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どうして――
呼吸をするたびに、口の端が赤く泡立つ。
ひゅう、ひゅう、と呼気の漏れる音がする。
肺が破れたのだろうか。
もしかしたら、気管が裂けたのかもしれない。
どうしてこうなってしまったんだろう――
痛みが薄らいでいるのは幸いか。
それとも絶望から逃避できない不幸か。
所有者を死から遠ざける二つの力が、ナインの命を引き伸ばす。
どろどろになって燃え尽きかけた蝋燭が、ほんの数秒だけ燃え続けようとするように。
私は、ただ――
失くした右手の切断面と、左胸の大きな穴から、致命的な量の血液が溢れている。
助かるはずがない。
生きていられるわけがない。
こうして思考できていること自体が、既に奇跡なのだ。
ただ――
ナインは感覚の喪失した四肢を動かして、頭の向きを僅かに変える。
リノリウムの地平の先には、もうひとつの赤い水たまり。
潰えようとするもうひとつの命。
潰えてしまったもうひとつのいのち。
あの優しい小鳥を――
その少女は、壁にもたれて座り込んでいる。
まるで木かげで休んでいるように。
まるで木もれ日でうたた寝をしているように。
たったひとつだけ、おかしなところがあるけれど。
小鳥を――
おなかから、赤くて黒いものが、顔をだしている。
びるのカベに入っていたてつのぼうが、赤くそまってかおをだしている。
うしろからフォークでさされたみたいに、3ぼんならんで。
ミコトのおなかは、やぶれていた。
助けたかっただけなのに――
◇ ◇ ◇
「魔王に挑む……無謀と知っての蛮勇か?」
大戦槍の柄が棄てられる。
がらん、という鈍い音が廊下に響いた。
「さぁ? どこの誰なのかしらね」
美琴はゼロから視線を逸らさず、次弾の発射準備を整える。
彼我の距離は十数メートル。
この距離からなら狙いを過つことはありえない。
しかしゼロは、ナインの右腕を足蹴にしたままで、悠然と美琴を見据えていた。
超電磁砲の威力を目の当たりにしながら、脅威を軽んじているのか。
それとも、対抗する術を既に見出してしまったとでもいうのか。
美琴の手元で大気が炸裂する。
音を置き去りに飛翔するコインの弾丸。
僅か百分の一秒のうちに距離を削り取り、ゼロの仮面を掠めて飛び去っていく。
「どうした。牽制では私を倒せないぞ」
ゼロは微動だにせず言い放った。
動かずとも当たらない――美琴が当ててこないと分かっていた、と態度が語っている。
美琴は内心で歯噛みした。
今の一撃でゼロとナインを引き離すつもりだったのだが、完全に見抜かれていたらしい。
考えてみれば当然のことだ。
ここで直撃させるつもりがあるのなら、初撃で槍を狙う意味がない。
ゼロ自身ではなく大戦槍を撃ち抜いた時点で、殺意のなさを白状しているも同然だ。
「次は当てるわよ」
「どうだかな」
デイパックから引き抜かれる白鞘の刀。
露わになる白刃に、美琴は思わず身構える。
振り上げられる和道一文字。
それと同時に、手首の返しで握りが逆手に変えられる。
「だが――意図は汲んでやろう」
「うぐっ……!」
真下へと叩き込まれた一突きが、あろうことかナインの手首を貫通する。
響き渡る苦悶の声。
美琴は思わず身を竦め、目を逸らした。
切っ先が前腕に通る二本の骨と関節の間の肉を貫き、床にまで突き刺さっていた。
これでは刀を抜かない限り逃れることができない。
まさしく磔である。
「アンタ……!」
「まずは貴様から排除する。異存はないな」
ゼロが一歩ずつ距離を詰める。
右足を庇って身構える美琴の前に、真紅が割って入った。
庭師の鋏を片手で把持し、鋭利な先端をゼロへと振り向ける。
「美琴……近付いてきたら……」
「分かってる……」
一歩、また一歩。
ゼロが悠然と接近する。
美琴と真紅はいつでも攻撃に転じられる態勢のまま、静かにタイミングを計っていた。
残された力は少ない。
どちらが勝利するにせよ、勝負は一瞬で終わるだろう。
十二メートル。
十一メートル。
十メートル。
爆ぜる。
ゼロの足が床を打った。
床材を粉々に粉砕する威力の反作用で爆発的に加速。
離脱など許しえない速度で間合いを塗り潰す。
「来たわっ!」
真紅が鋏を振るう。
薔薇の花弁が渦を巻き、一直線にゼロを迎え撃つ。
ここは直線の廊下だ。
赤き花弁から逃れる場所などありはしない。
ゼロが翻したマントに薔薇の奔流が直撃する。
飛び散る花弁の幕に阻まれ、ゼロはその速度を大きく減じた。
「そこっ!」
間髪入れず、美琴の腕がスパークする。
指に弾かれたコインが閃光の魔弾と化し、花弁の幕の中央を撃ち抜いた。
一瞬の間を置いて、衝撃波が花弁を吹き散らす。
「――なっ!」
真紅は思わず声を漏らした。
薔薇の花弁が散ったことで開けた視界には、あるべきものが存在しなかった。
「消えた!?」
いない。
ゼロがどこにもいない。
美琴は慌てて周囲を見渡すが、廊下のどこにもゼロの姿はない。
いかに薄暗闇に黒衣が紛れるとはいえ、完全に見失うなどありえないことだ。
しかも視覚のみならず、電磁波によってすら感知されなくなっている。
廊下から完全に消え失せた――
そうとしか捉えようのない事態であった。
「――そうだ、ナイン!」
美琴の思考が混乱から立ち直る。
何のために無茶な戦いを挑んだのか、危うく忘れてしまうところだった。
敵が姿を消した今のうちに助け出すべきに決まっている。
そう思い、美琴が駆け出した瞬間、ナインが叫んだ。
「逃げて! 早く!」
何を言っているんだ、と駆け寄ろうとして、不意に気が付く。
ナインは接近するゼロの後ろにいた。
ゼロが歩いてくるときも。
ゼロが突進した瞬間も。
ゼロが薔薇のベールに阻まれていた間も。
つまり目撃しているはずなのだ。
ゼロ消失の瞬間を。
背後で轟音が鳴り響く。
爆弾が炸裂したかのような衝撃と、冷たい爆風。
コンクリートの破片に晒されながら美琴は振り返り、目撃する。
外壁を突き破り、屋内への再侵入を果たしたゼロの姿を。
そして。
掬い上げるような拳に打ち据えられた真紅を。
「――真」
あまりにも軽過ぎる真紅の身体は、それこそ紙切れも同然に吹き飛んでいく。
中庭へ通じる窓に衝突し、砕く。
「紅――」
翻る黒衣。
鉄塊の如き腕が迫る。
声が喉から出るより遥かに速い。
美琴は瞬く間に顔面を鷲掴みにされ、勢いのままに床から引き剥がされる。
――ゴッ
白いコンクリートの壁に、赤い飛沫が散った。
線の細い手足が跳ね、そして力なく落ちる。
砕かれたガラス片が時雨のように落ちる音がした。
壁伝いに、ず、と美琴の肉体が滑る。
かすれた絵筆で赤を塗ったような跡を残して、美琴はガラクタのように崩れ落ちた。
「……終わりだ」
ゼロは踵を返し、ナインへと歩み寄る。
あまりにも呆気ない結末である。
薔薇の壁に阻まれた瞬間、ゼロは即座に転移を発動させていた。
無論、あそこまで消耗した状態では、せいぜい一メートルか二メートルの移動しかできない。
しかし、病院の外壁を越えて屋外へ退避するには、それだけで十分であった。
ナインは依然と床に伏し、顔だけをこちらに向けている。
右腕は串刺しのままで、脱出を図った形跡すらない。
だが、その眼差しはゼロに向けられていなかった。
「――フン。しぶといものだ」
再度ゼロは振り返る。
一抹の驚きが混ざった、呆れ返ったような声色。
「まだ、終わってない……!」
薄暗闇に迸る雷光。
満身創痍で疲労困憊。
鮮血乱舞で頭蓋陥没。
それでもなお立ち上がる超電磁砲。
「終わりだ。その身体で何ができる」
ゼロは美琴に近付こうとすらしなかった。
むしろ、接近する必要性を感じていないというのが正確だろうか。
それもそのはずだ。
美琴は明らかに立っているだけで精一杯なのだから。
「……アンタを、倒すことなら……できるわ……」
強がりを言いながら足を踏み出し、すぐに転びかける。
後頭部から流れた血が後ろ髪を染め、首筋を濡らして服を血まみれにしていく。
足は容易くもつれ、ゼロが破壊した壁の淵に手を突いて、どうにか転倒だけは免れる。
誰が見ても戦闘不能。
いつ昏倒してもおかしくない。
それでも少女は、漆黒の魔王をまっすぐ見据えていた。
「なんで……」
消え入りそうな声でナインが呟く。
美琴は口の端を上げ――血まみれで分かりにくいけれど――微笑んでみせた。
「……逃げないって、決めたから」
「だが結末は変わらん」
漆黒の魔王が迫り来る。
美琴は壁に穿たれた穴の縁にもたれたまま、一歩も動こうとしない。
そもそも動くような体力すら残されていなかった。
眼前に迫ったゼロの仮面を、美琴は毅然と仰ぎ見た。
「満身創痍の身体を引きずって、どこまで無様に足掻くというのだ」
「どこまで? 決まってるじゃない……」
緩く握られた拳が、ゼロの胸を軽く叩く。
それほどまでに、両者の距離は近付いていた。
「最後までよ」
魔王の輪郭が残像と化す。
間近から振り抜かれた拳が美琴の脇腹に突き刺さる。
最下部の肋骨を砕き、臓器を押し潰し、文字通り体内へめり込んでいく。
拳が振り抜かれると同時に真横へ吹き飛び、水切り石のように地面を跳ねて、駐車場を横切ってようやく停止した。
下手をすれば三度は死にうる打撃を与えてなお、ゼロは追撃を緩めようとはしない。
アスファルトに残った血の道を踏み締め、生死すら明瞭としない標的へ接敵する。
「ならば最期を与えてやろう」
ぴくりと、美琴の腕が動く。
先ほどの一撃で脊柱まで痛めたか。
上体は起き上がろうともがいているようだが、脚は全く動いていない。
時折、電流の閃光が迸り、周囲の暗闇が淡く照らされる。
「理解出来たか。魔王に楯突くことが如何に愚かなことか」
「これくらい……何よ……」
放出された電流が駐車場を囲むフェンスにも伝播する。
放電の音にかき消されるほどにか細い声で、美琴は喋り続けた。
誰に聞かせるでもない、自分自身へ向けた言葉を。
「アイツはもっと無茶して……痛い思いして……」
腕を突き、少しずつ身を起こしていく。
額の周りで幾筋もの電流が集い、弾けて消える。
「それでも止めなかった馬鹿なんだから……」
魔王の足が、起き上がらんとした美琴の胸を踏みつける。
無造作な行為でありながら、それだけで胸骨が悲鳴を上げた。
このまま力を入れて踏み抜けば、肺と心臓が破壊されて死に至るだろう。
呼吸すら苦痛でしかない地獄の中で、美琴は叫ぶように言い放った。
「だから……私が諦めるわけにはいかないのよ!」
「――むっ!」
電流が迸り、フェンスの根元が次々と千切れていく。
幅二十メートルに及ぶ鉄製のフェンスが、さながら巨大な投網の如くゼロへ襲い掛かる。
ゼロは美琴への攻撃を止め、後方へ飛び退いた。
「この程度で私を捕らえ――」
魔王の視界の外で、美琴は頭上を飛ぶフェンスに指を掛けた。
ぐんっ、と美琴の身体が跳ね起きる。
捕獲など端から思慮の外。
次の一撃こそが本命――!
「あああああああああああああああっ!!」
炸裂する閃光。
渾身の電撃が地を揺るがせ、夜の闇を打ち払う。
灼熱したアスファルトは瞬く間に融沸し、導体という導体を電流が駆け巡る。
光と音の衝撃は遥か彼方にまで押し寄せて、静寂を根こそぎ薙ぎ払う。
眩い光は病院の内部にまで及び、ナインをも飲み込んでいく。
「う……っ!」
やがて放電は終わり、間隙に夜が染み込んでくる。
ナインは眩しさのあまり瞑っていた目を開き、美琴の姿を探した。
「美琴!」
美琴は雷撃の爆心地よりも手前で、人形のような手足を投げ出して倒れ伏していた。
フェンスに引きずられて、ここまで転がってきたのだろう。
負った傷は数えることすらままならない。
あまりにも痛々しくて、ナインは目を逸らしそうになってしまう。
けれど、それはできない。
命を掛けてあの魔王に打ち勝った彼女から、視線を外すことなど――
「――貴様の力を見誤っていたようだ――」
してはいけない、声がした。
見上げれば、そこには影。
夜景を遮る巨大な影。
どうして思い至らなかったのだろう。
ナナリーとネモがマークネモを駆るのなら。
ルルーシュ・ランペルージにも同じことができるのだと。
その名は、ガウェイン。
「そん、な……どうして……」
機械仕掛けの巨人の肩に乗り、魔王ゼロは下界を睥睨する。
雷撃からゼロを庇ったと思しきガウェインは、既に大破寸前にまで追い込まれていた。
一方、ゼロ自身が受けた損害は極めて軽微。
仮面には亀裂が入り、外套は無残に焼けているが、肉体の消耗は殆ど見られない。
絶望――絶対の、終局。
それなのに。
「どうして……立つの……?」
それなのに、美琴は立ち上がっていた。
なぜ立つのか分からない。
どうして立てるのか分からない。
肉体の機能は殆ど潰えているだろう。
確かなことがあるとすれば。
彼女は明確な意志を持って立ち上がったということだけだ。
「私は貴女を利用しようとした……。
殺そうともした……それなのに、どうして!」
「……どうして、こんな悪党を助けるの……って……?」
美琴は、あははと笑った。
もしかしたら単なる苦悶の声だったのかもしれない。
けれどナインには、明るい笑い声にしか聞こえなかった。
「それでも……死なせたくないって言うお人好しが……いるから、かな……」
かしゃん、と小さな音がした。
廊下の奥から、小さな影が歩いてくる。
暗がりの中、小さな瞳が煌いている。
「ごめんなさい。遅くなってしまったわ」
謝罪の声が廊下に響く。
真紅が歩を進めるたびに、かしゃん、と音がする。
砕けた身体の破片が音を出す。
赤い衣装の上からでも、真紅の身体の破損は容易に見て取れた。
そして真紅は、美琴の横で寄り添うように立ち止まる。
「ラッドに会ったわ……。あすかは最期まで、あの子らしく生きていたそうよ」
「……そっか」
ゼロがガウェインの肩から飛び降りる。
今まで以上の殺意を滾らせ――しかしそれを美琴達には向けていない。
それどころか、半死半生の二人など眼中にないとばかりに腕を振るった。
「
ラッド・ルッソか。よもや仕留め損なっていたとはな。
どけ――貴様らと遊んでいる場合ではなくなった」
「……どかない」
美琴はポケットから一枚のコインを取り出し、ゼロへ向けた。
真紅も鋏を構え、戦意を表す。
「勝ち目はないぞ」
ゼロの言葉は恐らく正しい。
今の美琴には電撃を放つ余力すらなく、コインを撃ち出せるかどうかも怪しい。
真紅は吹き飛ばされたときにデイパックを失い、残された武器は歪んだ鋏と砕けかけた身体のみ。
庭師の鋏をゼロへ突きつけ、真紅は凛と黒き仮面を見据えた。
「貴方も大切な人を失ったのでしょう」
「黙れ……」
ゼロは歩みを止めない。
「今の貴方は、その人に胸を張って会いにいけるの?」
「……黙れ……」
仮面を鷲掴みに、砕かんばかりの力を込める。
「私達は出来るわ。最後まで私らしく生きていたと!」
「黙れと言っているッ!」
魔王が駆ける。
真紅が翔ける。
刹那の交錯の果て、白い破片が粉々に散った。
奔り抜ける漆黒の輪郭。
繰り出される超電磁砲。
音速にも満たない微弱な狙撃は、掠めることすらなく虚空を貫く。
拳の砲弾が美琴を打ち据える。
砕かれた壁の断面へ叩きつけられ、捻じ切れた鉄筋が背中へ突き刺さる。
三十センチも突き出した三本の鉄筋が、肉を穿ち、臓器を破り、腹部を裂いて貫通する。
鮮血が間欠泉のように噴き出し、すぐに収まっていく。
戦闘の終結。
完全なる決着。
その瞬間、自身に生じる一瞬の隙を、ゼロは見逃していた。
「ルルーシュ!!」
「……っ!」
咄嗟に翳した左腕が、鋭い刃に刺し貫かれる。
激痛の中、反射的に繰り出した拳が穿ったのは、ナイン・ザ・コードギアス。
地に磔られていたはずの少女が、何故かゼロの腕を貫き、ゼロの腕に貫かれていた。
「よもや自らの手を……」
ナインの右腕は、前腕部の先端付近から完全に失われていた。
串刺しという戒めから逃れるために、己の骨肉を切り落とすとは。
左胸を貫かれたまま、ナインはぽつりと言葉を零す。
「思い出した……私はネモから、頼まれたんだから……。
……貴方が何と言おうと、関係……な……」
「泥人形への義理立てか。下らん」
ゼロはナインの胸から腕を引き抜き、騎士の刃へ手をかけた。
ずるり、と血液が糸を引く。
床に崩れ落ちたナインには目もくれず、踵を返す。
ゼロの意図に呼応するように、ガウェインが崩壊寸前の機関を稼動させ、ハドロン砲の砲口を病院へ向ける。
「もういい、跡形もなく蒸発するがいい」
◇ ◇ ◇
――もう、痛みすら感じない。
消えていく鼓動。
消えていく体温。
消えていく視野。
消えていく感覚。
消えていく自我。
網膜に映る光景を、脳髄が理解しない。
ナインは本能のように、綺麗な光を放つソレに手を伸ばす。
右手はもうないから、左手を。
失くしてしまった左腕の代わりを伸ばす。
ナナリーの面影。
ナナリーの記憶。
黄金の鞘。
「黄金」という色も。
「鞘」という言葉も。
ナインの中では既に意味を成していない。
ただ、それがタイセツなものだという認識だけが、軋む肉体を動かしていた。
指先が鞘の表面に触れる。
冷たさも硬さも、もう感じない。
五本の指が鞘を手元へ引き寄せる。
ナナリー……――
鞘を手にナインは動く。
血の海を這いずるように。
だが、ナインの身体はもう動かない。
左腕だけが地蟲の如く蠢いて、ナインを引きずっていく。
生命が抜け落ちた四肢に代わって、彼女の願いを叶えるために。
ソレに触れていると、身体が楽になった。
ナナリーと一緒にいる気がするからなのかもしれないけれど。
これを渡せば――が助かる気がした。
もはや正しい現状認識すらできていない。
確かな目で見ていれば、助かる傷ではないと理解できるはずなのに。
奇跡を待つしか手段がないというのに。
ナナリー……――
血に塗れた――の――に、鞘を乗せる。
「助けて……」
ジークフリートに小鳥を託したときのように。
物言わぬ金色の鞘に祈りを託す。
「美琴を助けて……アヴァロン……」
赤き光が全てを押し流す。
壁を、床を、天井を、硝子を。
熔かし、掻き混ぜ、焼却し、塵に帰す。
少女の血も、肉も、骨も、髪も、記憶も、願いも――
全てが消えていく。
私は、貴女のところへ行っても、いいのかな――……
◇ ◇ ◇
瓦礫と化した病院を後にして、ゼロは大通りを西へ進んでいた。
ハドロン砲で一階部分を吹き飛ばされた病院は、自重に耐えることが出来なくなり、瞬く間に倒壊した。
まさしく徹底的な蹂躙、徹底的な破壊。
もはや生存者は残っていないだろう。
人形は原型を留めぬまでに破壊し、首輪も奪い取った。
女二人は致命傷を与えた上でハドロン砲の業火に投じた。
ラッド・ルッソは辛うじて息があったらしいが、倒壊に巻き込まれて絶命したに違いない。
代償として、ガウェインは量子シフトによる召喚から十分と持たずに消えてしまったのだが、
仮にもう一度呼び出したとして、あの電撃で機能停止寸前にまで追い込まれた現状では、大して役に立たないだろう。
しかし結末だけを見れば完全なる勝利と称して差し支えあるまい。
「残るは一人……」
ナナリーを死に追いやった輩のうち、既に二人までは抹殺した。
あと、一人。
異形を誅し殲滅への烽火とする。
目的はナナリーの蘇生ただひとつ。
必要とあらば、誰であろうと排除するまで。
それなのに。
――今の貴方は、その人に胸を張って会いにいけるの?
「……戯言を!」
ゼロは苛立ちを込めて路傍の塀を殴りつけた。
魔王の強力に耐え切れず、コンクリートの塊が一瞬にして砕ける。
「私はナナリーと同じ世界を生きるつもりはない。
光に照らされた世界で生きるのは、ナナリーだけだ……」
【E-5/路上(西)/一日目 夜】
【ゼロ@コードギアス ナイトメアオブナナリー】
【状態】:左前腕に幅広の刺傷、疲労(極大)、悲壮≪ルルーシュ≫
【装備】:なし
【道具】:基本支給品一式×6、MH5×3@ワンピース、治療器具一式、防刃ベスト@現実、電伝虫@ONE PIECE×2、
忍術免許皆伝の巻物仮免@
ドラえもん、和道一文字@ONE PIECE、シゥネ・ケニャ(袋詰め)@うたわれるもの、
謎の鍵、レナの鉈@ひぐらしのなく頃に、首輪×3(
サカキ、土御門、真紅)、ナナリーの遺体(首輪あり)、ビニール袋に入った大量の氷
螺湮城教本@Fate/Zero、トーチの火炎放射器@BLACK LAGOON(燃料70%)、不明支給品0~1個(未確認)
【思考・状況】
1:殺し合いに優勝し、ナナリーを生き返らせる。
2:異形(
ミュウツー)は見つけ次第、八つ裂きにする。
3:『○』に関しては……
4:ギラーミンを殺して、彼の持つ技術を手に入れる。
5:自分の身体に掛けられた制限を解く手段を見つける。
6:『○』対する検証を行うためにも、首輪のサンプルを手に入れる。
7:C.C.の状態で他者に近づき、戦闘になればゼロへ戻る。
8:首輪を集めて古城跡へ戻る。
【備考】
※ギラーミンにはタイムマシンのような技術(異なる世界や時代に介入出来るようなもの)があると思っています。
※
水銀燈から真紅、ジュン、
翠星石、
蒼星石、彼女の世界の事についてある程度聞きました。
※会場がループしていると確認。半ば確信しています
※古城内にあった『○』型のくぼみには首輪が当てはまると予想しています。
※魅音(詩音)、
ロベルタの情報をサカキから、鼻の長い男の(
ウソップ)の情報を土御門から聞きました。
※C.C.との交代は問題なく行えます。
※起動している首輪を嵌めている者はデイパックには入れないという推測を立てています。
※
北条沙都子達と情報交換しました。
※ナイン、ラッド、ミュウツーの三人がナナリーの死に関わっていると確信しました。
※ガウェインの制限はマークネモとほぼ同様です。
ただしハドロン砲を使用した場合は、再召喚までの時間が、一発につき二時間ずつ増加します。
◇ ◇ ◇
「そりゃあ最初は驚いたぜ?
どうにか槍を引っこ抜いて必死に這いずってたら、窓ガラスぶち割って人形が飛んできたんだからよ」
崩落した病院の中庭で、ラッド・ルッソは饒舌に語っていた。
ハドロン砲の貫通によって芝生や植木は焼き払われたが、建物の崩壊には殆ど巻き込まれていない。
被害らしい被害といえば、破片と粉塵の嵐が吹き荒れて快適な環境ではなくなったくらいだろう。
「俺も見ての通りボロボロだったからな。あそこで殺しに来られたらヤバかったぜ」
あれから暫く時間が経ったが、ラッドの肉体は未だ傷だらけだ。
地面に突き刺さった巨大な残骸に背を預けて、どうにか座位を維持している。
時間を経てもこの有様なのだから、病院が破壊された時点での状態は筆舌に尽くしがたいものであった。
こうして生きているのも、両腕の損壊が比較的早かったため、辛うじて中庭まで移動できたからに過ぎない。
さもなければ、倒壊かハドロン砲に巻き込まれてトドメを刺されていたことだろう。
「あぁ、そうだ、アスカとかいう野郎のことを聞かれたな。そのまんま答えてやったぜ?
お前らのそっくりさんを必死に追っかけてたから、間抜け面に一発ブチ込んでぶっ殺したってな!」
狂ったような笑いが中庭に響く。
しかしラッドはすぐに血を吐いて、笑い声以上の大きさで咳き込んだ。
酸素に満ちた鮮やかな赤色。肺の傷が開いたのだろう。
ラッドは肩に口を擦り付けて血を拭うと不機嫌そうに視線を投げた。
「聞いてねぇのか? 手前ぇが教えろっていうから話してやってるんだぜ?
なぁ、電気女さんよぉ!」
視線の先には、瓦礫をあさる美琴の姿。
比較的平坦な中庭ではなく、崩れ去った西棟の残骸を黙々と探っている。
制服は破れ、血に汚れ、とにかく酷い有様だが、肉体の傷は不思議と影を潜めていた。
傷が消えてなくなったわけではない。
しかしどの傷口からの出血も止まっていて、行動への支障も殆ど見られなかった。
「喋る気が無いなら、勝手に語らせてもらうぜ。正直、腑に落ちねぇんだよ。
仲間の仇が目の前にいるってのに、殺そうとしやがらねぇ。手前ぇもあの人形もだ。
人形が俺を見逃したのはまだ分かる。もっとヤバイ奴が近くにいるんだからな」
そこで言葉を切る。
これ以上は語らずとも理解できるだろう。
美琴は瓦礫に両手を差し入れたまま、作業の手を止めた。
「仇はとるわ。でも……殺してなんか、あげない」
ラッドは眉を顰め、次第に破顔し、そして哄笑した。
「憎たらしいくせに自分の手は汚したくないってか!
どうやって恨みを晴らそうか考えてたんで、返事も出来ませんでしたってことだな!」
今度は喀血することなく、思う存分笑い続ける。
肉体の再生がもう少し進んでいたなら、文字通り腹を抱えて笑い転げていたに違いない。
無視を決め込む美琴のことなど気にも留めず、只管に狂声を響かせる。
――が、唐突に笑いを止めた。
訝しげに振り向く美琴を逆に無視し、何やら考え込むような顔付きになる。
そう、あの子は最期まで優しかったのね――
ラッド。貴方がどう思っても構わないけれど、私はあすかを誇りに思うわ――
先に逝った人達に、胸を張れる生き方が出来たのだから――
「先に逝った、ね……。さて、ルーアが惚れた俺はどんな奴だったかな」
少し時間をかけて考えよう。
どうせ、身体が治るまでは殺しもできないのだから。
「……見つけた」
美琴は急に黙り込んだラッドを放置し、瓦礫の中に腕を伸ばしていた。
ゼロと戦った場所を埋めるコンクリート塊の下から、何かを取り出そうと必死になっている。
肌が擦れ、血が滲んでも腕を引かず、それどころか更に奥へと突っ込んでいく。
美琴を救ったのは、ナインが遺した"全て遠き理想郷"の奇跡であった。
真名解放により解き放たれた真の力がハドロン砲の破壊を遮断。
その後"全て遠き理想郷"が体内へ取り込まれたことにより、重篤な傷が治癒。
今までの時間は全て再生に費やされ、意識が回復したのすらほんの少し前のことであった。
自分がどうして生きているのか、美琴は知らない。
けれど"誰かに助けられた"という実感だけは確かに覚えている。
そうでなければ、半死半生だったはずの自分が動いていられるわけがない。
だからこうして廃墟を彷徨っているのだ。
癒え切らない傷の痛みを抱え、もういない彼女達の面影を探すために。
「真紅……」
瓦礫の隙間から、腕がゆっくりと引き抜かれる。
粉塵まみれの手に握られた、二つの光り輝く宝石――ローザミスティカ。
美琴はローザミスティカを両手で大事そうに包み、胸に抱き寄せた。
混ざり合う二つの輝きは、魔的なまでに美しかった。
【真紅@ローゼンメイデン 死亡】
【ブレンヒルト・シルト@終わりのクロニクル 死亡】
【E-5/病院跡/一日目 夜】
※病院は完全に崩壊しました。
※美琴の電撃とガウェインのハドロン砲の影響が広範囲に伝わっています。
【
御坂美琴@とある魔術の禁書目録】
【状態】:疲労(極大)、全身に打撲と擦傷(中)、脇腹の切り傷(小)、左肩と右脹脛に傷(小)、後頭部挫傷(中)、
脇腹に打撲(中)、胴体に貫通傷×3(小)、全て再生中
多大な喪失感、強い決意、≪体内:全て遠き理想郷(アヴァロン)@Fate/Zero≫
【装備】:薔薇の指輪@ローゼンメイデン
【道具】:基本支給品一式(水1/2消費)、基本支給品一式、不明支給品0~2個(未確認)、病院で調達した包帯や薬品類、
コイン入りの袋(装備中の物と合わせて残り90枚)、タイム虫めがね@ドラえもん、
真紅のローザミスティカ@ローゼンメイデン、蒼星石のローザミスティカ@ローゼンメイデン、
ARMS『騎士(ナイト)』@ARMS、真紅の左腕(損傷大)、不思議の国のアリス@現実他、いくつかの本
【思考・状況】
1:一人でも多くの人を助ける、アイツの遣り残した事をやり遂げる。
2:人は絶対に殺したくない。
3:自分と関わり、死んでしまった者達への自責の念。
4:
上条当麻に対する感情への困惑。
5:ラッドについては……。
【備考】
※参加者が別世界の人間、及び参加時期が違う事を聞きました。
※会場がループしていると知りました。
※切嗣の暗示、催眠等の魔術はもう効きません。
※真紅と情報交換し、ローゼンメイデンの事などについて大雑把に聞きました。
※あすかと情報交換し、スクライドの世界観について大雑把に聞きました。
※危険人物などについての情報は真紅と同様。
※地下空間の存在を知りました。地下にループ装置があるのではと推察しています。
※会場は『○』の形に成っているという仮説を立てています。
※全て遠き理想郷(アヴァロン)が体内にあることを知りません。
【ラッド・ルッソ@BACCANO!】
【状態】:四肢損傷、全身複数個所骨折(中)、内臓損傷、腹部に深い傷、毒(小)、全て再生中、不死者化
【装備】:破魔の紅薔薇(ゲイ・シャルグ)@Fate/Zero
【道具】:なし
【思考・状況】
0:方針について一旦考え直す。
1:あのギラーミンとかいう糞野郎をぶっ殺す。
2:ゼロは絶対に殺す。
【備考】
※麦わらの男(ルフィ)、獣耳の少女(
エルルゥ)、火傷顔の女(
バラライカ)を殺したと思っています。
※自分の身体の異変に気づきましたが、不死者化していることには気付いてません。
※リヴィオとラズロの違いに気付いていません。また、ラズロ(リヴィオ)のことを不死者だと考えています。
※ゼロのことを不死者だと思っています。
【全て遠き理想郷(アヴァロン)@Fate/Zero】
第四次聖杯戦争におけるセイバー(アーサー)の失われた宝具であり、召喚の触媒。
作中で登場する他の宝具とは違い、当時の地層から発掘された現物。
結局、作中ではセイバーの手に戻ることは無かった。
霊子に分解して体内に埋め込むことが可能で、セイバーの魔力を得ることで所持者に凄まじい回復力を与える。
セイバーのマスターがこの恩恵を受けると、即死級のダメージからでも即座に再生してしまうほど。
ただしダメージを無効化するわけではないため、受けた痛みは軽減されない。
真名を解放することで数百のパーツに分裂し、所有者をありとあらゆる干渉から"遮断"する。
この機能は防御というレベルではなく、この世界における最強の護りと称される。
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最終更新:2012年12月05日 02:47