遥かに仰ぎ、麗しの ◆MATdmc66EY




 闇の深淵は妄執にも似た禍々しさを孕み、儚く降り注ぐ月明かりは白刃に似た妖しい玲瓏さを持っている。
 草木も眠る深夜、夜露に濡れた雑草を踏み分けながら車椅子が進んでいる。
 その主はまだ幼いあどけさなさが残る少女。
 身に纏っているのは仕立ての良いすみれ色の上着とシャツにネクタイ。足元は茶色の革靴に膝丈よりも長い白のソックス。
 見る物が見れば、それはアッシュフオード学園の制服だと気付くだろう。
 深夜の森林に不似合いな少女の名はナナリー・ランペルージという。
 顔を青覚めさせ、唇を真一文字に結んでいるのは見えぬ恐怖と戦っているからだろうか。
 そして、もう一人。
 ナナリーと相似した容貌であるが、額に不思議な刻印を浮かべた少女がいる。
 身体にぴったりとフィットした一昔前にイメージされた近未来的なボディスーツに身を包んで、ナナリーに付き従うように追従している。

 彼女の名はネモ。魔女を模され造られた魔導器。ナナリーと契約を交わした異形の存在、この世に在らざるモノ。

 草木の青臭い臭いに頭を悩ませつつ、更に自らに訪れた運命に苦悩しつつ、ナナリーは均されていない地面に揺れる車椅子がの上で嘆息する。
「殺し合いのゲーム……」

 バトルロワイアルという遊戯が徒に意図する事は生命を弄ぶ事だと認識し、ナナリーは眉をひそめる。

「そうだ。主催者とやらが何を企んでいるのかは解らないけど、ね」

 ナナリーの心の闇、人間の感情を得てより高次の存在となった泥人形にしてナナリーの騎士たるネモは、鋭利な刃物のような視線で主を見る。

「私は……はイヤ……!」
 殺し合いという行為に対する忌避感からか額にうっすらと汗が滲む。
 吹き抜ける冷たい夜風に手入れの行き届いた美しい栗色の髪が風になびいた。

「私が共有するするナナリーの“怒り”はそうは言っていないぞ」

 ナナリーは自分の心の奥底の闇を見透かすようなネモの言葉に両手を重ねて握り込んだ。
 ネモは表情に困惑の色を浮かべているナナリーの正面に立つと、右手をナナリーの額に当てた。

 ――築かれる凄惨な屍の群。流れる血は池を作り出し河となって流れる。
 その中で一際目立つのは黒ずくめの異様な風体の人物の骸。不意にその仮面が外れ落る。
 露になったのは、無念ゆえか虚空を睨み、苦痛ゆえか口を歪めている見覚えのある、親しい面影。
 それはナナリーにとって忘れ得ない顔――。


「いやアアアアアアアアッ! お兄様アアアアアアアアッ!」

 流れ込んだビジョンにナナリーは絶叫した。その悲嘆は静寂を切り裂き周囲一帯に拡散する。
 あまりの衝撃のため、酸素を求め喘ぎ、呼吸は荒くなる。振動の鼓動は強く激しくなる。

「……私たちのギアスは“事象の世界線を積分する”能力。つまり未来予知だ」

 ネモの声が狂乱するナナリーを押さえ込む様にネモの無機質な声が響く。

「今のビジョンは幻覚なんかじゃあない。これから起こりうる現実だ」

 ナナリーは間近で感じる自分を守る騎士の言葉に心を平静に保とうと、全身の毛穴から汗が吹き出る様な感覚に耐える。
 ネモの言葉は鋭いが、それはナナリーを傷付ける為の鋭さではないからだ。

「……惨劇が起きるとしても、未来が読めるならそれを変えることもできるはず」

 力強いネモの言葉の裏に暖かさを感じとると、ナナリーは紡がれるネモの意思に静かに耳を傾ける。

「私たちには全ての暴力を止める力がある。エデンバイタルから導き出される力が!」

 不意に額に柔らかい感触を受ける。ナナリーはそれがネモの額だと悟ると、両の手をネモの肩にかける。

「私たちには……力が……ある」

「そうだ……私たちにはギアスがある。この狂ったゲームを止める事ができる力がある」

 ネモは肩に置かれたナナリーの手を取り、力強く握り締めた。

「これからどうするの……?」

「ナナリーはどうしたいんだ?」

「お兄様と会いたい……」

 兄、ルルーシュと合流したい。先ほどのビジョンを見て、ナナリーはこのゲームに参加している兄との合流を望んだ。
 優しい兄と一緒なら戦いに巻き込まれる恐怖、暴力を止める為に力を振るう矛盾が安らぐ様な気がしたのだ。
 ネモはナナリーの手を彼女の膝の上に置いて後ろに回り車椅子を押す。
 車椅子は動力が付いているものの、舗装されていない地面の凹凸はナナリーの体力、精神力を確実に削り取る。
 ネモは彼女の目となり無用な消耗を防ぐ必要がある。。

「……なんだか喉が渇いたわ……」

「水か。支給品の中に……」

 ナナリーは胸に抱いたデイパックをあけた。
 目が見えないゆえ手探りで取り出そうとすると、固いものが指先に触れたのでそれを取り出した。

「これは……?」

「良くわからないが……鞘、だな」

 二人は剣の鞘が入っている事を訝しむ。剣がない鞘だけの存在の意図が掴めないのだ。


その鞘は宝具――ノウブルファンタズム――人間の幻想を骨子にして作り上げられた奇跡にして武装。
 名を『全て遠き理想郷』という。
 ブリテンの騎士王の伝説における常春の土地、妖精郷の名を冠した鞘。
 持ち主の傷を癒し老衰を停滞させるだけでなく、真名を以て解放すれば数百のパーツに分解し所有者をあらゆる干渉から守りきる鞘。
 あらゆる物理干渉、平行世界からのトランスライナー、六次元までの交信をシャットアウトすることも可能な鞘。
 が、正統の所有者でもなく、魔力を持たないナナリーはその真なる力を引き出す事は出来ない。
 しかし、『全て遠き理想郷』は魔法という秘跡の域に到達する破格の宝具である為に、僅かながらも恩恵を受けることができるかもしれない。

 それを知ってか知らずか、しっかりと腕に抱きしめる。
 ネモはその姿に苦味混じりの笑みを浮かべて、ナナリーからデイパックを奪い取り水の入ったペットボトルを取り出して封を開け、主に手渡す。

「ありがとう、ネモ」

 謝意に対し無言のままのネモにナナリーは穏やかな微笑みを浮かべ、水を少量口に含んで枯渇した喉を潤した。
 月が冷たい輝きから暖かく柔らかな輝きに変わったが、ナナリーが気付く事はない。
 そよぐ夜風は、朝陽を受けて黄金に輝く草原の風のどこか懐かしい匂いを漂わせて、二人の間を駆け抜ける。
 そして、見果てぬ見えない未来へと流れていった。
 どの様な悲劇が訪れるのかはナナリーには解らない。
 しかし、悲劇を覆そうとする意思は固く結ばれた口に強く表れている。

 冷たい風すらも熱くするほど強い意思が、視界の閉ざされた彼女の闇を仄かに明るく照らしていた。


【A-8 雑木林/1日目 深夜 】
【ナナリー・ランペルージ@ナイトメア・オブ・ナナリー】
[状態]:軽度の疲労
[装備]:車椅子、ネモ
[道具]:支給品一式、全て遠き理想郷(アヴァロン)@Fate/Zero
[思考・状況]
1・お兄様と合流する
2・バトルロワイアルを止める
3・ナナリーを守る(ネモの思考)

※参戦時期はサイタマ事変前
※『全て遠き理想郷』はある程度の防御力の強化、受けたダメージのワンランクの軽減、治癒力の向上に制限されている。




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GAME START ナナリー・ランペルージ 今はただ、顔を上げ





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最終更新:2012年11月27日 00:04