第13話
目を覚ましたその瞬間。まさに瞬間。刹那。何かを考える時間もなく。眠りの余韻に浸る時間もなく。
「こんのロクデナシがぁ!」
ミラクルは葉奏に殴り飛ばされた。何がなんだか分からない。分かるのは…殴られた事と、痛いということぐらい。
何がどうなっているのか。アルバートはどうなったのか。そもそもどうして殴られたのか。ついでに言うと羽根の生えた女の子が居る。居るが、居ないことにしておこう。
「姫、いきなり何するのさー。そんなにうちが嫌いなのね!」
殴られた頬をなでなで…していたら。
「黙れロクデナシ」
逆の頬も殴られた。右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せ、という昔の偉い人の言葉を思い出した。
「てめぇ俺の娘とえっちぃ事しやがっただろ? この俺ですら娘とはハグハグしたりちゅぅしたり一緒にお風呂入ったぐらいしかしてねぇのによぉ」
「それだけしてりゃ十分…てか、姫? 姫だよね?」
ここでやっと、違和感に気付く。目の前に居るのは紛れもなく葉奏。見間違えるはずもなく葉奏。当然声も葉奏の声。しかし何かが違っていた。喋り方。威圧感。不機嫌そうな顔。そして何より…娘、とは誰のことだろうか。
「姫ってのは俺の娘のことだな。なら残念。俺は俺の娘とは違う。当然二重人格とかでもねぇ。当ててみろよ、ロクデナシ」
葉奏ではない葉奏が、ニヤリと笑う。それはとてつもなく、性悪な笑み。
さて推理の時間です。
この際アルバートがどうなったとかは、もうどうでも良い。大切なのは、葉奏の正体。
考えられる可能性としては、二重人格。しかし本人が否定している。ならば、葉奏にそっくりな別人である可能性。別人であるなら、『娘』という言葉から推測するに、父親。しかしどこからどう見ても女の体。ならば母親か。
そこで疑問がまた生じる。仮に母親だとして、これほどまでにそっくりなものか、と。ありえない。そもそも本物の葉奏はどこへ消えたと言うのか。
「ヒントが少なすぎるね。さすがのうちでも無理」
「リュカ…『策士』ミラクルでもさすがに無理だじょ。そっちの子は混沌の魔手を見てたから推測できたんだじょ」
さっき居ないことにした羽根の生えた女の子。この子が誰なのかはこの際置いておこう。それよりも、聞き逃せない単語が三つ。
リュカ…誰でも知っている。知らない者など居ない。血啜りの龍リュカ。魔王リュカ。この世の災厄リュカ。
策士ミラクル…覇王の階位を作る前のミラクルの通り名。久しぶりに呼ばれた気がする。しかしなぜ、会ったこともないはずの謎の女の子がその通り名を知っているのか。
混沌の魔手…血啜りの龍が最愛の娘のために作った最悪の破壊兵器。伝説にしか存在しないはずの武器。
全てのピースは揃った。後はパズルを組み立てるだけだ。策士の通り名にかけて。
「つまりこういうことだね? 血啜りの龍リュカの娘の名前はハカナ。確かそうだったはずだよね。そして姫、つまり葉奏の本当の名はハカナ。だとしたら今、うちの目の前にいる姫は、葉奏でもハカナでもなく、その父親のリュカ。三千年前に討伐、封印されたはずのリュカがなぜここに居るか、娘の体の中に封印された、そういうことだね?」
「まぁ、だいたい正解だな」
問題は、葉奏がなぜあれほどに弱いのか。なぜ何も言わなかったのか。
「三千年前、ハカナも一緒に討伐されたことになってる。つまり、ハカナも封印されている、そういうことかな?」
例えばその恐るべき魔力や、記憶とか。
「やるじゃねぇかロクデナシ」
葉奏…リュカがくくくっと笑う。
「ついでに言うなら、本当に君がリュカなら、そっちの女の子も龍だね。姿かたちからの推測だと、確か…くー…くぅ…くるくるぴんぽいんとくるっぽー?」
「リュカ、こいつ殺しても良いじょ」
「くくくっ、お前の名前は覚えにくいからな、くぴぽ」
「くぴぽって誰だじょ。くぴぴはくぴぴだじょ」
だんだんわけが分からなくなってきた。
「まぁ、この際その子の名前は置いておこう。ともかく、その子は癒しを司る龍だったはず。なら、話は簡単。うちはアルバートに殺されて、リュカがアルバートを倒して、その子がうちを蘇生させた。どうかな?」
「アルバートなんて俺はシラネェ。俺の娘がやったんだろ」
「今、蘇生させたことをとてつもなく後悔してるじょ」
あのアルバートに、葉奏如きの魔力で勝てるとは思えない。しかし、混沌の魔手なら、あるいは可能か。
「くぴぴ。今の『役目』は何だ?」
唐突に、リュカが問う。
「ん? 今は『血啜りの龍がほんの僅かでも関わった死者を原型が残っている限り蘇生させる』だじょ。ちなみにあんたが直接殺してなくても良いじょ。あんたが、あるいは魔手が近くにあっただけで関わったことになるじょ」
「ならば後悔などするな。役目は役目だ」
「分かってるじょ。言ってみただけだじょ。くぴぴも好きでやってるじょ。でもくぴぴは復讐を忘れない龍だじょ」
そこで、居ない事にした女の子、癒しを司る龍が、笑った。意地の悪い、究極なまでに意地の悪い、冷たく、見下したような、そんな、微笑み。
「攻守逆転、アンチテーゼだじょ。リュカ、あんたの『頭脳明晰』ぶりを見せてやるじょ」
「おいおい、俺かよ」
「さぁ、問題だじょ。この策士さんは、『龍殺し』だじょ。さぁ、ここから導き出される答えは何だじょ?」
相変わらず、笑っていた。冷たく。意地悪く。まるで、そう、まるで、全てを、知っているかの様に。
「くくくっ。龍殺しだぁ? 人間が龍に勝つ、倒すなんてのは不可能だ。例えばロクデナシ、お前が十人居たところで、ファフニールにすら勝てやしないさ。人間が下等だとか、そういう事じゃねぇ。これは自然の理だ。だから不可能だ。あぁ、そうか。そういうことか」
リュカも、笑う。
「不可能を可能にしたからこそ、俺に推理しろってことか。どんなカラクリがあったのか、暴け、ってことだな。そしてそれを暴くことが、くぴぴのささやかな仕返しになるわけだな。名前を間違われたくらいで大人気ねぇな。推理は、してやるがな」
「正解だじょ」
ミラクルは、動揺した。まさか本当に、本当に、暴けるのか。『龍殺し』…ただその一言だけで、全てを、暴けると言うのか。ありえない。ありえては、いけない。
ミラクルは二つ、龍殺しの際に隠蔽した。二つとも、暴くのか。それは、まずい。あまりにも、痛すぎる仕返し。
to be continued