Slowly Acceleration



――地上

「あぁ、これなら1日もあればどうにかなるよ」
 ……――久々の出撃の後。
 修理されてすぐ中破して戻ってきたMk-Ⅱを見て。サハラ基地の整備士であるジリアン・エヴァンスは、そう判断を下した。
「ほ、本当か?」
 それを聞いたパイロット、アルク・E・ガッハークは、何処かホっとした表情を見せる。
 何せ、この前の破損では修理に一週間以上の時間がかかっていたのだ。……当然と言えば当然の反応だろう。
 それがジリアンにも解っているのか、彼女は恰幅の良い身体を揺らして笑い、くい、と。倉庫を親指で示す。
「何せ、今度はキッチリ修理素材があるからね。まぁ見ときなよ、アー坊」
「お、おう」
 ――つい先日、サハラ基地は補給を受けたばかりだ。修理の為の素材は腐るほど……とは言わないが、それなりにストックされている。……半ばブラックボックスであるバイオ・センサーも含めて。
 それでも、腕一本が丸々もぎ取られるようなことがあれば、このMk-Ⅱの場合は調整に時間を食うことになるのだけれど。……運が良いのか悪いのか、今回の被害は装甲とセンサー、それに駆動系に集中しており、操作系への被害はほとんど無かった。これならば、さほど時間はかからないだろう。
 バイオ・センサーやC.SYSTEMのことはともかくとして。……大雑把にそんな説明を受けたアルクは、ジリアンに礼を言ってその場を離れる。
 ……元々、少数の機体を扱うことしか考えられて居なかったサハラ基地のドッグは、JDのZプラスが加わったことで些か手狭になっていた。……その前ですら、AIC-01から04までの4機に加え、ジムをはじめとする演習用の機体が数機収められていたのだ。……其処に、更にZプラスが加わって。更にあともう1機か2機機体が加われば、格納能力が限界を迎えることは明らかだった。……最悪、整備の簡易な01や02あたりは外に出されることになるかもしれない。
「よぅ、アルク。聞いたぜ、大したこと無さそうなんだって?」
 そんなことを考えて居たから、というワケでは無いのだが。……格納庫から出ようとしたところで、アルクは02パイロット、メトロ・シングに呼び止められた。
「あぁ……えぇ。どうにかなるそうです」
「……なんだ、愛機が大したこと無いってのに元気が無いな」
「……そうか……そうですか?」
「応。なんつーか、こう、なんだ、いつもの暑苦しさが無いぞ」
 ……酷い言われようである。
 だが実際、今のアルク・E・ガッハークには常に比べて覇気が無かった。
 原因は、語るまでも無い。……先の戦闘での己と、そしてJDの行動の為だ。
 ――まぁ、そりゃそうか。
 戦闘の報告は、既にメトロも聞き及んでいる。……これで凹むな、と言う方が無理だろう。
 だからメトロは、必要以上に軽いノリで、ぽん、とアルクの肩を叩く。
「気にすんなって。……相手は三機だったんだろ?」
「……多分。スナイパーの姿は見えませんでしたが」
「んなら、しゃーねぇって。数で負けてりゃ、マトモに戦ってたらもっと酷いコトになってたかもしらんし。そう考えりゃ、さっさと戻ってこれて良かったのかもよ?」
「うーむ……」
 ……まぁ、気休めである。こんな言葉であっさり気に留めぬことが出来るなら苦労はしない。その証拠に、アルクの表情は渋いままだ。
 ――何か、こう。そんな悩みも吹っ飛んじまうようなことがあればいいんだが――。
 そんなことを、考えて居たせいだろうか。
 不意に、どぉん、と。……格納庫の外で、何か大きなものが落ちたような音が響いた。
「ぅお?!」
「……っな、なんだ?!」
 ……その盛大すぎる音に、二人は思わず身体をビクリと震わせてから顔を見合わせ。……慌てて、格納庫の外へと走り出す。
 屋外。……格納庫に隣接する形で備えつけられた滑走路へと出れば、其処には久しく見て居なかった機体が鎮座していた。
 AIC-05アズール。……ギャプランをベースとした、改修機だ。パイロットは――……。
「……っ、大変、大変だー!」
 クロード・J・エヴァンス
 コックピットハッチが開き、顔をのぞかせた途端。……開口一番、彼女はそんなことを叫んでいた。



「くそっ! なんだ、あのZは! ふざけやがってっ!」
 ガンッ、と。……コックピットから外に出るなり、エイヴァール・オラクスは悪態と共にヘルメットを投げ捨てた。
 八つ当たりの対象となったヘルメットは、格納庫の床に当り、ごろりごろりとその上を転がっていく。
 ……無理の無いことだ。どうにか、迎撃に成功こそしたものの――誰が見たところで、初戦は第10小隊の敗北だ。生き残れたのは、彼らの実力と言うよりも、Zの僚機であるMk-Ⅱが足を引っ張った為と――単に、運が良かっただけに過ぎないだろう。
 ……たった一機のZに翻弄された。その事実が、エイヴァール・オラクスのプライドを激しく傷つける。
 その姿に、流石に思うところがあったのだろう。カルサ・ウィリアムズは破損した自機の整備もソコソコに――普段は何処か避けている節すらある、エイヴァールへと声をかける。
 謝罪、しなくては。……ネガティブな彼女の思考は、今回の敗北の原因は己にあると結論していたから。そう思い、一歩を踏み出す。
「……あの、中尉」
「カルサ! お前もだ! 出会い頭の一撃を避けてりゃぁ……!」
「っ……」
 しかし。……彼女がその意を口にするよりも早く、その機先を制するように、エイヴァールがソレを口にした。
 出鼻を挫かれ、カルサが沈黙する。
 ……曲りなりにも、口説こうとしている女だ。普段であればもう少し違った対応を見せたのかもしれないが、苛立ちに支配されたエイヴァールの思考に、気遣いと言うものは存在しない。
「くそっ! 次だ! ……次に出くわしたら、落としてやる。あのゼータも、白いヤツもだ!」
 パイロットとして自身が劣っている。……その結論を認められぬエイヴァールのエゴは、八つ当たりの最後に、誰にともなくそう叫ぶことで締め括る。
 ――そうだ。俺はまだ負けちゃ居ない。1対1なら……!
「……やれやれ。荒れてるな、エイヴァール」
 ……己の思考の内にエイヴァールが沈もうとした直前。
 不意に、エイヴァール、カルサに次ぐ第三の声が、その背へと向けられた。
 親しげな、聞き覚えのある声。……それに、エイヴァールは弾かれたように、背後を振り返る、と。
 先までの不機嫌さがウソのように、満面の笑みを浮かべた。
「アロイス! 戻ってたのか?」
「あぁ、ついさっきな。……あまりカルサに当ってやるなよ。模擬戦程度ならともかく、本格的な可変型MSとの戦闘は今回が初だろう? 不意を打たれたのも無理は無いさ」
 アロイス・ルイス。……第10小隊三番機のパイロットにして、エイヴァール・オラクスの親友であるその男は、そう言うとぱちん、と。……何かを示すように、エイヴァールへと不器用にウインクをして見せた。
 似合わない。エイヴァールは思わず吹き出しそうになると同時、ようやく、それで我に返る。
「あ、あぁ。……そうだな、カルサ。悪かった」
「……いえ。本当のことですから」
 とってつけたような謝罪の言葉。……それに応じる、カルサの表情は、当然のように暗かった。
 マズった。……今更ながら、エイヴァールは先の己の失言を後悔する。
 そして流れる、なんとも言えない沈黙。
 ぱん、と。……不意に、そんな重い空気を払拭するように、アロイスが手を打ち鳴らした。
 カルサとエイヴァールが顔を上げる。……2対の視線が己へと向いたことを確認してから、アロイスはもったいぶるように腰に手を当てると、にやり、と笑って見せた。
「そうそう。……お二人さん。さっき隊長には話して来たんだが……耳寄りな情報があるんだ。……聞いてかないか?」




『ティターンズの新造戦艦が、地上――サハラへと降りて来るんだ』




――宇宙

「なんとしてでも落とせ!」
「……だ、駄目です! 大佐、間に合いません!」
 ――砲火飛び交う中。
 ティターンズのハイザックを相手取りながら、部下の報告に、ネオジオン軍大佐オットー・A・レクシオードは舌打ちを漏らしたい気分だった。
「やはりこのタイミングでは追いつけんか……!」
 仕方が無い、と言えば仕方が無い。ネオ・ジオンが月のルナツーで作られていたティターンズの新造戦艦について察知したのはつい1日前……ソレがルナツーを出港してからのことだったのだから。
 それから、どうにかエンドラ級戦艦バロネスに部隊を詰め込み、大気圏突入ギリギリのタイミングで追いつきこそしたものの。……順調だったのは其処までだ。相手も、追撃を予測していたのだろう。護衛として待ち構えていたサラミス級二隻と、其処から展開された十数機のMSに足止めを食ってしまった。
「……目の前に居るというのに、手が出せんとはな」
 ハイザックをビームサーベルで両断しながら、オットーは大気圏へと沈んで行くティターンズ艦をモニターの中に見遣る。……目測だが、サイズはおおよそ250m級。断定はし辛いが、シルエットからすればティターンズの中核を担うアレキサンドリア級やマゼラン級ではなく、アーガマ級だろう。
 宇宙でこそ、ジオンは戦略的優位を保っているものの。地球から程近い月や、特に地上ではティターンズに対し圧倒的に不利な戦いを強いられている。マトモに活動できているのは、ヨーロッパの一部と、精々アフリカや南米等の僻地のみだろう。……だからこそ。その地上に新たな戦力が加わることは避けたかったのだが――もはやこの位置からでは、大気に阻まれ飛び道具で戦艦に有効な打撃を与えることはほぼ不可能だ。
 かといって、今から後を追うのは更に論外だ。MSには一部の特殊な機体以外、大気圏突入能力は装備されていない。……かつて本物の赤い彗星、シャア・アズナブルはこのタイミングでこそ攻勢を仕掛け、そして連邦のエース、アムロ・レイは突入能力を持たぬ機体ですら降下をして見せたと言うが。
 ――私は、そのどちらにもなれそうも無いな。
 しかし、だからと言って何も出来ないワケでは無い。
「仕方あるまい。……メガ・キャノンを発射する! 各機はトールギスの援護に回れ!」
『了解!』
 複数の返答を確かめる間すら置かず、オットーはすぐさま右肩に装備された長大なビームキャノンの砲身を戦艦へと向ける。
 『ほぼ』の例外。……トールギスに装備されたメガ・キャノンは、最大出力で放てば戦艦の主砲クラスの砲撃を可能とするジェネレーター直結式の大火力砲だ。当然、その分扱いは難しいものの……それだけの火力を以ってすれば、大気の壁を突き抜けることも可能だろう。
「メガキャノン、最大出力モード!」
 OSがオットーの声紋を認識し、指示と同時に砲身が上下に分割される。――割れた砲身が更にキャノン本体の上下へとスライドし、ビームの絞りが最低となる。イコール、それは大口径砲の完成だ。
 トールギス本体のジェネレーターからメガキャノンへとエネルギーが流れ込み、二つに開かれた砲身の間にぱちりぱちりとプラズマが走る。……程無くして、砲身の根元=ビームの発射口に青白い光が集中し――……。
「メガキャノン、は――……?!」
 トールギスのコックピットでアラームが鳴り響いた。……原因は、エネルギー不足。
 メガキャノンが必要とする出力にジェネレーターが供給出来るエネルギー量が追いつかず、出力低下を起こしているのだ。
「ちっ、こんな時に……!」
 試作兵器故の不安定さ。……ここ数回の使用では問題が無かった為に、油断していた。内心でそんな己を罵倒するものの、後悔は先には立たない上に、この場では何の意味も無い。
 ――数瞬の逡巡の後、オットーが取った行動は。そのまま、メガキャノンの発射を強行することだった。火器管制とジェネレーター周りのパネルを操作し、機体の運用に必要な最低限のエネルギー量を残すように手を加えれば――後は、ギリギリまで出力をメガ・キャノンへと流し込む。
「……メガキャノン、発射!」
 がちり。
 トリガーが引き絞られ、宇宙空間を閃光が薙いだ。
 眼下に広がる青い星。上下に分かたれた砲身から伸びたビームの柱は、一直線にその中へと落ちて行き――……。
 狙い違わず、既に小さくなり始めた戦艦へと直撃した。
「……――……駄目か」
 が。……大気の壁にブチ当り、大きく威力を減じたビームの威力は、その装甲を貫く程では無かったらしい。……拡大されたカメラの中、艦は一部を黒く煤けさせはしたものの原型を保ち、航行にも問題が出たようには見えない。
 損害はほぼ皆無、と言って良いだろう。
 完全な出力で放てていればあるいは、と思うものの。……それこそ、後の祭りだ。
「……やはり、ジェネレーター内蔵型か……せめて、補助のコンデンサーを搭載すべきだな」
 トールギス『Ⅱ』の機首を返しながら、オットーは早くも愛機の問題点を思考する。
 ……センサーを見れば、既に敵部隊は全滅していた。サラミス級もその搭載機も等しく宇宙の藻屑と化し、残って居るのは彼の部隊のMSだけだ。
 そのことを当然の結果と受け止めながら、指示を待つ部下へとオットーは言葉を向ける。
「諸君。……残念ながら作戦は失敗した。追撃戦は無しだ、各機バロネスへと帰還せよ。全機収容後、この宙域を離脱する」
 落胆、舌打ち、溜息。……十人十色の反応がパイロット達から返される。
 そのことに苦笑をしながら、オットー自身もまたトールギスⅡをバロネスへと向ける。……と。一機のMSが、そのトールギスに並ぶように近づいてきた。
 ジオンでは稀有と言って良いガンダムタイプ。それも、トールギスと同じように、否、それ以上に完璧に『赤』のカラーリングを施されたMk-Ⅱだ。
「大佐、残念でしたね」
 ……パイロット、イェルン・フベルトゥス・ジーゲルの言葉。
 本人にその気が無いのだろうが、ともすれば皮肉とも取られかねないその発言に、オットーはまたも苦笑を漏らす。
「そうだな。……地上はティターンズの勢力圏だ。手が出しづらくなる前に、どうにかして落としたかったのだが」
「予測降下地点は……サハラ、ですか。丁度、ウチがちょっと前に居た辺りですね」
「……間の悪いことだ。入れ違いになったか」
 残念そうな声音。
 オットーの部隊は、試作機の地上テストを終え、つい先日宇宙へと上がって来たばかりだ。……出来るならば追いかけたいところだが、すぐにまた地上へと戻ると言うワケにも行かない。
「まぁ、いたし方あるまい。……後のことは、地上に残った部隊に――……」
 はた、と。……そこまで口にしたところで、オットーは何かに気がついたように動きを止めた。
 トールギスの移動速度を緩め、地球を振り返る。
「? どうかしましたか、大佐?」
「いや……」
 ……先にも述べた通り。
 地上での勢力で言えば、ネオ・ジオンよりもティターンズの方が圧倒的に勝っている。互いの拠点の位置を考えれば当然のことではあるのだが――……しかし、逆に言えばソレは、ティターンズにとって現状、戦力が必要なのは地上よりも宇宙であるということに他なら無い。
 無論、守りを固める、という意味はあるだろう。……しかし、オットーは、突出した戦力というものは面ではなく点で用いるべきものだと考えている。せめて数機単位で用立てられたならばともかく、一点でも突破されればそれで終わりな――面での活動こそが重要な防衛任務に、新鋭艦一機を回す意味は薄いだろう。
 ……MSとは違い。現行の戦艦には、大気圏突入能力を持つものが少なく無い。単体では突入能力を持たぬ艦ですら、特殊な補助具を用いれば降下が可能となっている。
 しかし、その逆。大気圏からの離脱能力を有する戦艦は驚く程に少ない。……故に。現状、宇宙から地上への戦艦の降下とは、つまり以後地上で運用されるという認識と同義とされている。……連邦軍の傑作艦、アーガマ級とてその例外では無い。
 はずなのだが。
「では、何故――……」
 ――その瞬間。
 オットー・A・レクシオードの脳裏に、不意に閃くものがあった。
 連邦には、アーガマ級以外にもう一つ傑作艦が存在する。……かつて赤い彗星と幾度と無く渡り合い、ジオン公国軍にとって悪夢の象徴とも呼ばれた白い戦艦。
 対費用効果の為、現在は廃れて久しいものの――その戦艦に連なり、単独での大気圏突入、そして離脱能力までを備えたシリーズ。
「……木馬か」
 その存在に思い至れば。……ある種の確信と共に、「赤い彗星」は、「仇敵」の名を口にした。



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最終更新:2007年09月06日 01:27
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