキラさせているニーダを見る。
「ウリは辛い事があっても、大切な人のことを考えていればへっちゃらニダ。」
「大切な人… 言う間でもなくレモテナさんですよね…」
「ファビョニブ師匠とかもたまには思い出すニダ。ホントにたまに…」
聞いたことの無い名前を聞いてヒッキーは興味を示す。
カスムの館では、ギャシャールが絶体絶命の危機であるのにずいぶんとのほほんである。
「師匠? 何の師匠ですか?」
「そりゃあもちろん科学の師匠ニダ。 あの人のおかげでウリの科学に対する考えが変わったニダ。 そう、あれは22年前…」
ニーダは突然思い出話を始める。 おそらく長くなるのだろうが、気を紛らわすのには丁度言い、とヒッキーはその話を聞こうと向きをニーダに変える
コンコン
「ムキィィィィ! 人が気分良く思い出を語ろうとしてた時に!! 無粋にも程があるニダ! 誰ニダ!?」
せっかくのいい気分が台無しとばかりにノックがした入り口の扉に猛然と突進していく。
「ニーダさん落ち着いてください… お客さんがびっくりしますよ。 あの… どなたですか?」
鼻息を荒げたニーダをなだめ、先ほどノックのをした客が誰なのか質問をする。 しかし、返事が無い。
それどころか、ノックのから何の音沙汰も無い。 数秒の時間が経過しても何の行動も起こさないその扉の人物に業を煮やしたニーダはガチャリと扉を開け外の様子をみる。
「キィィィ!! 誰も居ないニダ! 悪戯ニダ! ウリは久々に怒ったニダ!!」
「怒りすぎですって、
ニダーさん。」
冷やかしなのか外には誰も居ない。 馬鹿みたいに… (実際馬鹿だが) 怒るニーダをなだめるも怒りが収まらない様子で外で
地団駄を踏んで怒りを発散させているニーダ。 これが悪戯なら大成功だろう。
ひとしきり暴れた後、怒りの収まらないニーダはドゴン! っと勢い良く扉を閉めるとガコンという音と共に、扉が外れてしまう。 非力なニーダで壊れてしまうこの扉、どうやら相当のオンボロなようだ。
「ゲゲゲ! なんて事ニダ、怒られるニダ!」
急いで直そうと外に向かって倒れた扉を持ち上げようとするニーダは、渾身の力を込めるが木製の扉は持ち上がらない。
「ウギギ! この扉は重いニダ! 手を貸してくれニダ、ヒッキー!」
早いとこ直しておかないと、ギィにしかられ、ナタリアに怒られ、ギャシャールに含み笑いを喰らってしまう。 焦るニーダはヒッキーに助けを求める。 しかし、ヒッキーからなんも返事も無い。
ヒッキーの性格なら「はは、僕に任せてくださいよ。」っと言った感じでウリを助けに来てくれるはずなのに… とうとうヒッキーに嫌われてしまったニダ!? と戦慄するニーダは外からでなく、中に入ってヒッキーに直々にお願いをしにいく。
「助けてくれないニカ!? ヒッキー! ヒッキー!!!」
いい年の男が少し涙声になりながら少年の名前を呼ぶも返事は相変わらず返ってこない。
「…ヒッキー? おーい!」
すぐに異変に気付いた。 返事どころか彼の気配までもなくなっている。 狭い部屋だ、隠れる場所なんて無いし、なにより隠れる必要も無い。
「居ない? 何処にも?」
先ほどまで頭に上っていた血がサーっと下がって行く事に気がつく。 なんにしても異常だ。 いくらなんでも先ほどまで居た人物が忽然と居なくなるなんて…
も、もしかして…
「ヒッキーが拉致されたニダー!!!!!!」
動揺した彼はそのままヒッキー捜索のため、当ても無く真っ暗な市街地に突撃した。
「3、2…」
(やばい、 まじやばい なにがやばいって、頭に風穴が開くくらいやばい 猛烈にやばい もうカウント2 じゃん )
とりあえず、テンパっている自分を落ち着かせるギャシャール。 反抗しなくてもおそらくは痛めつけられた上で、殺される事は間違いないし。
「分かった、分かりました」
「分かったは一回だ。 二回も言うな。 私はだらしないのが一番嫌いなんだ。」
細かいこたぁいいだよ。っと突っ込みたいが打ち抜かれそうなのでやめて置いて、一応は従順な態度を取っておく。
「ふん。 では話してもらおうか… 誰が なんのも目的で 何をするために ここに貴様をよこした…」
えらそうにしやがってからに… 抵抗できないと思ってるな、今に見てろ。 っと近くで絶命し横たわるヒャクハチをチラ見するギャシャール。
丁度、足を伸ばせば足りる部分に横たわるヒャクハチの掌がある。 ここにきて、ピコーンとひらめく
「…っていうかさあ。何時まで寝てんだこのアホ男!」
すばやくつま先で掌を踏みつけそう叫ぶギャシャール。
死体に何をしているんだ? っと狂人を気取り、自分を油断させるつもりなのか… 浅はかな… とカスムは内心で笑っているいるだろう
「痛いじゃないか!」
「なに!? 銃弾を頭に受けて…!」
つま先を踏まれ鋭い痛みが走ったのか、そう叫ぶヒャクハチ。
カスムの驚愕ももっともである。死んでたと思った人間が… って言うかどう考えても即死のはずなのに、起き上がりあまつさえ叫んでいる。
これには流石に冷静な男も面食らう。 っていうか、冷静だからこそ面食らうものがあるのだろう。 そこに隙が生まれる。
「チャンス到来!」
ギャシャールは驚き動揺するカスムの拳銃に向かって短刀を投げつけ、銃に、もののみごと命中する。
「何をする!」
その衝撃で拳銃は手元からはなれ、部屋の隅の飛んでゆくとカスムは急いでそれを拾い上げようとする。
「さっさと逃げるぞ!」
「頭が軽いんだ… なんでだろう?」
普通死んでるけど、原作からの特性?によってヒャクハチは銃弾に対して耐性があるのか以外にピンピンしている。
脱兎の如く部屋から逃げ、カスムが拳銃を拾い上げる頃には、2人の姿はもう部屋の何処に無かった
舌打ちをしてカスムは念のため銃のリロードをして小声で独り言を言う
「ちっ… まさか「こちら」を狙ってくるとはな。 あちら側に人員を割き過ぎたか…」
しかし、頭を打ち抜いたはずなのに生きているとはどういう原理だ… と撃ち抜いた男を貫いた時に出た血や内容物を見て半信半疑の気持ちになる。
「何はともあれ侵入者には変わりない。 生かしてここから出られると思うなよ…」
とはいえ、先ほどの男は殺す事が出来るのだろうか? と一抹の不安を覚えつつ、屋敷に居る用心棒に連絡を取るカスムであった。
ギャシャールが命からがら逃げ出している時、まだ戦闘中のギィは鉤爪の男に苦戦を強いられている。
「ウオアアア! コロす! コロス! こ、こ、こ…!」
鉤爪を振り回す男はやたらめったらに近くのものを切り刻んでいる。巨大な鉤爪をひねる様に体を動かして振り回して起こる風は暴風のようだ。
ギィは巻き込まれないように距離をとると、男はすかさず間合いをつめてくる。
「ちぃ!」
自分めがけて振り下ろされる爪を捌きながら、致命傷を受けないように確実に防御と回避を組み合わせるギィは攻めるチャンスを窺う。
しかし、普通の人間ならこれだけ動けば、小休止置くはずなのだが動きは止まず、全くお構い無しで爪を振り回し続ける。 これじゃあ、先にこっちが音を上げてしまう。
ギィは再び追撃を受けないように警戒しながら距離を開ける。
「…ふぅー ふぅー! お、おお、お前!」
男は距離を開けたギィを追おうとはせず、肩で息をしながら両腕を下におろして引きを振り回すのをやめる。
いきなりどうしたんだ? と警戒を緩めずに男が何を言おうとするのかギィは耳を傾ける
「よ、よわ、弱いな!」
「あぁ!? 誰が弱いって!?」
男はヒヒヒと笑いながら満足そうにしている。 それにカチンと来たギィは怒鳴り、男を睨みつける
「お、おれ! 一杯武器を振った! お前一度も振ってない! だから弱い!おれの勝ち!」
「…」
何を言ってるんだこの男は… ここへ来てカチンと来た自分が急に情けなくなる。 どうやらコイツの精神年齢はかなり低い事が分かった。
呆れているギィに男は再び突進していく。
「な!? 速い!」
男は油断しているギィに先ほどとは比べ物にならない位の突進を繰り出してくる。
対応に遅れたギィは剣では捌けないと思ったのか、側転して回避を試みる。
そのまま体勢を崩してしまい。 すばやく起き上がろうとするも、突進を繰り出していた男はすでにこちらの目の前に居るではないか。
倒れているギィに男は、右腕の鉤爪を渾身の力を込めて振り下ろす。
回避は無理だと判断して剣を盾にし、振り下ろされる爪を両腕で支える。 何とか受け止める後とが出来たが、つば競り合いになってしまう。
巨大な体躯に見合っての
パワーの持ち主なのか、その一撃は自分の両腕でも支えきれない。
(クソ! この馬鹿力ッッ!)
ギィは男に力負けしているのか、剣で支えている鉤爪の刃がじりじりとこちらに近づいてくる。
「い、いっぱい、運動できて。 楽しかった。 あり、あり、ありがとう。」
男はもう待てない、と言わんばかりに残った左腕を大きく振り上げギィに止めを刺そうとする。
こちらはもう片方で鉤爪で手一杯だ。 アレが振り下ろされてしまえば受けようが無い。
「後ろに注意しなきゃだめって言ってるでしょ!!」
振り下ろされそうになるそのとき、何処からともなく現れたのはヒャクハチを抱えたギャシャールであった。
無防備の男の後頭部に飛び膝蹴りを食らわせると衝撃で前のほうへすっ飛んでいく。
「お前ら…! 探し物は見付かったか?」
「こっちは何もなし。 おかげでカスムに見つかった。」
「だぁぁ! 一番見つけられたらマズイ奴に見つかってんじゃないよ!!」
「そういうそっちは?」
「あたいは見ての通り交戦中。 もう一人は地下室に降りて散策させてる。」
「悪いけど、もうこの屋敷から脱出を考えたほうが良い。 」
原因を作った自分が言うのも、はなはだしいが、さっさと後退する事を考えたほうがいいと、ヒャクハチを抱えるギャシャールはギィに急かす。
「カスムが党率議員でなおかつ、この町の領主的存在だ。 一声掛ければ、ここに街中の警護官が押し寄せてくる。 こっちはそんな圧倒的な物量に敵いっこないって。」
「はぁ… 情けないねぇ。 要するに救出は失敗ってことかい?」
「あとは、魚肉ペアが助け出してる事を祈るか。地下室に居ることを祈るしかない…」
「それはそうと、鉤爪男は何処行った?」
「ぼくが飛び膝蹴りを食らわして… あっちのほうに…」
指差した先には地下に進む階段が見える… っと言うことは… 男は地下室のほうへ吹き飛んで行った事になる。
「もしかしなくても、ギコイルの奴が危ない! ちくしょ、助けに行って来る!」
面倒事がまた増えた! 愚痴を飛ばしそうになるギィはその言葉を噛み潰して階段を駆け下りる
ギャシャールも自分のせいでギコイルが危ない目に遭っているんだ。 見過ごすわけにはいかないと一緒に地下室に下りてゆく
「全くあんたも、吹き飛ばす方向を考えろってんだ!!」
階段を下りながら文句をいうと、ギャシャールはむっとした表情でギィに噛み付く。
「そんな悠長なことを考えてる余裕なんてないし… ギィの頭が櫛の様にかち割られるの見たくないもん グロい。」
グロいと言えば、ギャシャールの脇に抱えているヒャクハチ… 頭がえらい事になりぐったりしている
「…っていうか、そのヒャクハチとかいう男! 大丈夫なのかい?」
ギィは動かないヒャクハチをみて心配になるが、ギャシャールはいつものことだから… と説明?する。
(そういえば …あの男。 お留守番とか言ってたけど。 見張りが少ないのと何か関係でもあるのかねぇ。)
先ほどの男が言っていた事を気にしているとあっという間に地下室へ向かう階段を下り終わる。
地下室には鉄格子のある部屋がいくつもある… いわゆる牢屋だろう。 一番、ララモールが居そうな場所だ。
そこには先ほど吹き飛ばした男が階段近くで気絶しており、ギコイルはその男の下敷きになってこれもまた気絶中である。
男の鉤爪が丁度、ギコイルの頭のすぐ横を掠めており、もう少し鉤爪が頭の方に寄っていたら、えらい事になっていた
ギィとギャシャールは下敷きになったギコイルを2人で引きずり出すと、ビンタを食らわして強引に覚醒を促がす。
「いててて… 一体何なんだ? どうして俺は… って、何だこの大男は!?」
「ギコイル! ララモールはここに居たか?」
「あれ? ギィさんここに降りてきたのか、どうして?」
「ララモールは居た?」
ついさっきまで気絶していたせいか、あまり頭が回っていない様子のギコイルにギャシャールも問いかける。
「ギャシャールも何でここに!? それにお前がそんな事を言うって事は、お前のところも駄目だったのか…」
ここに居ないはずのギャシャールがいて、眼が覚めたのかギコイルは驚いてそういう。
牢屋にもララモールが居ないという事は後は、ナタリア、メルディリーナのペアだけが頼りである
「何にせよ、カスムの奴があたいらの存在に気がついたらしい。 もうすぐ屋敷に沢山の警護の奴らが押し寄せてくるよ!」
「ナタたんが危ない!」
「メルたんが危ない!!」
あの状態でも話は聞こえていたのか、ギコイルのセイフとほぼ被るように言葉を発するヒャクハチ
少しふらふらしているがもう大丈夫だと彼は言う。 その言葉を聞いて抱えるのをやめるギャシャールは、ヒャクハチの頭の後ろにでかい絆創膏を張る
「さっさとここから脱出するよ!」
皆は階段へ移動し、地下室から上ろうとするとき、耳を押さえたくなるような大声が聞こえてくる。
「逃がさない、お前ら全員 ここでコロス!!」
気絶していた鉤爪の男が眼を覚ましてしまった。 怒り心頭といった感じで、手に装着した鉤爪で壁を思いっきり引っ掻くと、その壁には恐ろしいほど綺麗な鉤爪の刃の後が付く。
「ヒャクハチ! ギコイル! 先に行きな!!」
「おいおい! あんたはどうするんだ!?」
「ここでコイツをぶっ倒さないと地の果てまで追いかけてきそうだからね… もう一度ここでおねんねしてもらうのさ。」
ギィは腰の帯剣を抜き、臨戦態勢に入る
「だけどよぉ!!」
「大丈夫だよ2人とも、僕も残って戦うし。 早く上で魚肉ペアと合流してあげて。 もしかしたら彼女達が君達の助けを求めてるかもよ?」
階段の前で躊躇する2人を諭し、ギャシャールもギィの横に立ち、背を低くして構える。
「お、おいおい! 無謀だって!!」
「…いや、ここはギャシャールとギィの言うとおりにしよう。」
階段を上るのを躊躇しているギコイルの肩に手を置いてヒャクハチは
ゆっくりとそういう。
その言葉をきいて睨みつけるギコイルは彼の胸倉をつかむと怒鳴りつける。
「お前、見捨てるつもりか!?」
「薄情な奴だと思ってくれていい。 俺はここに居ても邪魔なだけだし、言われたとおり魚肉と合流する」
しれっとした態度でさっさと階段を上がってヒャクハチはすぐに見えなくなる
「ちっ! あの軟弱者! …おい、死ぬなよ、ギャシャール! 絶対だぞ!?死んだら、ナタたん一同が壮絶に悲しむからな! ギィさんもやばいと思ったらすぐ逃げてきてくれよな!」
舌打ちをして無情なあの男に文句を言うと、この場に残る2人に早口でまくし立て、ギコイルはナタリアに合流するため階段を駆け上がっていく。
「行っちまったか…? それにしても、イイ友達が居るねぇ。」
「馬鹿でおっちょこちょいだけど、付き合いだけは長いからね。 さてと…」
「わざわざ待ってくれてありがとよ。 どういう風の吹き回しだい?」
てっきり怒りに打ち震えた男は大暴れするかと思っていたのだが、おとなしくしている
ギィは突っ込むだけの馬鹿じゃないんだねぇ、と挑発するように男に話しかけると、叫んでいた先ほどの口調とは打って変わった様子で流暢だが語りだす。
「「魚肉ペア」というのは2人以上で構成されてるグループと推測。 ご、ご、合流するつもりなら、あの2人を泳がせておけば別の奴探す手間、省ける。 それから、こ、こ、コロス。 問題ない」
一応は頭を使っているようである。 要するに自分達2人を倒して、先ほどのギコイルたちをばれないように尾行すれば、ナタリアやメルディリーナごと粛清でき、一網打尽に出来るということらしい。
「鉤爪マン… 僕の聞き間違いかな? さっきからずっと、「殺す」っていってた?」
男の話を聞き終わると、ギャシャールは男を睨みつけ、付き合いの長いあの2人ですらあまり聞いた事の無いほどの低い声で質問をする。
「い、言ったがどうした!?」
「あんまり物騒な事言わない方がいいよ?」
「ああ、あんたがそうなりたくなければな!」
ギィはギャシャールの言おうとした言葉を代弁するように男に叩きつけ、帯剣を携え男に突撃して行った。
「おまえがあんな冷たい事を言うとは思わなかったぜヒャクハチ。」
「…ギャシャールの奴、俺達と離れ離れになってから何があったんだろうなぁ。」
遠い眼をして(ただ単に眼の焦点が合ってないだけかもしれないが)ヒャクハチは呟く。
「何言ってんだ?」
「あいつ、俺を抱えたまま軽々と
ジャンプしたり、階段の上り下りしてたんだ?普通の人間がそんなことできると思うか? 俺は結構重いほうだと思うけど…」
ギィーラのような訓練を受けているのならまだしも、普通の女性がそれを出来るはずが到底無い。
という事は、彼女が男一人を軽々抱えれるほどの訓練を受けたという事になる。
「たしかに以前よりも雰囲気変わったな… 何かあったんだろうか?」
「つーか、抱えられてる時に気付いたけど、治りかけの小さな傷も沢山あった… 」
抱えられていた時に気がついたが、わき腹辺りに包帯まで巻かれていた。
「あいつ、もう俺達が知ってるギャシャールじゃないのかな?」
「まあ、何があったかは、あいつから話してくれるだろ。 気長に待とう。 あいつは友達だろ?」
「言うまでもねぇ。」
当たり前のことを言うヒャクハチにギコイルはふん! っと鼻を鳴らす。
今は、彼女が言ったように早くナタリアたちを見つけないといけない… ララモールを救い出してとっくに屋敷から居なくなってると幸いなのだが、彼女達も屋敷が騒がしくなったのを気がついたはず、出るに出れなくなっている可能性も考えられる。
「「王子様が今あなたを助けに行きます!!」」
爆走しながら綺麗にハモり、愛の戦士は彼女達が向かっているだろう玄関前の部屋へと旅立った。
「まさかここにも鼠が居るとな」
先ほどのギャシャールとヒャクハチを脅していた拳銃を取り出し、カスムは苛立った様子でナタリアとメルディリーナに突きつけている。
一階に向かったカスムは、廊下で屋敷の数少ない見回りを捕まえて、町の警護員を呼ぶように伝言を頼もうとしていた
運の悪い事にナタリアとメルディリーナは、その場面に出くわしてしまったのだ
「じきに大量の警護員と、この町に待機している私の用心棒がこの屋敷に集結する。 貴様らはそれまでここでおとなしくしてもらおうか。」
拳銃を突きつけられて手を上げてさせられているナタリアは、カスムをキッと睨みつけ大声で怒鳴る。
「カスム!! ララモールを何処にやった!!」
(落ち着きなさい…! 感情的になってもしょうがないわナタリア!)
小声で静止するメルディリーナを振り切って彼女はカスムへ憤りをぶちまける。
その必死の態度をあざ笑い、カスムはララモールを気に掛けるナタリアに向かって、邪悪な笑みの後に言葉を発する。
「何だ貴様? …ふっ とんだ間抜けだな。 わざわざこの屋敷にあの馬鹿を助けにきたのか? それはそれは… お気の毒に…」
「ララモールに何をしたんだ!!」
「殺して捨てた。」
二人を見下しながらカスムは静かに2人にそう告げる
「…いま、なんて!?」
「…!」
その男の発した言葉を信じきれない二人は、目を見開き愕然としている。
それを尻目に拳銃を突きつけ動けないのを良い事に、愉快そうにカスムは言葉を続けて彼女たちに聞きたくも無い話を続ける。
「やつめ… こちらが下手に出ればつけ上がりおって… だから、目にもの見せてやったのだよ。 この私がな。 今頃あの世で後悔…」
「お前! 許さないからな!!」
あまりにも冷徹で、それでいて何の罪の意識も感じていないカスムにナタリアはたまらなくなり、自分の状況も忘れて掴みかかろうとする。
「ナタリア!!」
メルディリーナが叫んだ時にすでにその場から、飛び出してナタリアはカスムへ向かっていた。
けたたましい事だ、とカスムは向かってくる彼女を軽く足でけり返すと、ナタリアはバランスを崩してその場で尻餅をつく。
「お前もなんなら、彼に会ってくるといい」
お尻をさすり痛そうにする彼女に銃口を向け、淡々とした様子で語り始める
「あの世でな…」
回避できないナタリアへ銃弾を浴びせた。
その頃、地下室ではギャシャールとギィが大男の相手をしている、
「さっきはよくもやってくれたな、倍返しだよ!」
「お前非力。 お前弱い!」
ギィの振り下ろした剣撃を鉤爪で軽く捌き、それを跳ね除けると攻撃してきたギィを串刺しにしようと右手を突き出す。
「確かに、あんたは力は強いさ…」
武器を弾かれてしまったギィは体勢を崩すが、放たれた攻撃を体をひねらせて回避して蹴りを喰らわせる。
「でも、速さなら断然こっちが上なんだよ!!」
「き、効かない。 やっぱりお前弱い!」
みぞおち辺りに思いっきり蹴りを食らわせたつもりだが、大して効いていない様子だ。 しかし、それでも間髪いれずに蹴りを繰り出す。
鉤爪を装備しているので小回りが利きにくいと考え、接近して肉迫しようとするギィだが、敵もその戦法には慣れているのか蹴りで軽く追い払われてしまう。
「余所見ばっかし、駄目だよ鉤爪マン」
蹴りで足を上げた男の軸足にギャシャールはそういって回し蹴りを食らわした。 これにはさすがに体勢を崩してしまったのか、巨体を仰向けに倒してしまいその勢いで頭を壁で強打する。
そのままギャシャールはジャンプして両膝で男の腹部に思いっきり蹴ると、グオッ! っと苦しそうなうめき声を上げ、男は腹に乗かっているギャシャールを爪で追い払うとすばやく立ち上がる。
「お前遅い。 お前弱い。」
舌を出してギャシャールは先ほど男が言った言葉をそのままに返すと、歯軋りをして男が突撃してくる。
「…く、く、串刺し!」
(速!)
すばやいスピードで突っ込んでくる男をぎりぎりのところで回避するギャシャールは一旦距離を置く。 彼女を追う様に男は彼女に向かって再度突撃を繰り出す。
「同じ事ばっかししてたら、簡単に見切られるよ?」
愚直にも何も考えずに突っ込んでくるその男に、呆れたように肩をすぼめるギャシャールは回避しようとせずそれを受けようとする。
「そ、その よ、よ、余裕! むかつく!!」
明らかに力は自分のほうが上なのに、そんな態度を見せる彼女により一層の殺意を抱く。
爪が彼女の頭に狙いを定め、それを突き出そうとするも、いきなり飛んできた「何かが」こめかみに当たり、その衝撃で男はぶっ飛んでいく。
「ほら、いわんこっちゃ無い… ねぇ、ギィ?」
「ああ、ただ直線的に動くんだったら、簡単に捕らえられるよ。 少なくとも、あたいならね。」
そういって手に持っているのは流星手戟だ。 ギィは男がぶっ飛んでいったのを満足そうに見ている。
だが、吹き飛んだ男はすばやく立ち上がってみせる。 どこまでタフなんだ… 2人は男の強靭さにうんざりする
「お? ごお…」
しかし、さすがに先ほどの一撃が効いたのか、立ち上がったあとにふらついてすぐに膝を突いてしまう。
「こうか は ばつぐん だ!」
「馬鹿な事言ってないで、コイツに完全におねんねして貰うよ!」
跪いた男に向かって二人は走り出す。
「お、怒られる…! 負けたら、怒られるぅぅぅ!!」
向かってくる二人に対して、男は鉤爪を薙いで攻撃をするも2人はそれを簡単に見切り、ギャシャールは右にギィは左に避けると、男を左右から挟む
足に来ているのか男はそこから一歩も動けない。 体の向きを変えることが出来ない男は、両方から攻めてくる二人に両手の鉤爪を左右に突き出して攻撃する。
それを2人を一斉にジャンプでかわして、大きく体を捻らせながら渾身の蹴りを叩き込む
「オラァァァァ!」
「寝ろ」
鈍い音を響かせ男の頭にその攻撃がクリーンヒットする。
両脇からの強い衝撃は男の意識を絶つのには十分過ぎるほどである。 そのまま、崩れるように前のめりに倒れた男はピクリとも動かなくなる。
「これが
ルアルネ傭兵団の力だ!! ざまぁwww」
「テンション上がりすぎだし… 馬鹿な事言ってないで、さっさと行こう。 皆が心配だ。」
魚肉ペアが無事かどうか速くこの目で確かめたいギャシャールは、そういいながら さっさと上る階段へ向かう。ギィも勝利の余韻に浸ってる場合じゃなかったね、と後を追う。
そんな2人が階段を昇っている最中に、地下室から絶叫が聞こえてくる。
「うそ?」
「勘弁しておくれよ… どういう体の構造してんだっての!!」
地下室からの絶叫は鉤爪の男に間違いない。 丸一日は起きないはずだろうと思っていたが… この強靭さには正直、ヒャクハチ並の物を感じる。
「息の根を止めておけばよかったな…」
「物騒な事いってんじゃないよ! こうなったら…」
「こうなったら?」
「さっさとララモールを連れて脱出をするよ!!」
「いや、言うまでも無いでしょ…」
アレだけボコりゃあ、階段を上ってくるのもあいつにとっては大変なはず… 時間は稼げるはずだし、その間にこの館か脱出しようと提案するギィに、ギャシャールは悪態をつきながらも静かに頷く
最終更新:2009年05月03日 11:01