『希望』 ウィッシュ  ◆o9OK.7WteQ



 少女、伊波まひるは一人森の中をさまよっていた。
 バイトの帰り道だったので、その格好は学校の制服。
 スカートから覗いた脚を生い茂った草木が容赦なく切り刻んでいく。

「ふぅ……ふぅ……」

 あの平和だった日常に帰りたい。
 殺し合いなんてしたくない。

 ―――だが、これはタチの悪い、悪夢のような現実。

 その事を考えるたびに歩みが止まってしまう。
 集められた人の中には、見るからにこの状況に適応できそうな人の姿もあった。
 きっと、自分は簡単に殺されてしまうに違いない。
 少しばかり力が強いといっても、所詮は平和な世界で暮らしていた17歳の小娘が生き残れるようには思えない。

「……」

 そう思ったら完全に足が止まってしまった。
 ディ・バックが肩からすべり落ちた。
 もう、疲れてしまった。
 その場にへたりこみ、近くにあった木に体を預ける。

「……私、死んじゃうんだよね」

 口に出してみた。
 現実を受け入れると、少しだけ恐怖が和らいだ。

「小鳥遊くん……」

 ある人の名前を自然と口に出していた。
 その人は、小さくて、可愛いものが大好きな、眼鏡をかけた変わった男の子だった。
 年上が嫌いで、意地悪で、正直変な人で―――優しかった……好きだった。

「ごめんね、ずっと迷惑かけっぱなしだったね」

 自分の男性恐怖症を直すためにたくさん協力してくれた。
 その過程で、何度も殴ってしまった。
 そんな自分が、たまらなく嫌だった。



「……あはは、やっぱり私みたいな子なんて死んだ方が良いって、神様が天罰を下したのかな」

 知らないうちに涙が頬を伝っていた。
 それに気付き涙を拭おうと手をあげたが途中でやめた。
 どうせ、自分は死んでしまうのだから涙を拭く事すら無駄だろう。
 しかし、そのまま手を下ろすのも面倒だったので、彼が褒めてくれたヘアピンを触った。
 ……否応にも、あの騒々しくも楽しい日常の光景が脳裏に浮かぶ。

「―――うぅ……っぐ! ううぅぅぅ!」

 嗚咽が漏れた。
 涙がとめどなく溢れてきた。

「ひっ、うぐ! 帰りたい……帰りたいよぉっ……!」


「ならば、泣いている暇はないのではないかな?」


 突然声がかけられた。

「っ!?」
「おっと、おびえないでくれ。私はキミに危害を加えるつもりはない」

 穏やかな声と共に、中年の男の人が姿を現した。

「……貴方は……?」

 殺されるかもしれないという状況で、その問いかけは自分でも間抜けなものだったと思う。
 しかし、その男の人の恰好が、自分のバイト先にお客として来てもおかしくない、
 あまりにも普通の恰好だったから気が抜けてしまったのかもしれない。

 男の人は微笑みながら言った。


「なに、ただの通りすがりのサラリーマンさ」


 どうやらこの少女は戦うつもりのない、普通の子のようだ。
 自分の息子のように、戦う事が定められていた存在ではない。
 この殺し合いという戦いの渦に、“何者かによって”巻き込まれた存在。

「キミはこの状況から抜け出したいんだろう?」

 少女は呆気に取られているようだったが、構わず言葉を続けた。
 恐るべき存在が迫ってきている。
 本当ならば逃げ切れる所だったのだが、これもまた、運命のようだ。

「なら、ここで“歩く”のをやめるという選択肢はないはずだ」

 自分ではその存在には勝てない。
 そして、この少女をかばいながら逃げ切る事も難しい。
 だが、この少女を見捨てるという判断はしない。
 そんなことをすれば、妻に何を言われるかわかったものではないから。

 ならば、すべき事は一つ。

「いいかい、時間がないからよく聞きたまえ。これは、私の大切な友人の言葉だ」


「人の足を停めるのは〝絶望〟ではなく〝諦観(あきらめ)〟
 人の足を進めるのは〝希望〟ではなく〝意志〟 」


 本当ならば、もっとかけてやりたい言葉があるがそれは叶わない。
 現に、あの渇いた殺気がすぐそこまで来ているのだから。

「―――さあ、行くんだ。この方向に行けば、とりあえずは安全な場所に出られるだろう」

 近くに落ちていた少女のものと思われるディ・バックを拾い上げ、少女に差し出した。
 少女は躊躇っていたようだが、真っ直ぐな目でこちらを見つめ立ち上がると、

「ありがとうございました」

 綺麗なお辞儀をし、未来を掴んだ。



     ・   ・   ・

 少女がここから離れてくれた事に男は安堵した。
 だが、“あれ”を託してしまった事が申し訳なくもある。

 はじめは武器として使う事も考えたが、あの体に物体を埋め込むのは困難だろうし、
 もし万が一にも奴が適正者だった場合ここは地獄と化すだろう。

 その場で破壊する事も考えた。
 しかし、“あれ”が鍵になるかもしれない。
 そう思うと破壊出来なかった。

「……私は卑怯なのかもしれないな」

 全ての判断を彼女に任せてしまった。
 だが、立ち上がった時のあの目を思い出すと、“あれ”を託したことが正しかったと思える。

「!」

 殺気が近い。
 どうやら考え事をしている余裕はなさそうだ。
 今は、出来る限り時間を稼がなければならない。
 そのためには、すぐに殺されるわけにはいかない。

「……―――来たか」

 戦いが始まる。




【H3/廃坑/深夜】
高槻巌@ARMS】
[状態]:健康
[装備]:スーツ
[道具]:支給品一式、ウシウシの実・野牛(モデル・バイソン)@ワンピース
[思考・状況]
1・死を覚悟
2・少女が逃げる時間を稼ぐ
3・ここに誰もいなかったと思わせる


    ・   ・   ・

 あの男の人は頼れそうだったし、一緒に行動して欲しいとも思った。
 しかし、男性恐怖症の自分が一緒だと、確実に迷惑をかけてしまうだろう。
 だからあの人の言う通りにした。

 一度だけ振り返り再度お辞儀をした。
 再び前を向き、彼の示した安全な場所を目指し歩くのを再開した。
 足は棒の様だし、傷も増え続けているが、決してその歩みは止めない。

「……諦めない」

 あの日常に帰ることも。
 小鳥遊くんに気持ちを伝えることも。
 何もかもを諦めない。

 少女はまだ気付いていない。
 男がディ・バックの中にある物を忍ばせていた事に……。





【H3/廃坑】→移動【G4/森/深夜】
【伊波まひる@WORKING!!】
[状態]:疲労(中)、足に擦り傷・切り傷
[装備]:学校の制服
[道具]:支給品一式、不明支給品(0~2)、ARMSのコア(中身は不明)@ARMS
[思考・状況]
1・諦めない

※ARMSのコア
通常の人間がコアを移植されても、短時間で全身が侵食され乾いた泥の様に身体が崩れ去ってしまう。
しかし、ARMSに侵食を受けずに生き残れる遺伝子的な素質を持つ適合者は特殊能力を得る。






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GAME START 高槻巌 (無題002)
GAME START 伊波まひる 匙は投げられた





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最終更新:2012年11月27日 00:05