第4話
その侵入者の顔に、ミラクルは覚えがあった。大陸で1、2を争う情報収集家。同時に凄腕の殺し屋でもある。どこのギルドにも所属しない、フリーの何でも屋。名前は確か…尚徳。
「今夜は訪問者が多いなぁ〜。まぁ男の訪問者なんて必要ないんだけどねぇ」
「何のん気なこと言ってるのよ? こいつは闇商会の人間よ」
葉奏の言葉で、納得。尚徳がブラックナイツにいるのなら、情報戦で勝てるわけがない。
「見物していろ」
言い終わると同時。尚徳はミラクルに大きな針の様な物を投げた。
一瞬で理解した。それが毒針だと。そして避け切れないことも、同時に理解した。
左腕に痛み。うめく。速攻で針を抜く。しかし遅い。体の感覚が消失。ミラクルは床に倒れた。衝撃も痛みも感じなかった。ただ意識だけは、やけにハッキリしていた。
「痺れ薬だ。苦しいか?」
愚問だった。
「苦し…いに…き…まってる…じゃ…ん」
意識はあるのに体の感覚が無い。それは苦しみ以外の何でもなかった。
「ちょっと…何あっさりやられちゃってるのよ…」
葉奏がため息混じりに呟く。ミラクルは答えようとして、声が出ないことに気付く。超即効性の薬らしい。あまりにも早すぎる効果。それが非合法の薬であることは明白。
「その女に裏切り行為を働かせた罪は重い…懺悔しろ」
冷たすぎる声。言い終わってから、尚徳は葉奏を見つめる。そして戦闘態勢をとった。
うちはあっさり薬で…何で姫とは格闘しようとしてるんだ…? 心の中で呟く。その答えは、尚徳にしか分からない。
視界の片隅、葉奏が戦闘態勢をとったのが分かった。
格闘戦なら勝機はある。しかし相手はあの尚徳。油断させておいて暗器を使う可能性も否定できない。
ミラクルはもう役には立たない。悩んでも仕方ない。やるしかない。言い聞かせる。
「今日は厄日ね…」
まさかこんなにも早く、次の刺客がくるとは思ってなかった。監視されていたのかもしれない。うかつだった。今更遅い。
葉奏は駆けた。一瞬にして間合いを詰める。そのまま右ストレート。かわされる。尚徳のハイキック。左腕で防御。衝撃と痛み。尚徳は今左足だけで立っている状態。好機。足払い…成功。尚徳はバランスを崩した。
しかし尚徳は倒れなかった。床に片手をつき、そのまま反動で後ろへ飛び、着地。恐ろしいほどの身軽さ。
驚いているヒマはない。即座に再び間合いを詰める。今度は連撃。右、左、また右。尚徳は防戦一方。「いける」口の中で呟く。左の一撃。甘かった。かわされた。その左腕を尚徳に掴まれた。決定的だった。
尚徳は自分の方に葉奏の腕を引いた。葉奏のバランスが崩れる。鳩尾に衝撃。
「あ…ぐ…」
声にならないうめき。尚徳の膝蹴りだと気付いたのは、床に両膝をついた時。
掴んでいた腕を放し、尚徳は葉奏の顔を蹴り上げる。声を上げる間もなく、葉奏は床に倒れた。妙な絵が描いてある天井が見えた。
起きなきゃ…そう思った時、腹に重い衝撃。尚徳が力いっぱい、葉奏の腹を踏みつけたのだ。咳き込み、吐血。それから痛み。
「苦しいか? すぐ楽にしてやる」
尚徳の声はどこか優しかった。
葉奏の腹を思い切り踏みつけた。葉奏が咳き込み、血を吐いた。血まみれのその顔は、何故か美しかった。少なくとも、尚徳はそう思った。
葉奏の腕を掴めたのは、奇跡に近かった。しかしそのおかげで、短時間で勝負がついた。神に感謝しようとして…やめた。代わりに『魔王リュカ』に感謝した。素敵な地獄をありがとう、と。
「苦しいか? すぐ楽にしてやる」
自分でもびっくりするほど、優しい口調。
尚徳は両手で葉奏の首を絞めた。葉奏の抵抗…無視した。絞める手に力を込める。葉奏の顔が苦しみに歪む。血と涙と苦しみに彩られた表情。愛しかった。それでも、力を抜くことはない。
それは唐突に出現した。尚徳の目の前、無数の氷の矢。それが魔法だと気付くより早く、反射的に横に飛んで全てかわす。氷の矢はさっきまで尚徳の居た場所…葉奏の上を通り過ぎ、壁に当たって弾けて消える。
「あは…うちの…お嫁さん…結婚…前…に…殺されて…たまるか」
途切れ途切れに、ミラクルが言った。
薬が切れ始めた? 否。早すぎる。「…どんな精神力だ?」呟き、ミラクルをにらむ。
尚徳はゆっくりとミラクルに近づく。先に殺すことにした。後ろで葉奏の咳き込みが聞こえた。無視。しばらくはまともに動けないだろう。
to be continued