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━━ガタン━━ゴトン━━


耳に入るのは、断続的に続く音。線路を電車がひた走る音。


━━ガタン━━ゴトン━━


それは彼、小鳥遊宗太にとっては毎日のように聞いている日常の音だ。


━━ガタン━━ゴトン━━


そう……瞳を閉じれば、まるであの騒がしくも平穏な毎日に戻ったような感覚を覚える。

あぁ、駅に着いたらバイトに行かないと……。
今日も小さくて可愛い先輩。
働かずに食材を食い散らかす店長。
表情が読み取りにくいけど、意地悪で。でも根はいい人で、可愛そうな佐藤さん。
最近は少し治ってきたけど……相変わらず男嫌いで殴ってくる伊波さん。
その他沢山の変人達との生活が……俺を待っているはずなのに……。

うっすらと瞳を開くと、目の前には無表情でこちらを見つめる佐山君の姿が見える。

先ほど彼の口から聞かされた事実……それをまだ俺は、受け入れる事が出来ない。

蒼星石君と吉良吉影は……殺されていたそうだよ』

二人の安否を尋ねた僕に対して、佐山くんはそう言い放った。
少し俯いていたけど、とても淡々とした口調で。

自分で言うのもなんだけど……俺、小鳥遊宗太は小さいものが好きなだけのごく一般的な高校生だ。
人が実際死ぬところなんて見た事が無いし。
あの広い会場で首を吹き飛ばされた外人の女の人や、銃で撃たれた外人の男の人。
二人の死という事実さえどこか朧げで、現実だとは思えなかった。
あのラズロっていう変なモヒカン男に蹴り飛ばされて、銃を向けられた時だって……
痛かった、怖かったけど。
なんて言えばいいんだろう……よく分からなかったんだ。
死という実感が、沸かなかったんだ。
結局自分は派手な服の男の人と、佐山君に助けられた……。
考えが甘すぎる……そう言われたら否定できないと思う。
けど俺は言ったんだ、佐山君に対して俺が思う事を。

「佐山君……二人の元に戻ろうよ。きっと俺たちを待ってるよ」


     ◇     ◇     ◇



「蒼星石ちゃん達は?大丈夫かなぁ、心配だなぁ……」

小鳥遊はそう言うと、腹部を摩りながらこちらを見つめてくる。

……ここは本当のことを言うべきだろうか?
短い間だが行動を共にして分かる事……それは彼がおそらく未だこの状況を受け入れていないだろうという事だ。
佐山は腕時計へと視線を流す、11時30分……放送の30分前だ。
考えて見れば、ここに来てから私達はずっと運が良かったのかもしれない。
ラズロという男に襲われるまで、私達は殺し合いに乗った人間には会っていない。
大きなケガを負った参加者にも会っては居ない。
殺し合い開始からの6時間で15人が死亡した点から見ても、それは幸運としか言いようが無いだろう。
だからこそ……単なるサバイバル生活、どこかを探検しているかのような気分で居られたとしても、それは致し方ないことなのかもしれない……

「言い訳だな……」

佐山は小さく、そう呟いた。
そう……彼自身でさえもラズロと戦闘を交わすまでは、どこか現状を甘く見ていた部分があったのかもしれないのだ。
えっ?と小鳥遊は首を傾げるが、それを無視。
佐山は拳を強く握り締める、爪が手のひらに食い込み、それが痛覚として脳に情報が伝わる。

本気を出すと誓ったのでは無かったのか?
にも関わらず、私は何をしていた……蒼星石君達が殺されていたとき、私は一体何を……。

獏に夢を見せられていた……。
言い訳だ、戦闘が終わるまでの間ずっと過去を見せられていたとは考えられない。

音も無く、二人は殺されてしまっていた……。
それは有り得ない。ラズロという男は負傷していた、銃を使わなかったとしても、戦闘していた際の音は聞こえたはずなのだ。

……要するに私は気を抜いていたのだ、ここが戦場であるにもかかわらず。
探している間も、小鳥遊君と話している間も、意識の一部は二階へと向かわせていたつもりだが……
無意識のうちだとしても、本気を出していなかった事に変わりは無い。


「どうしたのさ、大丈夫?佐山君」

心配そうな小鳥遊の声が佐山を思考から引き戻す。
そして視線を上げる……いつの間にデイバック出したのだろう。
小鳥遊は抵抗もせずにダラリとしている獏を抱えながら、こちらを見つめている。
もう直に放送が始まる……現時点で隠す意味は無い、むしろ隠す事による不審を与えかねない……。
そして何より、小鳥遊に現状を理解させるため……佐山は口を開いた。

「蒼星石君と吉良吉影は……」

「えっ?」

「殺されていたそうだよ」

真っ直ぐ小鳥遊を見つめながら、佐山はそう言った。
小鳥遊は目を見開いて、その眼を震わせながらこちらを見つめている。
苦しいのだろうか。震える小鳥遊の手の間で漠は手足をジタバタと振ってもがいている。

「何を……言ってるのさ」
「聞こえなかったのかね、二人は殺されていたそうだ」
「そうだって……一体誰から聞いたの?」
ストレイト・クーガー。先ほど私たちの命を救ってくれた男だ」
「き、きっと嘘だよ」
「嘘をつく理由は無い」
「だって……さっきまで、4人で同じ駅に居たじゃないか!
 二手に分かれて……探していたじゃないか!」

小鳥遊は勢いよく立ち上がると、声を張り上げる。
それに対して佐山は、無表情で相手を睨みつける。
それが答えだ……と言うかのように。

それをみた小鳥遊は、力なく椅子へと座り込んだ。
小鳥遊が俯くと、力の緩んだ手から漠が滑り落ちる。
無事地面へと着地をした漠は、佐山の元へと駆け寄っていく。
それを受け入れるかのように右腕を差し出すと、俊敏な動きで佐山の肩まで駆け上っていった。
俯いた小鳥遊動かない……今ここで、小鳥遊には現状を把握してもらわなければならない。
急に理解をしろ、といっても難しい事は百も承知だ。
だが……それを受け入れない限り、この先を生きていく事は不可能だ。

佐山は立ち上がると、列車の後方へと視線を向けた。
列車の連結部のドア。その窓の向こうには誰も居ない車両が伺える……。
さらにその車両の向こうは……何もかもを飲み込んだかのような漆黒の闇が広がっている。
G-7駅を出発したときには5両あったはずの電車は既に残り2両。
ストレイト・クーガーによって後方3両は線路を逆走してどこかへと消えてしまった……。
ゆっくりと歩き、銀色をしたアルミのドアの前へと進むと、視線を上げた。
古ぼけた電子掲示板に「次は 廃坑 」と表示されている。
頭の中に地図を思い浮かべた次の瞬間、後方から小鳥遊の声が聞こえた。

「佐山君……二人の元に戻ろうよ。きっと俺たちを待ってるよ」

佐山は小鳥遊へと視線を戻した。
小鳥遊の瞳には力が無く、未だ縋るような視線をこちらへと向けている。

「小鳥遊君……それは一体どういう意味かね」
「クーガーって人は、きっと何か見間違えたんだよ。
 それか嘘をついているに決まってる……」
「いい加減にしたまえ」
「佐山君こそ、どうしてそんな見ず知らずの人のことを信じるのさ!」
「普段私はあまり乱暴な言葉は使わないようにしているのだが……言わせて貰おう。
 ━━現状を理解しろと言っているんだこの糞野郎」

佐山は表情を変えず、あくまで淡々と小鳥遊に言い放った。

「えっ」
「君は今、この場所がどんな場所だか理解しているのかね。
 ……そう、殺し合いの場所だ。それも私たちが考えているよりも相当性質が悪い類のね」
「佐山君?」
第一回放送で15人が死んだ……そして先ほどの二人を見て分かった事がある」
「……」
「ここには私の知っているどんな概念兵器よりも強力な武器を所持している参加者がいる。
 目にも止まらぬ速さで移動できる手段を持っている参加者も居る、道具を無しでだ。
 蒼星石君のように動ける人形もいれば、この手袋のように奇奇怪怪な道具まで存在する」

佐山は、自らの左腕が消滅したときに血で濡れた制服を、ラズロから奪い取った左腕を小鳥遊の前に突き出した。

「これを見たまえ。
 私の血だ……私がラズロから奪い取った腕だ!」
「あ……」
「ここは殺し合いの戦場だ、次に死ぬのは私かも知れない、君かもしれない。
 いいかね?あの二人は死んだんだ。死んだ人間は生き返る事は無い、どのような手段を用いようとも」

小鳥遊は自らの前に突き出された赤黒くなった制服と、佐山の体には合わない巨大な腕を虚ろな瞳で見つめる。
その次の瞬間、進行方向へと押し出される感覚が体を襲った。

━━減速している。

そこに気付いてからの佐山の行動は素早かった。
すぐに小鳥遊を座席から引き剥がし、床に組み伏せる。
自身も身を低くして、小鳥遊の耳元で静かに。と呟いた。
徐々に減速していく列車、全神経を聴力へ、視界へと集中させる。
右腕の手袋を確認……今現在、武器と呼べるのはこの手袋だけだ。
もし参加者が居たら、有無を言わさず両腕を奪い取る。
相手には不信感を与えるかもしれないが……
殺し合いに参加していないと判断できるのであれば返してやればいい。
もし乗っていると判断したその時は……。

やがて、列車は駅のホームへと滑り込んで止まった。
大きな音をたててアルミの扉が開く。
注意深くドアから、列車の窓からホームの様子を探った……。
誰かが居る様子は無い、駅のホームは見晴らしがよく、数個のベンチがあるだけだ。
人が隠れることができる障害物は見当たらない……佐山はこの場所が安全だと判断する。

「とりあえず降りる事にしよう、小鳥遊君」
「……うん」

小鳥遊は力なく返事をすると、佐山に引きずられるかのように列車の外へと出た。

     ◇     ◇     ◇

駅のホームは荒廃が進んでいる。
壁にはひびが入って、地面のタイルは所々が割れている。
時折ほの暗い地下鉄の路線から……低い重低音の、何かが遠くで崩れているような音が聞こえる。
一通りの安全確認を済ませた佐山は、力なくベンチに腰掛けている小鳥遊の隣へと腰をかける。
大きくため息をついたその時、隣から今にも消え入りそうな声が聞こえてくる。

「佐山君……」
「何かね」
「君はどうしてそんなに……落ち着いていられるの?」
「……」
「二人が死んだのだとしたら……悲しくは無いの?」
「如何してそう思うのかね」
「だって……」
「……二人が死んだのは、私の責任だ」
「えっ」
「私が二手に分かれようと言った、私が二階の様子に気づく事が出来れば……」
「そ、そんな事」
「これは私の責任だ、私が一生背負っていかなければならない業だ」
「……」
「私は確かに君よりはこういった場所に慣れているのだろうね。
 命を失うかもしれない戦場に、身を投じていた事もある」
「え……」
「仲間が死ぬという事に慣れはしないよ……だが、死者に花を手向けるのは全てが終わった後でいい」

佐山はおもむろにデイバックへ手を突っ込むと。
水が入った500mlのペットボトルと、袋に入っている乾パンを取り出した。

「二回目の放送まで残り10分だ……食事を済ませようじゃないか」

バリッと袋を開けると、一欠けらのパンを取り出して口に放り込む。

「食欲……無いよ」
「食べるべきだよ、生き残りたいのなら。君の探している伊波まひるという少女に出会いたいのなら」
「伊波さん……」
「蒼星石君と吉良吉影が生きているのであれば……次の放送で名前は呼ばれないはずだ。
 もし君が正しかったとしたら私は詫びよう。そして全力で二人の元へ向かおうじゃないか」
「うん……分かった」

小鳥遊はデイバックを取り出すと、佐山に習って乾パンの袋を力任せに開いた。
勢いあまって中身が少し飛び出すが……気にする事も無く袋に手を入れ、乾パンを口に放り込む。
殺し合いが始まってから……何も口にはしていないはずなのに、胃は食べ物を受け付けない。
唾液が吸われ、口の中がパサパサする……それを水で無理やり流し込み、次の乾パンを口へと放り込む。

……二人は黙々と食事を続ける、一言も言葉を交わす事は無い。
佐山が肩に乗っている獏へと乾パンの一欠けらを与えた瞬間、
駅に備え付けられているスピーカーからザザッという音と共に忌々しい声が響き渡る。


     ◇     ◇     ◇


━━六時間たってもまだ生きている者がいたら、そのときまたお会いするとしよう」

数秒の沈黙が続き、プツッという音をたててスピーカーは沈黙した。
第二回目の放送が終了した……二人にとってその内容はあまりにも残酷で、これからの道が険しいであろう事を示していた。

「うっ……ぐっ……蒼星石ちゃん……吉良さん……ごめん、本当にごめん……」

小鳥遊は涙を流しながらそう呟くと、涙を必死にこらえるように震えている。
対する佐山は……驚愕の表情で放送内容を記したメモを見つめている。

━━ストレイト・クーガー━━

先ほどの放送の中に、確かに彼の名前があった。
ラズロに負けたという事なのだろうか……あの目にも留まらぬ速さをもってしても、この会場で生き残る事は不可能だという事なのか。

そしてもう一つ、ラズロ……やつの名前は名簿には存在しない。
偽名を使っていたという事だろうか。だが、未だ生きていると見たほうがいいだろう。
何故ならば闘っていたはずのストレイト・クーガーは死んでいるのだから……。

唯一の救いは……新庄・運切、彼女の名前が呼ばれなかった事だが……。

「小鳥遊君……そのままでいい、聞いて欲しい」
「うっ……うっ……」
「私が君と別れて、ストレイト・クーガーと共に君の前に現れた間の話だ」


     ◇     ◇     ◇

ラズロの持っている銃、ソードカトラスから撃ちだされたAA弾により、佐山の左腕は消滅した。
突然の消滅、そして激痛に襲われた佐山は、とっさの判断で逆方向へと飛び退いた。
次の瞬間、先ほどまで佐山が居たであろう場所は、周りの物を巻き込みながら抉るように消滅している。

一体何が起きたのか……いや、そんな事よりも撤退をしなくては。
周りを見渡し、回避経路を……

そう考えている間にも、佐山の目と鼻の先が「持っていく力」によって消滅する。
一か八か……ラズロに向かっていくしかない。
一つの答えを導き出して、脚に力を入れたその瞬間。
目の前に突然派手な服を着た長身の男が現れる。

━━誰だ?━━

その疑問が頭に浮かんだ次の瞬間、腹部に強い衝撃が加わって体はくの字へと曲がる。
そして周りの景色が凄まじい速さで塗り替えられていく。
見えるのは男の背中、佐山が男に担がれている。そう理解をしたその時。
その男は駅に程近い一本の木の根元へと佐山をおろした。

「ふぅ……何とか間に合ったか。
 いや、間に合っては居ないな……すまないな少年、もう少し早さが足りていれば」

佐山の左腕からは、おびただしい量の血液が噴出している。
断面は鋭利な刃物で切り取られたかのようで、そこから来る激痛に顔を歪めていた。

「大丈夫だ、すぐに止血をすれば命は……」

長身の男が話しかけてくる。
その言葉を無視して、佐山は右肩にかけてあったデイバックを地面に下ろした。
右手を使って器用に鞄を開けると、手を突っ込んで中をまさぐり始める。
そして取り出した一つの手袋を、口を使って器用に右手へとはめ込む。
その右手を左手の肩口へと添えると、思い切り力を入れて引き出した。

左肩から傷口にかけて……まるで最初から取り外せるものだったかのように、あっけなく外れ落ちた。

「なっ……」

長身の男が驚愕を顔に貼り付けて目を見開いた。

「ふぅ……半信半疑だったが……まさか本当に取り外せるとは」
「おいおい少年、一体何をやったんだ!?」
「この『つけかえ手ぶくろ』を使ったのだよ。先程は助けて貰った様だ、礼を言おう」
「こいつはぶったまげたな……」
「本当はのんびりと挨拶をしたいところだが……私は戻らせてもらおう。
 駅の二階に居る仲間があの男に殺されかねないのでね」

そういって駆け出そうとした佐山に、長身の男は言った。

「二階にはローゼンメイデンと人間の遺体があるだけだ」

佐山は目を見開いて、クーガーへと振り向いた。

「何故それを……」
「誤解はしないでくれ……俺が行ったときにはもう既に……
 おそらく殺したのはラズロだ」
「ラズロ?」
「あぁ……さっきのモヒカン野郎の事さ」
「……小鳥遊君が危ない」

そう呟くと、駆け足で駅へと走っていく。

「待ちたまえ少年、俺の名前はストレイト・クーガー。
 まだあの駅に仲間が残っているというのなら、力を貸そうじゃないか」
「……私の名前は佐山・御言。悪いがまだ君の事を信頼しているわけでh」

全てを言い終わる前に、クーガーは佐山を担いで駅へと走り始める。

「はっはっは!俺を信じられないってのならそれでもいい。
 俺は俺が思うままに、お前の仲間を助けるまでだ!」







そうして目にも止まらぬスピードで駅へと戻った二人を待ち構えているのは、地下通路への階段。
おそらく小鳥遊はここへ逃げ込んだのだろう……ドアは拉げていて、その奥の暗闇からは物音が聞こえる。

「もう降ろしてもらっても、いいだろうか」
「佐山、これを持っておくてくれ」
「……何かねコレは」
「今は話している時間も惜しいだろう、後で読んでくれればいいさ」

それは一枚の紙だ、綺麗な四つ折でたたまれていて中を読む事は出来ない。
それを受け取って胸ポケットにしまった次の瞬間、クーガーは再び加速をして暗闇の通路を下っていく。
あぁ……吐きそうだ。
そう思いながらも、佐山はクーガーの顔を見る。
サングラスをしていて目を見ることは出来ないが……何か決意を秘めたようなその表情を見たとき。
佐山はこの男を信用に足りる男だと、そう思った。


     ◇     ◇     ◇

「ここから先は君も知っているだろう、列車に追いつき、壁をけり破って君を助けたという事だ」
「……」
「彼が嘘をついていたとは到底考えにくい……蒼星石君が人形だという事も知っていたし、
 私と小鳥遊君の命を救ってくれたのだから」

小鳥遊は落ち着いたのだろうか、袖で涙を拭うと佐山を見て言った。

「そのメモというのは……」
「これだよ」

佐山が差し出したその一枚の紙、そこに記されていたのはただの一文。

『PM3時。4-C駅にて橘あすか、真紅と落ち合う』

「これは……」
「あぁ、仲間と落ち合う予定があったという事だろう」
「クーガーって人の仲間だという事は」
「危険人物である可能性は低いだろうね」
「……いくの?」
「それを含めて、これからの行動をどのようにするか……話し合おうじゃないか」
「……」

小鳥遊は俯いて、再び口を閉ざした。

「小鳥遊君、さっきも言ったと思うのだが。この殺し合いは私たちの想像以上に一方的なものだ」

小鳥遊は答えない。

「信じられない威力を持つ銃。目にも止まらぬスピードで移動できる者。また、そのスピードさえ捕らえることが出来る銃の使い手。
 私たちからの常識からは逸脱している……未だあっていない参加者の中にも、そういった参加者は居るだろう。
 事実、私たちの仲間は二人。殺されてしまった……。
 後悔なら全てが終わってからすればいい……私たちにはまだやる事があるはずだ」
「え……?」
「新庄君と伊波まひる君はまだ生きている……」
「伊波さん……」
「何とか武器を手に入れて、彼女たちを守ってやるべきではないのかね」

佐山は小鳥遊を見つめる。
これは小鳥遊だけに言ってるものではない。そう、自分自身に対しても。
━━佐山の姓は悪役を任ずる━━
本気を出して、どのような過ちを犯そうとも、なんと罵られ様とも。
正しくも誤っているだろう……この道を進んでいく。
それが死んでしまった蒼星石、吉良吉影への償いだと信じて。
もう後戻りは、出来ないのだから……。

     ◇     ◇     ◇

「何とか武器を手に入れて、彼女たちを守ってやるべきではないのかね」

そう言った佐山の言葉に、後悔や悲しみに包まれている頭の中にとある人影が浮かび上がる。

最初は嫌だった、目を合わせるたびに殴られて。正直ワザとやってるんじゃないのかと……。
間違えたシフト組むなよ畜生!と店長に言いたかった事もある。
一つ年上の癖に、全然先輩らしくないし……。
彼女の男嫌いを治すよう言われたけれど、正直嫌だった。

けど、彼女と接していくうちに。段々と彼女のことが分かってきた。
無理やり褒めろと言われたから褒めたヘアピン……。
彼女はそれを大事にして、ヘアピンを毎日のように変えていて。
自分がプレゼントしたそれでさえ、大事に取っておいてくれているらしい。
片思いが上手くいかない佐藤さんに対して、本気で心配をして泣いていた彼女。
他人の為にここまで泣ける人を、俺はあまり見たことが無い。
自分のトラウマとして残っている女装暦……彼女はそんな俺を気持ち悪がることなく。
面白がって回りに広げる事も無く、何かあるたびに助け舟を出してくれる。
みんなにたきつけられてデートをした時だって、無理やり女装をさせられている俺に対して優しい言葉をかけてくれた。

小さいものこそ至上だと思っていた俺も、一瞬彼女のことをいい子だと思ってしまった。
有り得ない……屈辱だとさえ思ったけれど。
彼女もきっと、この会場のどこかで震えて泣いている。
男嫌いがたたって、男の人と行動を共にするのは難しいだろう。
つまりは、力がある男の参加者に守ってもらう事すらできないという事だ。
こんな恐ろしい場所で、彼女は一人震えているのだろうか?

助けなければいけない。
ただ純粋に、そう思った。

後悔や悲しみだけが支配していた体に、僅かに力がわいてくる。
視線を上げて佐山を見つめる小鳥遊は力強く頷いた。

「佐山君……探そう。伊波さんと新庄さんを」


     ◇     ◇     ◇


「では、状況を整理しようか」
「うん」

二人は地図を広げて、向かい合うようにして座っている。

「まず私たちの武器と呼べるものだが……この『つけかえ手袋』と」
「この秘剣”電光丸”だね」
「今、さらに詳しくメモを見て分かった事なのだが……この手袋にはどうやら、回数制限があるようだ」
「えっ」
「見たまえ」

佐山が差し出した紙を小鳥遊は手にとって視線を落とした。
表面には使用法や性能なのが載っているが、回数等は特に書かれていない。

「あれ。書いてないよ?」
「クリマ・タクトを思い出して欲しいものだね」

小鳥遊は首をかしげながらも、説明書を裏返す。
よく見てみれば、左下にとても小さい文字でなにやら書いてあるのが分かる。
メガネをずらし、裸眼で目元に近づけて睨みつけてみる。
『尚、取り外す事が出来る回数は5回までです。取り付ける事に回数制限はありません』

「詐欺だ……」

小鳥遊は顔をしかめつつ、そう呟いた。

「私の左腕、ラズロの左腕。すでにもう2回を使っている。
 つまりは残り3回分ということだ」
「ここ一番で使わないと……あっという間に無くなりそうだね」
「……出来れば戦闘では使いたくは無いな」
「えっ?」
「考えてもみたまえ、損失した体の一部を他人の体を奪う事で補う事が出来る」
「そ、そんなっ」
「いらぬ火種を巻く事になる可能性はあるが……上手く使えば先ほどのように自身の一部の代用を作る事だって出来る」
「そうだけど……」
「しかし、この左腕……やはり使い勝手がいいものではない」

ぐるぐると左腕を回しながら、佐山は言った。
それに対して小鳥遊は首を傾げた。

「私とラズロでは体格が違いすぎるのだよ。それにこの筋肉質の腕……少々重過ぎる。
 大体この腕はどうなっているのかが気になる。自分の思うとおりに動かす事が出来るうえ、触覚までも備わっているが。
 血管が私と繋がっているわけでもない……実に不可解だ」
「そんなに重さって変わる……?」
「日常の生活には支障は無いだろう……だが、戦闘となれば話は違う。
 私は重量級ファイターというわけではない、すばやく動くには体のバランスが崩れすぎる」
「……」
「出来れば私と似た体格の人間と交渉をして、腕の交換を……」
「佐山君、何を言ってるのさ!」
「ははは冗談に決まってるじゃないか落ち着きたまえ」
「……とてもそうは見えないんだけど」

ジト目で佐山を睨みつける小鳥遊に対して。
気にする事も無く佐山は口を開いた。

「そちらの秘剣”電光丸”に関して言わせて貰えば、小鳥遊君にうってつけの武器だと思うが」
「……そうかな」
「戦闘訓練を受けていない君でも、その剣を取れば達人とでも戦うことが出来るだろう。
 そのうえ相手を無駄に殺傷する心配も無い」
「確かに、そうだね」
「だが、まだ足りない……私たちには武器が必要だという事だ。最低限仲間を守る事が出来る火力が」
「って事は、武器がありそうな場所に行くの?」
「その様な場所があるのならいいんだが……」
「見た感じ、無いよね。どうする?廃坑の周辺を探す?さらに地下鉄で移動する?」
「いや、もう地下鉄は使わないほうがいいだろう」
「え?」
「聞こえなかったのかね?放送前に響いていた重低音……あれは何かが破壊されている音だ」
「そういえば……」
「線路の状況を見ることは出来ないが……もしどこかで列車が走る事が出来ないような状況になっているとしたら。
 それはすなわち脱線に繋がる、戦闘をするまでも無く君と私は仲良くつぶれたトマトのようになる訳だよ」
「……はは」

小鳥遊は乾いた笑いを浮かべて冷や汗を流した。

「だが、気になる事はある。何故地下鉄なんてものが存在しているのか……」
「何故って、移動するためじゃないの?」
「ここは殺し合いの場所だ、わざわざ隠した入り口まで用意して。
 隠れるような事が出来る広大な場所を主催側が用意すると思うのかね」
「……佐山君が言ったんじゃないか。主催はサプライズを用意する物だって」
「これは明らかにサプライズの域を超えている。
 迷宮程度ならまだしも、会場全域に張り巡らされている隠れ場所など。
 臆病者の参加者が本気で隠れたら、見つけることは至難の業だと思うが」

佐山は古びた壁にかけられている。真新しいプレートへと目を向けた。
[E-2駅 ← 廃坑 → G-7駅]
二つの駅を結ぶ地下鉄……路線図等は見当たらなかった為全貌を見ることは叶わないが。
主要施設と駅をつなげているだけだとしても、広大な距離の路線があることになる。

「何事にも理由というものはあるものだ。
 この広大な地下鉄を作った理由……私だとしたら一つしかないな」
「……そうか!」
「小鳥遊君も分かったようだね」
「これはあくまでカモフラージュ。そういうことだね」

得意げな顔で言った小鳥遊に対して、佐山は頷いた。

「その通りだ。地上ではなく地下にしか作らざるを得なかった物があるとしよう。
 そしてそれはこの殺し合いに関してとても重要なものだ。だが主催者たちも作成や使用、調整をせざるを得ない為。
 入り口は封鎖する事が出来ても消す事は出来ない」
「だから隠し扉を作った……けれど、もし見つかってしまった場合。それをすぐに壊されるのは主催にとっても困る」
「だからこその地下鉄だよ……地下空間はあくまで地下鉄のため、そう参加者に思わせるために作られたものだ」
「確かに、暗くて明かりの無い線路内に隠し扉があるとしても。参加者は地下鉄に乗っている限り見つけることは出来ない」
「しかしその可能性がある路線の長さは広大だ、探す事は出来ても多大なる時間をロスする事になるだろう」
「……でも、迷路探査ボールがあれば」
「ここでも有効なのか……私にもそれは分からないが。可能性はあるだろうね」

二人は目を合わせると、力強く頷いた。
お互いの目にもう曇りは無い。

「やる事は山積みだ、だが体は一つしかない。重要なのは何から片付けていくかという事だ。
 一つ、新庄君と井波まひる君を捜索して保護する。
 二つ、まずは強力な武器を見つけ、ラズロの様な参加者にも対抗可能な状況を作る。
 三つ、地下鉄内には必ず何かある。それを探索する為にこのまま路線を捜索するか、ロロノア・ゾロと合流して迷宮探索ボールの使用権を得る。
 四つ、午後3時までに4-C駅へと向かい、ストレイト・クーガーの仲間と合流をする。
 勿論この中のいくつかを同時進行することは出来るだろう……だが、どれを最優先に行うか。
 それはこれからの向かう場所、その場で起きる様々な事にも影響が及ぶだろう」

佐山は右手で4本の指を立てて。小鳥遊の目の前へと突き出した。

「佐山君、俺たちは……」

小鳥遊はまっすぐに佐山を見つめ、口を開いた。

    ◇     ◇     ◇

二人の青年は、大切な仲間の死を知った。
それは何の前触れも無く、唐突に……人の死というものは、いつでもそういう物なのかもしれない。
一人の青年は、自らを責めた。
一人の青年は、それを受け入れる事が出来なかった。
だが悲しみは乗り越える事が出来る、そして人は学ぶ事が出来る。
奇しくも仲間の死という事実は、二人にこの状況を正しく認識させ。
強い決意を生まれさせた。
これから二人がどのような道を進むのか……それは分からないが。
確実に今、再出発の一歩を踏み出そうとしている。
少し……ほんの少しだけ後ろを振り向く事もあるかもしれないが。
二人の青年は、真っ直ぐ前を見つめて。その小さな第一歩を……





【H-3地下・地下鉄駅構内/一日目 日中】
【佐山・御言@終わりのクロニクル】
[状態]:健康、左腕欠損(リヴィオの左腕を移植)
[装備]:つけかえ手ぶくろ@ドラえもん(残り使用回数3回)、獏@終わりのクロニクル
[道具]:基本支給品一式(一食分の食事を消費)、空気クレヨン@ドラえもん
[思考・状況]
1:これからの行動方針を決める。
2:新庄くんと合流する。
3:協力者を募る。
4:本気を出す。
※ポケベルにより黎明途中までの死亡者と殺害者を知りました。
※小鳥遊が女装させられていた過去を知りました。
※会場内に迷宮がある、という推測を立てています。
※地下空間に隠し部屋がある、と推測を立てています。
※リヴィオの腕を結合したことによって体のバランスが崩れています。
 戦闘時の素早い動きに対して不安があるようです。
※地下鉄を利用するのは危険だと考えています。

【小鳥遊宗太@WORKING!!】
[状態]:健康、腹部に痛み
[装備]:秘剣”電光丸”@ドラえもん
[道具]:基本支給品一式(一食分の食事を消費)
[思考・状況]
1:これからの行動方針を決める。
2:伊波まひるを一刻も早く保護する。
3:佐山と行動する。
4:ゲームに乗るつもりはない。
5:全てが終わった後、蒼星石と吉良吉影を弔ってあげたい。
※ポケベルにより黎明途中までの死亡者と殺害者を知りました。
※過去で新庄の顔を知りました。
※獏の制限により、過去を見る時間は3分と長くなっています。
※地下鉄を利用するのは危険だと考えています。





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"Radical Good Speed"(後編) 佐山・御言 境界線上の小鳥遊宗太
"Radical Good Speed"(後編) 小鳥遊宗太 境界線上の小鳥遊宗太

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最終更新:2012年12月04日 03:56