首輪物語(前編)◆/VN9B5JKtM



病院を後にしたゼロは劇場の南に空いた大穴の傍に佇んでいた。
以前に劇場を訪れた時には探索を始めようとした矢先に四人組が現れたため、劇場内部や近くの大穴を調べる時間がなかった。
だがこの穴を見れば分かる通り、劇場付近で大規模な戦闘があった事は明らかだ。つまりこの辺りに死体が転がっている可能性が高い。
首輪を集めているゼロとしては、これを放っておく手はない。

ゼロは穴の中を覗き込む。
下には地下鉄のものと思われる線路が走っている。高さは十数mといったところか。ゼロは深さを確認すると、穴の中に飛び降りた。
この高さから飛び降りるなど常人なら自殺するようなものだが、KMFの一撃ですら傷一つ付かない魔王にとってはどうという事はない。

難なく着地したゼロが辺りを見回す。
見るからに酷い惨状だ。至る所に瓦礫が降り積もり、地面や壁には削り取られたような跡が残っている。
少し離れた所にはズタズタに引き裂かれたデイパックが転がっており、その周りに食料や水、コンパスや筆記用具といった中身が散乱している。
食料や水には余裕があるため、地面に落ちている物を拾う気にはならない。
地面に散らばる支給品の中でゼロの目に留まった物は二つ。

「ほう。この剣、使い勝手は悪くないな。こっちの球体は赤目の男が使用していた物か」

一つは大きさの割りに重さを感じさせない不思議な材質で出来た長剣、1st-Gと呼ばれる世界の半分を内に収めた概念核兵器、聖剣グラム。
そしてもう一つは赤と白の二色で塗り分けられた握り拳程の大きさの球体、ピカの入ったモンスターボールだ。

二つの支給品をデイパックに仕舞ったゼロは瓦礫の山に視線を向ける。
ここで戦闘があったのは間違いない。では戦闘を行っていた者達はどうなったのか。
支給品を不要と判断し、回収せずに立ち去ったか。あるいは――

ゼロの視線が一点で止まる。
その先にあるものは、瓦礫から突き出し真上に伸ばされた一本の腕。

――死体となったか。


瓦礫の下敷きとなっていた男には見覚えがあった。
殺し合いの開始直後に古城跡で出会った参加者の一人だ。
もっともゼロにとってはナナリー以外の参加者が死んだところで何の感慨も無い。男の首を切り落とし、首輪を回収する。


地上に戻り劇場を探索していたゼロは、中央劇場の脇に建てられている墓を発見した。
盛り上がった土に墓標代わりに突き立てられた金属片が月明かりを反射し、黄金の光を放っている。
あれでは見つけて下さいと言っているようなものだ。
墓があれば当然その下には死体が埋まっている。ゼロは迷わず墓を暴き、その首輪を回収した。


そして今、劇場の探索を終えたゼロは中央劇場のホールで食事を取っていた。
これから古城に向かうつもりだが、あそこにはまだヴァッシュ・ザ・スタンピードが居るかも知れない。
負けるつもりなど無いが、身のこなしを見ただけでもヴァッシュは相当な強敵だと分かる。今の疲弊し切った体では苦戦は免れない。
病院での戦闘でガウェインも大破してしまった。砲台としての運用は出来るだろうが、直接戦闘には耐えられそうにない。
今は休息を取る必要がある。

食事を口に運ぶゼロの前には、これまでに集めた五つの首輪が並べられている。
ただ優勝すればそれで良いという訳ではない。
ギラーミンを殺し、その力を奪うため。体を休めている間にも頭を働かせる必要がある。



 ◇   ◇   ◇



「そう言えば、アンタの体ってどうなってるのよ? さっきまでボロボロだったくせに、今じゃ傷一つ残ってないじゃない」

美琴がそう尋ねたのには特に深い理由は無い。
瀕死の重傷を負わされた自分を死の淵から引き上げた異常な回復力。
それとラッドの再生力がどことなく似てるなぁ、と。まぁその程度だ。

自分の回復力もラッドと似たような力が働いているのかとも思ったが、数秒後にそれは無いだろうと思い直した。
並んで休んでいる間、美琴はラッドの血液が傷口に戻って行く様を目撃している。
着替える前には美琴の制服が血塗れだったのに対し、ラッドのスーツには流れ出た血の一滴すら残っていなかった。
この二つは明らかに性質が異なる。
回復と再生。修復と復元。作り直しと巻き戻し。傷が治るという結果は同じだが、その過程が全く違う。
だからこれは、本当に些細な興味から出た質問だった。

「ああ、コレか? いや、ギラーミンのクソ野郎にルーア殺されてよぉ、ブチ切れて『覚醒』しちまったみてぇなんだわ。
 ホラ、本とかでよくあるじゃねぇか。恋人とかが悪役に殺されて、その怒りで秘められた力が目覚める……みてぇなの」

「そんな、マンガじゃあるまいし……」と口を開こうとして、喉元まで出かかった否定の言葉を飲み込む。
学園都市では電極やら薬物やらで脳に刺激を与えて超能力を開発している。
だが自然界で何らかの要因が重なった結果、脳に対して同様の刺激が与えられれば、超能力は発現するとも言われている。
『原石』と呼ばれる天然の能力者の事だ。
ラッドの再生力はそれではないのか?

もちろん断定は出来ない。
この場には美琴の知らない能力者がゴロゴロしている。魔術師、アルター使い、ローゼンメイデンに魔王……探せば他にも居るだろう。
だが美琴の超能力も、それらの能力者も、ここに来る前から持っていた能力だ。
対してラッドが『覚醒』したのは、本人曰くこの殺し合いに呼び出されてからの事らしい。
それならば、あるいは本当に超能力に『目覚めた』のかも知れない。


「なぁ。そんな事より、メシ分けてくれねぇか? あの仮面野郎に荷物丸ごと持ってかれちまってよぉ。この槍しか残ってねぇんだ」

紅の長槍を肩に担いだラッドが考え込む美琴に声を掛ける。
確かに考えても答えが出る訳ではない。ラッドには並外れた再生力がある、今はそれだけ分かっていれば十分だ。
美琴も連戦で空腹を感じているため、食事を取るというのは賛成だ。周りが廃墟なのは頂けないが。

真紅のデイパックに荷物を移し変え、水、食料、地図、名簿など共通の支給品が入ったデイパックをラッドに放り投げる。

「おお、ありがとよ」

受け取ったラッドが中から食料を取り出す。世界各国に進出している有名チェーン店のハンバーガーが二つ。
冷め切って不味そうだが、美琴が食べる訳ではないのでどうでもいい。
美琴もデイパックに手を入れ、食料を取り出す。出てきたのは『みっちゃん手作り弁当(カナ用)』と書かれた紙が貼り付けてある弁当箱だ。
蓋を開けてみると確かに美味しそうなのだが、サイズが小さい。まず弁当箱からして子供用の小さいサイズだ。
中の食料まで真紅に合わせなくても良いだろう、と心の中でギラーミンに毒づきながら箸を進める。

しばらくは二人とも無言で食事を取っていたが、思い出したように美琴が名簿と筆記用具を取り出す。



「ねえ、ついでだし今のうちに参加者の情報を交換しない?」
「そうだな。今までみてぇに片っ端からぶっ殺すって訳にもいかねぇからな」

取り出した名簿を眺めるラッドの姿を見て、ふと美琴の頭にある疑問が浮かぶ。

「そうだ、アンタ名簿読めるの?」
「は? 当たり前じゃねぇか。英語が読めねぇアメリカ人なんて赤ん坊ぐらいだろ。
 名前の並び順はよく分かんねぇけどよ。アルファベット順でもねぇし……」
「ちょ、ちょっと待った!」

手を伸ばしてラッドの名簿を引ったくる。
この名簿はさっきまで美琴が使っていたものだ。
放送で名簿にチェックを入れた時に目にした名前は全て日本語で書かれていた。
それがいつの間にか英語に書き換わっているなど、有り得るのか。

「……日本語にしか見えないんだけど。並びもアイウエオ順だし」
「あぁ? んなワケねぇだろ? どう見ても英語じゃねぇか」

ラッドが横から顔を乗り出して名簿を覗き込む。
美琴には日本語の名前が並んでいるように見えるが、どうもラッドには英語で書かれているように見えるらしい。

「じゃあアンタ、ひょっとして今も英語で喋ってるの……?」
「ああ。そう言うお前は日本語で喋ってんだな?」

美琴にはラッドが日本語で喋っているように聞こえる。同様に、ラッドには美琴が英語で喋っているように聞こえているのだろう。
どう見ても欧米人のくせに、やけに日本語が堪能だなぁと思っていたが、そうではなかったようだ。

魔術か、超能力か、アルター能力か、科学技術か、それとも他の方法か。
どのような手段を用いているのかは判然としないが、見聞きした言葉がリアルタイムで翻訳されているとしか考えられない。

「この首輪、中に翻訳機でも入ってるのかしら……?」



   ◇   ◇   ◇



「それで、このグラハム・スペクターって人はアンタの知り合いなのよね?」

ラッド達は当初の目的通り、参加者についての情報を交換する事にした。
言葉が通じて困る事もないので、言語の問題はとりあえず後回しだ。

「ああ。ついでに言えば殺し合いにも乗っちゃいねぇと思うぜ」

劇場でラッドが殺した少年は殺し合いに乗っているようには見えなかった。
そして彼はグラハムの事を仲間として信頼しているようだった。つまり、グラハムも殺し合いには乗っていないという事になる。

「他に知り合いとか、この会場で出会った参加者とかは居ないの?」
「そうだな。まずはゼロとか言う仮面野郎、コイツは文句なしにヤバイ。俺も職業柄ヤバイ奴は何人も見てきてるが、その中でもダントツだ。
 そう言やぁ不死者っつーのはコイツの事だったんだよなぁ。ギラーミンの前にまずはコイツからぶっ殺してやらねぇとよぉ……」

思い出す度に沸々と殺意が湧き上がって来る。
あろう事か、奴はラッド・ルッソに向かって「自分が死ぬなど有り得ない」とまで言い切ったのだ。
生かしておく訳にはいかない。
どんな手を使ってでも殺さなければならない。



もちろんラッドもゼロの実力は十分に理解している。
秘められた力に『覚醒』したとは言え、今のままでは戦っても勝ち目は薄いだろう。
だが、その程度ではラッドを止める事は出来ない。
この溢れ出る殺意を抑える事など、出来るはずがない。

「そいつは私も知ってるわよ。で、他には居ないの?」

どうやって殺してやろうかと考え始めたラッドの意識を、美琴の声が引き戻す。

「ん? ああ。あとはさっきの四人組……一人死んで残り三人か。ラズロとメイド、それと宇宙人野郎だな。コイツ等も乗ってやがるよな」
「ラズロとメイドはいいとして、宇宙人……? ああ、あの白い奴ね」

この三人も間違いなく殺し合いに乗っている。出会えば戦闘は避けられないだろうが、その時は殺すだけだ。
ゼロほどではないにしろ、コイツ等に対しても殺意が溜まっている。

「ああ、もう一人居たな。黒スーツの野郎……確か一緒に居たガキがニコラスとか呼んでたな。ソイツは殺し合いには乗ってねぇと思うぜ。
 どう見ても足手纏いのガキ共を連れてたしな。アスカとか言う奴の話はしただろ? ソイツが追っかけてたのがその黒スーツだ。
 お前らのそっくりさんと、あとは鹿みてぇな奴が一緒に居るはずだぜ」
「初めてまともな情報が出てきたわね。ニコラス、ニコラス……あった。多分このニコラス・D・ウルフウッドって人ね」

この黒スーツには正直ムカついているが、戦力として見る分には文句は無い。
一緒に居た子供にも腕を切り落とされた恨みがあるが、こちらは役に立ちそうにない。
足手纏いになる前に殺しておきたいところだが、手を出せば黒スーツが黙ってはいないだろう。
機会があれば間引くつもりだが、その時には自分の仕業だとバレないように細心の注意を払って殺さなければならない。

ラッドの持つ情報はこんなところだ。
続いて美琴が口を開く。

竜宮レナ北条沙都子、古手梨花、ロロノア・ゾロトニートニー・チョッパー、アルルゥ、佐山・御言小鳥遊宗太
 この八人は乗ってないらしいわ。真紅達から聞いた情報だから直接の面識は無いけど、出会えば協力できると思う」
「ふんふん、コイツ等は乗ってない、と」

一応名前に○をつけておくが、実際に見るまでは判断できない。
殺し合いに乗っていない参加者でも、足手纏いになるような奴はギラーミンを殺すのには邪魔になるだけだ。

「要注意人物はヴァッシュ・ザ・スタンピード、水銀燈、それと火傷顔の女、この三人よ」
「火傷顔の女? ソイツなら俺がぶっ殺したぜ。大砲でドカンってよぉ」

実際はバラライカは第二回放送後まで生きていたのだが、そんな事は二人には分からない。

「あとはライダーって言う大男、それと顔の上半分を白い仮面で隠した男ね。この二人は乗ってないと思うんだけど、まだ確実じゃないわ」
「仮面だぁ? おいおいおい、あのゼロとか言う野郎以外にもそんな奴が居んのかよ?
 アイツは自称・魔王だったよなぁ。じゃあ白い仮面のソイツは何なんだ? まさか神様だとか言い出すんじゃねぇだろうなぁ? ヒャハハァ!」

ラッドが冗談めかして笑う。
実際、口にした本人も信じていないのだろう。
とりあえず、これで参加者についての情報交換は終了した。
色々なチェックの入った名簿を何とはなしに眺めていたラッドだが、ふとその事に気付き表情を険しくする。

「おいおい、何で居ねぇんだよ……?」

何度も見直すが、間違いない。
あるはずの名前が無い。

「居ないって、誰が?」
「何回見てもよぉ、ルーアの名前が載ってねぇんだよ。デューンの奴もだ」

この名簿には全参加者の名前が載っているはずだ。
ルーアとデューンも参加者として集められたのなら、ここに名前がなければおかしい。

「ルーアって……アンタの、恋人さんよね。デューンってのは?」
「最初の部屋でギラーミンに殺された車掌服の男がいただろ? アイツだよ」

そう答えてから気付く。
ルーアは首輪を爆破されて殺された。これは爆弾の威力を見せつけるためだと考えれば分かる。
到底許せる事ではないが、まだ理解は出来る。

ではデューンは?
なぜデューンは殺された?

「ああ、あのギラーミンを撃とうとして逆に撃たれた……」
「それだよ」

美琴の言葉を遮って、ラッド・ルッソは大いに語る。

「おかしいと思わねぇか? デューンはギラーミンを『撃とうとした』んだぜ? そう、デューンは銃を持ってたんだ。
 俺達の武器は全部巻き上げられてたが、デューンだけは懐の銃を取り上げられる事はなかった。なぜだ?
 隠し持ってた銃には気付かなかった? ありえねぇ。そんなのはちょっと調べれば分かる事だ。よっぽどのマヌケでもやらかさねぇぜ。
 それなら何でデューンは銃を持っていたんだ? ギラーミンがわざわざ持たせてたとしか思えねぇ。じゃあ何のために?」

ラッド達はいつの間にか眠らされ、あの部屋に連れて来られた。ギラーミンにはデューンが寝ている間に銃を奪う事ぐらいは出来たはずだ。
事実、ラッドが身に付けていた武器は全て没収されていた。恐らく他の参加者達も丸腰だったのではないか。
ではなぜデューンだけが銃を持たされていたのか。

「ギラーミンにはあそこでデューンが銃を向ける事が分かっていた。その上で、デューンに銃を持たせてたんだ。
 ……自分の手でデューンを撃ち殺すために」

ラッドの出した答えは、デモンストレーション。
ギラーミンが自ら射殺する事で、己の残虐性を見せ付けるための生贄。
参加者達の恐怖を煽り、殺し合いを円滑に進めるための起爆剤。

「つまりだ。アイツらは最初からあの場で殺されるためだけに集められたんじゃねぇのか、って事だ」

その程度の事、少し考えれば分かっただろうに。
思えば熱くなり過ぎて、名簿の確認すらしていなかった。
いや、恐らくギラーミンはそれすらも見越していたのだろう。
頭が冷えれば気付くだろうが、それまではギラーミンの思惑通りに他の参加者を殺して回り、殺し合いを加速させると。
最初からラッドをその気にさせるためだけにルーアを殺し、自分はそれにまんまと乗せられたという事だ。

「ヒ、ハハッ、ヒャハハッハハァ……ヒャァァッハハハッハハッハッハハハハ!!!」

とんだピエロだ。
余りの滑稽さに笑いが止まらない。
今の今まで自分の意思で行動していたつもりだったが、その実ギラーミンの掌の上で踊らされていただけだったのだ。

「ハハハッハハァ……。ああ、初めてだぜ。俺をここまでコケにしたクソ野郎は……!
 コイツはじっくり、ゆっくり、タップリと時間を掛けて殺してやらねぇとなぁ。この世に生まれてきちまった事を後悔するまでよぉ……!」

狂ったように笑い続けるラッドの前に、恐る恐るといった風に一枚のメモが差し出される。
目を通すと『重要な話がある。盗聴されている可能性があるから筆談で話すようにしよう』といった内容が書かれていた。
ラッドがメモと筆記用具を取り出すのを見て、美琴が溜息を吐く。

『これから私達がしなきゃいけない事は大きく分けて三つ。
 一つ、首輪を外す。二つ、ギラーミンの居所を突き止める。三つ、二度とこんなふざけた真似が出来ないようにこの殺し合いを徹底的に破壊する』
『おいおい、大事な事が抜けてるぜ。四つ、ギラーミンのクソ野郎をブチ殺す。コイツは確定事項だ』

こればかりは譲る訳にはいかない。
ギラーミンだけは、自分の手で殺さなければならない。
ラッドの胸の内に、ゼロに対するそれとは比較にならないほど濃密な殺意が渦を巻く。

『まあそれは置いといて、ギラーミンの居場所なんだけど。この会場は端でループしてる、そして私はループの『装置』が地下にあると思ってる』
『つまりアレか? その『装置』をぶっ壊せばループが消えて、ギラーミンの野郎の隠れ家が丸見えになるって言いてぇのか?』

美琴は無言で頷き、肯定の返事を返す。
なるほど、丸っきり考えなしにギラーミンに反抗しようと言っていた訳でもなかったのか。

『それで、首輪の事なんだけど……アレを見て』

指差された先に目を向けて、美琴の言いたい事を理解する。
なるほど、確かに首輪の事だ。

ラッドが目線を向けた先。
開始直後に春日歩の手によってその生を終えた少年、ジョルノ・ジョバァーナの死体がそこにあった。



   ◇   ◇   ◇



これからゼロのするべき事は四つ。
一つ、首輪を外す。二つ、身体の制限を解除する。三つ、参加者を皆殺しにして優勝する。四つ、ギラーミンを殺して『力』を手に入れる。

まず一つ目だが、首輪は優勝するまでに解除しておかなければならない。
この首輪がある限り、ゼロの命はギラーミンに握られているも同然だ。その気になれば、今こうしている間にでもゼロを殺す事が出来る。
たとえ殺し合いで優勝したところで、その時にゼロの首に首輪が嵌まっていればスイッチ一つで勝負が決まってしまう。
この首輪を外さない限り、ギラーミンと戦っても勝ち目は無い。

次に二つ目、身体に掛けられた制限の解除。出来ればこれも早めに行っておきたい。
この会場に転移させられてからというもの、身体能力、瞬間移動など魔王の力が大幅に制限されている。
そのせいで、本来の実力なら相手にもならないような参加者にまで苦戦を強いられる有様だ。
参加者を皆殺しにするためだけではない。優勝後にギラーミンを殺すためにも、身体の制限は邪魔にしかならない。
万が一にも失敗は許されない以上、勝率は少しでも上げておきたい。

そして三つ目、他の参加者を皆殺しにして優勝する。
ゼロの目的はあくまでナナリーを蘇らせる事であり、それが叶うのならば殺し合いへ反逆しようが優勝を狙おうが、どちらでも構わない。
もし今すぐにギラーミンを始末し、ナナリーを蘇生させる方法があるというのならば、ゼロは即座に殺し合いを止めてそちらの手段を選ぶ。
だが現状ではこの会場がどこなのかも、自分達がどうやってここに連れて来られたのかも、ギラーミンの居場所さえも、全く分からない。
仮に殺し合いを打破できたとしても、肝心のギラーミンが見つからずナナリーの蘇生が叶わない、などという事態になれば何の意味も無い。
そうなればお手上げだ。いくらゼロでもどこに居るのかすら分からない相手を探す事など出来ない。
ならばナナリーを蘇らせるためには、この殺し合いで優勝する事が最も手っ取り早く、可能性の高い方法だろう。
優勝者と戦うなどというギラーミンの言葉を信じる訳ではないが、優勝すれば何らかの接触があるはずだ。
もし優勝しても何の接触もなければ結局は自力でギラーミンを探し出して殺す必要があるが、その前に打てる手は打っておくべきだ。

最後に四つ目、そしてゼロの最終目標。ギラーミンを殺して『力』を手に入れる。
現時点ではギラーミンに関する情報はほとんど無いが、ゼロはギラーミンという人間それ自体は取るに足らない存在だと認識している。
ギラーミンは最初の広間で二人の人間を殺して見せたが、その一部始終を見てもゼロはギラーミンに対して何ら脅威を感じる事はなかった。
正直あの程度ならば首輪さえ外せばどうにでもなる。殺し屋などと言っていたが、ギラーミンにゼロを上回る程の実力があるとは思えない。
だがギラーミンがいつの間にか60名以上の参加者達を集め、殺し合いをさせているというのもまた事実だ。
それに加えてギラーミンの「自分を殺せばあらゆる願いを叶える事の出来る『力』が手に入る」という発言。
この事から、ゼロは『ギラーミンの背後に強大な力を持つ何者かが居る』か『ギラーミンは願いを叶える道具を持っている』と予想している。
前者ならばギラーミンを始末する事は容易い。その後に背後に居る何者かが願いを叶えてくれるかは分からないが、そこは交渉するしかない。
だが後者なら、ギラーミンを殺して『力』を奪う必要がある。最悪の場合、死者をも蘇らせる『力』と戦い勝利を収めなければならない。

いずれにせよ、まずは参加者全員の首に嵌められているこの首輪、これを解除しない事には戦いにすらならない。
ゼロは首輪解除への手がかりを探るべく、首輪の機能を推測する。



   ◇   ◇   ◇



『実際にルーアの首が吹っ飛ばされてんだ。首輪の中に爆弾が入ってるってぇのは間違いねぇよな』

ラッドのメモを見て頷きを返すと、美琴は少年の死体、より正確に言えば彼の首に嵌まっている首輪に意識を向ける。
美琴の能力『超電磁砲』は電流や電磁場を観測し、操る能力だ。
学園都市のようにそこら中に電波が飛び交う街中ではノイズが多過ぎて判断できないかも知れないが、この会場のように電波を発する機械類がほとんど無い場所でなら首輪が電波を発しているかどうかぐらいは分かる。
少年の首輪からは電波を感じ取る事は出来なかったが、自分とラッドの首輪からは電波を送信しているのが確認できた。
流石に内容までは分からないが、恐らくは参加者の音声データなどをギラーミンに送っているのだろう。

禁止エリアに侵入すれば警告のアラームが鳴り、30秒後に首輪が爆発する。ギラーミンはそう言っていた。
ではどうやって参加者が禁止エリアに侵入したかどうかを判定しているのか。
美琴が考えた可能性は二つ。
一つは禁止エリア内には信号を発する『何か』が充満しているという可能性。エリア内に侵入すれば首輪が信号を受信し爆発するという仕組みだ。
だが美琴はこの可能性は低いと見ている。
首輪は何らかの電波を送信している、それは確実だ。ならば首輪を爆破する信号も電波で受信しているのではないか。
そうだとすると正方形の禁止エリア内にだけ電波を閉じ込めている事になるが、少なくとも美琴の知る限りではそんな事は不可能だ。
あるいは美琴が知らないだけでそのような方法があるのかも知れないが、それでも膨大な手間がかかるのは間違いないだろう。
それよりも簡単で現実的な方法がある。それが美琴が考えたもう一つの可能性。

『ええ。それと禁止エリアへの侵入を判定するために、現在位置をギラーミンに知らせる発信機のような機能もあると思うわ。
 そして参加者が禁止エリアに立ち入ればギラーミンから信号が送られてきて、首輪が爆破される。その信号を受け取る受信機もあるはずよ』

この殺し合いが始まった直後、美琴は電磁波をぶつけて首輪の内部構造を探ったり、起爆装置を破壊したりできないかと考えた。
電流を流して首輪の機能を壊すという考えも浮かんだが、それは砂の男が首輪の爆発で死亡した時点で却下されている。

美琴は首輪に電磁波をぶつけて内部構造を探ってみる事にする。
下手に手を出せば即座に爆発する可能性があるため生きた人間では試せないが、死体の首輪なら爆発しても被害は少ないだろう。
この少年の知り合いに出会った時には文句を言われるかも知れないが、その時は謝って許してもらうしかない。

美琴は少年の首元に意識を集中させて電磁波を飛ばす。
徐々に出力を強めていくが、電磁波は僅かたりとも首輪を透過せず、依然として内部の構造は不明だ。
どうやら首輪は通信に使用している電波は通すが美琴の電磁波は遮断するような金属で覆われているらしい。
予想はしていたものの、もしかしたらという期待もあったためやはり落胆は隠せない。
それとも爆発しなかっただけマシだと思うべきなのだろうか。

『盗聴器と翻訳機も付いてるかも知れねぇんだよな。こんな小っせぇのにすげぇ技術力だよなぁ』
『それだけじゃなくて死んだ人間の首輪は機能停止するようになってるみたいよ。参加者の生死を判定する機能もあるんじゃないかしら』

この殺し合いでは六時間毎に放送で死者の名が発表される。つまりギラーミンには誰が生きていて誰が死んだのかが全て分かっているという事だ。
そのための機能、参加者の死亡を判定するための装置も搭載されているはずだ。

ラッドが少年の横にしゃがみ込むと、首元に槍の穂先を押し当てる。
何をするつもりか、考えるまでもない。
一瞬ラッドを制止しようかとも思ったが、自分も爆発しても仕方ないといって電磁波を飛ばしたなと思い直す。
どの道首輪は必要になるのだ。
自分が今するべき事はラッドを止める事ではない。
少しでも首輪解除の手がかりを掴むべく、思考を働かせる事だ。

少年の首を切り落としているラッドの肩を叩き、メモを見せる。

『ねえ、人殺しとしてのアンタの意見が聞きたいんだけど……ギラーミンはどうやって参加者の生死を判断してると思う?
 例えばアンタが誰かを殺そうとして頭を殴ったら、その人は倒れて動かなくなった。そんな時、どうやって死んだかどうか確認するの?』
『さぁな。わざわざ確認なんざしねぇで頭か心臓に鉛弾ブチ込んでやるんじゃねぇか? それなら生きてるかどうかは関係ねぇからなぁ』

返って来た答えを見て、美琴は頭を抱える。

『ああ、もう! そういう事を言ってんじゃないっての! じゃあアンタの知り合い! さっき言ってたグラハムって人が目の前に倒れてたら?』
『そりゃあ流石に止めを刺すって訳にもいかねぇよなぁ。そうだな、その場合は……』



   ◇   ◇   ◇



(心臓、だろうな)

ゼロの予想では、死亡者の首輪は機能を停止する。
首輪には参加者の生死を判定する機能が備わっていると見て良いだろう。
ではギラーミンは何を以て参加者の生死を判断しているのか。
それに対するゼロの答えがこれだ。

古来より、人間の生死は心臓が動いているかどうかで判別されてきた。
医療技術が発達した近代では心臓が停止しても命を繋ぐ方法はあるが、この殺し合いでは心停止=死亡と言えるだろう。

何より参加者を拘束する装置は『首輪』だ。
ゼロはそっと自らの首に指を当てる。トクン、トクンと一定のリズムが伝わってくる。
そう、首には動脈がある。首輪を通して脈を測る事ぐらいは容易いだろう。

首輪には「爆弾」「発信機」「受信機」「脈拍測定器」の四つは確実に搭載されていると見て良い。
他に搭載されていそうな機能としては「監視装置」「制限の発生装置」辺りだろうか。
ある程度の予想は出来るが、これ以上は実際に首輪の中身を見てみなければ分からない。
今までに手に入れた首輪は五つ。古城の『○』型のくぼみに三つ使用するとしても、まだ二つ分の余裕がある。
それに、どうせこの先も出会った参加者を殺していくのだ。首輪を手に入れる機会はいくらでもある。
ならば今ここで一つぐらい消費したところで大した問題にはならないだろう。

ゼロは目の前の首輪を一つ手に取る。
起動中の首輪を無理矢理に外そうとすれば爆発するだろうが、機能停止した首輪が爆発するかどうかは分からない。
ギラーミンが首輪の停止=参加者の死亡だと考えているのなら、わざわざ停止した首輪を爆発させる必要は無いとも言える。
ならば、死亡者から回収した首輪は爆発しない可能性もある。
そうだとすれば、首輪を分解すればその内部構造を知る事も可能だ。

試す価値はある。
ゼロは僅かな手がかりも見逃さないよう、手にした首輪をじっくりと観察する。

(……おかしい。どこにも継ぎ目が見当たらない)

首輪に継ぎ目が無い、それ自体は何もおかしい事ではない。首輪の表面を金属でコーティングすれば継ぎ目を隠す事ぐらいは容易い。
ただし、その首輪が参加者の首に嵌められていたとなると話は別だ。
人間の首に首輪を嵌めるためには、一度首輪の一部を開かなければならない。その際に、どうしても首輪のどこかに継ぎ目が出来るはずだ。
だが死体の首から回収した首輪は目で見ても、指で触れても、どこにも継ぎ目が無い。
金属の隙間から首輪をこじ開けようと思っていたのだが、当てが外れた。

ゼロは首輪を置き、道具置き場から引っ張り出して来た大道具を重しとして固定する。
そしてデイパックから鉈を取り出すと、その先端で首輪を引っかく。
表面に切れ込みを入れ、そこからこじ開けようという考えだ。
だが、ガリガリと金属同士の擦れ合う音が響くのみで首輪には傷一つ付かない。

(仕方ない。爆発の可能性は高まるが、少々手荒に行くしかないか)

当然だが、爆発した首輪の残骸よりは爆発させずに分解した首輪からの方が多くの情報を得られる。
そのためゼロは出来れば爆発させずに解体したいと思っていたのだが、この際そうも言っていられない。
爆発した首輪の残骸からでも、首輪そのものよりは多くの情報が得られる事は確かだ。
幸いここは防音設備の整った劇場だ。首輪が爆発しても、その音が建物の外にまで聞こえる心配は無い。

手に持った鉈を振り上げる。
この距離なら首輪が爆発しても自分がダメージを受ける事はないだろう。
恐らく首輪に搭載された爆弾は効率的に参加者を殺すため、内側に向けて指向性を持っている。
それならば外側に対してはよほど近く、それこそ直接触れるぐらいの距離で爆発しない限りは大した破壊力を持たない。
念のため体の前にマントを広げ、爆発した時に破片を浴びないようにする。
一つ息を吐き、腕を振り下ろす。



  ◇   ◇   ◇



ラッドは首輪を回収するため、刃のすぐ後ろを握って柄の長いナイフのように扱い、死体の首を切断していく。
槍は剣や刀に比べると切断に適した形状とは言い難いが、手持ちの刃物はこれしかないので仕方ない。
そうして首を切り落とした直後、ふとした弾みで槍の穂先が銀の円環に触れた。

その時だ。
ほんの一瞬だが銀色の輝きが曇り、その下から剥き出しの機械部品が顔を覗かせた。
槍が触れた辺りだけ、まるで首輪の表面に施されていたメッキが瞬間的に剥がれ落ちたように、鉛色の金属が見えたのだ。

(あぁ? 何だ、今のは?)

ラッドは金属が覗いた部分を注視するが、首輪は先程までと同じく月の光を浴びて銀色に輝くばかりで傷一つ見当たらない。
手を伸ばして首輪の表面を撫でてみても滑らかな手触りが返ってくるだけで、おかしな所は何も無い。
では目の錯覚か? いやいや、いくら辺りが薄暗いからといっても、流石にこの距離で見間違えるほど落ちぶれてはいないつもりだ。

(って事は、この槍が『そういうモン』だって事か?)

ラッドは知る由も無いが、その長槍は第四次聖杯戦争におけるランサーのサーヴァント、ディルムッド・オディナの扱う二槍のうちの一振り。
セイバーが魔力で編んだ鎧を容易く貫き、風王結界に包まれた聖剣を露にし、バーサーカーの宝具すらも無効化する真紅の魔槍。
刃が触れた物の魔力の流れを遮断する宝具、破魔の紅薔薇だ。

ラッドは回収した首輪を地面に置くと、槍の穂先をゆっくりと近づけていく。美琴はラッドの前に座り込み、不思議そうにその様子を見ている。
槍の刃先が首輪に触れると、その周囲だけ銀色の輝きが消え失せ、中からは灰色の地金が現れた。瞬間、向かいから息を飲む音が聞こえて来る。
槍を離すと首輪の表面は再び銀色の金属で覆い隠され、何事もなかったかのように元の輝きを取り戻した。

ニタァ、と。心底嬉しそうに、ラッドの口元に笑みが広がる。
殺し合いに反抗したとして本当にギラーミンを殺せるのか疑問だったが、思ったよりも早く首輪解除への足がかりが出来たようだ。
この槍は、少なくとも死亡者の首輪――死ねば首輪は機能を停止するらしい――に関しては、その表面を覆う金属を消し去る効果がある。
となると次は起動中の首輪――つまりは生きた人間の首輪――に触れさせるとどうなるのかが気になってくる。
果たして同じように中身を剥き出しにする効果があるのか、それともアラームか何かで警告された後に首輪を爆破されるのか。
幸い実験台は目の前に居る。流石に槍が触れた瞬間にドカンといく可能性は低いだろうが、それでも自分の首輪で試したいとは思わない。

(ひょっとしたらいきなり爆発しちまうかも知れねぇが、まぁその時はその時だ。短いつきあいだったな、ミサカ・ミコト)

未だポカンとした顔で首輪を眺めている美琴の首元に紅の長槍を近づける。
穂先が首輪に触れそうになったところでラッドが何をしようとしているのか気付いたのか、美琴が慌てて槍を掴む。

『おいおい、そう遠慮すんなよ』とニヤニヤ笑いながら槍を突き出す。
『嫌よ。やるなら自分の首輪で試しなさいよ』との意思の篭った視線が返される。
『バカ言うなよ。それで爆発しちまったらギラーミンのクソ野郎をぶっ殺せねぇだろ』と槍に力を込める。
『知らないわよ。私だってまだ死にたくないんだから』と言わんばかりに押し返される。
『なぁに、心配しなくても死んだら仇ぐらいは取ってやるよ』と体重をかけて槍を押し込む。
『ふざけんじゃないわよ』とでも言いたげにバチリと火花が散らされる。

これ以上続ければ本気で雷撃が飛んで来かねないので、仕方なく槍を引いて肩に担ぎ直す。
もちろん実験を諦めた訳ではない。どうせいつかは試さなければならないのだ。爆発したとしても、今死ぬか、後で死ぬかの違いでしかない。
ラッドはポケットからコインを取り出すと、掌に乗せて美琴の目の前に差し出す。公平にコイントスで決めようという意思表示だ。
それを受けた美琴はコインの表を上にすると、その表面を指先でトントンと叩く。表を選ぶという事だろう。
ラッドも同じようにコインを引っくり返し、裏面を指先で軽く叩く。

二対の視線が交差する先、突き出した握り拳にコインを乗せ、親指で弾き上げる。
チャリン、と小さな金属音を鳴らし、コインが宙を舞う。



   ◇   ◇   ◇




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最終更新:2012年12月05日 03:00