「あー、疲れた……」
教室に入るなり僕は机に倒れ込んだ。昨日、セナの誤解を解くのにまるまる半日費やしたからだ。おかげで睡眠時間が2時間しかない。代わりに汰狩が目の敵にされているのは……まあ、ご愛敬ってことで。
「何がご愛敬だぁぁぁ!! 顔合わすたびに氷みたいな目で見られる奴の気持ちがわからないのかぁぁ!!」
「心を読むなよっ!?」
そもそもの原因がお前なのだから、ある種自業自得と考える僕は薄情者だろうか?
大騒ぎになってはかなわないため、疲れた体を圧してその場を去る
「……!」
直前、教室の端からこちらを見つめるトキコと目があった。花のような笑顔を浮かべているが、僕は知っている。その裏に、無邪気と言う名の悪魔が潜んでいることを。
「とーりーさん、どっこいっくのー?」
「……屋上」
一言だけ返し、僕は足早に教室を立ち去った。
落下防止のフェンスによりかかり、空を仰いでため息をつく。
ホウオウグループの一員たるトキコ……一番良く顔を合わせる彼女は、僕にとっては疑いなく「敵」だ。
正面からやりあったことはないが、簡単には負けないだろう。だからといって、学校の中で能力を使う訳にもいくまい。最悪、生徒全員がウスワイヤに目をつけられ、偶発的にアナボライザーが誕生する危険もある。
向こうはそんなことはお構いなしの格だが、少なくとも学校で喧嘩を売ってきたことはない。
「……」
よく、「純粋な人」という表現が使われる。僕は、それは的外れだと思う。純粋というのは、無思慮・欺瞞に属するものだからだ。もし、本当の意味で純粋な人がいるとしたら―――――それは、トキコのような狂気に他ならない。
「……痛ッ!?」
突然右手に激痛が走った。見ると、フェンスの壊れた部分を握りつぶしてしまっていた。掌が切れて血が流れている。
「あたたたた……やっちゃったか」
「またやったのか、火波。お前は考え込むと無意識に力を込める癖があるから、気をつけろっていったろ」
「すみません、玉置先生……」
保健室に駆け込んだ僕は、養護教諭の玉置 静流先生に手当を受けていた。「好青年」を絵にかいたような人で、男女問わず生徒の人気は高い。そして―――アナボライザーでもある。
元ウスワイヤという異色の経歴をもつこの人は、僕とも顔なじみだ。
「……まだ、来る気はないか?」
「ないです。ウスワイヤやアースセイバーじゃ、僕の答えは見つけられない」
「そうか……」
こうして、事あるごとに僕をウスワイヤに行くよう説得して来る。
ケイイチが汰狩にそうしているように、だ。
だが、今はまだダメだ。理由はわからないが見逃されている今の内に、「奴」を見つけ出さなければ。
と、
「失礼します」
ドアが開き、誰かが入って来た。青の入った黒の短髪が印象的な、男子学生だった。確か……。
「
ノルン、とか言ったか」
「おお、覚えてくれましたか。嬉しいですねえ」
やたら丁寧な物腰のこの男は、一月ほど前に転校して来た。ただ、以前の経歴に微妙な齟齬がある。
正体はまだわからないが、注意はしておくべきだろう。
「どうした、怪我でもしたか?」
「いえ、事務や養護の先生には、まだちゃんと挨拶をしていませんでしたので」
どこまでも丁寧なその態度からは、敵意や悪意は感じ取れない。ないが――――何か変だ。
だが、僕がその「何か」を掴みかねている間に、ノルンは保健室を去ってしまった。
3時間目は音楽の時間だった。しかもよりによって、僕が大の苦手なフルートだ。
「うぅ~」
うまく音が出せない。息の通る音が微かに聞こえるだけだ。多少は吹けるらしいトキコが、「出来ないの~?」とでも言いたげにこちらを見ているのが、なおさらムカつく。
そんな僕らとは対照的に、事もあろうに「G線上のアリア」を演奏している怪物がいる。
二つおいて右に座っている、腰まである長い黒髪の女子――――ネイロだ。以前、とあるコンサートで来客全員が死亡したと言う、「ライブパニック事件」の生き残りだという。しかし、僕には見当がついていた。
十中八九―――アナボライザーだ。ただ、何の悪夢かはわからない。事件の詳細は伏せられているため、なぜ観客が死んだのかが明らかでないのだ。
しかし今問題なのはそこではなく、ネイロの笛の音が、まさにプロ並みだったからだ。
(……)
一頻り吹き終わると、ネイロははあっ、と大きく息をついた。
「音外しちゃった……まだまだかな」
(あれでか!?)
多分、全員が僕と同じ気持ちだったろう。
4時間目が終わって、昼食の時間だ。僕は持って来ていない。購買で買うのだ。
もちろん、売り切れないように朝来てすぐに取り置きしてある。
「よしよし、今日も確保完了」
教室に戻って来て、席についてガサガサと袋を開ける。揚げパンを一齧りした所で、
「……またやってるのか」
向こうの方で、席を集めて何やら騒いでいる連中に目が向いた。
「ハヤトー、お前唐揚げばっかりだな。野菜食べろよ、野菜」
唐揚げとご飯だけ、というシンプルすぎる弁当を持ってきているのは、
ハヤト。歌が得意な見た目不良。
「真二に言われたくねえよ。なんだその弁当、日の丸じゃねえか。おかずはどーした」
「失敬な。ちゃんとここに味噌汁を持って来てあるって」
「何で学校の昼飯で味噌汁なんだ!? しかもそれ魔法瓶かよ!」
日の丸弁当に加え、魔法瓶に入ったアサリの味噌汁を味わっているのは、貝塚 真二。小柄でぼーっとしたムードメイカー。
「ちょっと、静かにしてよー!! 騒ぐのは学生の特権だからって、限度あるでしょ!?」
大騒ぎする2人に腹を立てているのは、
コロネ。どこにでもいそうな、普通のような女子生徒。
「こ、コロネちゃんも静かにした方がいいと思う……」
隅っこで所在なげにしているのは、水野 瑠璃。読書が趣味の綺麗好き。
そして、
「ホントにその辺にしとけ。ほら、鳥さん睨んでるぞ」
顔だけ振り向いてそう言うのは、瀧登 紀一。誘拐事件から生き残った剛の者。
全員僕の友達だが、実は付きあいらしい付き合いはなかったりする。これが僕の人間関係の変なところだ。付き合いのない奴に限って仲が良かったりする。
「あ、ホントだ。ごめんね、スザクちゃん」
「す、すみません」
「いいよ、別に。隣の教室から文句が来ないことを祈るだけ」
普段が普段だけに、こうして平穏な騒ぎの中にいられるのはありがたい。ただし、1人だけ注意している人物がいる。
コロネだ。彼女はよく、人に対して「変わってる」という癖がある。何を基準にしているのかさっぱりわからなかったが、ネイロやケイイチをそう評したことで確信した。
――――特殊能力者。それも、他の能力者を見分けることに特化しているらしい。本人は自覚していないらしいので、僕は黙っている。そんな能力の持ち主がウスワイヤに「保護」されれば、いかせのごれ高校のスクールライフは崩壊する。それだけは、絶対に許さない。
「……
ユミカは今日は休みだったのか?」
「おー。なんかさぁ、階段踏み外したってよ。リーダーがお見舞いに行ったぜ」
「そうか、ありがとう」
放課後、僕は隣のクラスの笙に話を聞いていた。性格が熱いわりに影の薄い、不憫なやつだ。
話の内容はユミカのこと。「リーダー」の愛称で呼ばれる
マサカズの事実上パシリなのだが、やたら仕事が早い。その上努力家であるため、僕のクラスや下級生には彼女を目標にしている人もいる。何を隠そう、僕もその一人だ。
「では、僕は行かない方がいいか。水を差すのも野暮だ」
「そか? じゃ、俺はもう帰るぜ」
「ああ、またな」
笙と別れ、僕は体育館に向かう。学祭が近いため、練習をしているバンドがいるからだ。さすがにこの時期ははぐれ能力者狩りもお休み。
途中でケイイチのクラスの教室を覗くと、グレーの髪の女子が補習を受けているのが見えた。
「ミオか……」
その一言に尽きた。一人称は「俺」という個性的過ぎる特徴が在りながら、物静かで名前を覚えようとしない……言ってしまえば、影が薄い。興味のない事はとにかく手を出さないため、成績が悪いのなんの。
友達が少ないらしいが、僕は友達だと思っている。……今話しかけると先生に怒られそうなので、残念ながらここはスルー。体育館へ急ぐ。
ステージの上で、JAM PROJECTを熱唱する男子と、その隣でシンセを操る女子。
マイクを使っているわけでもないのに、広々とした体育館の隅々まで声が響いている。
「若獅子」こと遠藤 正輝と、その親友である景山 浩美だ。2人とも非常に楽しそうで、僕も見ていて楽しい。ただ、僕の目当てはその2人ではない。ドラムを叩いている一条寺 正人。――――僕の片思いの相手だ。
「正人……やっぱりカッコいいな……」
正輝の歌も、浩美の演奏も魅力的ではある。けれど、今、僕には関係がなかった。腹の底まで響くような力強いビート。全身で音楽を表現する正人。
今日は、本当は授業が終わったらすぐ帰って眠るつもりだった。しかし、正輝たちが練習をすると聞いてあっさり撤回した。正人とはクラスが違うため、僕はほとんど会う機会がない。だから、こういう場面は願ってもないチャンスなのだ。
演奏が終わり、バンドメンバーが楽器を持ってステージを降りて来る。
――――今だ。今しかない。
何度か告白しようとして、その都度失敗している。しかし今は大チャンス。バンドメンバーの3人以外には、看板製作が佳境に入ってヒートアップしているののかやユウイ、
ユズキくらいしかいない。
「ま―――」
「とーりーさんっ、なーにしてるのー?」
「ッ!!!」
後ろからいきなり声をかけられ、かけようとしていた声が止まった。すぐさま振り向くと、そこには、朱色の髪をした「純粋」な少女。
「トキコ………ッ!」
「ん~、なーに?」
きょとん、と首を傾げる。――――殺してやりたい。今すぐ、その首をへし折ってやりたい。
絶対にわかっている。わかっていて、邪魔をしに来たのだ。トキコの一面はホウオウグループだが、もう一つの顔である学生もまた、本当の顔だ。……とにかく僕と相性が悪い、僕的には最悪の女子、という。
ハッ、と気がつくと、既に正人達は去ってしまった後だった。
「―――――!!」
怒りのあまり龍義剣を呼び出しそうになったが、ギリギリでこらえた。
楽しそうにくすくす笑いながら去っていくトキコを、僕は本気の敵意をこめて見つめていた。
とにかく今日は疲れた。思えば、2時間目の終わりにトキコと目が合ったのが始まりだった気がする。
正人に告白する一世一代のチャンスを見事に潰されたのがなおさら腹立たしい。
「……やめだ、やめ。これ以上考えると気分が悪くなる」
自室に飛び込み、ベッドに倒れ込む。もう疲れた。ご飯も、着替えもいい。今はただ、とにかくぐっすり眠りたい。あいつのことはもう考えたくない。
仰向けになって目を閉じると、意識はすぐに闇に落ちていった。
「……あれ?」
気がつくと、教室にいた。夕日が差し込んでいて誰もいない……つまり放課後だ。
なんでここに、と考えようとして、
「火波、お待たせ」
扉が開いて、そんな声がした。そこにいたのは、
「正、人……?」
僕が想ってやまない、あの人だった。
「バンドの練習が長引いてさ……俺が一緒に帰ろうって言ったのに、本当にごめん」
「い、いいんだ。僕は、別に」
正直、それまで抱いていた疑問がどうでもよくなった。だって、正人がここにいるんだから。
「じゃ、行こうか?」
「う、うん」
そう言って、正人が手を繋いでくれた。――――天にも昇る心地って、多分こういうことを言うんだと思う。
手を引かれるがまま、教室を出て、道を歩いて。
いつまでもこうしていたい――――しかし、それが破れたのは突然のことだった。
ピリリリリ……
「ちょっと待って。……もしもし?」
分かれ道で正人の携帯がなった。こんな時間に誰が? と思っていると、
「……火波、ごめん。呼び出し喰らっちゃった。すぐ行かないと」
「え……」
がっかりしたのは言うまでもない。けど、ここで駄々をこねるのは嫌だ。だから、
「……わかった。じゃあ、また明日」
「ああ。明日こそ、一緒にな」
そう言って走っていく正人を見送り、僕も家路につく。
――――その視線が、携帯を耳にあてた朱色の少女を捉えた。
愕然とする僕の前で、狂気が嗤う。
「一緒に帰れなくて残念だね、鳥さん」
「うわあああぁぁあぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁッ!!!!!」
叫んで飛び起きたら午前零時だった。
全身にびっしょりと汗をかき、制服が張りついて下が透けている。だが、そんなことはどうでもよかった。
「ゆ、ゆ、ゆ、夢の中まで……!!」
―――この時ほど、心底あいつが忌々しいと思ったことはない。
翌朝起きて登校すると、幸運と不運が同時に待っていた。
「おはよう、火波」
「あ……お、おはよう」
下駄箱の所で、正人とばったり出くわしたのだ。明るく挨拶してくる正人に、僕も何とか挨拶しかえす。
(今言うか……?)
しかし、昨日の今日なので告白するのは躊躇われた。だから、代わりに。
「あ、あのさ」
「ん?」
「きょ、今日、一緒に帰ってくれないか?」
思い切って誘ってみた。果たしてどんな答えが―――――無限に思える一秒のあと、
「ああ、いいよ」
―――生きててよかったと、心底思った。
思った次の瞬間、
「お前のクラスに赤い髪の子、いたよな? 帰り道が一緒だから、今日は一緒がいいってさ。3人で帰ろうか」
――――早く、ケイイチがホウオウグループを倒してくれないかと、心の底から祈った。
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最終更新:2013年06月14日 21:42