偶然と必然のあいだ◆b8v2QbKrCM
廃坑の周辺は、浅緑の森林に包まれている。
道らしき道など見当たらず、ただ草木が地面に茂るばかり。
こういった場所にありがちな獣道すら出来ていないのだ。
――そういえば鳥の声も聞こえないな――
小鳥遊は梢から覗く空を見上げながら、そんなことを思った。
深夜から今に至るまで、そんな当たり前の音に出会っていない。
都会ですら鳥の囀りとは無縁でいられないというのに。
聞こえるのは、小鳥遊と佐山が草木を踏む音と、風が葉を撫でる音。
そして、どこからか響く小川のせせらぎ。
見た目は『自然』そのものだが、感じる気配は『不自然』そのものだ。
――植物も生き物だけど、動物と扱いが違うのかも――
思考が脱線しはじめた途端、視界がぐらりと揺らいだ。
足元に感じる固い感触。
でたらめにひっくり返る平衡感覚。
空を見上げたまま歩いていたのが悪かったのだろう。
小鳥遊はひょっこりと顔を出していた石に躓いて、盛大に地面へ倒れ込んでしまっていた。
「痛たた……」
「大丈夫かね?」
前を歩いていた佐山が立ち止まる。
小鳥遊は大丈夫だと答え、すぐに立ち上がった。
露出の少ない服装が幸いして、怪我はどこにも――
「あ……」
――無いわけではなかった。
左手の付け根辺りに軽い挫傷が出来ている。
咄嗟に手を突いたときに擦りむいたのだろう。
とはいえ出血もないので、怪我と呼ぶのも躊躇われる程度だ。
「軽傷だが、汚れを水で洗い落としておいたほうがいい。
そこから化膿することも考えられる」
「うん、えっと……」
小鳥遊はしばし辺りを見渡して、林の向こうへ走り出した。
先ほどから微かに聞こえていた小川の水音。
水と聞いて真っ先にそれを連想したのだ。
「待ちたまえ、生水での洗浄は――」
そこで言葉を切り、佐山は小鳥遊の後を追った。
声で制止するより直接止めたほうが手っ取り早いと考えたのだ。
生水には何が混ざっているか分かったものではない。
下手をすれば、洗わないよりも悪くなることまで有り得る。
歩調の違いもあって、佐山は数秒と掛からず小鳥遊に追いついた。
「傷口の洗浄には飲料水を使ったほうが……何をしているのかね?」
「えっと、これなんだけど……」
先に小川へ辿り着いていた小鳥遊は、傷を洗うでもなく、水中に右手を突っ込んでいた。
よくよく見れば、川底の何かを引っ張り上げようとしているようだ。
佐山は小鳥遊の意図を理解し、川底の『何か』を下敷きにしていた大きな石を持ち上げた。
「これは……」
「地図……だね」
小鳥遊が川底から引き上げたもの。
それは一枚の地図であった。
水でくっ付いた部分を、千切れないよう慎重に開いていく。
相当浸水しているが、紙としての体裁はどうにか維持している。
もしこれが全員に支給された地図であったなら、そうと知れた時点で捨て置いただろう。
しかしこの地図に描かれた地形は、二人が未だ見たこともないものであったのだ。
佐山と小鳥遊は、平らな石に濡れた地図を広げた。
一目で分かるその異質。
色鮮やかに塗り分けられた通常の地図と違い、暗色系ばかりが占めている。
山や谷のような地形の起伏すらも描画されていない。
「ふむ」
おもむろに、デイパックから自分の地図を取り出す佐山。
小鳥遊は佐山の意図を汲みきれず、訝しげに首を傾げている。
「何か分かる?」
「ああ、ここを見たまえ」
そう言って佐山が指したのは、濡れた地図の上端の余白であった。
水に浸かっていたせいで読み取りにくいが、算用数字で1から8までの数字が印刷されている。
「そして、左端にはAからHまでのアルファベット――」
「――そうか、地下の地図!」
思わず声を上げた小鳥遊に、佐山は小さく頷いてみせた。
それと分かれば、意味不明だった地図の内容も理解できる。
「色の濃くなっている部分は地中で、根のように広がっている、色の薄い部分は坑道内部。
恐らくはそういう意味合いなのだろう。入り口の位置ももH-2エリアと一致する」
感心したように地図に見入っていた小鳥遊だったが、やがて怪訝そうに眉をひそめた。
坑道の地図が存在すること事態に疑問はない。
迷宮探査ボールという代物がある以上、こんな地図は下位互換の支給品でしかないからだ。
小鳥遊が気に留めたのは、また別の点であった。
「どうしてそんな地図が川の中なんかに……。
わざわざ石の下に敷いてあったんだから、前の持ち主がうっかり落としたってわけじゃないんだよね」
隠し場所としては保存状態があまりにも悪くなりすぎる。
多少の防水加工はしてあるようだが、度が過ぎれば、このとおり。
「君はどう考える?」
「えっと……」
水中は、地図の秘匿には致命的に向かない。
見つかりにくい場所ではあるが、長時間で使用不能になってしまう。
かといって破棄する手段としては悠長だ。
こんな小川で、しかも石を錘にしているのだから殆ど流されないだろう。
水を吸ってダメになるのも、数時間、或いは十数時間は後のこと。
秘匿には不向きで、破棄にも不適。
ならばその間――
「バレにくい隠し場所で……もし回収できなくなっても、自動的に処理してくれるから……?」
「私も同じ推理だよ。最善の策とは言いがたいが、次善の策としては選ぶ価値はあるだろう」
佐山は腰を上げ、周囲を見渡した。
その表情が変わったことを横目に見止め、小鳥遊も立ち上がろうとする。
「ストップ。動かないように。確かめたいことがあるので、暫くそのままの姿勢でいてくれたまえ」
そう言い残すが早いか、佐山は坑道へと走り去っていった。
「ちょっと佐山君ー!」
取り残された小鳥遊の声など聞き届けずに。
◇ ◇ ◇
人の足を停めるのは〝絶望〟ではなく〝諦観〟
人の足を進めるのは〝希望〟ではなく〝意志〟
―――さあ、行くんだ
◇ ◇ ◇
「随分と奇怪な姿勢だね。新手の健康法かい」
「佐山君が動くなって言ったんじゃないか……」
小鳥遊は恨めしげに佐山を見やった。
律儀にも同じポーズを続けていたのか、中途半端に立ったままの格好でガクガクと震えている。
「それより、どこにいってたの?」
「これを借りに。事実上の無断拝借なのだが、そこは許して貰おう」
佐山の手にあったのは、片方だけの革靴であった。
小鳥遊が疑問を挟む間もなく、佐山は小鳥遊の足元に屈み、泥に靴底を押し付けた。
「やはり同一だな」
同じ大きさ、同じ形の『二つの』靴跡。
ひとつは先ほど佐山が付けたもの。
もうひとつは、小鳥遊が地図を見つけるよりも前から――
「まさか……」
「そのまさかだよ。この靴は廃坑の亡骸から拝借したものだ。
単なる地下の地図が、重大な意味を帯びてきたように感じるのは私だけかな」
小鳥遊はぶんぶんと首を振った。
坑道で佐山に聞かされた仮説を思い出せば、これ以外の反応はできまい。
首輪のない参加者――彼が秘匿しようとした地図。
それが無意味であるはずなど。
偶然通ったに過ぎないという考えは、足元を見るだけで瓦解する。
川岸の泥に刻まれた足跡は、佐山と小鳥遊、そして革靴のそれだけだ。
地図を秘匿したのは革靴の主以外にありえない。
獏に『彼』の夢を見せられたとき、小鳥遊は伊波のことばかりに気を取られて彼の行動を注視していなかった。
尤も、佐山もまた『彼』の一挙一動を仔細に記憶していたわけではない。
あのときは首輪に注意を集めており、足跡を見つけたことでようやく、地図との関連性に思い至ったのだ。
「彼はこの地図に何を見たのだろうね。
危険人物には渡せない情報が載っていると確信したのか。
或いは、万が一そんな情報があるといけないという、保険程度のことだったのか」
一端言葉を切り、佐山は生乾きの地図を手に取った。
最初は理解できなかった表記も、地下の地図であると知った上で見れば新たな発見がある。
「差し当たって怪しいと思えるのは、これだ」
佐山は、坑道の北に描かれた歪な青い楕円を指し示した。
座標でいえば、おおよそD-2、D-3、E-2、E-3の4エリアに跨っている。
地上の2つの湖を加えれば、大きな円環を描く形になることだろう。
「私はこれを『地底湖』だと考える」
小鳥遊は神妙に、佐山の言葉に耳を傾けていた。
皆が立っている地面の下に湖がある。
何の前振りもなく聞けば眉唾だと思うに違いない。
だが、小鳥遊は充分すぎるほど前振りを経験してきていた。
「靴を借用するついでに確認したのだが、この小川は廃坑の付近で地面の下へ流れ込んでいる。
つまり地下にも水の流れがあるということだ」
「てことは、あの人が隠したかったのって」
先走りかけた小鳥遊の思考を、佐山は身振りで否定した。
「先にも言ったが、万が一を防ぐための保険だったのかもしれない。過信は禁物だよ」
とはいえ、この地図が重要な情報源であることに変わりはない。
命を賭して
伊波まひるを救った彼が、
小鳥遊宗太にも遺産を残したというのは、流石に夢想が過ぎるだろうか。
「道草を食いすぎた。地図は移動しながら乾かすとしよう」
「うん、目指すは――」
小鳥遊は森の向こうを仰ぎ見た。
この選択が正しいのかは分からない。
けれど後悔だけはしないつもりだ。
「――古城、だね」
◇ ◇ ◇
「―――さあ、行くんだ。この方向に行けば、とりあえずは安全な場所に出られるだろう」
男は自らのデイパックを少女に差し出した。
近くに落ちていた少女のデイパックを渡したと誤認させるように。
少女は躊躇っていたようだが、真っ直ぐな目でこちらを見つめ立ち上がると、
「ありがとうございました」
綺麗なお辞儀をし、森の向こうへと走り去っていった。
少女の姿が夜闇に消えたのを確認し、男はデイパックを開いた。
『奴』に力を渡すわけにはいかないと考え、少女に“あれ”を託した。
しかしこちらにも“あれ”の類が入っていないとも限らない。
果たして中身は――奇妙な果実と、異様な地図。
「こいつは――」
男は地図を抜き取り、今しがた越えてきたばかりの小川へと踵を返す。
後退、即ち『奴』への接近に他ならないが、もはやそれは度外視だ。
折り畳んだ地図を小川へ放り、足で適当な石を落としておく。
ざぶりと立った水音は、片脚を突っ込んだときと大差ない。
むしろ『奴』を確実に引き寄せる撒き餌になってくれるだろう。
「これでよし、とは言い難いが」
デイパックに入れたままで奪われてしまうよりは幾分かマシだ。
もうこれ以上の措置は取りようがないのだから。
それよりも男は、少女がここから離れてくれた事に安堵していた。
「……私は卑怯なのかもしれないな」
物思いに耽る暇もなく殺気が近付いてくる。
今は、出来る限り時間を稼がなければならない。
そのためには、すぐに殺されるわけにはいかない。
「……―――来たか」
男は小川を離れ、迫り来る脅威へと向き直った。
【H-3 森林/一日目 日中】
【
佐山・御言@終わりのクロニクル】
[状態]:健康、左腕欠損(リヴィオの左腕を移植)
[装備]:つけかえ手ぶくろ@
ドラえもん(残り使用回数3回)、獏@終わりのクロニクル
[道具]:基本支給品一式(一食分の食事を消費)、空気クレヨン@ドラえもん
[思考・状況]
1:古城へ向かう。
2:優先順位に従い行動する(注1)
3:本気を出す。
※ポケベルにより黎明途中までの死亡者と殺害者を知りました。
※小鳥遊が女装させられていた過去を知りました。
※会場内に迷宮がある、という推測を立てています。
※地下空間に隠し部屋がある、と推測を立てています。
※リヴィオの腕を結合したことによって体のバランスが崩れています。
戦闘時の素早い動きに対して不安があるようです。
※地下鉄を利用するのは危険だと考えています。
※過去で伊波の顔を知りました。
【小鳥遊宗太@WORKING!!】
[状態]:健康、腹部に痛み
[装備]:秘剣”電光丸”@ドラえもん
[道具]:基本支給品一式(一食分の食事を消費)、地下の地図
[思考・状況]
1:古城へ向かう。
2:優先順位に従い行動する(注1)
3:佐山と行動する。
4:ゲームに乗るつもりはない。
5:全てが終わった後、
蒼星石と
吉良吉影を弔ってあげたい。
※ポケベルにより黎明途中までの死亡者と殺害者を知りました。
※過去で新庄の顔を知りました。
※獏の制限により、過去を見る時間は3分と長くなっています。
※地下鉄を利用するのは危険だと考えています。
注1:これからの行動の優先順位(1から高い順)
1、まずは強力な武器を見つけ、ラズロの様な参加者にも対抗可能な状況を作る。
(戦闘力を持つもの(ゾロなど)との合流なども含む)
2、新庄と伊波を捜索して保護する。
3、4-C駅へと向かい、
ストレイト・クーガーの仲間と合流をする
4、地下鉄内を探索する
【地下の地図】
伊波まひるに支給され、
高槻巌によって隠匿されていた。
廃坑の内部や地底湖(D-2、D-3、E-2、E-3)などについて記述されている。
どれほどの情報が記載されているのかは不明。
少なくとも、地下鉄の経路については記されていない。
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最終更新:2012年12月05日 02:14