第19話
「シャナン、質問が後二つに増えたんだけど、答えてくれるかな?」
「ふん。言ってみろ」
意外にあっさり、シャナンは了承した。
「一つ、どうしてアレの存在を知っているのか。二つ、どうやってアレを利用するのか」
「最初の質問の答えだ。梨紅はいい女だな」
どこか遠くを見つめ、思い出すように、呟く。
「…梨紅ちゃんと寝たのか? うちですら手を出してないのに」
「いーや、違う。話をしただけだ。ふん。腹の中にアレが居るんだぞ。抱けるものか」
そうだ。抱けるはずがない。すでに梨紅が人間なのかどうかすら定かではない。その梨紅を嫁にもらった変わり者も居たが。
「梨紅は泣いてたぜ。どうして私だけが、ってな。兄貴と違って人間味に溢れるいい女だ。人間味に溢れるからこそ、ペラペラ喋ったんだろうがな」
だとしたら、梨紅には監視が必要だ。これ以上ペラペラペラペラ喋られては、秘密も糞もない。
監視などという退屈極まりない任務を嬉々として遂行する変人…そんな奴は独りしか居ない。『道化』ゼロエッジ。決まりだ。
「さて二つ目の答えだ。賢者の石は何でも知っている。その賢者の石を手に入れる。そうすればアレを利用する方法も分かるだろう」
賢者の石。初めて聞く名だ。何でも知っている石。そんな石が存在するのか。するのなら、手に入れたい。いかなる手段を用いてでも。この星で最も綺麗な国を作るために。そしてそれから…シャナンと同じく世界を手にするために。
「もし仮に利用できないなら、叩き潰すだけだ」
「…叩き潰すって? アレを? 冗談にしては笑えないね。シャナンはアレを見ていないからそんなことが言えるんだよ。無理だね」
「兄貴、俺はな、最高にして最愛の駒を手に入れた。あぁ、知っているだろ。ソラだ。覇王、ソラだ」
心臓を、握りつぶされた様な、今日最大の、衝撃。葉奏がハカナだったりリュカだったり、そんなのは、些細なこと思えるほどの、衝撃。
「…ハッタリが上手くなったじゃないかシャナン」
そうだ。そうだ。覇王など居るはずがない。あれはただの噂だ。居て良いはずがない。そんな者、いるものか。存在それ自体が罪悪で最悪な覇王など、居るものか。
「ハッタリ? 俺は兄貴とは違う。下らない嘘など言わん」
願わくば、嘘であるように。
「…どっちにしても今は居ない…決着つけようか、シャナン」
「ふん。突然、焦り出したな。まぁ良いだろう。決着をつけよう。くそったれの兄貴。ここからコロシアムは少し遠い。そうだな。ソラの教会がある丘にしよう。そこを兄貴の墓場としよう」
教会は、もう無い。ミラクルが跡も形も分からない程に木っ端微塵に粉砕した。
あの災厄に出会ったあの場所へ。
葉奏はすでに、目を覚ましていた。目を覚ましてはいたが、「おはよう」なんて言って起き上がることはできなかった。
ミラクルとシャナンが部屋を出て、それでもまだ起き上がらなかった。
覇王ソラ。そんな言葉を聞いてしまったから。あの伝言係が、覇王。そんなこと、そんなこと、そんなこと、許せるわけない。
毎日毎日毎日毎日、笑顔で、純粋な笑顔で、辛いことなんて知らない。苦しいことなんて知らない。そんな笑顔で。そんな笑顔でいつも居たから、ソラが嫌いだった。
葉奏は笑わない。笑えない。あんな顔で笑えない。どいつもこいつもどいつもこいつも誰も彼もを憎んで憎んで、純粋な笑顔なんて忘れた。
誰も彼もが血啜りの血族だと罵った。攻撃された。いつもいつもいつもいつも。だから強くありたいと思った。強くなんてないのに。だからせめて強気で居ようと心に決めた。本当は、そんな自分に疲れ果てていて。とっくに疲れ果てていて。
あんな純粋な笑顔で、すべてを超越した覇王なんて許せない。許さない。大嫌い大嫌い大嫌い。
でも本当は、本当は、本当は、ソラみたいに、笑いたいんだ。
やっと認めた。
「ねぇ尚君、あたしでも冒険者ギルドって作れるのかなぁ」
例えば、種族なんて気にしないような。いつも笑っていられるような、そんな…夢みたいな、ギルドを。
「国王の許可さえあれば、可能だと思いますが。作るのですか?」
それはたぶん、茨の道だろう。血啜りのくせに、きっと罵倒されるのだろう。それでもそれでも、誰も受け入れてくれないなら、自分で、作れば…あるいは。
「うーん。作ろうかな、って。あたしと、尚君、それからシィル君でしょ。あと、東の国に一人だけ、たったの一人だけ友達が居るの。笑顔がすごく不気味なんだけどさ。最後に会ったのは七年前だったかな」
「そうですか。私は、あなたが何をしようと、どうなろうと、最後まで、誠心誠意、仕えるだけです」
「ありがとう、尚君」
起き上がり、そっと尚徳に抱きつく。
「…姫…」
「ごめん。今だけ。今だけだから。今そんな気分なの。お願い。このままにして」
それから静かに、ゆるやかに、時が流れる。
「それじゃあ、闇商会ぶっ潰してミラさんから大量の軍資金ゲットしましょうか」
笑ってみた。上手く、笑えただろうか。ソラみたいに。笑えただろうか。純粋に、笑えただろうか。背徳も謀も何もない、心の底から、笑えただろうか。
「仰せの通りに」
あの場所へ。
混沌の魔手を使用したあの場所へ。
もう一度使うことになるかもしれないあの場所へ。
シャナンを殺すために。闇商会を潰すために。
それから。
ソラを殺すために。
覇王を殺すために。
to be continued