護ること、殺すこと ◆b8v2QbKrCM
二人の間に会話はなかった。
D-4エリアのとあるビルの陰。
表通りから死角となり、太陽の光からも見放された薄暗い路地裏に、梨花は無造作に腰を下ろしている。
膝を立てた両脚を抱きすくめた格好のせいで、ただでさえ小柄な体が一回りも二回りも小さく見える。
伏せた顔は長い髪に隠されて、その表情を伺うことはできない。
――何もかも、だ。
梨花はぎゅっと唇を噛んだ。
糸切り歯が柔らかい肉に食い込んで、微かに血を滲ませる。
始まりからどれほどの時間が経ったのだろう。
――何もかもが、上手くいかない。
自分は今も無力なままで、誰かに護られるばかり。
否、己の無力さなどずっと前から自覚している。
気が遠くなるほどの繰り返しの中で嫌というほど直面させられてきたのだから。
梨花の心を揺さぶるのは、無力な自分などという周知のモノではない。
手に入れたはずのモノが呆気なく奪われる絶望だ。
仲間達と掴んだ明日は指の隙間をすり抜けて、身に着けたはずの力は消え失せた。
僅かな間ではあったが、敵ではない関係を結んだルフィは目の前で殺された。
『失う』ことは『得られない』ことよりも重く心を傷つける。
特に、渇望し続けた果てに得たものを失うことは。
次は何を失う?
――自分の命
――得られたはずの未来。
次は誰を失う?
――圭一。
――レナ。
――沙都子。
――魅音。
――詩音。
――ニコラス・D・ウルフウッド。
思考が昏い方向へと落ちていく。
梨花はきつく目を瞑り、首を強く振った。
「……ニコラス」
「なんや」
当たり前すぎて、わざわざ訊ねるまでもないことかもしれない。
それでも、ウルフウッドの口から聞いておきたかった。
「ニコラスは、強い?」
「……まぁな」
返ってきた答えは簡潔そのもの。
しかし梨花の望んだ答えだ。
梨花はウルフウッドが戦うところを見たことがない。
彼の漂わせる雰囲気や言動の端々から、命の取り合いを繰り返してきたのだろうと推測できる程度だ。
だからこそ、この単純で稚拙な問いかけをしておきたかった。
「なんや、ちゃんと護ってもらえるか不安になったんか」
ウルフウッドがからかうように言う。
梨花はまさかと否定して、おもむろに立ち上がった。
推測ではなく、本人から聞きたかった。
そうすれば少しは安心できるから。
小さな足でぐっと地面を踏みしめる。
大丈夫、まだ歩ける。
こんなところで立ち止まっている暇なんかない。
一刻も早く、みんなと合流しなければならないのだから。
手遅れになる前に――
「行きましょう。あの赤いコートの人がまだ近くにいるかもしれない」
梨花は、ビルの窓辺に垣間見た姿を思い起こした。
冷たさすら感じないほどに冷酷な眼差し。
濃紅の外套に身を包んだ火傷顔(フライフェイス)の女。
ルフィを殺した張本人。
彼女は明らかに殺し合いに乗っていた。
鉢合わせるなんて考えたくもない。
「それはあかん」
「……え?」
梨花の体は同年代の少女と比べてもかなり小さい。
それ故に、隣に立つウルフウッドの顔は視界の外で、彼がどんな表情をしていたのか見落としていた。
「夜中からずっと寝とらんやろ。ここらで一息入れたほうがええ」
「そんなことない!」
ウルフウッドは抗議の声にも構わず、梨花を担ぎ上げた。
あっという間にうつ伏せで肩に乗せられて、またも梨花はウルフウッドの顔を見られない。
「疲れっちゅうんは気付かんうちに溜まるもんや。
緊張しとる間は平気でも、いざってときに爆発しおったら目も当てられん」
「私は平気よ!」
「そら良かった。でもワイが休みたいんや。付き合ってもらうで」
淡々と言い含められて梨花は暴れるのを止めた。
しかしこれだけは言っておきたいという風に、憮然と口を開く。
「……せめて下ろしてくれない?」
二言三言の話し合いの結果、目的地は先ほどの路地裏から程近いマンションに決まった。
地図の上では図書館と隣接する十二階建ての建物だ。
ここを選んだ理由は主に二つ。
ひとつは、ちゃんとした休息の取れる施設であること。
これはウルフウッドの提示した条件だった。
マンションという居住専門に造られた場所なら、その点は完璧に違いない。
もうひとつは、極端に目立つ建物でないこと。
こちらは梨花が求めた条件。
このマンションは高層というほど高くなく、外装も落ち着いた雰囲気で周囲に溶け込んでいる。
必要以上に注意を惹きつけることもないだろう。
「まぁ、この辺でええやろ」
ウルフウッドは非常階段の隣の扉を開け、部屋に入っていった。
その後ろに梨花もついていく。
階数は二階。
一階部分にエントランスと駐車場が配された設計のため、ここが事実上の最低階だといえる。
部屋に入るなり、梨花は言い表しがたい違和感に目を細めた。
必要最小限の家具や内装は調えられているのに、私物や生活必需品に相当するものが見当たらない。
確かに室内は綺麗に整理整頓されていて、清掃も隅々まで行き届いている。
しかしそれでいて、人間の生活の痕跡が決定的に欠落しているのだ。
つまるところ、ここは生活空間などではない。
旅館やホテルのように『用意された』設備なのだ。
梨花はソファーにデイパックを置き、その隣に座った。
仮に、かつてここに誰かが住んでいたとしても、それは自分達には関係のないことだ。
今はただ羽を休めるだけ。
これから先、必ず起こるであろう波乱の時を乗り切るために。
「こら、寝るならあっちや」
ウルフウッドが親指でベッドを指し示す。
綺麗にシーツの敷かれたシングルベッドで、二人が横になるには狭すぎる。
「ニコラスが使いなさいよ。戦うのはあなたなんだから、しっかり休まないと」
「せやかて……そや。輪っかの方が表な」
ウルフウッドはベッド横の小棚の上から何かを拾い、梨花に見せた。
色は曇りのない金色で、大きさは五百円硬貨――梨花の認識ではつい昨年発行され始めたばかりのものだ――程度だ。
金額表記や模様らしい模様はなく、片面にだけ環状の模様が浮き彫りにされている。
ウルフウッドはそのコインを親指で弾き、手の甲で受け止めた。
「……表」
「残念、正解や」
梨花はウルフウッドの手に乗ったコインを見てため息を吐いた。
何だかんだ言って、結局彼は自分を休ませたいのだろう。
ここで断ってもまた違う理由をつけてくるに違いない。
梨花はソファーを後にして、真新しいシーツに身を投じた。
眠るほど疲れたわけではないけれど、こうして体を休めるのも悪くはない。
そんなことを思っているうちに、緊張していた四肢が少しずつ弛緩していく。
体が重たい。
まるでシーツに沈んでいくようだ。
「ん……」
視界の隅で、ウルフウッドがソファーに横たわるのが見えた。
梨花は何か言おうと口を開き、そのまま眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
やはり疲労が溜まってきていたのだろう。
梨花はベッドに横になるなり眠ってしまったようだ。
ソファーの上で仰向けに天井を見上げながら、ウルフウッドは思考を巡らせる。
ルフィを殺した女が着ていたコートは、紛れもなく
ヴァッシュ・ザ・スタンピードのものだった。
それがどういう経緯であの女の手に渡ったのか。
最初に考え付くのは、死体から取得したということ。
しかし冷静に状況を思い返せば、それは可能性が低いと言わざるを得ない。
あの女が現れたのは放送があった直後だ。
そしてヴァッシュの名は放送で呼ばれていない。
つまり、仮にヴァッシュがあの女の手に掛かったとすると、その凶行は放送終了後極めて短い間に行われたということになる。
いくらなんでもそんな偶然があるものなのだろうか。
そういえば、とウルフウッドはベッドで眠る梨花に視線を向ける。
梨花と最初に出会ったとき、彼女は荷物に服や鍵ばかりが入っていて武器はなかったと言っていた。
ということは、あの女はヴァッシュの服を最初から持っていたのでは、とも考えられる。
むしろ偶然に偶然が重なったと考えるよりその方が現実的だ。
ならば、あいつは今も、いつものように駆け回っているのだろう。
「何でもかんでも助けられるわけなんかあらへん……」
聞く者など誰もいないというのに、ウルフウッドは呟きを漏らした。
物理的な限界がある。
時間的な制約がある。
ここにいる数十人を全て助けることなんて土台不可能なのだ。
自分ひとりと、後はせいぜい一握り。
欲張れば何もかも取りこぼす。
それでも、あの男のやることは変わらないのだろうが。
ウルフウッドはソファーから起き上がり、ベッドの傍らに立った。
無防備に眠る梨花の体は、驚くほどに細い。
こんな殺し合いの舞台では、きっと自分の身を護ることすら覚束ないに違いない。
ウルフウッドは表情を歪めた。
たかだか拳銃一挺とナイフ一振りで、この少女を護り切ることができるのか?
そう問われても、胸を張って是と答えられはしない。
運と時勢が味方をしてくれれば不可能ではないだろう。
しかしそれは護ることに全力を傾けた場合のこと。
桜田ジュンを殺した相手。ルフィを殺した女。
素性も知らぬ彼らに銃口を向けようというのなら話は別だ。
護ることと殺すこと。
これらが相反するのは言葉の意味だけではない。
殺し合いの最中、誰かを護ることに気をとられれば、自分の命を危うくする。
逆に相手を殺すことに集中してしまえば、その分護るべき対象から意識が離れてしまう。
選ばなければならないのだ。
例え全ての選択肢が破局へ繋がっているとしても。
ふと、ウルフウッドは梨花の唇に小さく血が滲んでいることに気がついた。
いつの間に切ったのだろうか。
傷はそう大きくないので、降ってきたガラス片で傷ついたわけではなさそうだ。
人差し指の腹で血を拭ってやると、弾力に満ちた柔らかな感触が返ってきた。
……やはり、幼い。
言動の節々から年齢に不相応な雰囲気を感じることはあったが、体は完全に幼い子供だ。
一人きりで殺し合いの場に残されてしまえば、それこそ半日と持たずに死んでしまうだろう。
ウルフウッドはどこか沈鬱な表情でベッドから離れた。
そのとき――
「――!」
ウルフウッドの直感を気配を読み取った。
玄関の方向から、金属の軋むような音が微かに聞こえた。
普通の人間では聞き取れもしない音だが、人外の能力持つ自分にははっきりと聞こえた。
更に自然には発生した音とは思えない。
ウルフウッドはデザートイーグルを手に、足音を殺して玄関先へと至り、ドアスコープを覗き込んだ。
部屋の前には無人の風景が広がっているだけだった。
ノブを捻り、慎重に扉を開く。
「ほぅ、我の訪問を迅速に迎え出るか。いい心がけだ」
声は上方から投げかけられたものだった。
ウルフウッドは扉を盾にデザートイーグルを構えた。
マンションの傍に並ぶ背の高い街灯。
そのひとつを足場に、金髪の男がウルフウッドを見下ろしていた。
「何者や」
ウルフウッドは男の一挙一動を見逃さないようにしながら短く問いかけた。
こちらの得物は拳銃、あちらは黄色い槍が一振り。
現状の位置関係においてどちらが有利かは考えるまでもない。
しかし男はそんなことなどお構いなしに、呆れたような視線をウルフウッドに向けている。
「蒙昧は救いがたいぞ、雑種。まぁ……貴様への懲罰は後回しだ」
まるで己の名を知らぬことを咎めるような返答。
――いや、『まるで』というのは不適だろう。
この男は心の底からそう思っているようであった。
ウルフウッドは口にこそ出してはいないが、降って沸いた厄介事に頭を抱えたい気分だった。
ただでさえこれからのことに苦悩しているというのに、それが一気に三割増だ。
害意がないならさっさと追い払ってしまいたい――
その後ろ向きな考えは、男が語る言葉によって容易く吹き飛ばされた。
「赤いコートの火傷顔に覚えはあるか?」
「――あの女を知っとるんか」
ウルフウッドは思わず眼を剥いた。
赤いコート。火傷顔。
まさしくルフィを殺した女の容貌に他ならない。
男はウルフウッドの動揺など気にする素振りもなく、身勝手に話を進めていく。
「女、か。偽りではないようだな。許す。知るところを語れ」
乗せられたか。
ウルフウッドは銃を下げ、廊下に身を現した。
あえて情報の一端を隠して問いかけ、相手の反応から真偽を確かめるとは、随分念の入ったことだ。
だがそれは、確実にあの女の情報を得ようとしていることの裏返しでもある。
ここから分かることは二つ。
まずは、あの男は火傷顔の女の仲間ではない可能性が高いということ。
仲間の情報を赤の他人から聞き出そうとするなど考えにくいからだ。
無論、味方ではあるが多くを知らされていないだとか、
あの女を信用していないため、別の情報源からも情報を得ようとしているだとか、考えようは他にもある。
だとしても、両者が密接な関係にないということだけは確かだ。
次に分かるのは、あの男は当面――少なくとも知りたい情報を得尽くすまでは、こちらに危害を加えないだろうということ。
ウルフウッドは後ろ手に扉を閉め、男の真正面に位置するように横に動いた。
「あいつは加害者で、ワイは被害者。それだけや。声も聞いとらん」
必要以上の情報を与えないよう、慎重に言葉を選ぶ。
『ワイら』ではなく『ワイ』と自称し、梨花という連れがいることも伏せておく。
同行者がいることを不用意に知られてしまうのは、弱みを握られることに繋がりかねないからだ。
男はふむと鼻を鳴らし、問いを更に重ねる。
「なるほど。目立つ傷はあったか?」
「顔面のでっかい火傷だけや」
単純なやりとりであるが、男は求めていた情報を確実に蒐めているようだった。
このままではこちらは得るものがないまま終わってしまう。
「……こっちからもええか?」
「いいだろう、言ってみろ」
男の態度はどこまでも傲慢だ。
しかし今はそんな細かいことに腹を立てている状況ではない。
ウルフウッドは単刀直入に疑問を投げかけた。
「何であの女について知りたがる。恨みでもあるんか」
不意に、男の口元に嘲笑の色が浮かんだ。
それはウルフウッドに対してなのか、それとも火傷顔の女に対してなのか。
嘲笑の意味するところは、男自身にしか分からない。
「あの下女めは我に無礼を働いた。故に刎頚に処してやろうというのだ。
本来ならこのような雑用は使いに任せるところだがな。
結果として、貴様は拝謁の栄に浴したわけだ。誉れとするがいい」
紅い眼がウルフウッドを見下す。
火傷顔の女が見せた兵士の眼差しと同質の、しかし限りなく異質な眼。
『人を平然と殺す人間の目』ではない。
『人を人とも思わない、人ならざる何者か』だ――
キィ――
金属の擦れる音がした。
微かに開かれた、部屋の扉。
「あかん! 戻れ!」
ウルフウッドが叫ぶが早いか、金髪の男が部屋の前に着地した。
そして扉の隙間から腕を突き入れ、華奢な体を引きずり出す。
「きゃあ!」
「梨花!」
男は梨花の右手首を掴み、目線の高さで宙吊りにする。
なんてことや――ウルフウッドは歯噛みした。
よりによって、最も避けなければならなかった事態に陥ってしまうとは。
梨花が出てきた理由は察しがつく。
目覚めてみれば同行者の姿が見当たらず、玄関先で不穏な会話が聞こえれば、誰でも緊急事態を想定するに違いない。
護身用のつもりだったのだろう。
右手に持っている奇妙な短剣の存在がその想像を裏付けていた。
「フン――盗人が一匹いたか」
「あ、ぐ……うぁ」
男の右手が梨花の手首を握り締める。
苦悶の表情を浮かべる梨花。
か細い腕の軋む音がウルフウッドにまで聞こえてきそうだ。
もがきながら膝や足をぶつけるが、男は微動だにせず、反作用で梨花のほうが揺れ動くだけだった。
ウルフウッドがデザートイーグルの銃口を向けるも、男はそれに合わせて梨花の位置を変え、射線を遮る。
「い……た……」
痛みに耐えかねた梨花が短剣を取り落とす。
男はそれを見届けると、梨花をウルフウッドに向けて放り投げた。
咄嗟にデザートイーグルを放し、梨花を受け止める。
梨花の手首は痛々しく赤らんでいるが、指が動いているところをみると、骨に異常はないらしい。
「ごめん、なさい……」
「気にすんな。ワイも不注意やった」
何が、梨花を護る、だ。
さっきも男がその気なら、梨花は一瞬で殺されていた。
ドアの隙間から槍で突けばそれで終わり。
羽虫を潰す程度の労力も掛からない。
「我が財をあの程度にしか使わぬとは。やはり雑種には過ぎたるものか」
ウルフウッドは梨花を支えたまま男を睨む。
いつの間にか、男が携えていた黄色い槍が消えており、代わりに件の短剣が手中に収まっていた。
「盗人には死罪が相応しい。だが、自害を望むなら待ってやろう」
男の背後で空間が波打つ。
水面に礫を投じたように広がる波紋の中心から、短槍の切っ先が姿を現した。
外見だけを見れば、槍の半身が宙に浮いているだけ。
男が何をするつもりなのか想像もつかないが、少なくとも自分達を殺そうとしているのは察しがつく。
自分一人なら問題は無いが、梨花がいる。
梨花を抱え、全力で逃げ出そう。ウルフウッドはそう決意した。
「……けるな」
小さな両手がウルフウッドを押し退ける。
静止しようと伸ばした腕も振り切って、梨花は男の前に立った。
「ふざけるな! それは最初から持たされてたのよ!
そんな理不尽な理由で殺されてたまるか!」
髪を振り乱した梨花の絶叫を、男は完全に聞き流していた。
それどころか一切の興味を払っておらず、視界に収めているかも怪しかった。
「死罪? 自害? どっちも嫌!
待ってるんだから! 沙都子も! 圭一も!」
不意に――
青天の霹靂としか言いようのないタイミングで、男の冷徹な表情が崩れた。
ウルフウッドも、肩で息をしていた梨花も、その変化に気がついて眼を丸くする。
「く――ははっ……ははは……はははははっ!」
哄笑である。
男は姿勢を崩し、湧き上がる笑いを堪えることなく吐き散らし始めた。
身を捩じらせ、髪を掻き揚げ、心の底から笑い転げる。
「そうか! 貴様もか! 下女め、よもや狙ってやったのではあるまいな!」
狂ったように笑う男の前で、梨花は唖然と立ち尽くしていた。
そのうちに、我に返ったウルフウッドが梨花を引き寄せ、かばうように後ろへ立たせる。
「なんや、いきなり……」
ウルフウッドには男がどうして笑ったのか皆目見当もつかなかった。
無論、梨花にもだろう。
やがて男は笑い終え、当然のように踵を返した。
「おい」
「12時――」
ウルフウッドの言葉を遮り、男は更に続ける。
「件の下女めは劇場に現れる」
「……それをワイらに教えてどうするつもりや」
あまりにも不自然なリークだ。
真実にしては突然過ぎ、罠にしてはあからさま過ぎる。
男は振り返り、疑いの眼差しを向けるウルフウッドを無視して、その陰に隠れる梨花を眺め見た。
それだけ言い残し、男は街灯へと飛び移り、そこから更に上の階へと跳んでいった。
梨花が慌てて手摺りから身を乗り出すも、男の姿はもうどこにも見当たらない。
ただ荒涼とした青空が広がっているだけだった。
「のぉ、レナって……」
「仲間よ……大切な」
やっぱりか、とウルフウッドは独りごちた。
梨花の慌てようを見れば、その類以外に考えられない。
どうしてあの男がそいつの行き先を知っているのかはともかく、これで男の言葉に信憑性が生まれてきた。
それと同時に、自分達の方針が決定されたも同然だった。
「12時か、急がんでも余裕で間に合うな」
梨花の目的は仲間たちとの合流なのだ。
そこに火傷顔の女が鉢合わせると聞いて、見過ごしておけるはずがないだろう。
ウルフウッドは、暗い顔で佇む梨花の頭に軽く手を置いた。
◇ ◇ ◇
アーチャーは含み笑いを浮かべたまま、安物のソファーに腰を下ろした。
下階に現れた気配を追って、もののついでにあの女について鎌をかけてみたのだが、よもやこうも面白くなろうとは。
「えっと、アーチャー様?」
様子のおかしさに気づいた圭一が声をかけるも、アーチャーは応じない。
肘掛に頬杖を突き、先ほどの邂逅で得られた情報を吟味する。
あの雑種は、火傷顔の女には目立った傷がなかったと言っていた。
それはつまり、アーチャーが女の右腕を切り落とす以前に遭遇していたということだ。
声も聞いていないということに嘘はないだろう。
アーチャーを襲ったときも、こちらから声を掛けるまでは何も語ってこなかった。
一方的に襲われて逃げ遂せたのであれば不思議はない。
そして何よりの収穫は、雑種の片割れに、あの女が狙う一行の関係者が含まれていたことだった。
圭一の態度を見るに、互いの窮地を見過ごしてはおけない性質の集団だったのだろう。
一度遭遇しているのなら、火傷顔の女が相手も構わず噛み付く駄犬であることを知っているに違いない。
ならば引き寄せられるはずだ。
アーチャーの思惑通りに。
「……下にいたの、誰だったんですか?」
「気になるか? 二階だ、行きたければ独りで行け。面白いことになるやもしれんぞ」
圭一の複雑な表情を、アーチャーは横目で嗤った。
まずは、二頭。
女狐を追い立てる猟犬は多いほど良い。
働きが良ければ盗みの咎を赦してやってもいいだろう。
――この下らぬ催しは確実に粉砕する。
生殺与奪の権は王一人が有するべきものだ。
そしてそれを以って、かの女には死を与えると決めた。
王の慈悲を享受するのは王の臣下とその民のみ。
圭一は今のところはそれなりに働いている。
その報奨として仲間とやらにも生存を許すのはやぶさかではない。
だが、あの女には慈悲など与えはしない。
「そうだな、レナとやらの顔を見てみるのも一興か」
火傷傷の女が貴様らを狙っており、リカも巻き込まれつつある。
そう吹き込んでやれば上手く動くに違いない。
猟犬は一頭でも多いほうがいいのだから――
【D-4 図書館裏のマンション(2階) 1日目 昼】
【
古手梨花@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:右手首に痛み
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、インデックスの修道服@とある魔術の禁書目録、ミッドバレイのサクソフォン(内蔵銃残弾100%)@トライガン・マキシマム
[思考・状況]
1:12時までに劇場に向かう。
2:必ず生き残る。
3:圭一達を見つける。
4:安全な場所に行きたい。
※王の財宝の使い方(発動のさせ方)を分かっていません。(説明書もありません)
※ウルフウッドを信頼、けどちょっとむかつく。
※電車に誰か(
橘あすか)が乗っているのに気づきました真紅に気づいたかどうかは不明です。
※サクソフォンの内蔵銃に気付いていません。
※スタープラチナに適正を持っています。僅かな時間ですが時止めも可能です。
※スタープラチナを使えないことに気付きました。落としたことには気付いてません。
※ルフィと情報交換しました。
【ニコラス・D・ウルフウッド@トライガン・マキシマム】
[状態]:混乱。強い怒りと悲しみ
[装備]:デザートイーグル50AE(8/8 予備弾30)
[道具]:基本支給品(地図と名簿は二つずつ)、SPAS12(使用不能)チーゴの実×3@ポケットモンスターSPECIAL
シェンホアのグルカナイフ@BLACK LAGOON、○印のコイン
[思考・状況]
1:12時までに劇場に向かう。
2:古手梨花を守る。
3:ヴァッシュとの合流、リヴィオとの接触。
4:ジュンを殺害した者を突き止め、状況次第で殺す。
5:武器を手に入れる、出来ればパ二ッシャー
※ルフィと情報交換しました。
※自身が梨花の事を名前で読んでる事に気づいていません。
※○印のコインの意味は不明です。使い道があるのかもしれませんし、ないのかもしれません。
【D-4 図書館裏のマンション(4階) 1日目 昼】
【
前原圭一@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:疲労(小)、頭部にたんこぶ×2、頬に痛み、右足に銃創(止血済み)
[装備]:デザートイーグル(残弾数2/6)
[道具]:双眼鏡(支給品はすべて確認済)、不死の酒(完全版)(空)、基本支給品×2、ゾロの地図、黄金の鎧@Fate/Zero(上半身部分大破)、ヤマハV-MAX@Fate/zero
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を助けて脱出したい
1:アーチャーと共に12時までに劇場に向かう。
2:切嗣についてアーチャーには漏らさないようにする。
3:切嗣、佐山のグループと早く合流したい(切嗣のことをそれなりに信用してます)
4:万が一のときに覚悟が必要だ
5:魔法使い……?
[備考]
※時系列では本編終了時点です
※アーチャーの真名を知りません。
※クロコの名前、カナヅチという弱点を知りました。
※橘あすかと真紅と簡単に情報交換し、
新たに彼らの仲間等(
翠星石、クーガー、チョッパー、
ハクオロ、
アルルゥ、
カルラ、ルフィ)と、
要注意人物(
カズマ、水銀燈、
バラライカ、ラッド)の情報を得ました。
また、ゾロと
蒼星石が彼らの(間接的、直接的な)知人であることを知りました。
※切嗣の推測とあすか達との情報交換から、会場のループについては把握しています。
※バラライカの姿を確認しました。名前は知りません。
※バラライカから
レッド、グラハム、チョッパーの名前を聞きました。
【ギルガメッシュ@Fate/Zero】
[状態]:肩と腹に刺し傷(小・回復中)、不死(不完全)
[装備]:王の財宝(の鍵剣)、黒のライダースーツ
[道具]:必滅の黄薔薇@Fate/Zero(王の財宝内)
[思考・状況]
基本行動方針:主催を滅ぼし、元の世界に帰還する。必要があれば他の参加者も殺す。
0:圭一とその仲間を脱出させる。
1:12時までに劇場に向かう。
2:他の参加者をけしかけてバラライカを殺す。可能ならレナ達も。
3:自分を楽しませ得る参加者を見定める。
4:ゾロ、佐山、クーガーに興味。梨花とウルフウッドについては当面様子見。
5:圭一が自分のクラスを知っていた事に関しては・・・?
6:宝具は見つけ次第我が物にする。天地乖離す開闢の星、天の鎖があれば特に優先する。
[備考]
※不死の酒を残らず飲み干しましたが、完全な不死は得られませんでした。
具体的には、再生能力等が全て1/3程度。また、首か心臓部に致命傷を受ければ死にます。
※会場が自然にループしていることを把握しました。
※悪魔の実能力者がカナヅチという弱点を知っています。
※本編での経験から、螺湮城教本を手に入れる気にはならなかったようです。
※クーガーには強い印象を受けていますが、橘あすかのことは忘れました。
※文中台詞の"山猫"とはクーガーのことです。
※圭一の仲間が劇場に向かうということを聞きました。
※銃火器にはもう対処できます。
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最終更新:2012年12月03日 02:40