CIRCLE RHYTHM ~追想のディスペア~ ◆YhwgnUsKHs



『人間は皆音楽を奏でている    ――とあるバイオリニストの言葉』







【序曲(オーバーチュア) ~前原圭一~】



「うわぁ」

 目の前に広がる光景を見て、俺の口から出た感想はそんな月並みなものだった。


 レナたちが来るっていうあの女の言葉を信じて俺とアーチャーは劇場に向かった。ちなみに今も相変わらず俺の境遇はあいつの荷物持ちだ。
 一応劇場に向かっているから切嗣さんとの合流予定地の映画館には近づいてるけど、俺は正直あまり喜べない。なぜならアレから時間が経ちすぎてる。流石にもう切嗣さんは待っていないだろう。ていうか、それ以前にアーチャーが一緒にいるんじゃどの道彼に会いにいけない。
 アーチャーはあの人の敵、それはもう聞いている話だ。だから俺があの人と合流するには、なんとかアーチャーから離れないといけないんだけど、ここまでそんなチャンスはなかった。少し前にマンションで別れたけど、逃げ切れる自信がなくて俺は離れなかった。なにせあいつはいざとなればあの槍を思い切りぶん投げられるんだ。逃げる俺なんて蚊を潰すように容易く無慈悲にやってしまう気がする。
 なによりアーチャーは俺より確実に強い。負傷こそしていても俺では太刀打ちできないに違いない。
 なら、レナたちが劇場に着てしまったら危ないんじゃないかとも思うけれど、アーチャーはレナたちに興味を持っているみたいで、殺す気はないらしい。

 けど、それだけじゃ安心できない。俺はアイツの一面を知っている。ゾロさんを平然と突き落とし、クーガーって人を笑って陥れようとしたあいつの一面を。
 レナたちも同じようにアーチャーの玩具にされてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなくちゃいけない。だが、今だそのチャンスは巡ってこないし、そもそも方法が俺にはまだわからない。

 そんなグダグダ感漂う考えのまま、俺はアーチャーと一緒に劇場に到着したんだけど、その劇場っていうのが俺の予想以上の代物だったんだ。



 遠めから見ても大きめの建物だった。三階建てくらいはあるんじゃなかろうか。その玄関口は一面ガラス張り。こんなところ雛見沢はおろか、興宮でだって見たことない。
 近くに来て改めてそれに驚いている俺に対してアーチャーはそれを見ても特に何も感じなかったらしく、特にリアクションもなしに自動ドアを潜って行った。
 俺が慌ててアーチャーを追うと、中もこれまた豪華な代物だった。高そうなソファー、高そうなシャンデリア、高そうな樹木。
 ……ここ、劇場なんだよな? 映画館で言えばチケット売り場みたいなところなんだよな? うん、確かにそれっぽいカウンターや値段の表はあるからそれは間違いない。
 なのに、なんだこの無駄に豪華な内装は。ロビーでこれじゃ、本命の劇場はどんだけ豪華なんだよ!?

 つい呆然としていた俺が我に返ると、アーチャーがいつのまにか離れた壁際に移動していた。何か見てるのか?
 俺が近づいていってもアーチャーは俺に目を向けず、壁に掛かった何かを見ていた。


 それは、俺の貧相な直感で言うと『団子』だった。団子って行っても、串焼きな。
 ○が3つ上から直線に並んでて、それを直線的な線が繋いでる。そんな図が長方形の物に描かれて壁に掛かっていたのだ。
 その○も、大きさが違っていて、一番上が中くらい、その下の真ん中が1番大きい、そして一番下が1番小さい。そんなアンバランスな串焼き団子だ。
 まあ、ここまで見ると俺ももう串焼き団子とは思ってなかったんだけどさ。

「これって、もしかしてこの劇場の地図?」
「当然だ。他に何を掛ける道理がある」

 この劇場に来て初めてアーチャーが言葉を発した。そして初めて俺に目を向けた。セリフも目線も思いっきり馬鹿にしてる感じだったけど。
 普段の俺だったらつっかかるだろうけど、俺は無言でいた。このアーチャーにつっかかろうものなら、次の瞬間には俺の体が真っ二つになっていてもおかしくなさそうなイメージがある。
 俺の対応に特に怒りは抱かなかったようで、アーチャーは再び劇場の見取り図に目を戻した。




「どうやらここの劇場は、『北劇場』、『中央劇場』、『南劇場』の3つに別れているようだな」
「3つも劇場があ……るんですか?」
「珍しくはあるまい。我の知識でも、2つや3つステージや劇場を抱えている施設はザラだ。もっとも、ここまでのものはそうはないだろうがな」
「でも、なんでわざわざ分けるんだ?」
「ふっ、圭一。貴様、オペラも演劇も観た事はないのか?」
「う」

 ものすっごい馬鹿を見る目で見られた。しょうがないだろ、確かに昔は都会育ちだったけど、親父は画家でそこまで儲かってるわけじゃない。
 オペラや演劇なんてそうそう観てない。せいぜい学校の演劇がいいとこだ。雛見沢に至ってはもう論外だ。

「まあ雑種如きに高度な教養を求めるのが間違いか。いいだろう、我が特別に教授してやる。
 ここは劇場ごとに演目を分けているのだ。それにより、同時に各々の演目をし、かつ設備をそれぞれ専用にしておけば、不要な準備が省略できる」
「へ、へー……」

 俺はつい素直に感心してしまっていた。このアーチャー、傲慢不遜自分勝手強力なだけじゃなく、知識も豊富なのだ。
 そう考えると、なんかアーチャーが高そうな劇場で高そうなワイン片手に上等なオペラを聞いているイメージが脳裏に浮かんだ。
 うわ、似合ってる。すごい不本意だ!

「ふむ。この北劇場は『演劇用のホール』が設置されているようだ。そして、中央劇場には大規模な『音楽用ホール』があるようだな」
「音楽って…………ライブ?」
「戯けが。そんな世俗的な物ではない。このホールには巨大なパイプオルガンが設置されている、と記述されている」
「え、どこに?」

 アーチャーが無造作に俺に何かをぶん投げた。慌ててキャッチしたそれは、一枚の紙っぺら。3つに折りたためるそれはどうやら劇場のパンフレットらしい。
いつの間に持ってたんだよ…。

「ってことは……オペラとか、オーケストラとかそっちの方?」
「そっちの方、というのが如何にも雑種らしい言い草だが……まあ良い。そう捉えておけ」
「(悪かったな雑種で!)……で、南劇場は……えーっと、『和風舞台』?」
「ああ。能や歌舞伎用の舞台のようだな。欄干や桧舞台が設置してあると記述されている」
「文字通り和風のもの専用ってわけ……です、か」


 えーっと、このパンフレットの内容を纏めると。
 まず劇場全体は3つの円形の建物で構成されていて、それぞれの中心に四角形のホールがあって、ホールの外には受付やロビー、簡易的な売店がホールを囲んで円形に設置されている。そして、それぞれの劇場はさっきの串、連絡通路で繋がってるらしい。北劇場と中央劇場、中央劇場と南劇場を、な。
 北劇場は中くらいの大きさで、『演劇用ホール』。
 中央劇場は1番大きくて、『音楽用ホール』。
 南劇場は1番小さくて、『和風舞台』。
 んで、それぞれの劇場は防音加工がされており、各劇場内での音はよほどの大音量でない限り外に漏れず、また聞こえない、と。
 ホールには更に防音加工がなされているから、ホールにいる人間は外の音をほとんど聞けないし、逆にホール内での音はほとんど外に漏れない、か。



 ……こりゃ、ホール内には居ない方がいいよなあ。だってレナたちが来てもわからないんじゃ意味ねえんだし。
 でもどうやってそうアーチャーを誘導したらいいんだ? ほっといたらアイツ勝手にホール入ってっちゃうぞ。そう、今まさに連絡通路の扉を開けて――


「ちょっとぉ!!」
「何をしている。主人が往けば従者はその後ろに従え。背後からの攻撃の盾にならぬだろう」
「ああ、そうですね……って俺盾!?」
「冗談だ戯け」


 連絡通路を通って中央劇場へ向かうアーチャーを俺は慌てて追いかけた。
 なんとか説得してホールの中にだけは入らないようにしないと――


 そんな時だった。俺の耳にアイツの声が聞こえてきたのは


『ごきげんよう諸君』





       ♪ ♪ ♪
       『―Future→』




【夜明曲(オーバード) ~古手梨花~】



「そんな」


 私の膝からがくりと力が抜けて、私は冷たい地面に膝を突いた。
 隣にいる彼は、そんな私を静かに見つめている。



園崎魅音


 それが新しい放送で告げられた名前。
 分かっていた。先の放送で誰も呼ばれなかったからって、今度も呼ばれないとは限らないのだ。けれど、どこか期待していた自分が居た。そんなご都合主義な奇跡を。
そんな未来を望んでいた。それがエゴだと分かっていても。
 けれど、サイコロはそう簡単に上手く回らない。2回続けて6が出る確率は36分の1、36回やって1回できればいい程度。期待してはいけなかったのだ。


 自分でもこんなにショックを受けていることに驚いている自分が居る。
 かつての100年では、展開をある程度知っていると人の死にも鈍感になっていた。圭一が凶行の末、レナと魅音を殺した挙句死亡しても、レナが凶行に至り学校ごと生徒達が爆発で死んだとしても、『次がある』と思う自分が居た。
 それはどこか、諦めきるくらいの長い暗い夜を思える時だった。


 けれど、ここは違う。
 私はこんなところは知らない。私は隣に居る彼を知らない。襲撃してきた男も知らない。助けてくれた青年も知らない。赤い服の女も知らない。
 なにもかもがイレギュラー。サイコロの1というより、サイコロの目がAや○みたいに訳の分からないものになってしまったような感覚だ。
 どうなるか、まるでわからない。



「おい、大丈夫か?」



 隣の彼、ニコラスがこっちにそう声をかけて見ていた。
 手はポケットに突っ込んでいる。助けてくれる気はなし、か。
 けれど特に怒りは抱かない。言外に、なんとなくだが『自分の力で立ちあがれ』という意志を感じたからだ。
 分かっている。こんなところで膝を突いているわけにはいかないことを。まだ仲間たちは生きている。
 それでも、なかなか立ち直れない。それでもニコラスに迷惑をかけるわけにはいかないし、あんまり情けないところも見せたくない。


 もう不可避の惨劇はない。もう夜は明けたはずだった。
 なら、今いるここは……昼の光の中のはずなのに。
 新しい夜が、私を包み込もうとしている。


「ええ、大丈夫よニコラス」
「…………」


 足に力を入れてなんとか立ち上がった私をニコラスは静かにみつめて――








 私の頭に衝撃が走った。






       ♪ ♪ ♪
       『←Past―』



【行進曲(マーチ) ~トニートニー・チョッパー~】



「……聞いて、もらえないんですか? ギラーミンが本当に優勝者を元の世界に帰すかなんてわからないんですよ?」

 俺とグラハムより前で、レナが片目を瞑った奴に向かってそう言った。なんとか説得しようとして、その気持ちがおれにもわかるくらい。
 レナはちゃんと話してると思う。あいつが約束守るなんておれも思えない。あんな、人の命を遊び道具にしか思っていないような奴!だから、そう言えばどんな奴でもわかってくれると思った。だって人を殺したがる奴なんてそういないはずだ。みんな被害者だ。みんな怖いんだって。

 なのに、あいつは


「関係ねえ、っつっただろ……」


 ゆっくりと手を突き出してきながら、足をゆっくり開きながら、おれたちをその片目で見据えながらそう言った。
 なんだよ、あの眼……誰も寄せ付けないような、群れのはぐれ者みたいな目だ。みんなをびびらせる、そんな眼だ。誰も近づくなって言ってる眼だ。そして、とても寂しそうな眼だ。
 おれは他人事に思えなかった。おれもヒトヒトの実を食べたせいで群れを追い出されて、人間達にも怖がられて攻撃された。それで、もう誰も彼もが怖くなった。もしかしたら、おれもアイツみたいな目をしてたのかもしれない。
 なら、おれは助けたい。お前は1人じゃないんだって。Dr.ヒルルクみたいに、おれは――

「なあ―― 「待て命の恩人B」 えっ!?」

 話しかけようとしたおれの前に突き出されたグラハムの手、そして静止する声におれはグラハムに文句を言おうとした。なんで止めるんだ、って。


 けど、それはできなかった。


「な、なんだ!?」
「こ、これって!?」


 突然、パキン、パキンって音と共に男の周りの道や壁の一部が削れていったんだ。何もねえのに。まるで何かに食われたみたいに。
 なんだ、なんなんだこれ!?
 おれは戸惑った。レナも同じ感じだったけど、グラハムだけは落ち着いて男の方を見ていた。おれも戸惑いながら、その目線を追って男を見た。


「な――っ!?」



 その先にあったのはもっとびっくりすることだった。
 男の突き出していた右手が、裂けたんだ。裂けたと思ったらそれがわっかみたいなので束ねられていく。そして――



「アイツが約束を守るなんざ関係ねえ」


 そいつの型に車輪みたいなものがくっついて――


「手前らが脱出する気なのも関係ねえ」


 奴の右手全体が、なんか鎧みたいなのに包まれて――



「確実なのは――今俺の前にある壁が」



 そして、あいつが足に力を込めたのが分かった時は――おれは、遅かった。





「てめえらだってことだけだぁああああああああああ!!」




 言葉に遅れて、あいつが飛んできた。まるで砲弾みたいに、まるで銃弾みてえに! 叫びながら、猛りながら、その右手を振り上げて、レナに向けて!
 その右肩の羽みたいのが砕けて


「衝撃のぉぉぉぉぉ!ファーストブリットォオオオオオオ!!」


 間にあわねえ! アイツの変化に驚きすぎた! きっと悪魔の実に決まってるのに、ぼうっとしてた!
 畜生! なんでおれは獣形態で待ってなかったんだ! そうすりゃきっと間に合ったのに!


 おれの離れたところで、おれの手の届かないところで、呆然としたレナに、飛び掛ったアイツの拳が、どこかゆっくりに見えて、直撃しそうな――




 そこに、何かが割り込んで――



「あうっ!!」


 次の瞬間、おれ目掛けてレナが――飛んできた。




       ♪ ♪ ♪
       『―Future→』



【協奏曲(コンチェルト) ~ニコラス・D・ウルフウッド~】


「ったく、何が大丈夫やねん、こんガキは」
「な、な、な、なにするのよニコラス!!」

 今ワイの目の前で頭を抑えて涙目になっとる梨花はこっちに向かってどうがなりちらしおった。まあ、当然か。ワシが今こいつの頭に拳骨落としたんやからな。


「こういうこと聞いてな、『大丈夫』言う奴はまず大丈夫なわけあらへん」
「なっ! さっきみたいな質問したら普通そう答えるでしょ!?」
「アーアー、キコエヘンキコエヘン」
「ちょっと!!」


 まだキーキー言い寄る梨花の頭を、ぐしゃっと乱暴に掴んでやる。やけに柔らかい髪をしていた。こいつ、良い風呂はいっとるみたいやな。


「な、なぁっ!?」
「ったく――ガキが変なこと考えよって。ガキはガキらしく、ピーピー泣いとれ」
「だ、誰がピーピーよ!」

 まだ言い張る梨花に、ワイはため息をひとつ吐いてから、目線を合わしてやった。
 梨花がこっちの眼を見たのを確認してから、


「はっ、んなことゆーたかてなあ。顔に書いてあるからしゃあないやろ。『私は今悲しくて仕方ありません』てな。
 それでガキが変な気つこーて、平気な振りしよって……はっきり言うわ、キモい」
「っ!!」

 梨花が眼を見開き、歯を食いしばった。その顔は、図星か。まあバレバレなんやけどな。

「ガキが変な気使うなや。知り合いが呼ばれたんやろ。大事な奴だったんやろうが」
「そ、そう、だけど……でも、そんなことできないわよ!だって、そんな情けない――
 フギャッ!!」


 また梨花が頭を抑え、うずくまる。ったく、こりんやっちゃな。拳骨2回目してもうたやないか。


「情けない? ハッ、ワイが自分が泣いたくらいで見捨てる思うたんか?」
「だ、だって」
「そんなんで見捨てとったら、とっくのとうや。ワイは別に気にせんわ。ガキはガキらしく素直に泣いとけ」
「で、でも」
「その泣き声で誰か来たら、か?」


 ワシは懐からデザートイーグルを取り出し、梨花に見せた。


「そないな空気読めへん奴はワイが相手しといたるわ」
「ニコ、ラス……」


 梨花はしばらくワイの顔を見取ったが、やがて顔を下に向けた。


「大事な、仲間だった」
「……」
「長い間の、仲間だった」
「……」
「空気読めなくて一人称おじさんで、部活じゃ鬼のようだった」
「……」
「圭一のこと好きな癖に……こ、告白の、一つもできなくて」
「……」
「お、女らしいところも、あるくせに……ぜ、全然素直じゃなく、って……!」
「……」
「で、でも、それ、でも……!優しくて!部活の皆の事を気にかけてて!詩音のことも気にしてて!」
「……」
「良い、部長、だった……!彼女の作戦の、おかげで、私は……!た、たす、かって……!」
「……」
「けど、もう、もう魅音には、会えないの、よね……!」


「……ああ、会えへん。だから……今、お前は……泣いてええ」




 もうその後は、泣き声で言葉にすらならへんかった。



       ♪ ♪ ♪
       『←Past―』


【組曲(スウィート) ~竜宮レナ~】


「あうっ!!」


 男の人の拳によって私は吹き飛ばされた。宙を浮く感覚はわずかで、次の瞬間には『うわっと!』という声と共になにかもふもふしたものにぶつかっていた。いや、これは――受け止められた?


「だ、大丈夫か? レ」


 チョッパーくんらしき声が聞こえる暇もなく――


 次の瞬間、ドゴッ、という激しい音がした。


「うわああっ!!」
「きゃあっ!」


 あまりに近い音だったから、私はつい悲鳴をあげてしまいそんな私をずんぐりむっくりな体躯覆うようにした。
 私はここで思い出した。これは、チョッパーくんだ。変身したチョッパーくんが殴られて吹っ飛んだ私を受け止めてくれたんだと、私はやっと理解した。


 ――あれ?
 でも、おかしい。あの人は物凄い形相で私を殴った。多分本気だ。アレは本気で私を殺すつもりだった眼と、顔だった。なのに、私はそんなに痛みを感じていない。さっきのはどちらかというと、加減して吹き飛ばした――――!?


 そこで私はやっとわかった。
 さっきの轟音の正体を。
 それは私に当てられるはずだった一撃。本当なら私が喰らうはずだった一撃。けれど、それは阻まれた。割り込んできて、私を蹴り飛ばした誰かに。


 チョッパーくんはここにいる。だったら、私を蹴り飛ばした人は――私を庇った人は――あんな衝撃音の一撃を食らってしまった人は――!



「グラハムさん!!」
「グラハムーーー!!」


 私とチョッパーくんは同時に音源の方を見やった。そこにはもくもくと立ち込める土煙、周りに散らばるいくつもの欠片。おそらくは地面のアスファルトのものだ。
 道路ですらこの有様じゃ、グラハムさんは――!


「く、くそお! よくも、よくもグラハムをーーー!」

 チョッパーくんが叫んだ。相手はもちろんあの片目の人。けれど、彼の姿は見えない。


 グラハムさん……私が、あの人を説得できなかったから……! 私のことを命の恩人って言ってくれた人。私は見捨てようとすら考えていたのに。なのに、なのに!
 そんな私を、庇って――!


「っ!!」


 土煙が晴れていく。見たくない。きっと、そこにはひどい有様のグラハムさんがいる。原理なんて分からない、理屈なんてわからない。ただ、あの不思議な腕はアスファルトすら砕いたのだ。そんな一撃に人間の肉体が堪えられるわけが――



「悲しい、悲しい話をしよう」



「えっ!?」
「え……」


 土煙が晴れる、その先に。
 聞き間違いかと思った、声がして。


 そこに、見覚えのある青つなぎの人が立っていた。


「グラハム!!」
「グラハムさん!!」


「今俺は命の恩人Aを庇ったわけだ。ああ、そこまではいい。なにしろ命の恩人だし、守るとあのおっさんに約束したわけだしな、ここで飛び出さないわけにはいくまい。
 そしてそこにそこのトゲトゲ頭が突っ込んできたわけだ。ああ、すごい勢いだった。あのパンチを食らっていたら俺もきっと死んでいた。いや、きっと? 俺はそこまで自分の体に自信があったのか? 今まで試した事もないのに俺はまた不確実なことを! よし、ここは一応間違いなく死んでいたということにしておこう。
 でだ、ならば俺はどうしたか……。腕はいかにも硬そうだ。とても受け止められそうに無い。逃げることもできない。なにしろ俺の後ろには恩人達がいたからな。俺は考えた。いや、もしかしたら考えなかったかもしれない。本能のまま動いたかもしれないが、それは過去の俺に聞いてみないとわからないから置いておこう。
 そして俺は考えた。『なら、胴体を殴ればいいじゃない』と。というわけで、奴の拳が届く前に、俺は奴の胴体を剣の腹で思い切りぶったたいた!男は呻いて、拳がそれて拳は横の地面にぶつかった。轟音、だが俺は無事だった!で、男は腹を押さえながら下がり、俺の追撃から逃れた…………ここまでも実はいい。



 なのに、なぜ俺が死んだ事になっているんだーーーーー!」
「悲しんでたのそこだったのかーーーーー!?今までの話なんだったんだよ!?」



 うん、グラハムさんは相変わらずだ。なんだか腹が立ちそうなくらい相変わらずだ。そして無事だった訳も見事に自分で言ってしまった。
 私はグラハムさんの向こう側をなんとか見た。
 そこには、腹を押さえて膝を突く男の人の姿。
 アレだけの勢いだ。そこで脇腹への衝撃、しかも勢いのせいでさらに威力は倍増、カウンターという奴だ。グラハムさん自身の力と剣の丈夫さ、そして皮肉にも彼の攻撃の速さが彼自身に大きなダメージを与えているみたい。それだけじゃないかも。もしかしたら、腹にはもう傷があったのかな。

 なんにせよ……今しかない。


「グラハムさん……逃げよう」
「えっ、レ、レナ!? でも、説得しないのか!?」
「チョッパーくん、悪いけど……多分、あの人は無理だと思う」
「命の恩人B。俺も、同意見だ」


 腹を押さえた彼は、それでもこちらに視線を向けている。敵意と、殺意。私達を倒した先、その先をただただ目指してる。
 彼に、私達の言葉は、届かない。そして、私達には


「私達には、彼に抵抗できる力がない」
「っ!! そ、それは――。で、でも!レナのデイパックに俺に支給された銃があったろ!? 殺すまではしなくても、それで威嚇してグラハムが取り押さえれば」
「チョッパーくん……あれは、私には使えないよ。私じゃ、重すぎる」
「なら!俺がやる!人型の俺ならあれくらいなら持てるよ!」
「命の恩人B。銃を撃ったことはあるのか?」
「な……ない、けど!」
「ならやめておけ。俺もあんな代物は見たことないが……あれは素人が使うには危険すぎる。どこに弾が逸れて、どれほど被害ができるかわからない」
「ううううう!」

 チョッパーくんが悔しそうにうめいた。
 助けたいんだろう、あの人を。ただただ悲しい道を進んでいくあの人を。私もそう思う。でも、私には彼を止められる力が無い。
 頼りになるグラハムさんも――


「なら話は簡単だな」



       ♪ ♪ ♪
       『―Future→』


【戯曲(プレイ) ~ラッド・ルッソ~】



「おいおいおいおいおいおいおい!」


 あのギラーミンの放送が終わった後、俺は地下からあがってしばらく歩いた道のど真ん中でがなり叫んだ。だってよお、これが叫ばずにいられるかよ!いられねえよなぁ
おい!


「もう28人もおっ死んじまったのかよ! おいおい、俺ぁまだ4人しか殺してねえんだぞ!? まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ! 殺し足りねえだろうがよぉおおおおおおお!!」


 ちっ!どいつもこいつも楽しみやがってよぉ! あの宇宙人は何人殺したのかねえ! あの嬢ちゃんも何人殺したのかねえ! あのメガネメイドは!? あああああああああああああああああああくそ!! だいったい、28人つったらよぉ、俺7人分のスコアじゃねえ!? あれか、俺7人でやっと今まで死んだ奴みんな殺せたってか! ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 俺1人分が理想、我慢してやっても俺2人分までだっつうのによおおおおおお!

「俺も速く次殺さねえとやべえ。てか俺がやべえ! 俺の何かがやべえ! 俺の何もかもが爆発しちまいそうなんだよおおおおおおおおおお!! ああもう爆発してやろうか!? んで、その爆発でみんな死ね! この会場ごとみんな大爆発だ! そうすりゃあ俺が全殺しだ!! なんだよそれで全部解決じゃねえか!!」

 まあ、流石にこれは冗談だけどな。
 だってよお、俺が死んじまったら話になんねえだろ? あ、でも待てよ? 爆発しても俺が死ななかったら問題ねえのか?


 とか考えて空を見上げていた俺の上を、何かが通った。


「……なんだ、ありゃ」


 空を飛んでいた。
 だが鳥じゃねえ。鳥にしたってでかすぎる。なにより……そいつは、足が生えてやがった。




 おい。
 おいおい。
 おいおいおい。
 おいおいおいおいおいおいおい!




「早速か! 早速かよこの野郎! 俺まだランチも食ってねえのになぁ! けどまあいいさ! 何しろアレはあれで充分いいランチだからよぉ!
 鳥なのか? 人なのか? あるいは、翼はえた鳥人間か? 天使か!? 悪魔か!?
 ああ、どうでもいい! そんなことはすっげええええええええええええ、どうでもいい!
 思ってるんだろうなぁ、思ってるんだろうなあああああ!




『空を飛んでいる自分は、そう簡単に殺されはしない』ってよおおおおおおおおお!!」





 俺はデイパックからバズーカを取り出し、奴を追った。
 今はまだ届きそうにねえが、スピードはそんなに速くねえ。それに、ずっと高度飛んでるわけでもねえだろ。いつかどこかで必ず下がる!


「さあさあさあ! ランチは鳥のソテーかぁ!? あるいは人間のソテーかぁ!? どっちでもいいけどなぁ!
 天使? 悪魔? いいねえいいねえ! 前々から殺してみてえやつらだとは思ってたんだよなぁ! 天使の奴らは死んだ奴を連れてく? 悪魔は死んだ奴らの行く地獄の住人? だったらよぉ、そいつらは死んだらどこにいくんだ!? 俺は聞いたことねえ。だから……いいねえ、天使や悪魔も殺してやる! 天使や悪魔に死ぬ心境を味あわせてやるよぉ!
 さあ、ランチタイムの時間だよ、ってなああああああ!!」



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最終更新:2012年12月05日 02:06