第16話
とりあえず、ディスレイファンは矢を放った。本気ではない。シィルの実力を見極めるための様子見、といったところか。これがかわせないようでは、たかが知れている。あっさりあの世へ送ってやった方が良いというもの。
シィルは騎士剣を抜き、その矢を叩き落とした。相手にとって不足なし。シィルはそれなりの実力者のようだ。
「いきなり何するですか! これから正義の決め台詞なんですよ! 最後まで聞いてください!」
怒られた。聞いてやった方が良いのだろうか。「聞いてやるから言えよ」ディスレイファンは、人が良い。
「それでわ、この世に悪がある限り! 騎士見習いにして正義の使者、シィル&プラ…」
「こんにちわお二人さん。といっても二人共すぐに死ぬんですけどね。こんにちわ、そしてさようなら、とでも言えば良いでしょうか」
シィルの決め台詞に乱入してきたのは、金髪の女。僧侶の格好をしている。美人だったので、ディスレイファンは一瞬ドキドキしてしまった。リオが居なくて良かったと心の中で呟く。もしリオが居たら巨大なハンマーでしばかれるところだ。
しかしなぜ、僧侶がこんな所にいるのか。普通僧侶とは教会などに居る者ではないのか。二人共すぐに死ぬ、という意味もいまいち理解できなかった。
「むむむぅです。邪魔しないでほしぃですぅ。私の台詞を邪魔するなんて、あなた悪人ですね! そうなんですね! 悪の秘密組織ショックの一員ですね!」
薔薇一文字団はどこへ消えた。
「残念ですが私はショックなど知りません。しかし悪の秘密組織に所属しているというのは正解ですね。私の所属は闇商会ブラックナイツですけれど」
闇商会ブラックナイツ…その名には聞き覚えがある。聞きたくも無い、屈辱の名だ。ディスレイファンの所属ギルド月河は、以前国王直々に闇商会の討伐依頼を受けたことがある。
結果は、惨敗。闇商会を見つけることすらできなかった。情報収集係のケンゴのせい、というわけではない。あれは例えば『道化』ゼロエッジであっても、見つけられないのではないだろうか。
情報収集および解析能力の低さ。月河の弱点が明るみに出た依頼だった。故に、思い出したくもない名だ。闇商会ブラックナイツという名は。
しかしここで問題が生じる。
即ち。
「闇商会の人間が自分を闇商会だと言うはずがない」
偽者か。語っているだけか。頭がおかしいのか。
「そうですね。基本的にはそうです。しかししかし、あなた達はすぐに死にます。何も問題などありません。そう何一つとして問題などありません。滞ることなくあなた達は死にますから」
「俺が誰か分かってて、すぐに死ぬ、とか言ってんのか?」
「はい。もちろん理解していますよ。覇王の階位『流星矢』にして大手ギルド月河のマスターにして雷鳴の龍使い。今日は雷鳴の龍はご一緒ではないのですね。居たところで、何も変わりはしませんけれど」
それは、雷鳴の龍の存在は、一部のギルドメンバーと龍殺しのメンバー以外は知らないはず。雷鳴の龍リオは、表向きにはディスレイファンの妹ということになっている。
調査された、という事だろう。まったく気付かなかった。いつ、どのようにして、誰が、調査したのか。極めて高い情報収集、解析能力。太刀打ちできないはずだ。
「うぅ、さっきから話に置いて行かれてるですよ。私が主役のはずなのにぃ…」
何の主役だ。と突っ込みたいところだが、ディスレイファンは無視することにした。
「あぁうぅ、無視されてるですよ…。こうなったら実力行使ですぅ! とぉ!」
シィルがプラインから飛び降り、騎士剣を構える。狙いは…金髪の女僧侶。
「名前を、聞いておこうか」
シィルのことは無視して、金髪の女僧侶に問う。
「ソラです」
金髪の女僧侶…ソラが短く答えた。と同時に、シィルが踏み込む。
「とぁぁぁあああ!」
速い。速さだけなら、シィルはアグス王国でもトップクラス。はっきり言って、ディスレイファンでは避けきれないかもしれない。そんな速度。
横一文字に、ソラを薙ぐ。しかしその攻撃は、ソラにかすりすらしなかった。最小の動きで、避けた。後ろに一歩下がっただけだ。完全に見切っているからこその回避。とても、真似はできない。
とんでもない相手を、敵に回してしまったのかもしれない。そもそもどうしてソラがここに居て、ディスレイファンを殺そうとするのか謎ではあるが。
「むむむむっむむむぅぅぅですよぉ」
シィルの方も、回避されるとは思っていなかったらしい。複雑な表情をしている。いまいち感情を読み取れないが。
「それでは今度は、私の方から」
ソラが…消えた。いや違う。消えたと思う程の高速で動いたのだ。人間の限界を遥かに超えた速度。
「え?」
シィルは、反応できていない。できるはずがない。
シィルの手から、騎士剣が消える。
「どうでしょう。私の方が速いでしょう」
シィルの騎士剣を二、三回振りながら、ソラが微笑む。
「か、返してくださいです! それは私の剣ですよ!」
「そうですね。私は剣を使うのは得意ではないのです。お返しします」
また、ソラが消える。その超高速の動きは、『朱の魔道師』エースにしか使えない空間転移魔法、トラヴェラーズ・ゲートを彷彿とさせる。
ソラがシィルの背後に姿を現す。ほんの、刹那秒で。そのまま、シィルの騎士剣でシィルの背中を貫く。
「あ…れ…」
血を吐き、自分の腹から突き出した自分の剣を見つめ、なにがなんだか分からない…そんな、表情で、倒れ、呻き、もがき、それから、絶命した。滞ることなく、絶命した。
「あなたの葬式はいずれ私があげてあげましょう。故人は生前、正義の為に剣を取り、悪を討つ心の優しい方でした。しかしある時、卑怯な悪人の策に落ち、その命を落としました。実に惜しい人物を亡くしたと、心からそう思います。だいたいこんな感じで始めようと思うのですが、どうでしょう?」
「…ふざけるな…」
しかし、これは、絶体絶命。ソラの実力は、明らかに、ディスレイファンより上だ。桁が違うとか、段が違うとか、そんな問題じゃない。次元が違いすぎる。
これじゃあ、これじゃあまるで、まるで、龍だ。龍並みの強さ、だ。ソラが龍であるはずはない。正真正銘の、人間。ただしその限界を遥かに超えた、人間。それを人間と、呼べるのか?
「リオ…俺は…帰れないかもしれん…」
ここには居ない、妹の名を、龍の名を、紡ぐ。
「リオ…」
もう一度、紡ぐ。
もう二度と、その名を紡ぐことも、できなくなるかもしれないから。
to be continued