境界線上の小鳥遊宗太  ◆OQO8oJA5SE





暗闇の中、乾いた靴音が逃げ場所を求め反響する。
だが深く閉ざされた地の底ではそれは叶わない。
逃げ場所を失い次第に弱まった音は、やがて冷たい岩肌へと吸収される。
だが足音は無限に生まれ、無機質による食物連鎖は終わることなく続いていく。
その体系の一番下に位置する、足音を作り出している存在は2つ。
それらは緩やかに傾斜した洞穴の中をゆっくりと、だが決して止まることなく進んでいる。

「――駅とはただ、止まるための場所ではない」

そのうち一つが足音とは違う音を作り出す。
ランタンのオレンジ色の光にぼう、と浮かび上がるのは髪をオールバックに撫で付けた青年の姿だ。
瞳に力強い意思を浮かべるその青年の名は、佐山・御言という。

「外界から新たな乗客を受け入れ、また古き乗客を送り出す場所でもある。
 ……故に駅と名乗る以上、外界と駅が断絶されているならば、それはどこか外界に繋がってなくてはならない。
 そしてここ、H-3におけるその道こそが――この廃坑というわけだ」

廃坑……それはかつて何かを掘り出していた、廃棄された坑道の事を指す。
事実これまでの道のりで、使われなくなったトロッコやツルハシの柄の部分などが放置されているのを2人は見ている。
だが、それらがフェイクだということは少し見れば分かる。
映画のセットを見たことがないが、ああいうものなのだろうと思う。
それほどまでにそれらは人為的で、不自然だったのだ。
上部に備え付けられた電灯はわざとらしく埃を被らされており、今まで一度でも点灯させたかどうかすら怪しいものだ。

そんな偽りだらけの冷たく暗い廃坑を2人の青年は掲げられたランタンの光だけを頼りに邁進していた。
その状況下で、佐山の同行者であるウェイター服の青年・小鳥遊宗太が思うのはたった一つのことだった。

(あれで、良かったのかなぁ……)

"あれ"とはもちろん、地下鉄で佐山に投げかけられた4つの選択肢のことだ。
小鳥遊からの返答を聞いた佐山は、それに対して特に否定も肯定も示さず、
『ふむ……このままここにいても仕方がない。とりあえず地上を目指そうじゃないかね』
と言い出し、そのまま階段に向かって足を進め始めたのだ。
そのことについて小鳥遊はこれまでの道中、それとなしに聞き出そうとしたがすべて上手くはぐらかされてしまった。

――なんで答えてくれないのだろう。
やはり、選択を間違ったのだろうか。
だが佐山なら間違ったのなら、あの場で即刻訂正しそうな気もする。
ということは間違ってない、ということだろうか。
でも、だったら何故――……

思考は同じところを廻り、答えへと決して到達しない袋小路へと迷い込む。
その逡巡を断ち切ったのは、『小鳥遊君』と呼びかける佐山の声と、差し出されたディパックであった。

「……すまないが少しの間、これを預かってもらえるかね」
「? いいですけど……何をするつもりなんです?」
「何、少しでもこの腕に慣れておこうと思ってね」

そうとだけ言うと妙に長い左腕を前に構える。
そして次の瞬間、両の足が刻むのはスタタン、スタタン、という軽やかなステップ。
続けて長さの異なる両腕から繰り出されるのはジャブからのワン、ツー。
更にそこから流れるようにショートアッパーが繋がれ、唸りを上げる。
その繰り返し……いわゆるシャドーボクシングを繰り返しながら、前方への移動を再開する。

「すごいな……」

そんな言葉が、思わず小鳥遊の口をついて出る。
同僚の見慣れた本能に任せた右とは違う、洗練された技巧による連撃。
廃坑内に連続して残響する、拳が空を切り裂く音。
そこには特に格闘技に興味のない小鳥遊でさえも見入ってしまう刀剣にも似たある種の美しさがあった。

「ヒヒジジィに仕込まれてね。ゾロ君たちのような"戦士"ほどでなくとも、それなりのものだと自負しているよ」

だがそこで佐山は唇をかみ締め、僅かな苦味を混ぜる。

「……だが本調子ではない。
 先程も言ったがとてもバランスが悪い……同程度の実力の相手なら致命的な隙がどうしても出来てしまうだろう。
 ……いや、例え本調子だったとしても、恐らくは"彼ら"には届かないだろう」

そう、武術の心得のある佐山でも徒手空拳では届くまい。
ラズロ、およびストレイト・クーガー
数分前に会っただけにもかかわらず、小鳥遊は恐らく一生忘れることはないだろう人たち。
いや、彼らは本当に人だったのだろうか。
空間を削り取るもの、地下鉄を追い越すほどのスピードを出すもの……
自分の知る『ケンカの強い人間』とは、文字通り次元の違う存在。
その一人に襲われた時の殺意を思い出し、再度湧き上がってきた恐怖に身震いする。

「……それに、もっと憂慮すべきことがある」

そう話す佐山はこれまで以上に真剣な顔つきだ。
やはり達人である以上、自分の考え付かないような不安要素を見出しているのか。

「それは……」
「それは……?」

唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

「もしもこの左腕で新庄君の尻を触った場合、それは私が触ったことになるのかどうか、ということだ」
「俺の心配を返せ!」
「何を言うのかね。大きな問題だよ、これは。
 この左手は自由に動かせるし、感覚もある。ということは感触を楽しむのは、間違いなく私だ。
 だが触っているのは赤の他人の凶悪モヒカンの左腕なのだよ。
 例えば左手でしか新庄君の尻を触れないチャンスがあった場合どうすればいいと思う?
 新庄君の尻の恩恵を受けるのは世界中で私だけで良い。
 だが先程のような場面に直面した場合、この私の神仏のごとき心の広さを持って、左腕にも恩恵を与えてやるべきか。
 それとも鋼の意思による自制を持ってとどめ、理想に殉教すべきか……おお、これは彼の"個体化の原理"にも匹敵する難題だね?」

愉悦と苦悩を同時ににじませ、ああでもないこうでもないと妄言を呟いている。
常人が見れば何らかの冗談だと思うだろう。
だがこれがこの青年の素なのだと、長らく行動を共にしてきた小鳥遊は理解していた。
佐山・御言は普段は同年代とは思えないほどの落ち着きを見せる、頼れる青年だ。
だが新庄という人物(特に尻)の話題になると、リミッターが壊れる性質があるようだ。
未だ奇行を続ける佐山を反目で見て、小鳥遊は思う。

……だめだこの人……早く何とかしないと。

というか、この人に対していったい何の遠慮をしていたのだろう。
こっちがこんなに不安になったり苛ついているのに、この人は……
ああ――だんだん腹が立ってきた。

「おや、どうかしたのかね。額に青筋立てながら小刻みに震えたりなどして。
 あまりカリカリしすぎると寿命を縮めるよ? 乳酸菌はちゃんと摂取しているかね?」

どこかコメディアンのようなオーバーな動きと共に放たれた言葉に堪忍袋の尾が切れそうになった瞬間、
急に真顔に返り、おちょくるようだった声色が真剣なものへと変化する。

「さて、君の健康状態はおいておくとして……
 方針は決まった、ならば具体的な行動を決めようではないか」

急激な変化に戸惑う小鳥遊。
佐山はそんな彼に向け、更に言葉を重ねる。

「君の出した答えは確か――2番、だったね?」

地下鉄の駅で宗太の出した答えは2番、『まずは強力な武器を見つけ、ラズロの様な参加者にも対抗可能な状況を作る』であった。
そのことに対し、佐山は初めて意見を述べる。

「しかし……意外だね。てっきり1番を優先するものだと思っていたのだが」

選択を間違ったのだろうか、という恐怖から背中に脂汗をかく。
だが佐山の目に浮かぶのは、間違いを正すものでもなく、むしろ――

(……試されて、いる?)

普段から(程度の差やベクトルの違いはあれど)奇人変人に囲まれている小鳥遊は、そのことを漠然と感じ取った。
だから言い訳ではなく、それを選んだ理由を口にする。

「……うん。だって俺たちには……力がないですから……」

そう、自分たちが探している二人、伊波と新庄は決して"強者"ではない。
そしてそれは自分たちにも言えることだ。
こちらの戦力は本調子ではない佐山の格闘術と、対斬撃防御に特化した秘剣電光丸のみ。
もし、こんな状態で合流したとしても、あのラズロみたいなのに襲い掛かられたとしたら一溜りもない。
だから、小鳥遊はまず自分たちの身を守るための"力"を手に入れることを優先する。

「試すような真似をして悪かったね」

こちらが気づいたことに対して気づいたのだろう。
表情を崩し、素直に謝罪の意を示す。
思えば、あの時すぐに答えを聞かなかったのも、自分自身の意見を整理させる時間をくれたのかもしれない。

「……そう、君の言うとおり残念ながら我々は弱者だ。
 概念兵器をはじめとした何らかの"力"を持たねば、抗うことも出来はしない」

だが、そこまで言葉を進めると、口の端を僅かに吊り上げる。

「とは言え、彼女たちとは出会い次第合流するつもりではあるし、情報収集も怠るつもりはないがね。
 有難いことにこの目的は1番とも並行可能だ。2番をやや優先する程度でかまわないだろう。
 ……さて、それでは、逆に優先順位を下げるべきなのは……分かるね?」
「うん、まず……4番は時間的に厳しいよね」

基本支給品の中にまぎれていた時計によれば現在は午後2時前。
地下鉄を使うならともかくとして、今から1時間、徒歩で図書館に到着するのは不可能と判断してもよい。

「そう、更に言うなら先程の放送で待ち合わせ相手たるストレイト・クーガーの名が呼ばれたのだ。
 彼らには4-C駅へと向かう理由がない。もしかしたら会えない可能性すらある。
 ――未見でありながら、ある程度信頼できる人物との合流の可能性は魅力的だがね」

佐山はそう付け足しながら、小鳥遊に預けていたディバックを受け取る。

「そして3番、地下の探索だが……これもまた、優先度は下げられるだろう」
「うん、何というか……広すぎるからね……」

H-3地下駅にあった駅名標には【E-2駅 ← 廃坑 → G-7駅】と書かれていた。
つまり地下空間は少なくとも7ブロック以上に広がる広大な空間だと推測される。
そんなところをたった2人、しかもノーヒントで探すなど自殺行為以外の何者でもない。
それに、と佐山は再び説明を付け加える。

「迷宮探索ボールを持つゾロ君を探す、という作業はこれまた1・2番と並行できる。
 ……いや、戦闘力を持つ彼との合流は2番の目的と同一と言ってもいいかもしれないね」
「え、でもゾロさんはウソップさんの仇を討つために……」
「先程の放送で彼の友人である"モンキー・D・ルフィ"という人物も名前を呼ばれた。
 現時点での生存者はおおよそ半数……このペースで行けば想定よりも早く事が進むかもしれない。
 この際、多少強引にでも行動を共にしてもらうつもりだよ」

そう言い切る以上、説得する自信があるのだろう。
そして小鳥遊は出来るのだろう、と思う。
時々発症する突発性変態症候群さえ考えなければ、目の前の青年は多少性格に難はあるものの極めて優秀なリーダーなのだ。

「彼は私とやりあったときには全力を出していなかったのだろうし、戦力としては十分だ。
 何よりも我々と直接面識があり、ある程度の信頼関係が構築できているというのは大きなアドバンテージだ。
 ふむ、信頼と実績のロロノア・ゾロというわけだ」

優先順位を定める会話は、そう締めくくられた。
……となれば自然に会話は次のステップに移る。

「さて、となると――次に考えるべきはこれからの具体的な行動だね。
 端的に言ってしまえば、どこに向かうかだが……それを君に決めてもらいたい」

何故、とは問わない。
佐山がそうするのだからそれなりの理由があるのだろうと、今のところはそう思っておく。
だから返す言葉は"何故"という問いを除いた自分の素直な感想だ。

「……でもこれからの決めるっていきなり言われても……」
「ふむ、では先程と同じようにこちらから選択肢を提示しよう。
 それならば――」

だが佐山はそこで言葉を切ると同時、歩みを止めた。
小鳥遊はその理由を問いかけようとして、言葉を喉の奥に引っ込めた。
その原因は佐山の全身を包む空気の変化である。
今、佐山が纏う空気は緊張の一色であり、その鋭くなった視線の先には"何か"が転がっている。

「……?」

ランタンの光によってぼんやりと浮かび上がったそれを、小鳥遊は最初は枯れた木かと思った。
もしくは山奥で寿命を向かえ朽ち果てた老木が一つ、横たわっているのだと。

(何でこんなところに枯れ木が……)

だがおかしなことに枯れ木には布が巻かれていた。
しかも複数枚が服のように重ねられて――いや、違う。
『服のように』ではない。それは『服そのもの』なのだ。
破れ、汚れ、砂まみれになったカーキのスーツとワイシャツなのだと。
"それ"に気づくと見えなかったものが見えてくる。
いいや、そうとしか見えなくなってしまう。
朽ちた古木が、次第に"あるもの"にしか見えなくなってくるのだ。
喉が渇く。動悸が逸る。背中を伝う汗が止まらない。
認めたくないという本能的な恐怖がやめろと叫ぶ。
だが理性は急に止まれない。
そして――ついに気づかされてしまう。
枝は手足であり、瘤は頭、そして瘤の文様は落ち窪んだ眼窩だということに。
そう、目の前に横たわるそれが――水分を吸い尽くされ、真ん中で折れ曲がった人の死骸だということに。

「う、うわあああああああっ!!」

それが死体だと認識した瞬間、どうしようもない嫌悪感と恐怖が小鳥遊を襲った。
思えばこの場所につれてこられてから、いや、生まれてこの方、殺された"死体"を目撃したのは初めてだ。
足から力が抜け、その場にへたり込みそうになる。

「落ち着きたまえ、小鳥遊君」

だが尻餅をつく事を避けれたのは、もう一人の青年が腕を取ったからだ。
見た目からは想像も出来ない強い力で、小鳥遊を無理やりに立たせる。
立たせた側の青年は表情を崩さず、いささか真剣みを増した表情でじっと死体を観察している。

「これが今の現実だ。今からこれと向き合わねばいけないのだよ、我々は」

その言葉には確固たる重みがあった。
見れば反対側の手で左胸を押さえている。
人の死にこの青年も何かを重ねているのだろうか?

「……立てるかね?」
「だ、大丈夫だよ」

精一杯強がって体勢を立て直すも、死体の方向は見れず、視線の先は自然と佐山のほうに向けられる。
だから気づいた、佐山の表情に別の感情……『疑念』が浮かんでいることに。

「どうしたの?」
「よく見てみたまえ小鳥遊君。この死体――おかしいところがないかね?」

指差した先。恐る恐る覗いたそこには、先程までと変わらず横たわるミイラがいた。
思わず目をそらしそうになるが、その一瞬、小鳥遊は奇妙な違和感を覚えた。
汗の浮いた掌をぎゅっと握り締め、死体の隅々に目を凝らす。
程なくして小鳥遊は気づいた、その違和感の正体に。

「――首輪が、ない?」

違和感がない、だからこその違和感がその死体にはあった。
ミイラ化した死体は辛うじて人の形を保っており、首と四肢は繋がっている。
だが、ないのだ。本来ならその首に光るはずの銀色の円環が。

「ど、どういうこと?」
「一言で言えばわからないな。だが……これが明らかに異常である事は間違いない」

参加者はすべからく首輪を仕掛けられている。それは絶対のルールのはずだ。
知らぬ間に首輪を仕掛けられたからこそ、実力者たちは畏怖し、その矛先を主催者へと向けることを避ける。
また、首に爆弾が仕掛けられているというその恐怖に駆られ凶行に及ぶものも決して少なくはないだろう。
つまりこの首輪は主催者にとって、重要なものなのだ。
その首輪がないということは一体どういうことなのか……
ありえないことを目にした小鳥遊の脳裏にまず浮かんだのは、一つの仮説だった。

「その……もともと、死んでいた、とか……
 考えたくはないけど……俺たちが来る前にこの会場に閉じ込められて、そのまま……とか」
「いや、理論的な答えではあるが、その可能性はないよ小鳥遊君。
 この世界が主催者によって作られた以上、その選択肢だけはありえないのだから」
「つ、作られた?」

自分のディバックの中から地図を取り出し、小鳥遊に渡す。

「地図の両端を見てみたまえ。
 上下左右の地形、および線路……もし地図をくっ付けたなら、あらゆるものの位置がぴたりとくっつくはずだ。
 レールなどは後から作ったにしても、地形まではそうはいくまい」

言われるまま自分のディバックからも地図を取り出し、くっつけてみる。
と、佐山の云うとおり、一部のずれもなくピタリとくっついた。

「さらに彼を舞台装置として見た場合でも、
 こんな辺鄙なところに、こんな死体を置いたところで殺し合いを促進させる要因にはなりはしない」

もしも恐怖による錯乱を目的としたのなら、もっとわかりやすく凄惨な――血まみれの死体等を放置するだろう。
それもどこか目立つ場所に。
だが主催側が意味のないことをするとも思えない。
これがいったいどういうことなのか……佐山が頭が回転させ始めたそのときだった。
自らのディバックの中から小さな獣が頭を出し、背伸びをし始めたのは。

「――獏?」


   *      *       *



「人の足を停めるのは〝絶望〟ではなく〝諦観(あきらめ)〟
 人の足を進めるのは〝希望〟ではなく〝意志〟」

恐怖に震え涙を流す少女に向けて男は言った。

「……諦めない」

男の言葉に背を押され、少女は頷いて走り出す。

「……―――来たか」

そして男は覚悟する。
迫り来る、大いなる脅威に対して。



   *      *       *


そして、3分ジャストで過去は閉じる。

見せられた過去に宗太は動揺を隠せない。
それもそうだろう、過去の中にいたのは、彼が探すこの場に呼ばれた唯一の知り合いの姿だったのだから。

「伊波さん……!」
「ふむ、彼女が君の友人である伊波君か。
 やはりこの彼は彼女を助けた直後、何者かによって殺されたようだね」

一度目を閉じ、先程の夢を詳細まで思い出す。
その夢の中の視線の先にあったのは、やはり男の首部分。

「そして、やはり生前の彼には首輪は嵌っていなかった。
 さて、コレはいったいどういうことか……」
「参加者でない、無関係な人ってわけでもないだろうけど……」

小鳥遊が何気なく言った台詞に、驚いたような顔を向ける。

「小鳥遊君、もう一度、言ってくれたまえ」
「え、参加者以外なら首輪してなくてもおかしくないけど……」

小鳥遊の言葉に、しばしの間、何かを考え込み……そして口を開いた。

「――いいかね、これから話すことはあくまで仮説の一つとして聞いてもらいたい」

一つ、前置きをして、話し出す。

「もしも、だ。ここにいる彼があのギラーミンに呼ばれた存在ではなかったとしたら?」

そんなことを、口にした。

「……どういうことさ」
「恐らくは――彼は招かれざる客。
 65人目の参加者という……本来ならありえないはずの存在だ」

絶句する小鳥遊に向けて、佐山は更に言葉を続ける。

「確かに、彼が何らかの手段で首輪をはずした可能性もある。
 だが枷である……恐らく監視機能やその他もろもろの重要機能の詰まった首輪が簡単に外れるものだろうか?
 それも半日も経たずといった驚異的なスピードで。
 例えば……そうだね、こんなのはどうだろう」

一息ついて、己の仮説を語り始める。

「"彼"は隙を見てあの最初に我々が集められた会場に入り込んだ。
 だがギラーミンはそれに反応することは出来なかった。いや許されなかったというべきか。
 当然だ、イレギュラーに反応するということは、主催者に弱みがあるということを見せ付けることになる。
 このゲームの潤滑な進行を考えれば、それは避けたかっただろう。
 自分たちが『絶対的優位にある』という、ということを演出しなければ、予想より反抗者を生むことになるだろうからね。
 だが一方で、スーツの彼も忍び込むのが精一杯で、行動に移せるほどでなかった……
 もしくは動いてもどうにもならないことを知っていた、か」
「どういうこと?」
「よくあるだろう、"フフフ……あいつは我らの中でも一番の下っ端"というアレだよ。
 これだけのこと……個人で起こすにはいささか規模が大きすぎる。
 ギラーミンの背後に何らかの組織がついていた――もしくはギラーミンが何らかの組織の一員だったとしても、不思議なことではない。
 ならばあの場所でギラーミンを打倒したとしても、背後に控えた者達によって滞りなくゲームは開始されていただろう。
 それではまったく――意味がない」

この殺し合いを仕組んだのがあのギラーミンという男一人だけということはあるまい。
監視・放送、そしてその指揮……必要なのはとにかく人員だ。
規模は不明だが……この殺し合いを仕組んだのは何らかの"組織"……そう考えるのが自然だろう。

「じゃあこの人はこの中に名前が載っていない人ってこと?」
「さぁ、どうだろうね?
 私の記憶が確かならば、あの最初に集められた場所で私はこのディバックを持たされていなかった。
 つまり支給品に関しては後からいくらかの細工は出来た、ということだ」

名簿はコピーを取り直し、その場所だけ入れ替えればいい話だ。
何しろ最初の場所からこの場に移動するまでどれだけの時間がかかっているのか……それすら分からないのだから。

「また、参加者の位置が完全アトランダムではなく、開催者側の意図が入れることが出来るのならば間接的に殺害させることも可能だろう。
 やり方は簡単だ。近くに足手まといを配置し、そのすぐそばに強力な殺し合いに乗るであろう人物を配置する……
 そうすれば正義感の強い彼から逃げ場を奪うことが出来る。
 万が一、逃した時のことも考えて、最初から抱き込まれた参加者もいるかもしれないね」

放送で呼ばれたとすれば、万が一、その弱者に名乗った場合のことを考えれば筋は通る。
もしくは会場内に彼の協力者が潜んでいた場合の燻り出しも狙っていたのかもしれない。

「だが、この考えが正しい場合、重要なのは彼がここにいた意味だ。
 彼は過去を見ての通り、類まれな正義感の持ち主だ。
 そんな彼が動いた理由はただ一つ……彼は、我々を助けようとしてくれていたのだ。
 それも悪人善人の区別なく全員を、ね。
 だとすれば、その彼があの会場に潜入した理由……それは我々を助ける方法がこの会場内にあるということではないだろうか?」

そう、根本的な"殺し合い"を破壊する方法。
少なくともそのきっかけがこの場所にはあるのではないだろうか。
そして自分たちは"地下空間"という怪しい場所を知っている……!

(……数時間前まで、ほとんど何も出来ていなかったのに……)

もしかしたら自分たちは予想以上に主催者の近くに来ているのではないだろうか?
小鳥遊の心は思いがけず見出せた『生きて帰れる』という光明に躍る。
だがそれと同時に首に感じる存在が、忘れていた恐怖を揺り起こす。
喉もとの首輪は健在。そして脳裏に浮かぶのは爆発と共に倒れる女の人。
そう、未だ自分たちの命はギラーミンに握られているのだ。

真実に気づいたものは秘密裏に始末される――映画なんかで使い古されたパターンだ。
だが死人に口なし。有効な手段であることに変わりはない。
もしかしたら次の瞬間にも、この殺し合いを円滑に続けるため始末されるのではないか?
ぶり返してきた緊張に息を飲み込む、が、対する佐山は漲っていた緊張を解き、大きく息を噴出す。

「――とはいえ、この仮説に確固たる証拠があるわけではない。
 どちらかといえばこうであればいい、という希望論に近いものがあるよ、これは。
 すべては我々の勘違いかもしれないし、何らかの方法で首輪をはずせたのかもしれない……まぁ、それはそれで希望だがね」

希望……それは過去で彼が言っていた言葉。
その言葉を目の前の青年も思い出したのかもしれない。

「人の足を停めるのは〝絶望〟ではなく〝諦観(あきらめ)〟
 人の足を進めるのは〝希望〟ではなく〝意志〟――いい言葉だね。
 ならば我々も意志を持って、歩き出すとしよう」

その言葉どおり、佐山は全身を再開し、小鳥遊もあわてて後を追う。
一瞬だけ、横たわる古木のような死体に目をやって。

「……彼を埋葬する時間も余力も我々にはない。
 残酷なようだが……ここで時間を潰すことを彼もまた望まないだろう」

そう、彼に報いるというのなら、諦めず生きることこそ手向けになるだろう。
彼が何者であっても命を懸けて伊波まひるを救ったことだけは確かな真実なのだから。
だから2人は黙祷をささげつつ、地上を目指す。
そして程なくして、目に僅かな光が入る。
次第に明るさを増すそれは長い長い廃坑の終わり。
一歩一歩着実に、その終局を二人は目指し、そして……到達した。

「うわ……」

廃坑の入り口から一歩、外へと踏み出した瞬間、一陣の風が全身に纏わり付いていた埃や砂を吹き飛ばす。
生理的な反応として肺は新鮮な外気を求め、2人の体もそれに応える。
さて、文字通り一息ついた後に時計を見れば2時直前。
まだ日は高く、暗闇に慣れた宗太たちの目を容赦なく責める。

「さて、先程言いかけたこれからのことだが……
 武器や武具、そして戦力を集めるには、まず人が集まりそうな場所に行くことこそ重要だ。
 誰か、友好的な人物と出会えるならば良し。
 そうでなくとも戦闘の余波で取り落とした誰かの荷物があるかもしれない。
 危険人物の襲来には、これまで以上に気を配る必要があるがね。
 となると、とりあえずはここから北に位置する遊園地――」

異形の左手で回転していない観覧車を指差す。
そして、腕を固定したまま体を180度回転させる。

「――もしくは南、山頂に位置する古城跡。
 どちらかをランドマークに歩を進めるのが定石だね」

選択肢は与えられた。
そして再び選択の時間はやってくる。

「さぁ小鳥遊君、――前進しようではないかね」

今度は二択。
北へ進むか、南へ進むか。
さぁ、ここが運命の境界線上。


【H-3 廃坑入り口/一日目 日中】
【佐山・御言@終わりのクロニクル】
[状態]:健康、左腕欠損(リヴィオの左腕を移植)
[装備]:つけかえ手ぶくろ@ドラえもん(残り使用回数3回)、獏@終わりのクロニクル
[道具]:基本支給品一式(一食分の食事を消費)、空気クレヨン@ドラえもん
[思考・状況]
1:これからの行動を決める。
2:優先順位に従い行動する(注1)
3:本気を出す。
※ポケベルにより黎明途中までの死亡者と殺害者を知りました。
※小鳥遊が女装させられていた過去を知りました。
※会場内に迷宮がある、という推測を立てています。
※地下空間に隠し部屋がある、と推測を立てています。
※リヴィオの腕を結合したことによって体のバランスが崩れています。
 戦闘時の素早い動きに対して不安があるようです。
※地下鉄を利用するのは危険だと考えています。
※過去で伊波の顔を知りました。




【小鳥遊宗太@WORKING!!】
[状態]:健康、腹部に痛み
[装備]:秘剣”電光丸”@ドラえもん
[道具]:基本支給品一式(一食分の食事を消費)
[思考・状況]
1:これからの行動を決める。
2:優先順位に従い行動する(注1)
3:佐山と行動する。
4:ゲームに乗るつもりはない。
5:全てが終わった後、蒼星石吉良吉影を弔ってあげたい。
※ポケベルにより黎明途中までの死亡者と殺害者を知りました。
※過去で新庄の顔を知りました。
※獏の制限により、過去を見る時間は3分と長くなっています。
※地下鉄を利用するのは危険だと考えています。

注1:これからの行動の優先順位(1から高い順)
1、まずは強力な武器を見つけ、ラズロの様な参加者にも対抗可能な状況を作る。
  (戦闘力を持つもの(ゾロなど)との合流なども含む)
2、新庄と伊波を捜索して保護する。
3、4-C駅へと向かい、ストレイト・クーガーの仲間と合流をする
4、地下鉄内を探索する



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最終更新:2012年12月05日 02:10