第三回放送 ◆SqzC8ZECfY
――時間だ。
ではこれより第三回目の放送を開始する。
最初に言っておくが、前の放送からこの放送までの新たな死者は合計で13人。
残り人数は24まで減った。
私としては大変結構なことだ。
今後もこの調子で殺しあってくれ。
しかしそれはいいのだが、逆にこの事態によって生じた不都合も存在する。
人数が少ないということは比例して君たちが遭遇する確率も減ったということだ。
そうなれば今までのように順調に減っていくことは考えにくい。
そこで次々回の放送から禁止エリアを二倍に増やし、フィールドをさらに狭めていこうと思う。
今の調子なら、おそらく明日の今頃にはこのゲームも佳境に入っていることだろう。
最後の一人が決まる瞬間を私も楽しみに待っているぞ。
さて……では禁止エリアの発表だ。
今回は変わらず三箇所に留めておく。
二度は言わんぞ。よく聞きたまえ。
19:00にC-2
21:00にD-6
23:00にB-4
――以上だ。
さて、続いて死者の発表に移ろう。
新たな死者は、
以上、十三名。
残り人数は二十四人となったわけだ。
ではまた六時間後に。
◇ ◇ ◇
放送室。
放送役であるギラーミンがここで過ごす為の最低限の食料、生活設備の他にはモニターと放送設備だけの部屋。
『シナリオライター』による無機質な自動スピーチを終えた黒マントの男、ギラーミン。
一息つくと、役目は終えたといわんばかりの淡々とした足取りで放送機器から遠ざかり、そして備え付けの椅子には座らず、部屋の壁に寄りかかる。
その部屋にはギラーミンのほかにもう一人いた。
ロングコートを羽織り、サングラスをかけた、白磁の肌ときらめくような金髪、そしてすみれ色の唇が印象的な美女だった。
今回の放送内容が書かれた原稿を持ってきたのはこの女だ。
前回、前々回の放送の際はそれぞれ違う人物がここへとやってきた。
第一回のときは、軍人のような研ぎ澄まされた刃の雰囲気を身に纏った、精悍な男だった。
第二回のときは、スーツを着た優しげな、荒くれのギラーミンらしい言い方を使えばナヨっちい優男。
そして今回はこいつだ。
共通するのは白い肌に金髪。この女はサングラスで目元を隠しているが、顔立ちも前の二人と似ているようだ。
兄弟か何かだろうか、とギラーミンは考えた。
もう一度、女の姿をじっくりと観察する。
コートの裾から覗くすらりと伸びた長い脚。顔も小さく、均整の取れた体に過不足なく女としての肉が付いている。
いい女だ、と素直に男としての感想がまず思い浮かぶ。
だが、ただの女ではない。
ここにやってきた三人の男女に共通するものが、よく似た外見の他にもう一つあった。
威圧感、とでもいうべきか。
得体の知れない代物が、その肉体の奥深くに眠っているような。
迂闊に触ってはいけないと本能が告げる、危険な何かがあった。
――気にくわねえ。
ギラーミンはそう思う。
自分が今現在こいつらのいいようになっていることも、例え反抗しようとしても何もできないことにも。
やがて女はギラーミンが全ての作業を終えたことを最後に確認するように軽く頷くと、部屋の出口へと歩みを進める。
「おい」
女が部屋を出る直前、ギラーミンがかけた声に反応して振り返った。
女の一瞥。
だがサングラスで遮られ、その感情は読み取れない。
「てめぇらの目的は――」
「答える必要はない」
質問を途中で遮られた。
冷たい氷のような声だった。
そして有無を言わせず女は部屋の外へ。
ばたんとドアが閉まり、部屋にギラーミンだけが取り残される。
数瞬後、空虚な静寂に一人取り残された男はうめくように声を絞り出した。
「……気にくわねえ」
返事を返すものはおらず、その声はただ壁に吸い込まれていくだけだった。
◇ ◇ ◇
その場には闇だけがあった。
明かりはいっさいない。
目には何も映らない。だが濃密な気配がある。
その気配は三つ。
さらにカツ、カツともうひとつの気配が規則正しい足取りで近づいてきた。
はじめからそこにいた三つの気配がかすかに揺らめく。
そして足音が近づき、そして止まるとともに場の気配は四つとなった。
「三回目の放送は終わったわ」
気配のひとつから発せられた女の声が場の闇を震わせる。
残る三つのうちのひとつがそれに反応を返した。
丁寧だが、いささか慇懃無礼といったほうがふさわしい声だ。
「ご苦労様、バイオレット。さて……面白くなってきたと思わないかい?」
「……やはりジャバウォックに干渉したのは貴様か」
刃のように糾弾する精悍な声が会話に加わった。
続いて最後の、やや穏やかな四番目の声。
「どういうつもりだい……ブラック兄さん?」
「どういうつもりとはどういうつもりだい、グリーン?」
ブラックと呼ばれた声は、問う声に対してからかうように聞き返す。
「私はおまえと同じことをしただけだ。哀れにも腕を失い、焼け焦げた瀕死の女に、共鳴を利用して『騎士』のARMSを干渉させたように」
「……!」
「例え自らの身に危険が迫っても、僅かの付き合いしかない仲間を躊躇いなく助けるような優しい少女――
ナナリー・ランペルージを守らせるためかい?
もっとも彼女はその優しさのせいで結局は命を落としてしまったがね。
そしてその兄は彼女の死を受けて、妹が助けた数倍の参加者を殺め、助けられた女は少女一人のために望まぬ殺戮に身を投じる覚悟を決めた。
ククククク……皮肉だねえ、グリーン。まるで赤木カツミを殺したと思い込んだ時の、あの高槻涼のようじゃないか」
「……兄さんッ!!」
グリーンと呼ばれた気配が、感情を搾り出すように声を荒げた。
それを見かねたように横から仲裁の声が割り込む。
「やめろ、ブラック」
「……おや、シルバー。そういえば最初に参加者へ干渉したのはお前だったな。私も流石に少し肝を冷やしたよ」
「何がいいたい。貴様の言ったとおり、あれ以降は干渉していないぞ。もし処罰を下すというならさっさとやればいいだろう。」
「いや、私はお前たちが悪いことをしたとは思っていないさ。私たちは造られた存在だが、確かに意思がある。
お前が
ミュウツーに同じ戦闘生命体として同情の念を寄せたように、
グリーンがナナリー・ランペルージに赤木カツミの影を見て彼女を守らせるために『騎士』のARMSに干渉したように、
……私が、『彼らは憎しみの連鎖を乗り越えられるか』という好奇心でジャバウォックを発動させたように」
闇が凍りついた。
ブラックと呼ばれた気配が発した「好奇心」という言葉に反応し、他の三つの気配が発した怒気によるものだ。
気配自体に動きはないが、その内で怒りの感情が湧きあがっているのは間違いなかった。
「本当に……ブラック兄さん、貴方は何を考えているの!?」
他の三つを代表するように女の声が詰問する。
返答次第ではただではおかぬ、と言外に言っているのは明らかだった。
空気が張り詰める。
沈黙。
ただそれだけのものが、感覚を削る圧力にかわる。
「…………私たちは造られた存在だ。このゲームのためだけに複製された、な」
ゆっくりと。
女の声を受け、しばらくの沈黙ののち、『ブラック』は口を開いた。
「お前も、グリーンも、シルバーも、そして私もそうだ。私たちはキースシリーズのコピー。
私たちの唯一の生き残りとして、日の当たる道を歩むバイオレットではない。
赤木カツミの優しさに触れ、愛を知り、そして自らの意思で私の前に立ち塞がったグリーンでもない。
修羅の道の果てに自らを滅すことを選んだ哀しき少年――かつてアレックスという名だったシルバーでもない。
そして、私もセロではない…………キース・ブラックという仮初めの名を持つ複製品にすぎない」
最後の呟くような声が闇に染みこんで消えた。
再び僅かな沈黙。
だがそこで、反論の声が生まれた。
それは自らの運命に対する抗いの声だ。
「でも私たちには意思がある……」
「そうだよバイオレット。その意味を考えるんだ」
「え……?」
キース・ブラックと自ら名乗った男の声が諭すような口調に変わる。
「私たちがこのゲームに直接手を下すことは、よほど異例の事態を除いて認められていない。
また、与えられた役目を放棄して途中で投げ出すことも許されてはいないんだ。
さて……ならばなぜ我々は、ただ命令をこなすだけの機械ではなく、意思が与えられているのか?」
「……それは」
「シルバー、最初にミュウツーに干渉したとき、何故かお前は排除されなかった。
それに気付き、
ブレンヒルト・シルトに同様の行為を行ったグリーンもまた然り。
つまり……間接的に参加者に干渉することは許されているということだ。
そしてそれは私がARMSの共鳴を利用し、ジャバウォックを覚醒させたことで確定したといっていい」
もはや三つの気配の怒気は消え失せていた。
ブラックの言葉を聞き逃すまいと揃って沈黙し、その続きを待つ。
「バイオレット……この中でまだ誰にも干渉していないのはお前だけだ。一度だけその権利を与えよう。いいか、一度だけだ。
調子に乗って際限なく干渉すれば通るはずの判定は覆るかもしれず、いつ排除されるか分からぬからな。
そしてシルバー。お前が押し付けた一方的な約束を健気に守り通しているミュウツーにも何らかの褒美を与えてやるといい。
奴のような存在はゲームの進行に必要不可欠だ。あちらも文句は言わぬだろう」
「ブラック……貴様は」
「もっとも奴が何より望む自らのマスター…………カツラなどという男はここには存在しないがな。
どうしてもというならフェイクの声でも聞かせてやるがいい」
「……」
誰も何も言わなかった。
闇が音を押し潰してしまったかと思うほどに、重い沈黙だけが場を支配する。
誰もがブラックの真意を測りかねていた。
やがて――――、
「さて、では私は次の放送まで休ませてもらうとするよ」
「……!! 待て、ブラック!!」
「……いいか、シルバー、グリーン、そしてバイオレット……我が兄弟たちよ。
全てはいまだ、定まっていない。そしてそれを決めるのは人間の意思だ……」
「兄さんッ!」
気配はかき消えた。
もはやブラックはこの場にはいない。
◇ ◇ ◇
しばらくたって、闇の中に未だ三つの気配がとどまっていた。
「どういうことだ……」
「わからない……でも……ブラック兄さんは、いずれこうなると分かっていたように思うわ……」
「ジャバウォックが暴走すると?」
「そこまでは……でも、この殺し合いの場で憎しみを暴走させるということは、とても容易いことだと思わないかしら?」
憎しみの暴走――ジャバウォック発動の鍵となるのは憎悪という感情だ。
バイオレットと呼ばれた女の声が推測したとおり、互いに騙しあい殺しあうことが正義の殺戮遊戯で、それを増幅させることは容易いだろう。
そしてその憎しみを取り込んで暴走してしまえば、もはやそこには破壊の二文字しか残らない。
「でも、もしあの高槻涼のように……素晴らしい仲間に恵まれ、そして憎しみの炎から逃れることができるなら……運命は変わるわ……」
「あのオリジナルARMSたちがそうしたようにか……?」
「まさか……ブラック兄さんがそのためにこのタイミングで覚醒させたとでも?」
「わからない……わからないわ……」
残された三つの気配は戸惑っていた。
何を信じればいいのだろうか。
これからどうなってしまうのだろうか。
こんなときどうすればいいのだろうか。
答えはどこにも見つからない。
「それでも……希望を探せというの? ブラック兄さん……?」
人の足を止めるのは絶望ではなく諦観(あきらめ)、
人の足を進めるのは希望ではなく、意思――。
ブラックの言うように意思こそが全てを決めるというのならば、それでも選ぶしかなく、進むしかないのだ。
例えどんな道が待ち受けていようとも、足を止めてしまえば世界の全てに置き去りにされていくだけなのだから。
破壊の権化は完全なる覚醒を待ちわびながら、今この瞬間も胎動を続けている……。
※四人のキースシリーズは緊急の事態を除き、参加者への直接的な干渉は禁じられています。自殺もできません。
※原作本編終了後の記憶を持っていますが本物ではありません。
※バイオレットは一度だけ参加者への間接的な干渉が可能になりました。
※ミュウツーに約束を果たした褒美が与えられます。ただしカツラはここにはいません。
※バイオレットの干渉や褒美の内容については次の書き手さんにお任せします。
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最終更新:2013年11月30日 19:29