第2話
「じゃあさ、うちのお嫁さんになってよ」
「…無理よ。新婚旅行の最中に闇商会に二人とも消されるわ」
たとえミラクルと葉奏でも、ブラックナイツの暗殺者を全て相手にしてただで済むわけがない。それに、正々堂々と向かってくるとは限らない。葉奏はあまり好きではないが、毒殺という方法はブラックナイツの常套手段だ。
ミラクルを毒殺していれば、こんなに悩む必要もなかったのだろう。いつものように金を受け取って、いつものように次の仕事をこなすだけ。しかし葉奏はそんなつまらない殺し方をしたくはなかった。
「ブラックナイツを潰してしまえば、問題ないんだね?」
「正規軍じゃ無理ね。それとも冒険者に依頼するのかしら?」
無駄に豪華なベッドの上。葉奏はそのベッドが心地よいと思う自分にいらついた。顔には出さない。
「ぶっぶ〜。うちと葉奏ちゃんで潰すんだよ♪」
「は? 何であたしが…」
最後まで言えなかった。ミラクルが葉奏に馬乗りになり、同時に両手を掴んで押さえつけたから。
「…どういうつもり?」
声に殺意を込めて。
「新婚旅行の邪魔するような奴等は、早めに消さないとね♪」
見当違いの答え。
「そんなこと聞いてないわ」
ミラクルを押しのけようとして…失敗。筋力も弱くはないらしい。
「葉奏ちゃんはお姫様でうちは王子様(はぁと」
極上の笑顔。
「あんた王様でしょ!」
つい突っ込んでしまった。葉奏は完全にミラクルのペースにのまれていた。
「つれないなぁ、ひ・め♪」
「姫って呼ぶなぁ! てゆーかどけ!」
クールな暗殺者。そのイメージは音をたてて崩れ去った。
「何言ってんの〜お楽しみは、こ・れ・か・ら♪」
葉奏は必死に抵抗したが、無駄な苦労に終わった。まさか初めての相手が、こんな変人だなんて考えたこともなかった。しかも殺しのターゲット。さらに龍殺しで国王。
そこは何の変哲も無い酒場だった。冒険者達が1日の疲れを癒し、明日の活力を補充する場所。時には騒ぎ、時には情報交換し、またある時は喧嘩もする。そんな普通の酒場。
そしてここはその酒場の奥。関係者以外立ち入り禁止の文字が書かれた部屋。夜中に明かりもつけずに、その人物は椅子に座っていた。たいして広い部屋でもなく、豪華な装飾品が置いてあるわけでもない。ここが闇商会ブラックナイツ本部だとは、冗談でも思わない。
「尚徳、報告を」
誰も居ないはずの部屋で、その人物は呟いた。その声だけでは、男か女か判断することはできない。
「彼女は裏切りました」
声だけで姿は見えない。無機質な、感情の欠片も見当たらない声。しかしこっちの声は、あきらかに男だと分かった。
「ならば殺せ。国王も一緒にだ」
「裏切りの理由は聞かないのですか?」
「興味無い。裏切り者はそれ以上でもそれ以下でもない」
「…しかし、なぜ国王暗殺を彼女に任せたのです? 私なら、確実に…」
尚徳の言葉を遮り、上司であろう人物はくくっと笑った。
「出る杭は打たれる。彼女は出世が早すぎた」
「内部に敵が多いというわけですか…」
「そうだ。彼女を消して欲しいという依頼があった」
しばしの沈黙。破ったのは尚徳。
「あなたを殺してほしいという依頼があったら、どうするんです?」
「殺せるならば、殺してみればいい」
上司であろう人物は、微かに笑いながら
「お喋りは終わりだ。行け」
冷たい声で命令した。
「はっ」
短い返事。
静寂が、その闇に染まった部屋を包んだ。
それからほんの少し、時が流れた。
「シャナン様。例の物が届きました」
ドアの向こうから、女の声。
「すぐに行く」
椅子に座っていた人物…シャナンは一言だけ言葉を返した。
to be continued