今はただ、顔を上げ ◆YYVYMNVZTk
月明かりが仄かに照らす、けれどそれでも暗い森。
山道を歩くことの少ない現代人にとっては、そこから抜け出すことさえ一苦労である。
ましてそれが、盲目の少女であればなおさらであろう。
少女の名は、
ナナリー・ランペルージ。
彼女のハンデは盲目だけではない。彼女の足は鋼鉄の車椅子。
歩けず、目も見えない彼女にとって、山道というものは移動することさえままならない、そんな場所であった。
だが――
「その先は木の根がある。右に回れ」
森の中、声が響いた。ナナリーと同じ顔をした、ナナリーだけが知覚出来る、魔女を模した魔導器――ネモ。
ただの泥人形に過ぎなかったネモがナナリーと同じ姿を得ることが出来たのは、ある契約を交わしたからだ。
ナナリーの負の感情――怒り、悲しみ、そこから生まれる復讐心――を共有することにより、ネモは泥人形から、より高次の存在へとシフトした。
そしてそれと引き換えに、ナナリーは或る力を得ることとなる。
その力とは二つ。一つは圧倒的な破壊の力――マークネモ。
そしてもう一つが「未来線を読む」ギアス(能力)。つまり未来予知だ。
この二つの力が、現在のナナリーの戦力であった――が、マークネモの召喚は制限されており、ギアスもまた、絶対のものではない。
それでも少女は、懸命に車椅子を動かす。
先ほどギアスの力で見た、未来のヴィジョン――あれを、現実のものとしてはいけない。
いや、最愛の兄だけではない。誰の命も、これ以上失わせてはいけないのだ。
けれど。
「――きゃ!」
車輪が拳ほどの大きさの石に乗り上げ、ナナリーは車椅子から転げ落ちることとなる。
からからと車輪の回る音が聞こえる。車椅子は横に倒れてしまったようだった。
抱え起こそうと手をかけるも、ナナリーの腕力ではなかなか動かすこともできず、十分ほど苦戦した末にようやく起こすことが出来た。
ナナリーは、自分の無力さを改めて痛感する。
殺し合いを止めるには、少女の腕はか細すぎた。
これでは自分の身さえも満足に守れないだろう――それなのに、他者の命まで救うことがナナリーに出来るのだろうか?
「だから言っただろう、ナナリー? お前の『怒り』は、そうは言っていないと。
二つ――私たちが選べる選択肢は二つだ。殺し合いに乗るか、否か――」
「私は……他人の命を奪って、その末に勝ち取る生など望みません!」
「――まだ、時間はある。ゆっくりと考えて……それから選んでくれればいい。私は……」
「あなたは……私の負の心……だから?」
ネモはそれ以上何も答えない。微笑みを絶やさず、ナナリーの傍にただ在るだけだ。
何故……何故こんなことになってしまったのだろうか。
自分はただ、兄と二人でいつまでも平和な暮らしを享受出来れば、ただそれだけで良かったのだ。
(お兄様……あなたは今、どこにいるのですか?)
シンジュクゲットーのあの騒動以来姿を消してしまった兄の事を、ナナリーは思う。
あの日ナナリーは、ルルーシュと買い物に行く約束をしていた――なのに、それきりルルーシュとは会えていない。
その前日にルルーシュと交わした約束――指きりという日本の約束のしかた。
嘘をついたら針千本だって――お兄様は、それはオオゴトだと言って笑って――それでもしっかりと約束してくれたのに。
けれどネモは、ルルーシュは死んではいないと言った。生きているかも分からないとも言っていた。
それがどういう意味かは、まだはっきりとはしないけれど――今はただ、敬愛する兄と、もう一度会いたい。
それまでは、この歩みを止めるわけにはいかないのだ。
感覚を必死に研ぎ澄ませ、車輪から伝わってくる微妙な感触の差異を確かめる。慎重に、けれどしっかりと着実に進む。
時折風に吹かれ、森の木々が音を立てる。その中に、何か違うものが混じっていないか、耳を澄ます。
脚が使えないのなら、目が見えないのなら、他の部分で補うしかないのだ。
――と。
ナナリーの聴覚が、早速異変を捉えた。
――これは、足音? 多分、女の人の……こちらに近づいてくる!?
この場所に送られて、初めて会う人間だ。どうする? 相手がこちらに害を与えるような人間なのかどうか、ナナリーには何も見えない。
人と会うことを想定していなかったわけではないが、それはあまりに唐突だった。
足音の主との距離がおおよそ10メートルを切ったころ、ようやくナナリーは声をかける。
「あの……私はナナリー・ランペルージと申します。どうか……私の話を聞いて下さいませんか?」
ナナリーの言葉に、しかし投げ掛けられた者は足を止める素振りも見せず、盲目の少女へとどんどん近付いていく。
5メートル、3メートル、1メートル――0。
両者の間に、既に距離はない。接近者は、不躾にその手をナナリーの首筋へと伸ばす。
突然の接触に、びくりと身を震わすナナリー。得体の知れない相手に、身体を触られている――恐怖が悪寒となって背筋を這っていく。
手の触れる部位が、段々と上のそれとなっていく。ナナリーの細い顎を通過し、唇へと。
本来は薄紅色の乙女のそれは、今は恐怖により青ざめている。だが、そこも興味はないと、手は更に上へ。
鼻筋を通り、目もとへと近づいていく。そこでようやく手は止まった。
少しずつ、確かめるように指は動く。目もとから目じりへと――ゆっくりと滑らせ、その後にナナリーの長いまつげをちょん、と触った。
予想外の刺激にナナリーが驚いたのを見て、手はナナリーの顔から離れた。
「あ、あの……」
「――私の名前は
ブレンヒルト・シルト。ごめんなさいね、いきなり」
「い、いえ、それは構いません。その代わりといってはなんですけれど――」
「話なら聞くわ。その代わりといってはなんだけど――」
「はい?」
「私に貴方を守らせなさい。以上」
◇
暗い森の中を進むのは二つの人影だ。
ナナリーの乗る車椅子を、後ろからブレンヒルトが押す構図である。
困惑した表情で、ナナリーはブレンヒルトへと尋ねる。
「ブレンヒルト……さん?」
「なにかしら。……っと、意外と車椅子を押すのも大変なのね……」
「あ、あの、そんな無理をなさらずに……私だって自分のことくらいは自分で……」
「ええと……つまり貴方はこう言いたいのかしらナナリー。
『私は貴方みたいな年増より若くて体力もある。だからさっさと自分の負けを認めてはどうかしら?』って」
「そ、そんなこと言いませんし考えてません!」
「ええそうよね。もし本当にそんなこと考えてたら今頃私大暴れだわ。
貴方の可愛い顔を傷つけるのは同じ女性の一人として気が進まないけれど――腹なら、目立たないかしらね?
……ああ、冗談よ。そんな青ざめた顔しなくていいから」
「その口ぶりは冗談に聞こえませんっ!」
「冗談よ。本気なら(自主規制)くらいはやるつもりだから。
……それに、言いだしっぺは私なんだから、最後までやらせなさい。半端な申し出は互いの関係を駄目にするわよ?」
ブレンヒルト・シルト――ここで少々、彼女と、彼女を取り巻く世界とを紹介しておく必要があるだろう。
彼女は、人間ではない――更に言うならば、地球を含む、我々の世界の者でもない。
――そう、世界は一つではない。所謂、「我々の世界」であるLow-Gを中心とした異世界群――その中の一つ、1st-Gが彼女の生まれ故郷だ。
異世界群は、それぞれが独自の法則を持っている。その根底にあるのが「概念」だ。
我々の世界においては常識であり、その理由を突き詰めた際に「それはそういうものだから」と言わざるを得ない部分――それが概念だ。
だが、それは本当に当たり前のことなのだろうか?
そんな原則を持った世界が存在しないと――貴方は言い切れるだろうか?
言い切れないはずだ。何故なら、「それ」は実在する。
1st-G――ブレンヒルトの世界の基礎概念は文字を力と変えるものだ。
たとえそれが爪楊枝であろうと、「名刀」と書けばその切れ味は比肩するものはなく。
キンキンに冷え切った缶ビールがあったとしても、その缶に「あったか~~~~~~~い」などと書いてしまえばグツグツと煮えたぎる灼熱の溶岩ビールの出来上がりだ。
概念を戦う術とする、それが1st-Gの魔女、ブレンヒルト・シルトである。
だが、彼女の世界は失われてしまった。
俗に言う、「概念戦争」――その結果によって。
1999年――異世界群は、崩壊すると予言された。全ての世界――G(ギア)がその周期を同じくし、衝突の衝撃は世界を滅ぼすと。
生き残れるのは、崩壊するその瞬間、もっとも多くの概念を所持しているGだけだとも予測された。
そして――世界は、概念を巡り争いを始めたのだ。それが概念戦争である。
世界の基礎である概念を失くした世界は消滅する。
詳細は省くが――結果、1st-Gは崩壊した。ブレンヒルトが生きているように、住人の殆どは我々の世界――Low-Gに帰順し、生き延びてはいる。
とはいえ、故郷を滅ぼされた恨みつらみはそう簡単に消えるものではない。
反Low-G感情が高まり続ける中、Low-Gは交渉を持ちかける。
「世界がまた、崩壊の危機を迎えている。是非協力をしてほしい」
馬鹿にするな、と、ある者は吠えた。徹底抗戦を掲げる者もいた。
その者たちの相手をしたのが、
佐山・御言だ。かつて異世界を滅ぼした「悪役」を継ぐものである。
全竜交渉と名付けられたその交渉は、当然難航を極めることとなる。
だが結果として、佐山は1st-Gとの交渉を成功させる。その交渉の過程で、ブレンヒルトは――気づいた。
過去に縛られていた自分にだ。
現在はその呪縛からも解き放たれ――佐山率いる全竜交渉部隊を、表立ってではないが、陰ながら援助している身である。
と、ここで話をナナリーとブレンヒルトの二人のそれに戻そう――
「――ありがとうございます」
「礼を言われるようなことでもないわ。私がやりたいことをやっているだけだもの」
「感謝の気持ちは、相手から求められるものではなく、自分の心から出づるもの……私はそう教わりました」
「そう。良い教育を受けたのね。貴方の感謝の意、ありがたく受け取っておくわ。
それで、貴方の話についてなのだけれど……」
「あ……は、はい! ブレンヒルトさん……率直にお願いを致します。
私はこの殺し合いを止めたいと思っています。どうか……私に力を貸して下さい!」
ナナリーの口調は真剣そのものだ。この少女は、本当に殺し合いを止めるつもりでいる――おそらくは、自分の無力さを知った上で、だ。
それが分かるからこそ、ブレンヒルトは即座に返答することをためらう。
今のブレンヒルトは――何の力も持たない、ただの人間である。
概念による魔術を行使するためには、そのための兵装が必要である。今のブレンヒルトは、それを持っていない。
さっきナナリーを守らせろと言ったのは、彼女が余りにも無防備で、そのまま放ってはおけなかったからだ。
見ず知らずの人間に身体を触られ、それでも抵抗することはなく。
もし出会ったのがブレンヒルトではなく、何らかの悪意を持った人間であったならば――今頃ナナリーはどうなっていたかも知れない。
それにナナリーの外見は、まさに見目麗しき乙女というに相応しいもの。その華やかさは周りに好印象を与える。
しかし美しき花には、時として悪い虫が寄りつくものである――目前の少女が乱暴をされる姿を想像したその直後、反射的に口から飛び出したのが「守らせなさい」という先ほどの言葉だ。
だがそれは、あくまでナナリーを守るという以上の意味は含まない言葉だ。
力の無い者二人が集まったところで、殺し合いを止めることが出来るだろうか? その答えは、ノー、だ。
――だが。
少なくとも、今のナナリーは――ブレンヒルトよりも弱い人間だ。
それを見捨てることは、
「誰よりも、私が許さない――か」
うん、と小さく頷き、ブレンヒルトはナナリーを見つめる。
――さっき守らせろと言った手前、今更ノーとは言えないし。
そんな理由をつけること自体、照れ隠しに近いものがあるということを、ブレンヒルトは自覚している。
「ナナリー」
「……はい」
「約束しましょう。1st-Gの魔女、ブレンヒルト・シルトは――ナナリー・ランペルージの力になると」
「ブレンヒルトさん……!」
ただし、とブレンヒルトは額をつたう汗を、手の甲で無造作にぬぐいながら続ける。
自分の服装を再確認。着るのは、ブレンヒルトの通う尊秋多学院の制服だ。
色は黒に近い濃紺。スタンダードなデザインの中で、胸元の赤いリボンがアクセントとなっている。
制服の下に着るシャツもきちんとアイロンがかけられており、そっくりそのまま生徒規律の模範例だ。
しかし制服というものは、少なくとも登山下山に向いたものではない。可動範囲は狭いし、通気性も良好とは言い難い。
人一人乗った車椅子を押しながら山道を進むのは、なかなかに重労働である。
その結果、ブレンヒルトの制服は汗に濡れ、ほのかに上気している。
うむ、ほんのりエロティック。
「あのね、正直に言っていいかしら……やっぱりこれ、きつい……」
「ええと、やはり私が自分で――」
「私がやってこれだけ辛いんだから、貴方がやったらもっとでしょうが。一度言った以上、最後まで責任は持つわよ。
ただ……目的地だけ決めさせて頂戴。地図を見れば……あ、ごめんなさい」
「いいえ、いいんです。目が見えないこと、歩けないこと、それも今は私の確かな一部分なんですから」
「本当にしっかりしてるわね、ナナリー……私の知り合いどもにも貴方の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらいだわ。
で……目的地の話だけれど、貴方に会う前にとある場所を通ったのよね、私」
「そこに向かうと? ……ええと、実は私、自分が今どこにいるかもよく分かっていなくて」
「そこを通った後、まっすぐ北に動いてきたから……地図で言うと、北東の端のほう、A-7のあたりね。
ああ、説明しておくと、地図には縦と横を8等分するように線が引かれていて、上からA、B、C……左から1、2、3……と番号が振られているの。
なんとなくでも分かってくれたかしら?」
「はい、ありがとうございます。……やっぱりブレンヒルトさんと出会えて、私は幸運でした。
一人のままだったら、私はこの場所がどんな場所なのか……それどころか、地図を持たされていたことにすら気付かなかったかもしれません」
「ん、別にいいのよそのくらい。で、話は戻して目的地のこと。行きたいのは、ズバリ――温泉!」
「温泉……ですか?」
「少し汗もかいたし、一度お風呂にでも入ってすっきりしてから……それから今後のことを考える。良いと思わない?
無駄が多すぎたLow-Gで、私が認める数少ないモノ――それが銭湯、ひいては温泉の存在」
「は、はぁ……そうですか……」
「何よ、反応が薄いわねー」
「いえ、少し驚いただけで……」
「まぁいいわ。――いざ! 目指せ温泉よ!」
◇
目指せ温泉とは、暢気なことを言う魔女もあったものだ――ネモは、そう思う。
ナナリーがネモのことを話さなかったのは好都合だった。
これで――マークネモ、そしてギアスの力は隠し玉として使うことが出来る。
ブレンヒルトの能力は、完全に未知数――先にこちらの手の内を見せることは、最悪の場合弱みに繋がる。
ネモは――ナナリーを守る騎士、「ナイトメア・オブ・ナナリー」だ。
「ナナリーを守るのは、この私……」
今ここが、二人と一人のスタートラインだ。
この先、その道はどう進むのか――そのゴールは、はたしてあるのか――何も、誰も分からないまま――バトルロワイアルは進行していく――
【A-7 雑木林/1日目 黎明】
【ナナリー・ランペルージ@ナイトメア・オブ・ナナリー】
[状態]:軽度の疲労
[装備]:車椅子、ネモ
[道具]:支給品一式、全て遠き理想郷(アヴァロン)@Fate/Zero
[思考・状況]
1:ブレンヒルトと行動を共にする
2:お兄様と合流する
3:バトルロワイアルを止める
※ナナリーを守る(ネモの思考)
※参戦時期はサイタマ事変前
※『全て遠き理想郷』はある程度の防御力の強化、受けたダメージのワンランクの軽減、治癒力の向上に制限されている。
【ブレンヒルト・シルト@終わりのクロニクル】
[状態]:中度の疲労
[装備]:汗で湿った尊秋多学院制服
[道具]:支給品一式、不明支給品1~3(1st-Gに関連するものではない)
[思考・状況]
1:温泉へ向かう
2:1st-G概念を行使できるアイテムを手に入れる
3:ナナリーを守りながら状況の打開策を考える
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最終更新:2012年11月27日 23:12